予期せぬ来訪者
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ここから、本編のスタートです
健太はマンションの自室の玄関のドアを素早く押し開けた。
ドアを開けて、既に夜なので真っ暗な室内である。玄関を入り、靴を脱いで部屋へ上がりながら室内の照明を点けるのが普段のルーティーンだ。
健太はドアを開けて真っ暗な室内へ入るはずだったのだが、玄関を入った所にあるのは台所なのだが、その台所の電気が点いていた。玄関のドアを開ける瞬間に内側から光が漏れてきたので、電気が点いている事はドアを完全に開ける前にわかった。今朝、出掛ける時に電気を消し忘れたのだろうか?たまにそのような事があったので、健太は深く考える事もなく、玄関の扉をしっかりと押し開き中へと入って行った。
「えっ!?……」
健太は玄関から入ってすぐさま目に飛び込んで来た状況に絶句した。健太の部屋の玄関から中に入ったところに人が立っていたからである。健太は玄関へ一歩足を踏み入れてから、目の前にいる人物を素早く観察した。
目の前にいる人物は女性、髪はブロンド、顔立ちは西洋の白人、背の高さは身長172cmの健太より少し低い、年齢ははっきりとはわからないがハタチにもなってないような感じ…
「おかえりなさいませ、ご主人様」
目の前にいる女性は、どう見ても営業スマイルという感じにニコッと笑みを浮かべてから言った。
「え?………いや、あの…」
健太はこの女性のご主人様になった事はないので、彼女がなぜ自分の事をご主人様と言ったのかわからなかった。健太の目の前にいる女性はそんな健太の様子を見て首を傾げた。
「あれぇ、おかしいわねぇ。ヲタクはこんな言い方すれば喜ぶと思ったのに」
怪訝な表情で女性が言う。
「…そ、それよりもさぁ、ここ俺んちなんだけど、なぜここにいるの?それに、あんた誰?」
健太はオドオドしながら尋ねた。自分の部屋に、見知らぬ美女がいれば嬉しいと思う人もいるかも知れない。しかし、普通に考えれば、なぜ、自分の部屋に見知らぬ美女がいるのか、理由がわからないのに喜べるはずがない。泥棒に入ってる可能性だってある。健太も目の前にいる女性に対し、喜ぶより怪しむ気持ちが優先された。
「あぁ、ごめんなさい、自己紹介してなかったわね。私の名前はエリスっていうの、よろしくね」
目の前にいる女性=エリスは納得したようにうなずきながら、にこやかな表情で言った。
(外国人か…しかし、日本語が上手だな。日本人の発音そのものだ)
健太はエリスを見ながら考えた。
「私がなぜあなたの部屋にいるか、説明しなければならないわね」
「あぁ………そうだな」
エリスは余裕たっぷりの笑顔で言うが、健太はそんな余裕などない。健太はコミュ障というわけではないが、誰とでもすぐに仲良くなれるような社交的な人間ではない。ましてや、自分の部屋に勝手に上がり込んでいる人間を相手に警戒感を持つのは当然である。
「私は天上界に住む見習い天使で、正天使に昇格するための試験のために地上にやって来てるの」
エリスは「どうだ、ビックリしたか?」と言わんばかりのドヤ顔で言った。
対する健太はエリスが期待したような驚きの表情など微塵も見せなかった。
「はぁ?何言ってんの?」
健太は嫌悪感をあらわにしながら言った。どう考えてもおかしい。勝手に自分の部屋に入り込んだうえに、自分は天使だなどと言われたのである。健太はめんどくさい事にならなければよいがと思っていた。
「あなた、私の言った事を信じてないでしょ?」
「信じろと言われても…」
こんな非現実的な事を信じろという方が無理な話である。
(泥棒に入った外国人がとっさに出まかせを言ったに違いない)
健太は警察に電話すべきではないかと考えていた。このいかにも怪しい女を警察に引き渡せば、とりあえずこのめんどくさい状況から解放される。健太はポケットからスマホを取り出した。
(この女、言ってる事がおかしいぞ。警察に引き渡した方がいいだろう)
健太は110番へ電話しようとした。
「ちょ、ちょっと!警察に電話しようとしてるでしょ。それに、私を変な女だと思ったでしょ!」
エリスはそう言ってから、素早く健太に駆け寄ると、健太が110番に電話するために、スマホ画面をタッチしようとしていた右手をつかんだ。
「い、いや、警察になんて…ちょっと知り合いにLINEしようとしていただけだよ」
健太は自分の行動を見破られて驚いたため、とっさに嘘をついた。
「あのねぇ〜天使は人間の考えてる事が読めるのよ。天使を甘く見てもらっては困るわねぇ」
エリスはチッチッと舌打ちしながら、人差し指を1本だけ立てて横に振りながら言った。
健太は自分の考えていた事を言い当てられた事に驚いたのたが、それはエリスが当てずっぽうで言ってみたら偶然に俺の考えていた事に当たっただけかもと思っていた。そして、健太はこのやりとりに少々疲れを感じていた。
(一日仕事をして、ようやく終わって帰って来たのに、何でこんなおかしな事が起きるんだよ…とにかく、晩飯を食いたいんだけど)
健太はそう考えながら、困ったような表情でため息をついた。そんな健太の様子を見たエリスはちょっとビックリしたような表情を浮かべた。そして、バツが悪そうな表情に変わった。
「あなた、お腹が空いてたのね、ごめんなさい。私の事は後にして、まずは晩ごはんね」
エリスはそういうと、台所の奥にある部屋に駆け込んで行った。
「お、おいおい、ちょっと待て…」
健太は慌てて靴を脱ぎ、エリスを追いかけて玄関から台所に入り、奥にある居間に入って行った。
健太が奥にある居間に入ると、エリスは6畳ある部屋の真ん中に敷いたままの布団を畳んでいた。手際よく布団を畳むと、今度は部屋の隅に立ててあった座卓を部屋の真ん中に持って来てから倒して、これまた部屋の隅に置いてあった座布団を持って来て座卓の脇に置いた。
「さぁ、どうぞ」
エリスは得意気な表情で健太を招き寄せた。健太は招きに応じてエリスが用意した座布団の上に座った。そして、先ほど買って来たお惣菜と飲み物を座卓の上に並べた。
エリスは四角い座卓の健太から見てちょうど正反対の位置に座った。座布団は一つしかないので、エリスは絨毯の上に直接あぐらをかいていた。
「食べてもいいかな?」
「ええ、どうぞ」
健太は自分の家なのだから、遠慮などする必要はないのだがつい聞いてしまう。エリスはそんな健太の様子を見て、キョトンとしながら答えた。
健太はそれならば食べようと、座卓の上のお惣菜を開けようとしたが、エリスが自分の方をジッと見つめていてどうにも落ち着かない。落ち着かないというより、気まずいと言った方がいいくらいだ。
「あ、あのさ…」
「えっ、何?」
「君は食べないの?」
「少しお腹が空いてるけど平気だから、どうぞ食べて」
「マジかよ…」
健太はエリスがお腹が空いてると聞いてどうすべきか考えた。さすがに、空腹の美少女を前に自分だけガツガツ食べられるほど図太い人間ではない。
「何か食べに行く?」
「えっ、いいの?」
「この部屋には君の食べる分が無いから…さぁ、行こう」
健太は立ち上がるとエリスを促した。健太が女性を食事に誘うなど初めての事である。そして、二人で部屋を出て、一階の駐車場へとエレベーターで降りて行った。