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乗り換え時間3分で大丈夫なの?〜南九州の旅二日目〜

お待たせしました、多忙につきなかなか更新出来ず申し訳ありません

健太とエリスは都城市に宿泊し、都城駅から南九州の旅第二日目が始まる。


二人は都城駅近くのビジネスホテルに宿泊したのだが、エリスは健太と肉体的関係を結びたいと、わざわざコンドームまで持参したにもかかわらず、健太がたまにはエリスに独りで過ごせる時間をという、エリスにとっては余計なお世話以外の何物でもない配慮によってアテが外れてしまい、エリスは少々不機嫌だったものの、一晩ぐっすり眠り機嫌も良くなり二日目を迎えたのである。


朝8時30分、寝る前にセットしていたアラームが鳴り健太は目を覚ました。普段はもっと早く起きる事も多いので、特につらいわけではない。

健太は目を覚ますとベッドから出て、窓のカーテンを開けた。朝の日差しが健太の目に突き刺さった。


(快晴だな……)


健太はホッとしていた。今日は列車で景色の良い場所を通る。雨が降っていたり、霧が立ち込めていてはせっかくの絶景が楽しめないからである。


健太はスマホでエリスに電話をかけてみた。エリスは既に起きていて、これから食堂に行き朝ごはんを食べるというので、健太も一緒に朝ごはんを食べる事にした。


ビジネスホテルの朝食なので、トーストにサラダ、ゆで玉子にコーヒーというありふれたモーニングセットだったが、健太もエリスも朝からがっつり食べるタイプではないので、これくらいがちょうどいい。


健太は部屋に戻ったら、外出用の服に着替え、すぐにチェックアウトするとエリスに言った。


健太は朝ごはんの後、着替えを済ませ荷物を持ってロビーに降りた。ロビーにエリスの姿はなく、しかたないので健太はソファに座りしばらく待った。


「お待たせ」


数分待って、ようやくエリスが現れた。エリスは白のヒラヒラしたブラウスにピンクのフレアスカートという服装に着替えていた。昨日も似たような服装だったのだが、Tシャツにショートパンツという服装が多いエリスがこんなヒラヒラした服装だと違和感がある。


しかし、健太はエリスが好んで着ているのだから、違和感を感じたそぶりはみせなかった。


「昨日もそんな服だったけど可愛い服だね」


健太はとりあえず誉めておいた。


「ありがと。じゃあ、行きましょうか」


エリスはスーツケースを転がしながらフロントに向かって行った。健太も後に続いた。


チェックアウトを済ませホテルを出た二人は歩いて都城駅に向かった。


日曜日の朝なので、通勤通学の人がいないので駅前は閑散としていた。


もっとも、10時前なので通勤通学客はあまり関係ないかもしれないが。とにかく、都城駅周辺は人通りが少なかった。


健太とエリスは駅に着くと、すぐに改札口を通り吉都線の列車が発車するホームに向かった。


二人がホームに出てきた時にはまだ列車は来ていない。ホームに立ってしばらく待っていると列車がやって来た。


「昨日もこの列車に乗ったわよね?」


エリスが入線して来た列車を見ながら言った。


「昨日、青島に行った時に乗ったのと同じキハ40系の中のキハ47だね。日本中でこの型の列車が走ってるよ」


健太が白地に青のラインが入った気動車を見ながら説明した。


二人は列車に乗り込んだ。乗り込んで数分で発車となった。


10時18分発、吉都線肥薩線経由隼人行きは定刻通りに都城を出発した。健太とエリスは途中の吉松までの乗車である。吉松着は11時46分であるから、およそ1時間半の乗車時間である。


車内はガラガラで乗客は少ない、吉都線は周辺が観光地から少し離れているために、観光客の利用は少ない生活路線である。日曜日は比較的乗客が少ないのである。


「そういえば、この列車と同じ型の列車は日本中で走ってると言ってたけど、そんなにたくさん走ってるという事はとても優れた列車なのね」


エリスが車両に興味を示したので、健太は待ってましたと言わんばかりの嬉しそうな表情を見せた。


「特に優れてるわけじゃないんだよ。このキハ40が造られた時代は、古くなって使えなくなりそうな気動車がたくさんあって、早急に大量の新型気動車を造らなければならなかったんだ」


健太が話すとエリスがなるほどと頷いた。


「当時はJRは国鉄という名前の国営鉄道だったんだよ」


「国鉄は知ってるわよ。天上界で日本について勉強した時に本で読んだから」


エリスは天上界で日本に来る前に、事前学習をしっかりとやっていたので、健太が思っている以上に日本や地上界について知っているようだ。


「国鉄は大赤字だったから、開発にお金をかけられないので、何種類も開発出来ず、このキハ40型を主力に後は何種類かの型式を開発したに留まったんだよ」


「うんうん、それで?」


エリスは健太の話に興味を持っているようだ。ヲタは興味を示されると喜んで話す。健太も例外ではなかった。


「お金をかけられないので、あまり高性能なのは造れないし、全国で使う主力型式だったから、失敗しないように無理のない無難な設計になったので、性能的には平凡なんだよ」


「あまりにも性能が悪いのは問題外として、性能が良すぎても使いこなせない事があるからかしら?」


エリスが言うと健太が大きく頷いた。


「そうそう、その通りだよ。どこでも誰にでも使えるように、平均レベルの車両になったという訳さ」


健太が説明した。こういう鉄道の話をする機会はあまりないので、喜んで話をした。


「開発当初は新型車とあって、すごく喜ばれていたんだけど。時代が変わり、当初は設置されてなかったクーラーを設置したり、他にもあれこれ便利な装置をくっ付けたのはいいんだけど、そうしたら車両が重くなってしまって、スピードは出ない、燃費は悪いと運転士からは不評になってしまったんだよ」


健太がキハ40について説明した。エリスが納得したような表情で頷いていた。


「やっぱり、健太って鉄道大好きなのね」


エリスが言うと、健太は首を振った。


「いや、好きなのは、鉄道じゃなくて鉄道旅行だよ。鉄道が走ってるのを見るのはあまり好きじゃない。鉄道に乗るのが好きなんだ」


健太は力説した。鉄ヲタにも種類があり、健太は乗り鉄である。乗り鉄は鉄道は乗ってこそ楽しめるという考えなので、写真を撮って満足する撮り鉄の価値観が理解出来ない。


「私は鉄道だけじゃなく、乗り物に乗って旅行するのは大好きよ」


「じゃあ、これから日本中を旅行して回るのが楽しみだね」


「そうね。とっても楽しみよ」


エリスは車窓の景色を眺めながら言った。吉都線から見える景色は、それほど眺めが良いわけではない。農村部を走る普通の路線である。小林市、えびの市も通っているが、どちらも小さい町なので特に目を引くものはない。


健太にとってはちょっと退屈な景色だが、エリスは飽きる事なく景色を眺めていた。


車窓から太陽の光が差し込み、エリスのブロンドの髪を照らした。普段は下ろしている髪の毛を今日はポニーテールに結んでいた。


光を浴びるブロンドの髪はことのほか美しく、健太はつい見とれてしまった。無意識のうちに手の甲でポニーテールの房の下の方を触っていた。


エリスは健太に髪を触られた事には気付いていたが、健太が触り終えるまで気付かないフリをしていた。


健太がエリスの髪から手を離すと、ひと呼吸置いてからエリスは振り向いた。


「ねぇ、今月はもう一度泊まりがけで旅行に行けるのよね? 行き先はまだ決まらないの?」


「プランはいくつかあるけど、まだ決めてないんだよ。6月後半は梅雨時で列車もホテルもあまり混雑しないから、慌てなくても大丈夫なんだけどね」


健太はまだ次の旅行先を決めていなかった。行かなければならない場所が多すぎて迷っていたのである。


「エリスはスマホで旅行の情報とか調べてる? 調べてるのなら、行きたい所とか、乗りたい路線とかあればそこに行ってみようか」


健太はエリスが希望する場所に行くのが一番だと考えていた。エリスが希望を言ってくれれば、それに添ったプランはすぐに立てられるくらいの知識があるからだ。


「ネットで調べてたら、小海線っていうのが景色が良さそうで乗ってみたいわ」


「小海線か、いいねぇ。あのあたりは景色がいいからなぁ。よし、小海線を含めたプランにしよう」


健太は以前に小海線に乗った時の事を思い出しながら言った。確かに、小海線の景色は良かった。


(エリスはなかなか良いセンスをしてるな)


健太はエリスのセンスに関心した。


「あと、一つお願いがあるの」


なぜか、エリスが頬を赤くして言った。


「何かな?」


「泊まるホテルは私が決めたいんだけど」


エリスが緊張した声で言った。その緊張感は健太にも伝わったが、理由はわからなかった。


「構わないよ。エリスのスマホで予約サイトを登録しておくよ。でも、あんまり高いとこは勘弁してよ」


健太は昨夜泊まったホテルが安っぽかったので、エリスのお気に召さなかったのだと思った。


「わかってるわよ。安くていいホテルを見つけるわ」


エリスは満面の笑みを浮かべて言った。


(やった!これで健太と同じ部屋に泊まり、同じベッドで寝られるわ)


(昨夜のホテル、そこまで粗末な宿じゃないんだけど、女の子はやっぱり豪華なホテルじゃなきゃダメなのかなぁ……)


こうして見ると、健太はあまりにも女の子の考える事を理解していないように思えるが、健太自身、エリスにそのような願望があるなど、夢にも思ってないのだからしかたない。


列車はえびのを過ぎて、ようやく山深い高原を走るようになった。


「もう少ししたら吉松に着くから、そこで乗り換えだよ。3分しかないから、駅でトイレとか行けないから、トイレに行きたいなら今のうちに行っといて」


「えっ? 3分で間に合うの?」


エリスが驚いたような顔で尋ねた。


「吉松は小さな駅だから、大丈夫だよ」


健太は経験上間に合うと考えていた。


そして、列車は問題の吉松に着いた。


「『しんぺい2号』あれに乗り換えるんだよ」


別のホームに止まっている2両編成の列車を指差しながら言った。


列車が止まりドアが開くと、健太とエリスは素早く下りて肥薩線のホームに急いだ。


健太とエリスはしんぺい2号へそそくさと乗り込んだ。二人に続き、同じく吉都線から乗り継ぐと思われる客が数人乗り込んで来た。


車内は木をふんだんに使ったレトロかつ新鮮な雰囲気で、普通の座席だけでなく、販売スペースや展望席、運転席からの前面展望を映すモニターなどがあり、一般的な列車とは一味違ったおもむきだった。


健太はあらかじめ予約していた1号車5番AとB席に座った。この列車はボックスシートとなっており、二人ずつ向かい合わせに着席するようになっている。健太とエリスの向かい側は中年夫婦が座っていた。


二人が網棚にスーツケースを載せて、指定された席に座るとすぐに列車が動きだした。


吉松駅を発車した列車は、しばらくは人家の見える所を走っていたが、すぐに林の中に入り人家は見えなくなった。ただし、列車からは見えないだけで、林の向こうには広い道路があって、家も建っているのである。


この列車は観光列車であるから、車内アナウンスも沿線の案内など観光客向けのアナウンスが流れていた。


列車名となっている『しんぺい』とは、この列車が走っている区間が開業した時の鉄道院総裁だった後藤新平が由来である。ちなみに、この観光列車は逆方向、つまり人吉発吉松行きもあるが、こちらには『いさぶろう』と名付けられており、こちらはこの区間が建設された時の逓信大臣、山縣伊三郎の名前から取っている。


このようなアナウンスが流れるなか、列車はゆっくりとした速度で山の中を走る。車窓からは林しか見えない。


車内には、これから通過するトンネルで終戦直後に大事故が発生し、49人が死亡し慰霊碑が立てられているというアナウンスが流れた。


この事故は、トンネル内が上り坂になっており、列車を牽引していた蒸気機関車の車輪が何らかの原因で空回りして、前進不能となりトンネル内に停車。


客車内だけではなく、機関車や一緒に連結されていた貨車にも多数の乗客があり、蒸気機関車の煙突から出る煙りにむせて列車から降り列車後方の出口に向かって歩き出した。


一方、機関車を運転していた機関士も、このままトンネル内に停車していると乗客が煙に巻かれると考え、前進出来ないなら後ろに下がればよいと列車を後退させた。


その後退していた列車に先に列車から降りて歩いていた人が轢かれたという事故だった。


そんな事故のあったトンネルもゆっくりと通過して行き、列車は真幸駅に着いた。この駅はスイッチバック式の駅であり、ホームは本線から脇道に分離した場所にあった。


このしんぺい2号は、停車する駅に乗客が降りて写真を撮るなど出来るように各駅5分間ずつ停車する。


真幸駅に着くと乗客の半分くらいは列車からホームを降りたので、健太とエリスも列車から降りてみた。


ただ、降りてはみたものの真幸駅はこれといった物があるわけでもなく、ホームから列車を撮影する人はよいが、そうでない人にとっては辺鄙な所にある寂れた駅にすぎない。


「周りには誰も住んでないように見えるけど、なぜこんな場所に駅があるの?」


エリスが周囲を見渡しながら言った。真幸駅は山のへりに造られた駅で、駅から見る限りこれといった建物も見えない。エリスの疑問は当然だろう。


「ここからは見えないけど、少し離れた場所には人が住んでるんだよ。昔は駅の近くにも家が建っていたんだけど、大雨による土砂崩れでこのあたりの家は全部流されてしまい。その後このあたりに家を建てる人がいなかったから寂れたんだよ。でも、少ないながらもこのあたりはまだ人が住んでるから、駅を廃止するわけにはいかないんじゃないかな」


健太がエリスの疑問に答えた。


エリスがなるほどとうなずいていると、ホームに降りていた乗客達がぞろぞろと列車に戻っていた。どうやら、発車時刻が近付いたようである。健太とエリスも車内へ戻り、さっきまでと同じ席に座った。


しんぺい2号が真幸駅を出発した。これからが本格的に景色が良くなる区間である。地上界に来て間もないエリスが車窓を楽しんでいるのはわかるのだが、実は健太もこの区間を楽しみにしていた。


「単純に駅を巡るだけなら、こんな場所で列車に乗らないで、ひたすら次の目的の駅を目指せばたくさんの駅に行けるけど、ここは俺のオススメの路線だから、エリスにどうしても見せたかったんだよ」


二席並んだ席の通路側に座った健太は、窓際の席に座り流れ行く景色をじっと見つめているエリスに話し掛けた。


「旅行前からそんな事言ってたけど、健太は以前にこの列車に乗った事あるんでしょ? だったら、退屈じゃない?」


エリスが健太の方に向き直って言った。


「前回は人吉から吉松に向けて乗ったけど、吉松側から乗るのは始めてだし、何より前回はこのあたりは雨が降ってて、せっかくの絶景が霧にかすんでいたからね」


「霧にかすむ高原っていうのも、なかなか良さそうじゃない」


健太の説明にエリスが言った。


「前回は雨だったけど、今回は晴れたので前回とは違う風景が見れるから楽しいよ」


健太もエリス越しに車窓を眺めながら言った。


「話変わるけど、健太はお腹空かないの?」


エリスが突然話題を変えた。健太は想定してない話だったので一瞬戸惑った。


「特にお腹が空いてるわけじゃないけど。エリスはお腹が空いたの?」


健太は何も考えずにエリスに訊いた。エリスは少しムッとしたような表情になった。健太はにこやかだったエリスが表情を変えた事に気付いたが、なぜムッとしたのかはわからなかった。


「そうね。何か食べたい気分ね」


エリスは遠回しに言ったのだが、実際はお腹が空いていて今すぐ昼ごはんにしたいくらいだった。


(カップルでいて、男性はお腹が空いてないのに、女だけが何か食べたいなんて言えるわけないでしょ!)


(端から見たら、私がおおぐい女に見えるじゃない! 健太はこういうとこデリカシーがないのよね)


エリスは言葉には出さなかったが、心の中で健太に腹を立てていた。


「そういえば、もう12時10分だな。昼ごはんの時間なのか……」


エリスの心の中も知らず、健太は独り言のように言った。


「人吉で15分しか時間がないから熊本まで行って、そこで昼ごはんにしようと思ったんだけど……」


「熊本って、熊本駅よね? ずっと先じゃない」


健太は乗り鉄旅行の時は、朝から晩まで列車に乗り。乗り継ぎ次第では朝から晩まで何も食べられない事もある。だから、熊本まで何も食べずに行くのは健太にとっては何の苦にもならない。


しかし、エリスはそんな旅行などやらないので、三食きちんと食べたいし、それが普通であろう。


「車内の売店に弁当があるはずだから、買って来ようか?」


「弁当を売ってるの? だったら、買って来てほしいわ」


健太は以前にこの列車に乗った時、売店に弁当が置いてあったのを見ていたのだが、その弁当というのがかなり高価だったので買うのを諦めていたのである。だから、今回も車内で弁当を買うというのは考えになかった。エリスがどうしても何かを食べたそうなので、しかたなく売店に向かった。


健太は売店に行ってみたが、すでに弁当らしい弁当は売り切れており、豆ごはんが残っていたのでしかたなくそれを購入した。


健太は街中のスーパーの3倍近い値段の豆ごはんを買い席に戻った。


「弁当は売り切れていて、これしか残ってなかったよ」


健太が豆ごはんをエリスに渡した。


「あら、豆ごはんじゃない。私は豆ごはん大好きよ」


「そうだったね。エリス達は豆類をよく食べるんだったね」


健太は天上界では豆類を使った料理が多いのを思い出していた。


「健太は食べないの?」


「それ一つしかなかったし、豆ごはんは好きじゃないから」


エリスは自分だけ食べるのは申し訳ない気がしていたが、健太は熊本まで我慢出来るし、豆そのものが嫌いなのでわざわざ食べたくもないので、エリスが食べるのを見ても羨ましくはなかった。


列車は山の中腹のような所を山際にへばりつくようにして走っていた。


車内アナウンスでは、このあたりから大畑駅の景色が日本三大車窓の一つに数え上げられていると説明していた。


「たしかに、山の高い所から見渡せるから眺めがいいわね」


エリスが豆ごはんを食べる手を止め、ホテルで出発前に買っていたペットボトルのお茶を飲みながら車窓を眺めていた。


「三大車窓っていうくらいだから、あと二つあるのよね?」


エリスが健太の方を向いて質問してから豆ごはんを口に運んだ。エリスは地上界に来た当初は箸を使うのに苦労していたが、来てから約2ヶ月間、日常の食事で箸を使う事により、たいがいの物は箸を使って食べられるようになっていた。


「一つは長野県の篠ノ井線の姨捨という所、もう一つは北海道にあったけど今は廃止されてて見られないんだ。もっとも、三つ目に関しては人によって違う場所を主張しているから、何とも言えないんだけどね。姨捨の方は、再来週に小海線に乗りに行く時に長野へ行くから見られるよ」



健太が質問に答えた。だいたい『三大〇〇』というのは二つは定番で、最後の一つは人それぞれに違うものを設定するのが普通である。世界三大美女というのがあるが、クレオパトラと楊貴妃は世界中の誰に聞いてもこの二人の名前は挙がる。しかし、三人目は日本では小野小町とされているが、外国では違う人物になっているはずである。


「健太は三大車窓の三つ目はどこだと思ってるの?」


「俺は和歌山県の紀勢本線から見る太平洋かなぁ。あくまで、俺自身が見た事がある場所に限られるから、もっと景色のいい場所があるとは思うけどね」


「いつか連れて行ってくれる?」


「無理すれば日帰りで行けるから、その気になればいつでも行けるよ」


健太は紀勢本線の日帰りプランを頭に描きながら言った。


そんな話をしていると列車は矢岳駅に到着した。この駅でも5分間停車するので列車から降りる乗客もいたが、エリスがまだ豆ごはんを食べ終えていなかったので、健太は車内に残った。


5分後列車は出発した。ここからがこの路線のハイライトである大畑ループである。ちなみに大畑は『おおはた』ではなく『おこば』と読む。


車窓からは山と木しか見えないが、視界が開けた場所に来るとかなり高い場所を走っている事がわかる。


『これからループ線区間に入ります。車窓右手からご覧になれます』


車内にアナウンスが流れる。健太とエリスは右側の席だったので車窓に注目していればよいが、左側に座った乗客は、席を立ち右側の車窓が見える場所に移動してループ線を眺めている。


「ほら、ずっと下に線路が見えるだろ? 山をぐるっと回りながらあそこまで降りるんだよ」


健太がはるか下にあるループ線の終端付近の線路を指差しながら言った。


このあたりはトンネル以外は非常に眺めが良く、健太とエリスの向かい側に座っている中年夫婦の夫がデジカメで写真を撮っている。


列車は慎重に速度を制御しながらゆっくりとループ線を進み、だんだん標高が下がって来た。乗客がだいぶ下まで降りたなと実感するあたりに大畑駅がある。


大畑駅は真幸駅と同じスイッチバック駅なので、一度本線で停車した後に反対方向に走り側線に入って駅に向かう。側線の終端に駅があるが、この駅も周囲に人家は見えない。


この駅でも5分間停車するが、エリスは景色には興味を示すが、スイッチバック等の鉄道にはあまり興味がないみたいなので、列車からは降りずに車内で待機する事にした。


5分後に大畑駅を発車した列車は終点の人吉へと向かう。山の中から開けた場所に出て、やがて人家が見え始め、見える人家がだんだん増えて行きそれなりの街になって人吉に到着する。


しんぺい2号は13時05分に人吉に到着した。人吉から熊本までは『やませみかわせみ4号』に乗車する。発車は13時20分である。やませみかわせみ4号は既にホームに入線しており、健太とエリスはすぐに列車に乗り込み指定された席に行き、網棚にスーツケースを載せてから再びホームに降り自動販売機で飲み物を購入した。健太は緑茶をエリスはゼロカロリーのコーラを購入してから席に戻った。


「今日三つ目の列車だけど、三つとも内装や外の色は違うけど同じ型よね?」


席に座ってペットボトルのコーラを一口飲んでからエリスが健太に言った。


「よく気付いたね。全部キハ47という型式だよ。この人吉と熊本の間は前に乗った時はキハ185という車両で、列車名も『九州横断特急』という名前だったけど、いつの間にか変わってたんだな」


健太はエリスが同じ型の車両だと気付いた事に関心した。さすがにエリスは天使(天上界の特殊工作員)になろうとしているだけに、観察眼は大したものである。


「以前の九州横断特急はキハ185という、ごく普通の特急型気動車だったけど、特急型だけあって乗り心地は良かったんだけどね。キハ47はいくら内装や外部をきれいにしても、元は普通列車用だから、これで特急料金を払わなければならないのは納得できないな」


健太はこの区間の特急列車が観光特急に変更された事が不満のようである。


車内は日曜日の午後とあって、熊本や博多、あるいは本州へ帰るのであろう観光客が多く乗車しているようで、席は8割方埋まっていた。


やませみかわせみ4号は、13時20分定刻に人吉駅を出発した。


最初のうちは人吉市街を走り、やがて球磨川に近付いたり遠ざかったりしながら進み。そのうちにずっと球磨川へばりついて走るようになる。山に囲まれた谷底に球磨川が流れており、球磨川沿い以外に線路を敷ける場所がないからである。


川の景色もいいものではあるが、延々と続くとさすがに飽きてくる。景色に飽きたのか、豆ごはんを食べて満腹になったからかわからないが、窓側の席に座ったエリスが健太に体を預けるようにしてウトウトし始めた。


健太はエリスを起こさないように注意しながら、自らも目を閉じてウトウトし始めた。


二人とも眠っているうちに列車は八代に着いていた。健太が目を覚ますとエリスは既に起きていた。


「ちょっと眠ってしまったよ」


「鉄道にずっと乗るのって、意外と疲れるのね」


エリスの言葉に健太は大きく頷いた。



「そうなんだよ。乗ってるだけでも、けっこう疲れるんだよ」


健太は乗り鉄が疲れると他人に言っても、座ってるだけで疲れないと思われているようで、なかなか理解してもらえないので、エリスが理解してくれて嬉しかったのである。


やませみかわせみ4号が熊本に着いたのは15時01分である。二人は改札口から一度出て、切符売り場で熊本駅訪問の証拠となる入場券を買った。


熊本から福山まで乗車する『さくら562号』は16時ちょうどの出発で、約1時間の待ち時間があった。


「健太、お腹が空いたでしょ。何か食べて来ればいいわ」


エリスは健太がホテルで朝ごはんを食べてから何も食べていないので、健太に食事を促した。


「エリスはどうする?」


さすがに、エリスをほったらかしにして自分だけ何か食べるわけにもいかないので、健太はエリスの意向を確かめようとした。


「私は列車内で食べたからいいわ。今食べたら福山に帰ってから晩ごはんが入らなくなりそうだし」


エリスは晩ごはんまでは何も食べないつもりのようである。


「そうだなぁ。福山に帰ってから晩ごはん食べるんだから、今たくさん食べたら晩ごはんが食べれなくなりそうだ」


健太は空腹ながら、晩ごはんまであまり時間が空かない事から、今のうちにたくさん食べるのは得策ではないと考えた。


「駅のコンビニでサンドイッチでも買って来るよ」


健太は構内を歩き、コンビニを見つけるとエリスを外に残してコンビニに入って行き、サンドイッチを一つと缶コーヒーを買って出て来た。


健太とエリスは再び改札内に戻り、新幹線の待合室に行きそこでさくら562号を待つ事にした。待ち時間に健太はサンドイッチを食べておいた。


「晩ごはんどうする?」


健太がエリスに尋ねた。


「帰り道に福山駅で食べてもいいけど、荷物が邪魔だから、一度家に帰ってから晩ごはんを食べに行かない?」


エリスはスーツケースを持ってウロウロしたくないようである。


「じゃあ、一度帰ってから、クルマでファミレスにでも行こう」


健太はエリスの案に同意した。


16時ちょうど、健太とエリスは熊本駅から、さくら562号に乗って出発した。福山には18時16分に着いた。在来線だと、少しの距離を移動するのにかなり時間がかかるケースもあるが、新幹線はさすがに速い。


健太とエリスは、さくら562号に乗り18時16分に福山に着き、18時42分発の福塩線に乗り備後本庄に着いたのは18時45分だった。


備後本庄駅から自宅マンションまで歩いて帰り、二人の初めてのお泊まり旅行は終わったのである。

次回は健太と泊まるホテルを予約しようとするエリスの話です。

お楽しみに

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