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またしても予期せぬ来訪者

更新が遅れ気味で申し訳ありません。多忙と夏バテでなかなか更新出来てないですが、これからも粘り強く更新していくつもりです

5月末の平日の夜、路線バス運転手の中野健太は仕事からまだ帰っておらず、自宅マンションには天上界の天使候補生のエリス・ローバーンが晩ごはんを用意して健太の帰りを待ちわびていた。


この週末に健太とエリスは九州に泊まりがけで旅行に行く事になっており、二人は既に旅行の準備を済ませており、二人分のスーツケースが台所の片隅に置かれていた。


なぜ、健太とエリスが旅行に行くのかというと、エリスが天使になるための試験が、財産を何一つ持たずに地上界に来て、一年間で日本全国47都道府県庁所在地の代表駅を訪問するというものだからである。


ちなみに、エリスがなろうとしている天使というのは、地上界の人向けの呼び方であり、実際は天上界の人間が自分達のルーツを調べるために、いつの日か地上界で大規模な調査活動をするために、その時が来るまで地上界が滅亡しないように、天上界の人間の優れた頭脳と発達した科学技術を使い、地上界を正しい方向に導くのが任務であるので、実際には特殊工作員のようなものだと考えられる。


そのエリスが天上界から地上界にやって来て、なぜか健太のマンションに居候する事になり、健太に資金援助してもらいながら全国の駅を訪問しているのである。


健太もエリスも互いに少なからず好意を持っているのだが、二人とも異性関係に積極的でないために正式にお付き合いしているわけではなく、健太のマンションにエリスがホームステイしているような関係に留まっていた。


さて、この日はエリスは晩ごはんとして、エリス自身の大好物であるカレーライスを用意して健太の帰りを待っていた。


健太の仕事も既に終わっている時間なので、間もなく帰って来るとエリスは考えていた。健太は帰ってすぐに冷たいウーロン茶を飲む事が多いので、エリスは冷蔵庫を開けてウーロン茶のペットボトルがちゃんと入っている事を確認した。


そんな時である。突然、玄関の呼び鈴が何の前触れもなく『ピンポ〜ン♪』と鳴ったのである。


(一体誰かしら?)


エリスは考えた。健太が帰って来たのなら呼び鈴を鳴らすわけがない、今日誰か訪ねて来るとは聞いていない、訪問販売員が来るには時間が遅すぎる。


(いくら考えても誰なのかわからないわ)


エリスは誰が訪ねて来たのかわからず、かといって無視も出来ないので、ドアのレンズから覗いてみた。


エリスがレンズ越しに見た人物は女性だった。顔ははっきりとはわからないが、服装は黒っぽい上着に白のブラウスでOLっぽく見えたのだが、何者なのかエリスにはわからなかった。


(知らない人が訪ねて来てドアを開けちゃマズいわね。まして、健太の家だし。でも、健太に用事がある人かも知れないし……)


エリスが目をレンズに当てたまま考え込んでいると、ドアの向こうの女はドアを叩き始めた。


「健太、いるのはわかってるんだから。居留守使っても無駄だよ」


女はドアを叩きながら大声で言った。


エリスは女が健太の名前を出したので、間違って呼び鈴を押したわけではなく、健太に何らかの用事があって来たのだろうと考えた。しかし、健太からは誰か訪ねて来るとは聞いておらず、ドアを開けてもいいかどうか判断しかねていた。


ドアの向こうの女は、エリスが何の反応も見せないので、またしてもドアを叩き始めた。


「ちょっと、健太、開けなさい。何やってるの!」


女は先程より更に大きな声で怒鳴っている。エリスはこのままでは近所迷惑になるので、とりあえず、ドアを開けて様子を見る事にした。


「あの、どちら様でしょうか?」


エリスはドアを開けて目の前の女に話かけた。同時にエリスは女の姿を観察した。


女は年齢はエリスよりは明らかに年上であり、健太と同じくらいか少し年上くらい。服装は白のブラウスの上に黒に近い紺色の上着、同じ色のスカートを履いている。このままオフィスに居れば何の違和感もないだろう。


顔立ちはキリッとした感じで、なかなかの美人である。セミロングの髪は軽く茶髪に染めているようだ。


「えっ!?」


女は驚いた様子で目を見開いて立ち尽くしていた。


「私、日本語はわかりますから」


エリスは自分が外国人に見えたので、どう話しかけたらよいかわからずに困っているのだろうと考えた。しかし、女が驚いているのはそんな事ではなかった。


「あなた、誰?」


女は驚いた表情のままで、何とか声を絞り出して言った。


「私はエリス・ローバーンといいます。イギリスから来ました」


エリスは地上界における自身の設定通りに答えた。


「あの、ここは中野健太という人の部屋よね?」


女はエリスに尋ねた。


「はい、そうですが」


エリスは答えたが女が何を考えてるのかがわかり、次の答えを頭の中で考えていた。


「あなたはなぜ健太の部屋にいるの?」


女はエリスの予想通りの質問を浴びせてきた。だが、エリスはこの質問に対する答えをまだ用意出来ていなかった。


「それは、もうすぐ健太が仕事から帰って来ますから、本人に訊いてみたら良いと思います」


エリスはここで自分が変な答えを出して、健太が後で困るといけないので、健太に答えてもらい自身は健太の答えに合わせるつもりだった。


「それより、あなたは健太とはどういうお知り合いでしょうか?」


エリスは女の正体を探ってみる事にした。


「それより、あなたこそ健太とはどういうお知り合いかしら。そんな服装で健太の部屋に居るって事は、相当に深い仲だとは思うけど……」


女に質問したはずが、逆に質問を返されてしまった。エリスはどうしようか困ってしまった。


ちなみに、女が言うエリスの服装だが、タンクトップにショートパンツという露出度が高い服装で、更にこの日のエリスはノーブラだったので、タンクトップの胸の部分は、バストの膨らみの先端に乳首の形が浮き出ていた。


女はエリスが男性の部屋でこのような挑発的な服装で居るという事は、かなり深い仲であろうと想像していた。


「ただいま……あれっ!?」


エリスと正体不明の女が玄関で対峙しているところに健太が帰って来た。健太は女を見ると驚いた表情になった。


「あっ、健太」


エリスが困惑した表情のまま健太の姿を見つめた。


「あら、健太君お帰りなさい」


女は驚きもせず淡々と言った。


「何してんだよ?」


「来ちゃ悪い?」


「悪いよ。連絡もせずに来るな」


「連絡したらどうするつもり? その子をどこかに隠しでもするのかしら」


「……」


エリスは二人のやり取りを見ていたが、何が何だかわからない。


「健太…その人は?」


エリスはわけがわからず混乱したまま訊いた。


「俺の姉だけど、姉さん言ってないのか?」


「言ってないわよ。弟の部屋に外国人の女の子がいて、こっちもわけがわからなかったから。それより、あんたは自分に姉がいるとこの子に言ってないの?」


「そういや、言ってなかったな。そんな話題になった事ないし」


全てわかってしまえば何の事はない。単純な話だったのだが、エリスは女の正体が健太の姉だとわかり心底ホッとした。


健太は自分は彼女いない歴=年齢だと言ってたが、もしも彼女がいるのを隠していたとすれば、エリス自身が心に秘めていた想いも、地上界で受ける試験の計画も、全てが水の泡となるところだったからである。


「とにかく、お姉さんをずっと立たせておくわけにいかないし、健太、お姉さんに中に入ってもらいましょう」


エリスはずっと玄関先で立ち話しているのも良くないと思い、姉を部屋に招き入れようとした。


「姉さん、とりあえず中に入れよ」


「じゃ、お邪魔するわ」


姉が部屋に入る間に、エリスが居間の座卓の脇に姉の分の座布団を素早く用意していた。


「あら、悪いわね。それにしても、ずいぶんしっかりした子ね。まだ子供みたいなのに」


姉はエリスが座布団を手際よく準備していた事に関心していた。


座卓の周りに三人座ったはよいが、座卓には健太とエリスの晩ごはんが用意してある。


「お夕食の時間だったのね。悪い時間に来ちゃったかな?」


姉は座卓の上の晩ごはんを見ながらバツが悪そうに言った。


「悪いよ、連絡もせずに来るんだから」


健太が吐き捨てるように言った。


「姉が弟を訪ねるのに、わざわざアポを取る必要なんてないでしょ。出張で岡山に来ていたから、会社から支給された宿泊費を浮かすために、ここに泊めてもらおうと思っただけよ。泊めてくれたお礼にごはん作って掃除くらいはしてあげようと思ったけど、どうやら必要なかったみたいね」


姉は悪びれる事もなく言った。


「で、健太、彼女を私に紹介してくれないのかな?」


姉は意地悪っぽく言った。


「えー……彼女はエリス・ローバーンといって……」

「名前は聞いたからもういい、イギリスの方なんでしょ?」


「じゃあ、何を言えばいいんだい?」


健太は肩をすくめた。


「あなたとその子の関係に決まってるでしょ? あなたたちが同棲してる事は見ればわかるけど、どう考えても健太がこんな可愛い年下の外国人と付き合えるわけがないし、いったい、どこでどう知り合ったのかしら」


「エリスから聞いてないのか?」


健太は姉に尋ねた。この質問は当然のものであるが、回答するのはとてもめんどくさい。出来ればエリスが適当に回答しておいてくれればよいのにと思った。


「エリスさんはあなたが説明するからって言ってたわよ」


「マジかよ……」


健太はまさかエリスが自分に説明を丸投げしていたとは思ってなかったので、困惑した。姉に対する回答を頭の中で整理しながらエリスを軽く睨んだ。


健太に睨まれたエリスはバツの悪そうな表情で目を反らした。


「ええとね……」


健太は姉にエリスはイギリス人で18歳である事、日本が好きで長期滞在して全国を旅している事、彼女がたまたま福山を訪れた時に知り合い意気投合した事、日本全国を旅する拠点として健太のマンションに居候している事を説明した。


この説明は健太が咄嗟に考えた嘘であり、かなり無理があるように思えるが、その場で思い付いた嘘としては上出来だろう。健太とエリスはこれからはこの設定で通していなかければならない。


「まぁ、その説明が全部正しいとは思わないけど、同棲してるという点は正しいみたいね」


姉は部屋の中に女性が使う物があったり、食器類がちゃんと二人分ある事などを見て、健太とエリスがこの部屋で同棲しているのは正しいと考えた。


「で、あなたたちは付き合ってるの?」


姉は当然の質問をした。しかし、健太とエリスには回答に困る質問だ。


「私は健太にお世話になってるだけですから……」


「日本に滞在中の生活拠点を探していたから、それならうちを使えばという感じで……」


健太とエリスはかなり無理のある回答をした。こんな回答で姉が納得するはずがない。


「そんなわけないでしょう。まぁ、二人の様子を見れば互いを好きなのは一目瞭然だけどね」


姉は二人の言い分に苦笑いしながら言った。


「それより、あなたたち、夕食は食べないの? 私は済ませてお腹一杯だから、気にしないで食べちゃいなさいよ」


姉は二人がいつまでたっても座卓の上に用意された食事に手を付けないのを気にして言った。


「そうだ、晩ごはん忘れてた」


「すぐにカレーを温めるわ」


エリスは慌てて台所に行き、冷めたカレーの鍋を火にかけた。そして、冷蔵庫から二人分のサラダを出し座卓に置いて、再び台所に戻り、今度は姉の分も含めてコップを三つ出して座卓のそれぞれの席に置き、ウーロン茶のペットボトルを冷蔵庫から出して来て三つのコップに注いだ。そうするうちにカレーが温まってきたようで、エリスは台所に戻ってカレーをかき混ぜていた。


「彼女、いい奥さんになれるわね。健太、絶対に彼女と結婚しなさいよ」


姉は真面目な顔で言った。姉はエリスが手際よく食事の用意をする様子だけでなく、部屋の中が汚れ一つ無く綺麗に掃除されているのをちゃんと見ていた。これまでは姉がたまに健太の部屋を訪れた時は、汚れ放題の部屋を掃除するのが常だったのである。


「彼女の方にも事情というものがあって、結婚とかそういうのは考えられないんだよ」


健太はエリスが異世界の人間であるので、結婚というのは現実的でないと考えていた。


「あの子にどんな事情があるか知らないけど、男女の愛情に勝る事情なんて無いと思うわよ」


姉は健太にいい嫁が見つかったとほくそ笑む親類のおばさんのような気になっていた。


「まぁ、色々あってね」


健太はこの話を早く終わらせたかった。


「温まったわよ」


エリスが座卓にあったご飯だけが盛られた皿を一度台所に下げて、カレーをかけて再び戻ってきた。


「いただきます」


健太がスプーンを取ってカレーを食べ始めた。味に満足したようで、うんうんとうなずきながらカレーをどんどん口に運ぶ。エリスはその様子を見て、満足したように笑みを浮かべてからようやく自分もカレーを食べ始めた。


カレーとサラダの晩ごはんを食べ終えて、エリスが食器を台所に下げて洗い始めると、姉は健太に言った。


「独身男のわびしい独り暮らしを想像して来てみれば、ずいぶんいい生活してるのねぇ〜」


「そうかなぁ……」


「ちょっと待って、タクシー呼ぶから」


姉はスマホを取り出してタクシー会社に電話をかけた。


「今から30分後にお願い出来ますか? 場所は……」


姉は突然タクシーを呼んだので健太は驚いた。


「急にタクシーなんて、どうしたんだ?」


「健太とエリスさんを見てると、私はどう考えても邪魔者でしょ。だから、タクシーが来るまでにネットでホテルを探してそこに泊まる事にするわ」


姉は健太とエリスの様子を見て、自分の出る幕ではないと考え、泊めてもらうのを諦めていたのである。


「今から泊まれるホテルあるかな?」


「夜遅くになって、終電に乗り遅れたりでビジネスホテルを利用するケースもあるから、今からでも充分に泊まれるわよ」


姉はスマホのホテル予約サイトを調べながら言った。


「そうか、それならいいけど……タバコどうしたかなぁ?」


健太はタバコを吸おうと思いタバコを探したが見当たらない。


「職場で一箱吸い切ったけど、家にまだ一箱二箱残ってると思ったけど……」


健太は困った顔でタバコを探すが見付からない。


「しかたない、すぐ近くにタバコの自動販売機があるから買って来る」


健太は財布を持つと立ち上がった。


「タバコ買って来るよ。それから、姉さんは今からホテルを探してそこに泊まるんだって」


健太は出掛けにエリスに声をかけて出て行った。


しばらくして、晩ごはんの後片付けが終わりエリスが居間に戻って来た。


「お泊まりにならないんですか?」


エリスが心の中ではホテルに泊まると聞いてホッとしていたものの、一応言葉だけは残念そうに言った。


「エリスさん、本当は私が泊まらなくてホッとしてるんでしょ?」


姉はニコニコしながら言った。


「いえ、そんな事は……」


「今は女二人だけよ。女同士隠し事無しで話したいんだけど……」


「はい」


エリスは姉に何を言われるか戦々恐々としていた。


「あぁ、エリスさんに名前を訊いていながら、まだ私は名前を言ってなかったわ。私は中野瑞季(なかの・みずき)というの」


「瑞季さんですか……で、話とはなんでしょうか?」


エリスは瑞季に尋ねた。


「健太はあなたとは付き合ってないと言ってたけど、実際は、互いに好きなんでしょ?」


瑞季は真面目な表情で言った。瑞季が真面目に話しているので、エリスは適当に誤魔化さず正直に話す決心をした。


「彼が私をどう思ってるのかはわかりませんが、私は彼の事が好きです」


それを聞いた瑞季は満足げにうなずいた。


「だったら、何の問題もないわね。あなたにどんな『事情』があるのかわからないけど、そんなのは何の障壁にもならないわよ」


瑞季は優しい笑みを浮かべながら言った。


「ねぇ、失礼ながら質問させてもらうけど、エリスさん、あなた男性と親しく交際した経験が無いんじゃない?」


「えっ……なぜ、わかるんですか?」


エリスは自分でも自身が美人だと自覚している。また、天上界でも美人と言われ、周囲からはさぞモテるんだろうと思われていた。しかし、周囲の想像とは裏腹に男性との良い出会いが無く、男性経験は皆無に等しかった。瑞季にズバリ見抜かれてエリスは目を丸くした。


「健太も女性と付き合った事がなくて、その様子を見てよく知ってるからね。エリスさんも健太にそっくりだもの」


瑞季は笑いながら言った。


「私は健太に似てますか?」


「似てるどころか全く一緒よ。相手の事が好きだという事実よりも、障壁になりそうな『事情』を優先してしまい、あと一歩距離を近付けるだけで結ばれるのに、その一歩を踏み出す勇気がない。違うかしら」


「…………」


自身満々に言う瑞季に対し、エリスは黙るしかなかった。瑞季の言う事は正解である。しかし、エリスは自分がどうすればよいのかがわからない。


「そのあなたの『事情』ってさ、健太に対する好意と天秤にかけるわけにはいかないのかしら?」


瑞季がエリスに質問を投げ掛けた。核心を突く質問にエリスは考え込んだ。


「それは……その時になってみないと……」


エリスとしては、これが精一杯の答えだった。


「ごめんね、答えにくい質問をして。でも、少なくとも『事情』と好意を天秤にかける可能性がゼロじゃないという事ね。それで充分よ」


瑞季はホッとしたような表情を見せた。


「ねぇ、エリスさん。健太と男と女の仲にはなってないわよね? いつかはそういう仲になりたい? 健太には言わないから、私にだけ聞かせて」


エリスにとっては回答するのも恥ずかしい質問だが、瑞季は真面目な表情だ。エリスもここは真面目に回答すべきだと考えた。


「いつかはそうなれたらいいなとは思っています。でも、そうなってしまうと、後戻り出来なくなりそうで怖いんです」


「それって、たぶん……いや、確実に健太も同じ気持ちだと思うわ」


「わかっています……お互いに、どうすればいいのかわからない状態なのだと思います」


エリスが言うと瑞季は優しい笑みを浮かべながら話し始めた。


「健太の姉としてのお願いなんだけど、あなたが健太とそうなりたいという気持ちになったら、あなたからアプローチしていただけないかしら」


「わ、私からですか?」


エリスは少し驚いたように言った。健太の姉という立場からは、瑞季が健太の尻を叩き、エリスと結ばれるようにさせるのが普通ではないのかとエリスは考えたからだ。


「健太はあなたを守るという責任感から、あなたとは結ばれてはいけないと考えていると思うわ。だったら、あなたの方から強引に距離を縮めるしかないんじゃないかしら」


エリスは瑞季の言葉を聞いてなるほどと思った。


「あなたが何か訳ありなのはわかったけど、だからといって両想いの男女が形式にこだわり、秘めたる想いをあきらめるなんて悲しい事だと思うわね。互いに好きなら思いっきり愛し合えばいいじゃない。その後で問題があるなら、その時に二人で大いに悩んで答えを見つければいいじゃない」


「…………」


エリスは瑞季がまだ何か言いたそうなので、沈黙して続きを促した。


「その『事情』というのがあなたに関わるものならば、あなたの方から歩み寄った方がいいと思うの」


エリスは瑞季に言われて納得はした。しかし、すぐに実行出来るかと言われたら自信がない。


「あなたがおっしゃる通りだと思います。簡単に実行出来る事ではないですが……」


「でも、そんな挑発的服装で健太を焚き付けようとしてるくらいだから、出来ないわけないと思うわ」


瑞季は少し意地悪な言い方をした。それを聞いたエリスは顔を赤く染めてしまった。


「色白だからわかりやすいわね。エリスさん、あなた無意識に実行してるじゃないの。あと一息よ」


「そんなつもりじゃ……」


エリスが露出度の高い服装なのは、暖かい季節になるべく汗をかきたくないためである。建て前としてはそうなのだが、瑞季の言う通りで健太を挑発する気持ちが無かったわけでもない。


「私が言いたいのはこれだけ、そろそろ健太が帰って来るから、このあたりでおしまいにしましょう。話しながらホテルも予約出来たし」


瑞季はエリスと深刻な話をしながらも、ちゃんとホテルを予約していた。


そうしているうちに、健太がタバコを買って帰ってきた。


「健太、ホテルは取れたからタクシーが来たらすぐに行くわね」


「てか、もうそろそろ来るんじゃないか?」


健太が自分のスマホで時刻を確認しながら言った。


「じゃあ、マンションの前で待っておくわ」


瑞季は玄関に向かって歩き出した。エリスが慌てて後を追う。


「お見送りします」


「気を遣わなくてもいいわよ」


瑞季はエリスの見送りを辞退しようとしたが、内心は嬉しかった。外国人なのに日本語が異常に上手なのに加え、18歳にしてはとても人間が出来ている。これなら、健太を任せても大丈夫だろう。


「女性を夜に独りで外に立たせるわけにはいきませんから。健太もお見送りするんでしょ?」


健太はいつの間にエリスが瑞季になついたのかわからず、目をパチクリさせている。


「わかったよ。夜に女二人を外に立たせるわけにもいかないし」


健太も二人に続いて玄関に向かった。


「エリスさん、後はよろしくね」


マンションの入口の前に三人で立ち、タクシーを待っている時に瑞季がエリスに話しかけた。


「はい、ちゃんと炊事、洗濯、掃除はしますから」


エリスは答えたが、瑞季が言った意味を勘違いしているようだ。


「私が言いたいのは、そっちじゃなくて……」


瑞季は思わずズッコケそうになりながら言った。


「あっ……」


「そうよ。私がお願いしたいのはそっちの方よ」


瑞季の言いたい事を理解したエリスはまたしても顔を赤く染めてしまう。そんなエリスを見ながら瑞季は優しく微笑んでいた。


そうするうちにタクシーが来た。


「じゃあね。健太、結婚式には私を呼びなさいよ」


瑞季はタクシーに乗り込みながら健太に言った。


「ったく、結婚なら年齢的にそっちが先にしないといけないだろ」


健太が悪態をついた。


「もう、私も30になったのよ。年齢的にもうダメね」


瑞季は苦笑いしながら自嘲した。


「男女の想いに、年齢なんて些細な『事情』だと思いますよ」


エリスが横から口を挟む。


「あら、最後に一本取られちゃったわね。これは参ったわ」


瑞季はエリスがわざわざこのような事を言うのは、自分の中で吹っ切れたようなものがあるのだと感じて満足した。


「じゃあ、行くわね。さようなら」


瑞季は二人に手を振ってタクシーに乗り込んだ。タクシーはすぐに走り出し、あっという間に先の交差点を曲がり見えなくなった。


「はぁ……疲れた」


健太がため息を吐きながら独り言を言った。


「部屋に戻りましょう」


エリスは健太の腕に自分の腕を絡めて歩き出した。エレベーターに乗ってからも健太にくっついたままである。


「どうしたんだよ。外を歩く時みたいにくっついて」


エリスは健太と外出する時は腕を絡めて歩く、しかし、自宅マンションでわざわざ腕を絡める事などはないので、健太は少し驚いていた。


エリスは瑞季との会話で、健太との今後について、答えはまだ出ていないが、もっと親密になりたい、具体的に言えば性的な意味で愛し合いたいという想いを強くしていた。だからといって、今夜に即アプローチするというわけではないのだが。


「明後日から旅行だから、姉さんが来るのが後二日遅かったら留守宅に来てた事になるな」


部屋に戻って居間の座卓の前に座り、タバコを一服しながら何気なしに言った健太の言葉だが、エリスにはひらめくものがあった。


(旅行先で泊まるんだったわ。普段と違う環境でお泊まりするんだから、何かをやるならチャンスかもしれないわね)


エリスは旅行に行って、旅先のホテルで健太との仲を更に親密にするチャンスがあるかもしれないと考えていた。


そして、明日、ある物を買って来ようと決心した。


エリスは瑞季に会って自分から一歩踏み出す勇気を持つ事が出来た。自分が天使になる時、健太とは別れなければならなくなるだろう。しかし、一年近い時間が二人にはある。この一年近い時間は健太と思い切り愛し合いたい。その先に待ち受けるものを恐れて交際すらしないのは大きな損失である。


エリスはこのように決意していたのだが、健太はそれをどう受け止めるのか、エリスの女としての力量が問われるだけに、今度の旅行にエリスは気合いを入れて臨む決心をしていた。


その頃、瑞季は福山駅前のビジネスホテルにチェックインを済ませ、ホテル内の自動販売機で購入した缶ビールを飲んでいた。


(エリスさんは大丈夫そうね。後は健太しだい、頑張れ我が弟よ)


瑞季は二人の未来を想像しながらビールを飲んでいた。瑞季の未来予想図では、健太とエリスは『事情』を乗り越えて幸せな家庭を築いていた。

次回は健太とエリスの南九州旅行の話です。

お楽しみに

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