表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/34

クルマで駅を訪問してもいいんじゃね?

お待たせしました。健太とエリスの二人旅、今回はクルマで駅を訪問します。

5月下旬の天気の良い平日、健太は仕事が休みなのでエリスの47都道府県庁所在地の代表駅訪問の3駅目として、山口駅を訪問する事にした。


本来なら新幹線で新山口まで行き、山口線に乗り換えて山口まで行くのだが、今回はクルマで山口へ行く事にした。


なぜかというと、健太はエリスを秋吉台と秋芳洞に連れて行きたいからである。秋吉台と秋芳洞は山口駅からバスで行けるのだが、本数が少なく不便なため、クルマで行く方が楽だからである。


この日は早起きして、朝7時すぎに出発して、福山西インターチェンジから山陽自動車道に入り山口県を目指していた。


エリスは健太のマイカーである軽自動車に乗って買い物など近所に出掛けた事はあるが、何時間もかかるロングドライブは初めてである。


クルマは山陽自動車道に入り約30分、河内インターチェンジを過ぎて、間もなく東広島市に入るあたりである。


「天上界の自動車ってどんなの?」


ハンドルを握る健太が助手席に座るエリスに訊いた。


「どんなのって?」


エリスは健太の質問が漠然とし過ぎて、何を訊きたいのかわからなかった。


「どんな型なのかとか、エンジンはどんなのを使ってるのかとか」


健太はエリスに質問したい事をわかりやすく言った。


「型は地上界のクルマと大して変わらないわ。でも、天上界のクルマの方が大きいわね」


エリスが答えた。


「こっちのより大きいの?」


「ええ、天上界の方が道路や駐車場が広いからじゃないかしら」


天上界は日本より道路が広く作られているようである。日本のクルマが小さいのは日本人が小柄なのもあるが、日本全般に道路が狭く駐車スペースが広く取れない事も多いため、コンパクトサイズのクルマの需要が多いからである。


(天上界は日本みたいに人口が密集してなくて、大陸的なゆとりがあるんだろうな)


健太は天上界はクルマが日本より大きいと聞き想像が広がった。


「じゃあ、このクルマじゃ狭苦しいかな?」


健太がエリスに訊いた。別に意地悪な質問をしたのではなく、小さいクルマで申し訳なかったからである。


「……まぁ…ね」


エリスは歯切れの良くない返事をした。乗せてもらっているのに、クルマに文句を言う事は出来ないからであるが、健太はそれがわからなかった。


「これは、俺が一人で乗る事しか想定してなかったからなぁ」


健太はエリスの気持ちに気付かず、あっけらかんと言った。


エリスは健太が意地悪な質問をしたわけではないと気付いたが、だからといって健太のクルマを悪く言うわけにもいかない。


「合理的な理由ね」


エリスは無難に言っておく事にした。実はエリスは軽自動車は狭苦しいし、乗り心地もあまり良くないから長時間乗るのは疲れそうだと思っていたが、それは黙っておく事にした。


やがて、クルマは登り坂に差し掛かった。軽自動車でもターボが付いていれば速度は落ちないが、健太のクルマはターボが付いていない。登り坂ではどうしても速度が少し落ちてしまう。


「やっぱ、スピード出ないな」


健太は登り坂でアクセルを目一杯踏み込んでいるにもかかわらず、スピードが上がるどころか下がり気味のマイカーに対して愚痴をこぼした。


普通車が右側車線からどんどん追い抜いて行く。街中では便利な軽自動車もスピードを出す場面では力不足を感じるのだ。


「登り坂でスピードが落ちるのは当然でしょう? 他のクルマが、なぜあんなにスピードを出せるのか不思議だわ」


エリスは健太の軽自動車を追い抜いて行くクルマを見ながら行った。


「天上界の自動車はスピードが出ないの?」


健太が尋ねた。


「天上界のクルマは安全性と経済性重視だから。地上界のようなアブラで動かすエンジンもないのよ」


エリスが答えた。


「天上界のクルマは昔からバッテリー車なのよ。クルマには重いバッテリーを積んでいるから、あまりスピードが出ないし、バッテリーを節約するためにスピードを抑制する機能が付いてるの」


エリスが先程の言葉に付け加えて説明した。


「電気自動車か、こちらではこれから普及するだろうなぁ……あっ、そうだ。その辺のパーキングエリアで休憩する?」


健太はエリスがお手洗いに行きたくなってないかを確かめるために、休憩するかを訊いてみた。


「まだ出発したばかりじゃない。休むならもう少し行ってからがいいわ」


「じゃあ、広島を過ぎてから休憩しよう」


「おまかせするわ」


エリスは休憩したくないみたいなので、健太はクルマを先に進める事にした。


それから数十分、二人を乗せたクルマは広島市内を過ぎた。


「宮島サービスエリアか、ここで休憩しようか」


健太がエリスに尋ねた。


「そうね、喉も乾いたし」


エリスが同意したので、健太はクルマを宮島サービスエリアへと向かわせた。


健太はサービスエリアの隅の方の駐車スペースにクルマを停めた。


駐車場はトラックを中心にかなりの台数のクルマが停まっている。


「お手洗いに行ってくるけど、あなたはどうする?」


エリスがクルマから下りながら健太に尋ねた。


「俺はトイレはいいよ」


健太が答えた。


「クルマで待ってる? なら、飲み物買って来るわ。あなたは何がいい?」


「ブラックコーヒーを買って来てくれる?」


「わかったわ」


エリスはクルマを離れサービスエリアの建物へ向かって行った。


健太はクルマの中からエリスの後ろ姿を見つめていた。エリスの服装は、いつも通りのTシャツにショートパンツであるが、今日着ているTシャツは丈が短く、背筋を延ばすとヘソが見えてしまうので健太は目のやり場に困っている。


健太はエリスのショートパンツを履いたお尻に目をやった。エリスは異世界人とはいえ、地上界では白人に相当する人種である。やはり、お尻の肉付きの良さは日本人とは違う。


(あの尻にむさぼりつきたいなぁ……)


健太は遠ざかって行くエリスのお尻を眺めながら、いろいろと妄想する。


健太は実際にエリスに手を出す度胸もないし、何よりホームステイの女の子を預かっている感覚で同居しているので、二人の仲が進展する事はない。


しかし、妄想するのは自由である。健太の妄想の中では既にエリスとは身体で結ばれる仲である。健太はエリスも健太と同じ妄想をしていた事には気付いていなかった。


女性とのコミュ力皆無の健太はともかく、エリスも天上界ではなぜか男性と付き合う機会に恵まれず、男性との肉体的な付き合いの経験が皆無だったため、エリスから健太を誘う方法も知らず、互いに妄想だけを膨らませる事になっていた。


エリスが地上界へは試験を受けるために来ているのである事も、互いの距離をこれ以上接近するのを拒む障壁になっていた。


(でも、毎日楽しいし、今のままでも俺にとっては贅沢すぎるよなぁ)


健太は考えながら苦笑いしていた。


「お待たせ〜」


「うわっ!」


妄想の世界に入り込んでいた健太は、エリスが戻って来た事に気付かず、突然声をかけられて驚いた。


エリスは健太がなぜ驚いたのかわからないので、キョトンとしている。


「とうしたの?」


エリスは缶コーヒーを健太に差し出しながら訊いた。


「いや、何でもない。ボーッとしていただけ」


健太は本当の事を言うわけにもいかないので、適当にお茶を濁した。


「ずっと運転して疲れたのかしら」


エリスが心配して健太の顔を覗き込んだ。


健太はエッチな妄想をしていたと言うわけにもいかないので、渡りに船とばかりに話を合わせた。


「ちょっと、疲れたかな」


健太はワザとらしく苦笑いしながら言った。


「大丈夫?」


エリスが気遣って声をかける。


「大丈夫だよ。ちょっとタバコ吸って来るから待ってて」


健太は缶コーヒーを持って喫煙コーナーへ向かった。


健太は家でも喫煙者ではないエリスと一緒に居る時は、極力タバコを吸わないようにしている。クルマのような狭い空間にエリスと一緒に居るとタバコは吸えないので、一人でクルマに乗る時は当たり前のように吸っていたタバコも、今日はエリスが一緒なので我慢していたのである。


健太は喫煙コーナーでタバコを1本だけ吸って、缶コーヒーを飲み干してからクルマに戻った。


「お待たせ。じゃあ、出発しようか」


健太が休憩からクルマに戻って来ると、すぐにエンジンをかけて出発した。


クルマはサービスエリアから本線に戻り、再び西へ向かう。目的地の秋吉台へは約2時間くらいかかりそうである。


宮島サービスエリアを出て、しばらくするとクルマは山口県に入った。


山口県内の山陽自動車道を西へ向かい、山口ジャンクションで中国自動車道に合流した。


中国自動車道を少し走ると美祢東ジャンクションという分岐があり、小郡萩道路という自動車道へ入る。小郡萩道路に入り最初のインターチェンジが秋吉台インターチェンジで、そこから一般道へ入った。


健太は秋吉台へ行くのは初めてだが、案内標識があるので秋吉台へ迷わず行く事が出来た。秋吉台インターチェンジから20分も走ると秋吉台に付き、今度は案内標識に従い秋芳洞へ向かった。


秋芳洞入口付近に着いたのだが、そこにクルマを停められる場所がないので、駐車場を探しクルマを走らせていると、少し離れた場所に大きな駐車場があったので、料金を払いそこにクルマを停める事にした。


駐車場にクルマを停めた二人は秋芳洞の入口へ向けて数百メートル歩いた。


ちなみに、秋芳洞を『しゅうほうどう』と読む人がいるのだが『あきよしどう』と読むのが正しい。


秋芳洞の入口は大きな道路から少し路地を入った所にある。秋芳洞の入口へ至る路地の両側には土産物店やレストランが軒を連ねていた。


「11時半だし、先に昼ごはんにする? それとも、秋芳洞を見てから昼ごはんにする?」


健太がスマホで時刻を確認しながら言った。


「先にお昼にしたいわ。朝ごはんが早かったから、お腹が空いてきたし」


エリスは先に昼ごはんを食べたいようである。


「じゃあ、そこのレストランでお昼にしよう」


健太は目の前にあるレストランにエリスを案内した。昼ごはんの時間であるが、平日という事もあってか客の入りはまばらだった。


このレストランは麺類から定食まで和洋食それなりの種類を提供してくれる。


健太はトンカツ定食をエリスはナポリタンスパゲティを注文した。


「ホント、ナポリタンが好きなんだね」


健太がフォークでナポリタンを食べているエリスを見ながら言った。


「口の周りが汚れるのは困るけど、天上界には無い食べ物だから出来るだけ食べておきたいのよ」


エリスがフォークをクルクル回し、スパゲティを巻き付けながら言った。


「エリスはこっちの食べ物で他にどんなのが好き?」


健太がエリスに訊いた。健太はエリスの好物を聞いておいて、機会があれば食べさせてあげたかったからである。


「やっぱりカレーライスよね。他には麻婆豆腐とかチゲとかいいわね」


「そういえば、天上界は香辛料がいろんな種類があるんだったね。だから、辛いのが好きなのかな?」


健太はエリスの挙げた食べ物が辛い物ばっかりだと気付いた。


「そうね。天上界の人間は辛い物を食べるのが習慣だから、地上界に来ても習慣は変わらないのよ」


エリスがナポリタンを食べ終えて、水を飲みながら言った。


「じゃあ、今日は帰りに麻婆豆腐を食べに行こうか」


健太がエリスに言った。


「ホント? 嬉しい!」


エリスが満面の笑みで言った。エリスは日常では健太とエリス自身の二人分の食事を用意しているが、健太の好みを優先するので、なかなか自分の食べたい物を食べる事が出来ない。晩ごはんが自分の好物という事になり、エリスは上機嫌である。


「じゃあ、そろそろ秋芳洞に行こうか」


「ええ、いいわ」


二人は席を立ち、健太が二人分の食事代1600円を払い店を出て秋芳洞の入口へ向かった。


秋芳洞へ入るには入場券を買わなければならない。健太は売場でエリスと自分の二人分の入場券を買った。


二人は入場ゲートで入場券を見せて中へ入った。鍾乳洞への入口近くになると、中からひんやりとした冷気が流れており、5月とはいえ少々暑さを感じる健太にとっては、冷気がとても心地よい。


秋芳洞は非常に大きな鍾乳洞であり、全部見て回るには数十分かかる。


「地面が濡れているから気を付けて」


健太がエリスに声をかける。洞窟内は至るところから水滴がしたたり落ちており、地面はどこも濡れている。また、天井が低く頭がぶつかりそうになる場所や、でこぼこした場所や階段になっている場所もあり、歩くには注意が必要だ。


鍾乳洞の中は体育館のように広くなっている所もあれば、大きな池があったり、小川の流れがあるなど変化に富んでいる。


天上界にはこのような鍾乳洞が無いらしく、エリスは関心したように鍾乳洞をじっくりと見て回った。


鍾乳洞の中はアップダウンが激しく、所々で足を止めないと疲れてしまうほどである。


結局40分くらいの時間をかけて鍾乳洞を最後まで見て、二人は外に出る階段を登り地上に出た。


出口は最初に鍾乳洞に入った場所からかなりの距離があり、歩くと時間がかかるうえに、涼しい鍾乳洞から出て来たばかりで少し暑さを感じている。


これから歩くのはかなりキツい。しかし、よく見ると鍾乳洞入口行きのバスがあるという案内表示がある。


「歩くよりバスに乗って戻たい?」


「私は歩くのは平気だけど、あなたはバスに乗りたいんじゃない?」


18歳のエリスは若いだけあって、これくらいの歩きは平気みたいだが、アラサーの健太は日頃から運動などしていないので、これ以上歩きたくない。


健太はバスの時刻表で次のバスの時刻を調べた。


「バスは20分くらい待つけど、歩くよりバスがいいなぁ……」


健太はバスで戻るのを提案した。


「いいわ。バスが来るまであそこに座って休みましょう」


エリスはバス乗り場の近くにあるベンチを指差した。


エリスはそのベンチに座ったのだが、健太は少し離れた所にある喫煙所に向かい、そこでタバコを吸って時間をつぶした。


健太はタバコを2本吸ってエリスのいるベンチに戻った。ちょうどそこへバスがやって来た。


出発時刻にはまだ10分くらいあるが、健太とエリスはバスに乗り、車内で出発を待つ事にした。


時刻が来てバスは出発したが、バスには健太とエリス以外に10人くらいの乗客がいた。


バスで秋芳洞入口近くにある、秋芳洞バスセンターに戻った二人はクルマに乗り換えるため駐車場に向かった。


健太とエリスは駐車場に停めてあった健太の軽自動車に乗り込み駐車場を出た。


「これから、クルマから秋吉台を走って景色を楽しもうか。すごく景色がいいんだよ」


健太がクルマを走らせながら言った。


クルマはすぐに秋吉台に入って行った。視界が突然開けて壮大なスケールのカルスト台地が、クルマを運転している健太の目にも飛び込んで来た。


「うわぁ……すごい」


エリスも景色に目を奪われているようだ。


山に木が生えておらず、草や灌木がまるで緑の絨毯を纏っているように見える。剥き出しの巨岩とのコントラストは神秘的ですらあった。


「あそこにクルマが停められそうだ」


健太は路肩が広くなっていて、クルマが停められそうな場所を見つけそこにクルマを停めた。


「クルマから出て、じっくり景色を見てみようか?」


健太はエリスを誘ってクルマから出て景色を眺めた。クルマを停めた場所は、ちょうど高台のようになっており、展望台から眺めているようなものである。


「山々の緑色がきれいね」


「これだけのスケールでこんな景色が見られるのは、日本でもここだけなんだよ」


二人とも、しばし景色を眺める事に没頭して、時間がたつのを忘れるほどであった。


「さて、そろそろ行こうか。クルマで秋吉台を北の端まで行って、そこから山口市内へ行こう」


二人は再びクルマに乗り込み走り出した。


クルマは秋吉台の北の外れから県道を通り、絵堂インターチェンジから小郷萩道路という自動車道に入る。そして、すぐ次の秋吉台インターチェンジで一般道に下りた。


秋吉台インターチェンジからは国道435号線を東へ向かう。秋吉台から山口市内へは、ひと山越す必要があり、30分くらい山の中を走ったりトンネルを抜けたりしてから、山口市内南部の市街地へ入った。


山口市内に入ると、そこは湯田温泉という温泉街がある辺りで、山口駅に向かうには今度は国道9号線を北上する事になる。


山口市内最大の幹線道路とあって、国道9号線は片側2車線であるのだがかなりの混雑だ。湯田温泉から山口駅までは5kmもないのだが、道路の流れが悪く20分くらいかかってようやく山口駅近くに着いた。


健太は山口駅の近くの有料駐車場にクルマを停めてから、エリスと一緒に山口駅に向かった。


山口駅に着くと、エリスは自動券売機で入場券を買うだろうと健太は思っていたが、エリスは速足でどこかへ行ってしまった。


(しまった。昼ごはんの後トイレに行く機会を作ってなかった)


健太はまたしてもお手洗いの配慮を忘れた事を反省した。


しばらくして、ハンカチで手を拭きながらエリスが戻って来た。


今日のエリスの服装は、短い丈のTシャツにデニムのショートパンツである。背筋を伸ばして歩くと、Tシャツの裾から白い肌のお腹とかわいいヘソが見える。


肌の露出が多い服装なので、秋芳洞でもそうだったが、エリスの周りの人が一度は彼女をチラ見する。健太はそれがエリスを汚されているようでなにか気分が良くない。


エリスは急いで自動券売機の所に行き、券売機にお金を入れて入場券を買って来た。


「お待たせ」


「さて、どこか喫茶店でも探して休憩しようか」


「ちょうど何か飲みたいと思っていたのよ」


健太は駅前に喫茶店を見つけてそこで休憩する事にした。二人はそこでアイスコーヒーを飲む事にした。


「来月なんだけど」


健太が突然言い出した。


「来月がどうしたの?」


「来月の最初の土曜日曜と後半の日曜月曜で、それぞれ二連休が取れたから、泊まりがけで遠くの駅に行けそうだよ」


健太が楽しそうに言った。泊まりがけで遠くに行くために、わざわざ連休を取っていたのだ。


「嬉しい! わざわざ連休を取ってくれたの?」


エリスも大喜びであるのを見て健太も嬉しくなった。


「あと10ヶ月で44駅だから、ペースを上げなきゃと思ってね」


「私のためにわざわざ休みを取ってくれたの? ありがとう大好きよ」


「いやいや、どういたしまして」


健太はエリスが喜んだので気分よくニコニコしながら言った。


エリスも楽しそうなのだが心中は複雑だった。


(それとなく『大好きよ』と告白してみたのに、気付かないなんて!)


健太は『大好きよ』という言葉を聞いてないわけではなかったのだが、嬉しさを表現する言葉として認識してしまっていた。


(鈍感な人ね……)


エリスはため息を吐きたいところだが、健太が連休を取って嬉々としているだけに、ため息は心の中で吐く事にした。


「それで、どこに行くつもりなの?」


エリスは気を取りなおして質問した。


「エリスがどこに行きたいか聞いてから決めようと思ってね」


健太はエリスの希望を聞いてからプランを立てるつもりだった。


「二回行けるのなら、東と西みたいに正反対の方向に行きたいわね」


エリスが言うと健太は大きくうなずいた。


「じゃあ、西は九州だな。ちょうと行きたいと思っていたんだ。まず最初の連休で九州に行き。二回目の連休は東へ行こう。二回目はどこへ行くかはまた考えておくよ」


「ええ、いいわ」


話はそこで一旦打ち切り、二人は喫茶店を出てクルマへ戻った。二人はクルマに乗って福山へ向けて走り出した。


帰りは山口インターチェンジから中国自動車道を走り、広島自動車道を経て山陽自動車道へ入り福山へ向かう。


山口インターチェンジから中国自動車道に入ったのだが、とにかく空いている。前方にも後方にも、対向車線にも走っているクルマが全く見えない時間が続く。


たまに対向車線のクルマとすれ違うだけで、前方のクルマに追い付いたり、後方から来たクルマに抜かされたりする事もなく、健太は時速90kmで淡々とクルマを走らせた。


こうなると、非常に退屈なドライブになるところだが、来月の連休にどこに行くかという話題があったので、退屈する事もなく二人はお喋りを続けていた。


一泊だと九州を全部回る事は出来なくもないが、景色の良いローカル線に乗ったり、少しは観光もしたいので、無理な行程にはしたくない。


帰りの車中で色々話し合った結果、今回は宮崎、鹿児島中央、熊本の三つの駅を訪問する事になった。


健太は話がまとまったら喉が乾いてきたのと、エリスがお手洗いに行く時間をあげるためにサービスエリアに入りたくなった。


クルマを走らせながら、次のサービスエリアに入ろうと思っていたら、しばらくして深谷パーキングエリアという、聞いた事のないパーキングエリアがあったので入ってみる事にした。


深谷パーキングエリアはトイレと飲み物の自動販売機があるだけのとても小さなパーキングエリアで、健太の軽自動車が入った時には他にクルマは一台しかいなかった。


健太とエリスはクルマを下りてトイレに行き、健太は先にトイレから出て来て自動販売機の前でエリスを待った。


少したってからエリスが出て来たので、健太は自動販売機でブラックコーヒーを、エリスはゼロカロリーのコーラを買った。


健太は喫煙所に行きタバコを吸いながらコーヒーを飲んだ。エリスはタバコは吸わないのだが健太に付いて来て一緒にコーラを飲んでいた。


「すみません。お尋ねしたいのですが……」


パーキングエリアにいたもう一台のクルマの持ち主らしい老夫婦が健太とエリスに声をかけた。


「何でしょうか?」


「今から岡山に行くのですが、岡山道を通って山陽道に出るのと、広島道を通って山陽道に出るのではどちらが早く着きますかね?」


おじいさんが健太に尋ねた。健太は頭の中で地図を思い浮かべて考えた。


「確実な事はわかりませんが、たぶん広島道から山陽道に出た方が早く着くと思います」


健太が答えた。


「そうですか、ありがとうございます」


おじいさんは丁寧に頭を下げて礼を言った。おじいさんが言うには、九州の久留米から孫夫婦のいる岡山に遊びに行くところらしい。


クルマで九州から出た事がないうえに、ナビの付いていないクルマなのでどうしようかと困っていたとの事であった。


「お嬢さん、べっぴんさんですねぇ。どちらの方ですか? あっ、日本語はわかるのかしら?」


今度はおばあさんがエリスに話しかけた。


「日本語はわかりますよ。私はイギリスから来ました」


エリスが日本人と変わらない日本語で答えた。エリスはどこの国から来たか訊かれたら、イギリスと答えると健太と話し合って決めていた。


「おばあさん、おいどんより日本語がうまか」


おじいさんが九州訛りの言葉で言った。


それから四人はしばらくの間、とりとめのない話をした。


そのうちに、老夫婦はそろそろ行かなければ岡山に着くのが遅くなるからと言って、クルマに乗って出発して行った。


健太はもう一本タバコを吸ってからパーキングエリアを出発して福山に向かう事にした。


パーキングエリアを出てしばらく走ると広島県に入る。広島県に入ってすぐのあたりで、健太は見覚えのあるクルマを見つけた。


健太のクルマが前を走るクルマに追い付いたのだが、そのクルマは先程深谷パーキングエリアで見た老夫婦のクルマのように見えた。


健太はクルマを前を走るクルマに近付けた。ナンバープレートは久留米ナンバーである。N社製の1500ccクラスのセダンで、約20年前に製造されていた型である。


久留米ナンバーで20年前のクルマが広島県を何台も走っているわけもなく、健太は前走車があの老夫婦のクルマだと確信した。


「前のクルマ、さっきのおじいさんとおばあさんのクルマだよ」


健太がエリスに教えてあげた。


健太はウインカーを出して追い越し車線に出て速度を上げた。そして、二台のクルマが横並びになった。


「エリス、隣のクルマを見て。さっきのおじいさん達だろ?」


「ちょっと待って」


エリスはクルマの窓を開けた。エリスが目を凝らすと運転しているのがさっきのおじいさんとわかった。


エリスは窓から隣のクルマに手を振った。おじいさんも気付いたようで、窓を開けて笑顔で手を上げて合図をした。助手席にいるおばあさんもエリスに気付いたようで、しきりに手を振っている。健太は軽く手を上げてから軽く会釈をしてクルマのスピードを上げて行った。


老夫婦のクルマは時速80kmくらいで安全運転しているようで、すぐに健太達のクルマからはるか後方に去って行った。


健太とエリスが乗ったクルマは、広島北ジャンクションから広島自動車道に入った。広島自動車道は交通量が多く、健太は注意しながら運転した。


「ちょっと薄暗くなってきたな」


健太は独り言を言いながらクルマのライトを付けた。時刻は夕方18時すぎである。この調子だと、福山に着くのは20時頃になりそうである。


広島自動車道と山陽自動車道が合流する広島ジャンクションを過ぎて、クルマは山陽自動車道に入った。


クルマは山陽自動車道を東へ進み、広島市から東広島市へ入ったあたりで周囲は夜の闇に包まれた。


更に東へ進み、三原市、尾道市を経て、福山市の福山西インターチェンジから国道2号線に下りた時には、時刻は19時40分になっていた。


国道2号線を東へ進んで、福山の市街地が近付いて来たあたりで、健太は突然国道脇にあるショッピングモールにクルマを入れた。


「買い物でもするの?」


エリスが尋ねると健太は首を振った。


「晩ごはんだよ。このショッピングモールに中華料理の店があるから、そこで食べようと思ってね」


「晩ごはんは中華料理にするのね」


「麻婆豆腐を食べたいんじゃなかった?」


「そういえば、そんな話をしたわね」


エリスは好きな食べ物の一つに麻婆豆腐を挙げた事を思い出した。


(重要な会話ではなかったから私は忘れていたけど、ちゃんと覚えててくれたのね)


エリスは心の中で関心した。健太はこういう所はマメな人間であるが、女性心理には疎いようで、それが実に惜しい。


(もう少し、女の気持ちをわかってればモテるのに……でも、健太がモテると私が困るから今のままでいいかも)


エリスがいろいろ考えているうちに、健太は駐車場にクルマを停めていた。


「さぁ、行こう」


「ええ、行きましょう」


二人は中華料理店で麻婆豆腐定食を食べてから帰宅した。


こうして山口駅を訪問する旅は終わったのである。

次回は日常の話です。健太とエリスが暮らすマンションに、思いがけない人物がやって来ます。


お楽しみに

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ