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前狂言

   座長、座付詩人、道化役。


『座長』やれやれ、今回もまた、今回もまた、なかなかどうして手ごわいお客さん方がズラッと揃っているようだ。みなさん、まずもって眼差しが違う。あの眼差しは、そう、そうだ、とにかく面白い物語を欲しているという眼差しだ。間違いない。これまでに多くの物語を目の当たりにしてきて、その度に驚かされてきて、もう、ちょっとやそっとの並みなお話では満足なさらないと、そういう眼差しだ。ねえ、君たち、君たち、はてさて、今回のこの出し物は一体全体どうしたらよいだろう? お客さん方、もう普通話や平凡話は受け付けないと見える。もしもそんな普通話や平凡話をやって見せたら、お客さん方、すぐに帰ってしまうだろう。それだけはどうか避けたい。ねえ、君たち、今回のこの出し物、一体全体どうしたらよいだろうか?


『座付詩人』ああ、嫌だ、嫌だ。わたしはこういうのが大嫌いなのです。座長殿、あすこに広がる客席をご覧なさい。まるで秩序というものがない。整然さが欠けている。わたしはこういうのが大嫌いなのです。あの眼差し、面白い物語を欲しているといえば確かに聞こえはいいが、実際はそんなに生易しいものではない。己の魂の欲求を満たそうとして、真っ赤に血走っているではありませんか。そこには情緒だとか、風情みたいなものがまったく感じられない。こんなのまったく、時間の無駄だと思いますがね。


『道化役』まあまあ、そんな風に言いなさんな。せっかく来てくだすったお客さんなんだ、敬意を払うくらいのことをしても、罰は当たりますまい。みな、我々に期待しているのですよ。今からどんなに面白い劇が始まるのかと、期待を募らせているのですよ。我々はそれにちゃんと、応えなければならない。


『座長』まったくその通り、まったくその通り。我々は面白い物語を提供する立場にあるのだ。そしてわたしは、もうここからは、君たちが頼りなのだ。舞台はとうに整っている、文字通りな。舞台装置の類も豊富に揃えられている。ここでは何でもできる。お天道様やお月様、煌き輝く星々だって出せる。木々や建物や雲まで出せる。わたしはこれらを用意し、そして、ここからは君たちの領分だ。ここは一つ、最高に奇をてらった物語を頼むよ。


『座付詩人』ええ、ええ、わかりましたとも。うけたまわりましたよ。しかしまあ、どうしたものか。そうですね、やはり、事件を起こしましょうか。一つの事件をきっかけに、物語は動き出す。ええ、ええ、こうしましょう、これしかありません。


『道化役』そりゃあいい。いかにも物語でありそうな出だしだ。でもそれではまだ足りない。最高に奇をてらうというのなら、そんなことではまだ至りますまい。物語の主軸から、もう普通人では思いもよらないような突飛なものにしなければ。そうしなければ、座長殿のお気に召さないだろう。


『座付詩人』なるほど、なるほど。そういうことならば、一つ、思い付きましたものがございます。しかしこれは、ここで言ってしまってはつまらないのでしょうね。物語の中のとある登場人物たちは、あることを信じて生きているのです。しかし何を信じているのかは、物語の中で明かすとしましょう。それがきっと、一番でしょう。


『道化役』同感同感。加えてわたしからも提案だが、物語は最初から最後まで、頭のてっぺんからつま先の先っちょまで、常に激動といった趣にしようではないか。間髪を入れずにお客を楽しませるのだ。次から次へと場面が変わり、時刻が変わり、状況が変わる。まさに激動の物語というわけだ。空想の世界でありながら、なるたけ現実に酷似させるのだ。


『座長』よろしい、よろしい。面白い物語が出来上がりそうだ。ええ、ええ。しかしなんだ、ええと、すこぶる今さらなことを言って申しわけない限りだが、我々がここに出て来ている現在只今、これはお客さん方にとってしてみれば、とてつもなく興覚めな時間なのではないか? 今ここに我々が存在している事実こそ、これから始まるであろう壮大で優麗な物語を、誰もが目を背けるような酷くつまらないものにしてしまう、その素因となってはしまわぬだろうか? 我々が今こんなことをベラベラと喋っているということは、これから始まる物語をあくまでも空想だと念押ししているようなものなのではないか? わたしは今になって、そればかりが心配になってきた。つまらないことはしたくない。


『道化役』いえいえ、それなら心配せんでも問題ないね。なんせこれは前狂言なんだ。狂言というくらいなのだから、もしかしたら、狂っているのは我々かもしれないんですぜ。我々なんて本当は存在しなくて、これから始まる物語が、正真正銘の本物、現実、真実かもしれないんですぜ。


『座付詩人』おお、なんと。


『道化役』そうさ。これから始まる壮大な物語が、誰かが考えた空想でしかないなんて、そんなの、誰に証明ができますか。ははははは。

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