『夢』 それは空想か、現実か。浅ましき妄想と化してはおらぬか?
彼女が、つまりノイズレッドが、眠りに堕ちる直前に何を考えていたかを思い出してほしい。……そう、空想だ。夢の中で、幸せな世界を描こう。幸せな夢を見よう。彼女はそう考えていた。
元来、彼女は空想が好きだ。大好きとまで言ってもいい。子供のときから、頭の中で壮大な世界を描いていた。必ずそこには場所が存在し、登場人物が存在し、素敵滅法と言わざるを得ないような物語が所狭しと流れていた。ある意味、創作家だったんだね。物体として形には残っていないものの、彼女の想い描いた作品たちが存在したこともまた揺るぎようのない事実だ。
永眠草を喰らった彼女はその考えの通りに、夢の中で新しい世界を描いた。
彼女のこれまでの作品群と同じくして、そこには森が広がっている。豊かな森を支えているのは広大な大地だ。その大地にはまた、海もある。町もある。村もある。……そう、これは、彼女が初めて、人間を主人公として描いた物語だ。そこには多くの人が生きていて、もちろん多くの動物も生きていて、そして多くの夜森人までもがノソノソと活きていた。天空には神もいた。地底には魔人もいた。人の道をはずれた愚か者も当然いた。
……その世界には、我が子も生きていた。
順調に成長を遂げた二人の我が子が、その世界では強く、逞しく、また愛らしく、大地を駆けていた。二人は仲が良く、息もピッタリで、向かう所敵なしさ。どんなときもへこたれない。愚痴を言っても、泣き言を吐いても、それでも決して諦めることのないコンビさ。
彼女の望んだ、我が子の成長物語だ。そこに、母親である自分はいない。母親である自分なんかがいなくても、そんなの関係なく、立派なまでに大きくなった我が子が未来のために日々を戦っている。
決して我が子を甘やかしすぎたりしないのが彼女だ。そこには苦難も待ち構えている。辛く、厳しいことも待ち構えている。それらは試練と呼ぶにふさわしい。乗り越えてほしいという彼女の願いが自ら結晶したかのような、重い試練。
全て、彼女の世界だ。十三年間眠っている彼女が夢の中でせっせと描いている、ただのオリジナルストーリーだ。それは絵空事だ。全てはフィクションであり、ノンフィクションではない。たかが一人の人間風情が勝手気ままに作り上げた、ただの空想に過ぎない。
ああ、それが空想であるうちは良かったよ。何もかもが良かった。万事がそれで平穏を保っていられた。私もヴォルシアも、何も気に留める事柄など何もなかった。一般人がつまらぬ理由で眠りこけて、つまらぬ惰眠を貪って、つまらぬ夢を見ているだけだった。
それだけならば、全てが良かった。
……それが空想でなくなったのが、良くなかった。
分かるかい? 壮大な空想が空想でなくなり、やがてはいびつな妄想となり果てることが。
そしてそれが、徐々に、だが着実に、現実を呑み込み始めることが。呑み込んだ後に、亀裂が走ることが。




