『回顧』 永い眠りにつくこと
そうしてノイズレッドは、再び村を出た。彼女は悲しみに暮れていた。愛しかった両親と愛していたお相手さんの両方を同時に失ってしまったんだ、無理もなかろう。枯れていたはずの涙がまた頬を濡らした。その足取りは頼りなくて、フラフラとしていた。
そのときの彼女の感情を一言で表すとするのなら、「絶望」が最適だろうね。あははは。
……いや、笑うのはよしておこう。さすがに不謹慎かな、ふふふ。それにこの辺から、私としてもかなり笑えない状況へと運ばれていくのだからね。
このまま暗闇のどん底に突き落とされた彼女が、何のひねりもなくただ単純に自殺の道を選んでくれていたら、どんなに事態が楽だったことか。
そうとも、絶望によって頭を占拠された彼女は何も迷うことなく自殺をするだろうなと、当時の愚かな私は思っていたんだ。今思えば、森に出た彼女を真っ先に殺していればよかったよ。ああ、本当に、愚かな自分を呪ってやりたい。
森をあてどなく彷徨っていた彼女はしかし、自殺をしなかった。自殺をするのも間違いなく時間の問題ではあったのだが、その前に彼女はとあるものを見つけてしまった。
そこは、轍の跡がいくつも残っている馬車道。その片脇に、見慣れぬものがあったんだ。
永眠草だよ。言わずと知れた毒草だ。その俗称から勘違いされやすいが、死亡はしない。いや、してくれてもよかったんだけどね。食せば十二刻以内に植物状態に陥る草だ。解毒薬の開発は為されていない、どころか毒成分の検出も為されていない植物だ。その辺に生えているようなものでもない、故に希少価値も高い。
それが、まるで神からのお告げか何かのように、そこに生えていた。彼女には両親から教授された植物の知識がある。一目見て、それが永眠草だと分かったよ。彼女はその植物の価値も知っていた。だからこそまさしく彼女は、それが、神からのお告げだと解釈した。
同時に彼女は思い出すのさ。誰とも知れない他人に託した我が子を、両親から受け継いだ多大なる意思を、またどこかで会えるかもしれないお相手さんを、ね。ここで死んだら、あの世できっと後悔する。彼女は考えた。
このまま死んで、いいはずがない。
このまま死ぬことが、間違っていないはずがない。
いつしか彼女の涙は止まっていた。絶望によって占拠されていたはずの頭は、全く別なことで埋められていっている。
ここは馬車道だ。近いうちに人が通るだろう。
彼女は考えた。ここならば、誰にも見つけてもらえず森の中で朽ち果てるなんてことはないだろう。誰かがきっと、ここを通るはずだ。
彼女は考えた。ちょっとの間だけ、楽になりたいと。それを許さないと言う者も、きっといないだろう。今だけは少し、生きるのが辛い。
彼女は考えた。年月が経過すれば、きっと永眠草の解毒薬が開発されるだろう。
そんな「きっと」だらけの曖昧模糊な思考回路で、最後に彼女は考えた。
そう言えば私、空想が好きだったな、と。せめて夢の中で、幸福でいっぱいな世界を空想しよう、と。
そして彼女は、ノイズレッドは、高鳴る心臓音とともに、その永眠草を引き抜いた。




