『回顧』 家に帰ること
しばらくして、ノイズレッドは立ち上がった。我が子と離れ離れになった今、もう怖いものなんてない。
帰ろう、と彼女は決心した。
あの村に帰って、お相手さんとの決着を付けよう。両親に何があったのかをありのままに話そう。そうして村の皆には、赤ん坊は森に捨てたと言って謝ろう。それで一先ずは全てが解決すると、彼女は考えたんだ。村の皆を騙すことにはなるけれど、そんなのは彼女にとってどうでもいいことだった。
三日三晩走り続けて乗り越えた道のりを、また乗り越えられるかは分からないし、覚えているかも分からない。身体的にも精神的にも、彼女は疾うに限界を迎えている。彼女はゆっくりと、その歩を進めた。
帰り道にも、およそ三日三晩を要することになったよ。……ああ、結論から言えば、彼女は無事に帰れたんだ。道中、食べれる木の実を見つけることができたのは運が良かった。彼女に植物の知識があったからこそ、引き寄せることのできた運だね。それだけで大分腹は満たされた。身体を動かす元気が湧いてきて、身体を動かす意思が溢れてきた。獣も夜森人も、彼女の前に姿を現すことはしなかった。子供二人を抱えていないってのも、移動しやすかった要因の一つだね。あははははは。
……村にようやく帰ってこれたとき、ノイズレッドは明らかな違和感を覚えた。あれだけ大騒ぎなことがあったのに、村がやけに静かだ。そのとき時刻は真昼間。にも関わらず村はシーンとしてどこか寂しい。輪郭の線がなくなってしまったような軽薄感が漂っている。
外に出ている人はいない。彼女は自分の身を隠す必要もなかった。この一週間程度の間に、あの騒ぎは下火になったのだろうか、と彼女その状況に答えを見つけようとする。忍び寄って来る嫌な予感を振り払おうとする。
彼女は自宅の扉をノックした。……返事はない。もう一度ノックした。……やはり返事はない。焦燥感に駆られ、彼女は扉を開けた。……誰もいなかった。
家具や棚の戸、テーブルの上のお皿まで、彼女が最後に見た光景といささかのズレもなくそのままの配置だった。ただ、両親がいない。
彼女は次に、お相手さんの……つまり、村長の大きな家に寄った。ついこの間まで使っていた、お相手さんと会うためのいつもの窓。四回のノックが合図になる。彼女は震える手で、四回窓ガラスを打った。
……ちょっと間を置いて、お相手さんが窓を開けた。彼女はホッとした。……でもね、お相手さんが放ったこの言葉で、彼女は不幸のどん底に落とされたんだ。
「君のご家族は……殺されたよ」




