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聖戦に舞う不死鳥たち  作者: 戯画葉異図
第原幕 回生し、齎す。
136/346

【転】司祭

 長い長い無意識から醒めた時、男の子は自分の身に起きている違和感をすぐに感じ取る事が出来なかった。頭がはっきりとするまで、自分の体が杭に縛り付けられている事など、微塵も分からなかったのである。

 殴られた頬に痛みが残っている。必死でこうなった経緯を思い出そうとするが、記憶がやや飛び飛びで、うまく思い出せない。

「…………う…………」

 痛みが鮮明になり、男の子は思わず呻く。痛みは頬だけのものではなかった。

「……気が付い……た…………?」

 不意に女の子の声がした。近くに居るらしいが、辺りは暗く、その姿は見えない。……風が吹いている。外だ。男の子は空を見上げる――月だ。つまり、もう夜なのだ。冷えた風が肌を撫でた。

「うん……。……僕達……、どうしたんだっけ……」

 男の子が訊いた。

「私にも……分からない……。分からないよ……」

 帰ってきたのは悲しみを孕んだ言葉だった。今にも消えそうな程に小さな声であった。

 声の位置からして、女の子はすぐ隣に居るのだろうと、男の子は推測した。やはり同じく、杭に縛られているのだろうか……。そんな事を考えている内に、男の子は、意識を失う前の記憶が返りつつあった。女の子は足をじたばたさせた。しかし拘束が解ける事は無かった。

「……そうだ……僕……、ぶたれて……それで……」

 その時、誰かが男の子の正面に現れた。

「お目覚めですね……、選ばれし子等よ。漸く……始められます……」

 それは、二人もよく知っている……、村の司祭様だった。



「司祭様……」

 女の子はぽつりと呟いた。

 男の子も顔を上げる。

「司祭様……、司祭様! た、助けて下さい! 僕達……あの……」

「ははは、まあ、落ち着きなさい。夜は短いのです。急いで……事を進めなくてはなりません……」

 二人は一瞬ポカンとしてしまった。司祭の言ってる事が理解出来なかったのだ。

 落ち着く?

 進める?

「あ、あの、僕達……、ぶたれたんです! おじさん達に……それで、よく分かんなくて……」

「私には分かりますよ」

 すぐに司祭が応えた。

「それ等は全て、私の指示ですから……」

「……え……?」

 二人は戸惑う。司祭の言葉を頭の中で何度も繰り返すが、それ等の意味するものが掴めないでいた。

 二人は怖いと思った。未だに二人は縛り付けられているというのに、司祭は先程からずっと、ただニコニコしているのだ。そんな佇まいのまま、縄を解こうとすらしてくれない……。

「……司祭様……どういう事……ですか……?」

 女の子が訊く。

「お、教えて下さい……」

 男の子がそれに続いた。

 司祭はその質問に、一拍置いてから答えた。

「ですから、儀式を始めるのです……。今日は特別な日……、皆、今日と言う日を心待ちにしていたのです……。私も……、村の住人も……、皆……です。あなた方は選ばれた二人……今日と言う日の主役だ……。ですからお二人はここに連れてこられたのですよ……」

 ……儀式……?

 普段、聞き慣れない言葉に、二人の恐怖心は更に増す。

 司祭様は何を言っている……?

 その疑問だけが頭を埋めた。訳の分からない状況に二人は半分パニックの様な思考に走る。

「……分かりません……司祭様……、分かりません……。儀式……、って何ですか……?」

 今度は男の子から切り出した。顔には汗が流れ、呼吸が荒れ始める。

 司祭はと言えば、その質問を待っていたかの様に、返答が早かった。

「ふふ……。お教え致しましょう……、儀式、つまり……」

 あなた方を永遠の存在にするための儀式ですよ……!

 司祭は、これまでに比べなお一層、力強く言い放った。

 ……そして二人は気が付いた。段々と見えてきたのだ。月夜に目が慣れてきたのだろう。二人の周囲に、二人のよく知る村中の人々が、まるで円を作るかのように、二人を囲んでこちらを注視している事に……。



「火を! 万物の根源である火を放つのです!」

 司祭は二人から離れ、村人に指示を出した。すぐに一人が松明の火を放った。見れば二人の足元には、これでもかと言う程に薪が積み重ねられていた。

 二人の恐怖はここで振り切れた。このままではまずい事になるのだけは分かった。

「待って! 待ってよ! どういう事⁉ どうしてそんな事するの⁉」

 男の子は半狂乱になって喚く。

「全て二人と、この村のためにやっているのです! あなた方は選ばれたのだ! 神はあなた方お選びになられたのだ! ええ、心配する事なんて有りません! 全てが上手くいけば、それで、それで、何もかもが……救われるのだ……」

 司祭も大声で捲し立てる。周りに立つ人々は、ただ見つめるか、更に火の勢いを増すための薪を放り投げるかしかしていない。

「これはあの時から……あなた方を森で発見した時から決まっていた事! 全て……全て、神のお導き……!」

 目下の火炎は大きくなる一方だ。二人は何とかしようと自力で縄を解こうとするが、その足掻きを笑う様に、火はじわりじわりと二人に接近して行く。

「何で……どうして……」

「永遠とは素晴らしいものです! 不滅とは素晴らしいものです!」

「そんなの望んでない!」

「そうよ……そうよ……。何で……?」

 炎はもうそこまで迫っていた。既に靴の先を焼き始めている。それはまるで、巨大な蛇の様に、徐々に昇って行く。

「嫌だ! 嫌だ! こんなの……」

「お願い! 火を止めて……! ねえ、皆……、どうして……どうして……」

 二人は叫んだ。

 それでも、火炎が止まる事は無かった。

 ……足。

 ……腰。

 ……胴体。

 ……腕。

 ……首。

『――全ては、村のため、我々のため、あなた方の為! これで……、これで良いのです……。あなた方二人の存在に、ライオンガイアの名が刻まれん事を――』

 最後に二人は、そんな言葉を聞いた気がした。

 ああ……もう、何も感じれない……。

 それから二人は、お互いの名を呼び合って、そうして――何もかもが終わった……――――

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