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どうして、こういうことになってしまったのだろう?
飛鳥は今日のことを思い出し、眠れずに部屋を出た。
廊下を進み、台所へと向かう。
何か冷たいものでも飲もう。
そうして気分をすっきりさせよう。
今日、彰人が転校してきた。
「せっかくだから転校してみたんだ。
一緒にいたほうが何かといいだろうし」
別に一緒にいなくてもいいと思う!
飛鳥はうなだれた。
「本当に婚約者なの?」
梢の問いに彰人は頷いた。
秘密にしたかったのに、彰人がばらしてしまった。
しかも一緒に住んでいることまでも!
梢は興味津々とうい顔をしている。
「楽しんでいるでしょう?」
飛鳥は梢に非難の眼差しを送った。
梢は微笑んで、もちろん!と答えた。
「だって素敵じゃない。
いきなり現れた転校生が婚約者なんて。
素敵だわ~」
梢は本当に楽しそうだった。
飛鳥は思い出してため息をついた。
そうしてふと気付くと鏡の前に立っていた。
鏡に触れてはいけないよ、と彰人は言った。
たがが鏡だ。
触れることで何が起こるというのか?
その時、飛鳥は気付いた。
鏡に映っているのが自分ではないことに。
「!」
鏡の中の女性は飛鳥に向かって叫んでいた。
ここから出して!と。
とても悲しそうな顔をしていた。
だから飛鳥は思わず鏡に触れたのだった。
結局、鏡に触れても何も起こらなかった。
ただ、女性が消えてしまっただけだ。
彰人は心配しすぎだと思う。
飛鳥は授業のノートをとりながら、彰人を盗み見た。
その視線に気付いたのか、彰人が微笑んだ。
飛鳥は慌てて視線をそらした。
ふと遠くで赤子の声が聞こえた。
飛鳥は顔を上げた。
その赤子は母親を呼んでいた。
行かなければ。
ふいにそう思った。
「飛鳥さん!?」
飛鳥は教室を飛び出していた。
後ろから彰人が追いかけてくる。
それを分かっていたけれど、飛鳥は止まることをしなかった。
ひたすらに赤子の声を探した。
辿り着いた先は保健室だった。
「!」
息を切らして入ってきた飛鳥に、保健医の藤田麻衣は驚いたようだった。
「どうしたの?」
飛鳥はその問いに答えず、ただ赤子を凝視した。
そうしてゆっくりと赤子に手を伸ばす。
赤子が保険医の腕の中で暴れた。
飛鳥に抱かれたがっているようだった。
そっと赤子の体に触れる。
「良かった」
飛鳥は赤子を藤田から受け取り抱きしめた。
元気で良かった。
そう思うとホッとして涙が出た。
「もういいだろう?」
後ろで彰人がそう言った。
飛鳥は後ろを振り返って頷いた。
「はい、ありがとうございました」
そう言ってもう一度赤子を優しく抱きしめた。
閉じた目から涙が一筋流れ落ちた。
「…だから言ったのに。
勝手に触れるからそうなるんだよ。
君があの姿見に触れたことは知っていたよ。
今回は悪い霊じゃなかったから良かったものの。
君は自分のことをよく分かっていないようだね」
記憶はあるのだろう?と怒った顔の彰人が立っていた。
「…あります。ごめんなさい」
あの鏡に映っていた女の人が飛鳥に乗り移っていたのだ。
飛鳥は赤子を保険医の藤田に渡して俯いた。
彰人はため息をついた。
「心配なんだよ。
飛鳥さんに何かあったら」
そう言って飛鳥の頬を撫でた。
とりあえず、許してくれるのだろうか?
飛鳥はもう一度ごめんなさい、と言った。
「一体、どういうことなの?」
藤田が眉をひそめて二人を見ている。
何と説明したらいいものか?
飛鳥は彰人を見上げた。
彰人が説明しようとした時だった。
廊下から足音が聞こえて、扉が開くと男子生徒が入ってきた。
「先生!すみません!
ちーが起きたんですか?」
「ええ、大丈夫よ。渡辺君。
落ち着いたから授業に戻りなさい。
ほら、あなたたちも」
藤田は三人を促した。
藤田は何も聞かないことにしたらしい。
渡辺は頷くと保健室を出て行った。
彰人も飛鳥の背を押して、保健室を出た。
「もう勝手に鏡の傍に近寄ってはいけないよ。
ものすごく危険なんだから」
彰人はそう言うと飛鳥の手を取って歩き出した。
はい、と飛鳥は素直に頷いた。
終業のチャイムがなった。
五限が終わり、ホームルームが始まる。
「あ~授業サボっちゃったよ」
彰人が顔をしかめた。
意外と真面目なんだな、と気付く。
まだ知り合ったばかりだというのに、彰人の色んな面が見えた。
飛鳥は彰人に興味を持ち始めた。
悪い人ではない。
少しは婚約のこと、考えてもいいかもしれない。
飛鳥はそう思って彰人の手を握り締めた。