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飛鳥は洋館の前に立った。
入り口の柵を右手でゆっくりと押す。
目の前には大きくて頑丈な扉が見えた。
ゆっくりとノブを引っ張る。
思ったよりも重くない。
そっと洋館の中に入り、扉を後ろ手で閉める。
洋館の中は暗かった。
飛鳥は目が慣れるまで少し立ち止まる。
すると長い廊下の先に鏡が見えた。
等身大の姿見。
飛鳥はその鏡に向かって歩き出した。
鏡に映るのはもう一人の自分。
飛鳥はその鏡に向かって手を伸ばした。
「その鏡に触れてはいけないよ」
突然、後ろから声をかけられた。
それと同時に灯りがつき、明るくなる。
人がいたとは思わなかった。
飛鳥は慌てて振り返った。
目の前にいたのは一人の青年だった。
背は飛鳥よりも頭一つ分高い。
自然と見上げる形になる。
「はじめまして。婚約者さん」
青年はそう言うと微笑んだ。
驚いた飛鳥は何も言うことが出来ず、固まっていた。
「じゃあ、飛鳥さんは何も聞いてないんだ?」
二人は居間へ来ていた。
飛鳥の向かいに青年が座りながら言った。
青年は彰人と名乗った。
飛鳥と同じ十六歳だという。
「ええ、ここに行くようにとしか聞いてなくて」
そうか~と彰人は考え込んだ。
飛鳥は両親からここへ来るように言われたのだ。
今日、この時間に。
「詳しいことは追々説明するとして、とりあえず今日からここに住んでもらうから、家の中を案内するね」
え?
ここに住むって何?
飛鳥が呆気に取られていると彰人は笑った。
「あれ?この話も聞いてない?」
「聞いてない!」
一体どういうことなのだ?
訳が分からない。
飛鳥は何も説明しなかった両親に対して怒りが込み上げてきた。
「帰ります!
こんな説明もなく住めと言われたって無理!」
「待って!
今説明するから!」
彰人は慌てて飛鳥の腕をつかむ。
「簡単に言うと君はこの洋館の姿見の管理人なんだよ。
あの姿見はこの世とあの世を繋ぐ扉になっている。
僕たち一族はこの扉を管理するのが役目なんだ。
僕たちは遠い親戚でもある。
代々、一族の管理人には印が現れる。
君にもあるはずだ、僕と同じ印が」
彰人はそう言うと左腕を飛鳥の前に差し出した。
そこには花のような痣があった。
その痣は飛鳥の背中にあった。
「信じられない…」
飛鳥は彰人の言葉を否定したくて呟いた。
「うん、分かるよ。でも真実なんだ」
だからよろしくね、と彰人は飛鳥に向かって手を差し出した。
飛鳥は差し出された手をただ見つめていた。
「おはよう!今日は早いね」
クラスメイトの梢が飛鳥に声をかけた。
「…ちょっとね」
飛鳥は濁して答えた。
家が少し遠くなったから早めに出たために早く着いたのだ、とは言えなかった。
飛鳥は思わずため息をつく。
「どうしたの?何かあったの?」
「色々ありすぎて…」
飛鳥があの洋館で暮らすようになってからまだ二日しか経ってない。
荷物は両親が送ってくれたから不自由はない。
ないのだが…!
「だって話したら嫌がるでしょう?」
飛鳥の抗議に対し母親はそう言った。
当たり前だ。
今更、一族の使命など言われても困るのだ。
「印の使命は絶対なの。
逆らうことは許されないわ」
母親のきっぱりとした言葉に、それ以上文句はいえなかった。
飛鳥はまたため息をついた。
「本当に大丈夫?」
梢が心配そうに飛鳥の顔を覗く。
するとチャイムが鳴って、教室のドアが開いた。
担任が後ろに一人の男子生徒を連れて入ってくる。
「皆、座れ~今日からの転校生だ」
飛鳥はその転校生から目が離せなかった。
ありえない!
そう叫んでしまいそうだった。
「林彰人です。よろしくお願いします」
彰人はそう言うとペコリと頭を下げた。