私の周りには××ップルしかいない。
主人公は女性で恋愛対象も男性ですが、この作品には同性愛が出てきます(表現は軽い)。ですが、ボーイズラブという単語に抵抗のある方はお控え下さい。
おお、神よ。今日はなんて運の悪い日なのだろう。
真っ暗になった空を眺めながら、私は大きくため息をついた。目の前で言い合う二人はヒートアップしているのか、それにすら気づいてくれない。涙。
「待ってくれ。信じてくれよ!」
「暫く顔も見たくねー、……ホント最悪」
繰り広げられるのは痴話喧嘩。わかるだろうか。痴話喧嘩である。辞書で引くと【痴話喧嘩】ラブラブで爆発してほしいような恋人同士と呼ばれる二人がする犬も食わないような他愛無い喧嘩、の事である。
……多少、こちらの思考が入ったけれど概ねそういう意味である。
とりあえず、私の自転車の前でするのは止めて欲しい。
今日は難しい授業がたくさん入っていたし、バイトにも顔を少しだけ出した。
その後慣れない課題を今の今まで図書館でしていた。
結論を言うと疲れたから早く帰りたいのだ。目の前で男二人が痴話喧嘩してようが特にコメントすることもない。寧ろ私にとっては慣れたものだ。
「斎藤くん、瀬尾くん。痴話喧嘩するのは良いけど、自転車とってもいい?」
喧嘩する男二人に私は耐え切れずに叫んだ。勿論怒鳴ったつもりなんてなかったけれど、聞こえたようでピタリと動きを止めて、二人してバッと顔をこちらへ向けてきた。さすが恋人。生きピッタリじゃんなんて思っていたけれど、もう一度聞こえるように「二人の後ろの自転車、私のなの」と言って間を裂くようにして自転車に鍵を指す。
ああ、よかった。これで帰れる!
「じゃあ、二人ともお疲れ様。先に帰るね」
後ろで「ちょ、…」とか聞こえた気がしたけれど、これ以上面倒事に首を突っ込むつもりもなく、ルンルンとした気分で帰り道を爆走した。
見たかったテレビにも間に合って、眠る頃にはすっかり痴話喧嘩のことは頭から消えていたのである。
「おはよう鬼塚さん」
「……わあ、斎藤くん。どうしたの?」
掲示板の前で変更された授業がないかと確認していると、後ろから肩を叩かれた。そして聞き覚えのある声。一気に数日前の出来事が頭を過る。
わあ、としか言いようがない。彼の目はギラギラと私を狙っていた。さしずめ彼は獲物を狙う虎、私は可愛い兎というところか。
普段は割とすっぱりと物申す彼が珍しく言い澱む素振りを見せたので、聡い私は何を言いたいのか直ぐに察した。言いにくいことなんてアレしかない。
「痴話喧嘩の件?」
言わないよそんな他人事情なんて。そう言いたかったけれど一指し指で口を封じられ言葉に出来ない。とにかく「これ以上此処でその話はするな」と受け取っていいのか。
ちらちらとコチラを見てくる人が居たので、人差し指を唇に乗せたまま頷いた。
「とにかく、少し話がしたいんだ。いい?」
有無を言わせぬその声と迫力に、了承したという意味でなるべく真剣そうな顔をつくって頷く。そうするとやっと指を離してくれた。
奢るから昼食に行こうという彼の後ろを歩きながら、漠然とだがわかってしまう。
あ、これフラグたったなと。
ここで私の自己紹介をしておこう。
私の名前は鬼塚。性別は女で、ピッチピチ(死語)の大学一年生だ。
周りに馴染むために大学デビューなるものを目指し日々ファッションや髪型やら、とにかく色々研究して大学生活を始めたので見た目は普通である(と信じたい)、メイクだってばっちりしている―――が決して美女ではない。
かと言ってスラリとしたモデルのような身体をしているわけでもない。太っているまではいかなくても、腕の肉を摘まんでは悲しくなる。―――いたって普通の女子大生、それが私だ。どうも、はじめまして。
閑話休題
とにかく始まった大学生活は我ながら実りの多いものだと自負している。難しいながら楽しい授業やサークルに入っての行事。友人だって両手で数える程には出来たし、顔見知りだったらもっといる。不満は何一つないような理想そのもの。
………と言いたいところだが、不満であれば一つだけある。
「えっと、鬼塚さんは何か食べる?」
「奢る」
例をあげるとすれば、まさに目の前にいらっしゃる男子大学生二人がそれに当てはまる。不満の説明はあとに回すことにして、重たい空気を纏う二人を交互に見た。
彼等の紹介を簡単にしておくと、右の茶髪でパーマをかけたような見た目チャラ男が齋藤君、左の笑顔が足りない黒縁の眼鏡が瀬尾君である。二人ともサークルが一緒で同期生なのだが、残念ながらまだ下の名前は覚えていないくらいの付き合いだった。
「それで? 呼び出したからには私に用があるんだよね」
にっこり笑って先制攻撃。
いやいや、絶望したような目を向けられても困る。こういうのは後になるほど言えないものだ。だけど私には私の予定があって、次の次の授業には必ず出たい。あのマシュマロボディーの先生の揺れるお腹を拝見しながら勉学に励みたい。
だからいくら奢りとはいえ、いつまでもここにいるつもりなどない! さっさと用件を言え!
そんな私の気迫が伝わったのか、二人は仲良く目を合わせてから齋藤君が口を開いた。
「俺らのこと、他の人には言わないでくれ」
「……頼む。他の奴にばれると、面倒になる」
「わかった」
「俺らにできることなんて……は?」
「だからわかったって。別に言いふらす趣味はないし、私に関係ないし。別に二人は嫌々付き合ってるわけじゃないんでしょ? いいじゃない好きな人同士で付き合ってるなら」
「軽蔑しないのか」
「別にそんなの人それぞれで自由じゃないかな。あ、パフェ頼んでいい? あと出来たらケーキセットも」
「あ、ああ。奢るって言ったからな」
ハイ、用件終了。話は終わったので、奢るという言葉を信じて店員さんをベルで呼ぶ。その後は、普通にご飯食べながら数ヵ月後に控えた発表会などの話をして別れた。
二人が見えなくなった直後に、浮かべていた笑みを消す。
遅くなったが説明しよう。私が不満に思う唯一の事は私の周りには彼等のようなカップルが多いのである。つまりはそう。そういうことだ。
それならまだいい。私のいないところで好きにしてくれとなるのだけれど、これで終わらないから不満に思う。
丁度そのとき電話が鳴った。無表情のまま相手を見て、電源を切ってからそっと鞄に携帯を入れる。そして何も考えずに楽しみにしていた授業に出ることにした。
至福の時間と言うものはあっという間なものだ。
マシュマロボディーを眺めながらその時を過ごし、人の波に乗るようにして外に出る。そのまま本館の前に立つ男の隣をすり抜けようとして腕を掴まれた。
「よっ、良いところに来た」
良いところに来た、じゃねーよ! 明らかに待ってただろ!
内心喚きながら力に抗えずに引っ張られていく。軽く説明しておくと奴はバイト先の先輩であり、先程の着信の相手だ。名前は石川。もっと説明すると彼も齋藤君や瀬尾君同様、絶対100%恋愛対象にならない部類の人である。
「もう、なんですか。また彼氏の愚痴ですか?」
「………」
押し黙る先輩。当たりのようだ。
「泊まるのはナシですよ。いくら安全圏の人とはいえ、異性の男の人を泊めるのはちょっと…」
「これ…泊まり賃」
「さて、夕食買いに行きましょうか? お布団は薄いので我慢して下さいよ」
腕を振り払い、ちゃっちゃか歩き出す。
悲しいかな。常にジリ貧である大学生に、輝く諭吉さんを無視できるはずもなく。臨時収入にニヤニヤしながら、近くのスーパーへと足を進めた。
買い物かごを手にとり、隣の先輩へと渡す。
「先輩、今回はどうしたんですか? 遂に浮気でもされましたか」
差し障りのない事だったら、殴ろうと思いながら今回の喧嘩について聞く。ちなみに先輩の彼氏は大学の同期で、二人はルームシェアという形で共に住んでいる。先輩は料理好き、彼氏は料理以外の家事一般好き。釣り合いのとれた二人である。
そこまで考えて、唇を噛み締める。なんだ、これ私にとって全く必要のない情報じゃないか。
込み上げてくる怒りをどうにか抑えながら材料を見ていると、先輩は小さく声を洩らした。
「違う。……別にあいつは友達だ」
「毎回言いますけど、それはもう友達じゃありません。身体だけの関係ならセフレですよ」
「………よく、わかんねーなぁ」
私よりも20㎝もでかい男の弱々しい姿に、私は溜息をつきたくなった。どうやらこの間話を聞いたときから、一歩も前進していないらしい。
彼氏、という表現をいい加減改めなければいけないかもしれない。話を聞いていると先輩はとても大切にされているというのに、どこをどうボタンをかけ間違えたのか。未だに身体だけの関係兼同居人という認識でいるらしい。
(彼氏の方も、見るからに言葉足り無さそうだしな…)
彼氏、もとい東先輩のことはあまり知らない。ある時に少しの間、会話するだけの間柄だ。石川先輩の友人というのは確かだと思う。この間、遠目から見た時は楽しそうに何かを言い合っていたのだから。
喧嘩するほど仲が良い。彼らにこれほど似合う言葉はないだろう。
「……先輩。今日は親子丼が食べたいです」
「おぅ。任せとけ」
「あと我が家は煙草禁止ですから」
「わかったわかった。吸うならベランダ行けばいいんだろ?」
話題を逸らして続けた言葉に「しょーがねーな」と言いながらも、先輩は笑って鶏肉をかごへと入れた。
帰ってからはご飯を作ってもらって食べて、後はひたすら先輩の愚痴に付き合う。
深夜。いつも通り酒をたらふく飲んで酔いつぶれてしまった先輩へと毛布をかけ、空き缶をゴミ袋へと投げ入れた。
「そろそろかな」
呟いたタイミングでチャイムが鳴る。
疲れた身体を動かし扉の外を見ると、やはり予想通りの人が立っていた。
「今晩は、東先輩」
「……ああ。アイツは来てるか?」
「それは勿論。上っていきます?」
嫌味っぽくそう言ってあげた。
今回も律儀に酔いつぶれた石川先輩を迎えに来たらしい。私を見ても全く動かない瞳に苛立ちを感じながらも、部屋の中へと東先輩を招き入れる。
基本、私は他人の恋愛ごとなんて口を挟まない。誰が付き合って、誰が別れようが支障は全くないし、だから今までだって先輩に助言をしてあげたことは無かった。私がするのは先輩の気持ちを聞いてあげることだけ。
ただ、今回は違う。
何があったのかは先輩の名誉のために言わないとしても、普段煙草を咥えながらニヤニヤしている先輩が、こんなにも弱った姿を私に曝け出してきたのだ。
男の人のギャップ萌え~とか感じる暇もなく、「あ、これあかんわ」と危機感を覚えた。
だから普段ならこんな手助けなんてしないけど、変な擦れ違いで別れられてもうざいし、面倒だから少しだけ助言をしてやる。酔いつぶれて眠る石川先輩にではなく、目の前の東先輩に。
「先輩、知ってます? 石川先輩ってかっこよくて、案外可愛いところがあるんです。遊んでないでさっさとしないと……横から泥棒猫がかっさらっていっちゃいますよ?」
お前は漫画の中の悪女か! ってツッコミたくなるような言葉なんて普段の私なら確実に言わない。
言わないけど、この時の私は言った。
私の発言に目を見張る顔が面白くて、真剣な表情を崩してクスクスと笑ってしまう。
「冗談ですよ、冗談。さ、先輩起こしてさっさと帰って下さい」
頭のきれる東先輩のことだ。私の言いたい事も分かってくれるだろう。
私は男二人を追い出したあとで、すぐさま眠りへと落ちた。何事も健康一番。
――次の日、石川先輩は上機嫌で。バイト後に夕食を奢ってくれようとしたので「誰か彼氏紹介して下さい」と言ったところ即却下された。
やはり変な親切心で助言なんかするもんじゃないなと改めて学んだものだ。
そして今日も今日とて、何故か彼らに囲まれ相談を受ける。私自身が恋愛するのはいつになるやら。恋の経験値はゼロなのに増えていく別の経験値に溜息をつきながら、一人テレビを見る私は知らない。
「鬼塚は、本当にあれだよね。一度懐に入れた人間には優しいし、恋愛に関して偏見もない。あ、不倫とかは別らしいけど。……とにかく口では嫌そうに言いながらもあれだけ親身になってくれる人、みんな頼らないわけないのに。まあ、そういう面倒見の神様にとり付かれた鬼塚が好きなんだけど」
友人Aがそう言いながら私に迫ってくる日がこようとは。この時は微塵も予想していなかったのである。
次回「私の周りには百合ップルしかいない」(嘘)