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香水を振る

作者: 竹仲法順

     *

 部屋着を脱いでから、脇下に軽く香水を振り、ドレスに着替えてバッグを持つ。デオドラントは若干高めなのだけれど、普通に通販で買ってから使っている。一種の身だしなみだ。毎晩、銀座のクラブに出勤していた。ホステスは何かと大変なのだ。客相手に気を遣う。神経が参る仕事なのだし……。

 ずっと変わらなかった。この世界に足を踏み入れたのは、都内にある私立の二流半ぐらいの大学を卒業してからだから、もう十年以上になる。別に気にしてなかった。大学を出た当時、まともな就職先がなかったからだ。必然と言えば必然だった。食べていくためにする仕事だ。多少の労苦は振り払って。

     *

 いつも自宅マンション最寄りの駅から地下鉄に乗る。そして揺られながら、銀座へ向かった。あたしも分かる気がする。サラリーマンとか女性社員みたいに、昼間きちんと仕事をしている人たちが、電車内で居眠りなどをしてしまうことが……。

 水商売というのは何かと偏見で見られがちである。ああ、あの女はそんなものに手を染めてるのかと。だけど、ホステスほどきちんとした夜の商売もないだろう。そう思っていた。現に高い金を払って、酒を飲みに来た客をもてなす。責任があるのだった。

     *

 夜の銀座は危ない。新宿や六本木などの歓楽街と同等にリスクを伴う。長年行き慣れた場所ではあったのだけれど……。駅で地下鉄を降り、店へ歩き出す。秋口で暑さはだいぶ引いたのだけれど、辺り一帯の空気は生温さがある。

 店に入ると、ママの三沙子(みさこ)が、

「ああ、おはよう、真奈(まな)ちゃん」

 と挨拶してきた。

「おはようございます、ママ」

「支度をして、スタンバイしててちょうだい。お客様が来られるから」

「はい」

 言い終えてすぐに、ロッカールームへ歩いていく。中には同僚ホステスたちがいた。声を掛けてから、自分のロッカーを開け、付いているミラーでメイクを直す。そしてもう一度香水を振り直した。念入りに、だ。それから店のメインフロアへ向かう。

     *

 ちょうど午後六時過ぎぐらいから客が入り始める。思っていた。今夜も大変になるわねと。だけど、同時に感じていた。この店はそう派手に儲かる場所じゃないと。現に一日の売り上げは他の店に負けている。三沙子もまだ三十代後半で、若手のママだ。銀座に店を構えてから日が浅い。

 店での成績は、七人いるホステスの中でも五番目ぐらいだった。別に気にしてない。単にこの職場にいられれば、それでいいと思っていたからだ。難しい側面もあったのだけれど……。

     *

 一日の勤務が終わり、午後十一時半過ぎか午前零時前に店を出、目抜き通りでタクシーを一台拾う。そしてそのまま、帰宅した。帰りは地下鉄じゃなくてタクシーだ。別に気にしてない。ホステスになってから、どのぐらいタクシーを利用したか分からないのだし、ちゃんと領収書を受け取って店に出せば、経費で落ちる。

 新宿区にある自宅マンションに帰り着き、部屋に入ってからゆっくりしていた。ドレスを脱いでから、入浴するため、着替えのシャツと下着類を持つ。バスルームへ向かった。疲れている。心身ともに疲労していた。夜間は休む時間に充てる。別に気にしてなかった。夕方から六時間近く、フル回転で仕事すれば、夜はゆっくり休む。半ば必然なのだった。どうしても神経が高ぶって落ち着かない時は、街の病院でもらっていた軽めの睡眠導入剤を飲むのだし……。

     *

 シャワーを浴び、体に付いていた汗や脂を洗い落としてしまった後、風呂場からリビングに戻ってきて、ゆっくりし続ける。ドライヤーで髪を乾かしてしまってから、ベッドに潜り込む。今の季節、エアコンじゃなくて、扇風機でも十分凌げた。朝まで熟睡だ。

 変わらぬ日が続く。朝は午前九時前ぐらいに起き出し、昼間自宅のパソコンでネットしたり、本を読んだりしてから、夜は職場に詰めるという。だけど、きちんとリズムが出来ていた。やや落ち着かないこともあるにはあったのだけれど……。

                             (了)


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