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勇者共のアポカリプス  作者: 有馬五十鈴
第二章 逃亡勇者編
31/43

枯渇

「……んぅ…………や、やめてくれ咲……」

「……やぁ……ぅん……ちゅ……」


 俺はいつのまにか床に背をつけ、咲に上からのしかかられている。

 そんな状態になりながらも咲は俺にキスをするのを止めない。


 いや、キスというよりは貪られているというような表現の方が正しいのかもしれない。

 咲は俺の口内にある舌を自分の舌で無理矢理引き寄せ、吸い上げてきている。

 そんなことをしたら俺の唾液が咲に入っていく。


 けれど咲はそれをまるで美味しいものであるかのように飲み込んでいく。

 それを間近で感じた俺はこれ以上されると自分も歯止めが効かなくなると思い、肩を掴んで咲を強引に離した。


「……ぁ…………」

「はぁ……! はぁ……! ちょ、ちょっと落ち着け、咲」


 そしてなんとか咲から距離をとり、心臓が痛いくらい鼓動が早くなる音を聞きながら声を出した。


 今の咲は明らかにおかしい。

 それが何の影響かはわからないが、普段の彼女ならこんなことは絶対にしないだろう。


「……うぅ…………」


 咲の様子を窺うと、彼女は唇をかみ締め、俺の方を見て目を潤ませていた。

 今にも泣きそうなその表情はまるで俺が離れていったのを悲しんでいるかのようだ。


 それにやはり熱があることが辛いのか、彼女は目を閉じてその場にコテンと体を倒す。

 上気した顔で呼吸を若干荒くし、目元に涙を溜める彼女の姿は病に苦しんでいる人の姿だ。


 なのにそれを見た俺は、どこか儚げな美しさのようなものを感じて胸を高鳴らせていた。


「……そ、そうだ。お粥。お粥を食べよう」


 そんな彼女の雰囲気に胸が締め付けられる思いを受けながらも、俺達がまだ食事をしていなかった事を思い出し、慌てて小鍋の方へと駆け寄った。

 お粥はもう若干冷めた状態だが、ぬるいという程度なのでまだ美味しく食べられそうだ。


 俺はお椀にお粥を盛り、それを咲の目の前に置いた。


「……どうした咲? やっぱり食欲ないのか?」


 しかし咲は再び床の上でぐったりとしていてお粥に手をつけようとしない。

 それを見て俺は咲の上半身を持ち上げ、スプーンで掬ったお粥を彼女の口元へと運ぶ。


「ほら、あーん」

「…………」


 何とか咲に食べさせようとしての行動だったが、彼女はお粥に目もくれず、薄く開いた目で俺の方を見つめていた。


「……つまり……そういうことなのか?」

「…………」


 俺は咲がある事を訴えているような気がして問いかける。

 けれど咲は何も言わず、ただ俺へと視線を投げるだけだった。


「……もういくらしたところで変わらない……か」


 薬の時のようにまた吐き出されても困る。

 そう思った俺はお粥を自分の口へと入れてある程度咀嚼した後、咲に口付けを交わしてそれを流し込んだ。


「……ぅん…………んぐ…………」


 どうやら当たりだったらしい。

 咲は俺が咀嚼したお粥を流し込まれるのに嫌な顔もせず、むしろ雛が親鳥からエサを貰うかのように積極的な様子で飲み込んでいく。

 そして口を離すと咲は次をねだるように、俺の方へと口を開けて待ち構えている。、


 こうして俺はその後も咲へ口移しを繰り返していった。

 途中で水を挟んで何度もその行為を行ううちに俺の方も抵抗感がなくなっていき、合間合間に咲が舌を絡めてくるのにも次第に優しく応えるようになっていく。


 そんな、俺の中に愛情めいたものが生まれつつあったところで、二人で一緒に食べたお粥も綺麗に無くなり、最後の一回に水を含ませたものをして終わりを向かえた。


「……はぁ……はぁ……はい、これでおしまい。いいな?」

「…………」


 咲への最後の口移しはとても長く、彼女が息苦しくなるまで口を離してくれなかったせいで俺の方も息が上がってしまった。

 だがそんな状態でもこれ以上は医療行為でも食事を与える行為でもないという判断はでき、俺は腕に抱いた彼女を床に寝かせて離れようとする。


「やぁ…………」

「いっ……ちょ……さ、咲……」


 しかし咲は俺が離れようとすると、俺の胴体へ腕を巻きつけて首筋を舐め始めた。

 この行動は流石に想像がつかず、彼女が首輪を避けて首筋に口をつけるのを感じて、俺は背筋に電流が走るような衝撃を受けた。


 思考は溶けて俺の体は震え出す。

 けれど俺はなけなしの自制心で、かつどうたらいいかわからないという混乱で、俺はその場で何もできずにいた。


『好きにさせてやれ、小僧』

「!? ……ヴィルヘルムか」


 そんな時、突然俺の頭に中に男の声が響いてきた。


『ああ、無理に喋らなくてもよいぞ。今は小僧のみに念を飛ばしているゆえ、貴様の思考もある程度見える』


 ……そうなのか?


『そうだ』


 そうか……便利な力を持っているんだな。


『これでも神の末席に数えられているからな、この程度のことは可能だ。まあ余程波長が合う者相手にしかできんのだが、小僧と我の相性はなかなか良いようだ』


 へえ。

 鞘の事といい、何気に色々できるんだな。


 それで、今回はどうして俺に話しかけてきたんだ?


『いやなに。様子を見てみれば小僧が慌てふためいている姿が目に映ってな。一つ助言でもしてやろうかという気になった』


 見ていたのか……


 俺が薬や食べ物を口移しで与える様は傍から見たらさぞかし滑稽だったろうな。


『いや、そうでもない。病に伏した仲間に口移しで栄養を与える行為は何も不思議な事では無いのだからな。飲まぬ食わぬからといって放っておいたために仲間が骸と化したならば、その時後悔しか浮かばぬ』


 ……そうか。

 そう考えると確かに笑えるような事でも無いのか。


『病にかかった者は僅かな油断で死ぬこともある。それを忘れぬことだ』


 ああ、わかった。

 忠告ありがとう。


『それに実際のところ、小僧が娘に口移しをして食わせたこと自体も悪い判断ではない。枯渇症にかかった者への食事は口移しで与えると治りが早くなるというのは一万年前から民間療法としてよく知られているのだからな』


 ……何? 枯渇症……?


 それは一体どういう事だ。


 咲は今どうなっているのか知っているのか?

 咲は一体どうなっているんだ? 


『今までの様子を見たところ、どうやら娘は枯渇症にかかっているようだ。娘が苦しんでいたのはわかっているな?』


 ああ。

 今の咲が熱で大分苦しんでいるのは知っている。


 それでその枯渇症とは一体なんなんだ?


『人間族における枯渇症とは何らかの理由で体内の法力が枯渇した際に現れる症状だ。一度枯渇して何の処置も下さなかった場合、その影響で体調の悪化、更には不調による法力生成能力の低下などを引き起こす。今小僧の抱く小娘は法力が枯渇し、更には体力の消耗も相俟った結果、自力による法力生成が上手くいかなくなっているのだろう』


 法力の……枯渇……


 確か法力というのは魔法を生む力のようなものだったか?


『そうだ。人は法力を消費する事により魔法や法術を扱う事ができる。小僧達の持つ加護も法力を消費する事で発動するな』


 加護も法力によるものだったのか。

 ということはつまり、咲は加護の使いすぎで法力が枯渇し、数日経った今でもそれは回復できていないという事になるのか。


『察しがいいな。おそらくはそういったところだろう』


 なるほど。


 だがそれと口移しがどう関係するんだ?

 全くの無関係に思えるんだが。


『法力は体内で生成される。それはいいな?』


 ああ。


『厳密には体内に摂取された法素が法力に変換されるのだが、枯渇病の場合はそれが円滑に行えない』


 ホウ素?

 いや、法素か。


 それで法素から法力が作れない状態ならどうすればいいんだ?


『法素から法力が作れない以上、何とかして法力を直接摂取する必要があるのだが……法力は人の体液にも含まれているのだ』


 ……なるほど。


 法力というものが体液に含まれているという事は、つまり俺の唾液にも含まれているという事になるのか?


『上手く事態を飲み込めたようだな。その通りだ。小僧の唾液、それに汗にも微量ながら法力が含まれている。枯渇病に口移しがいいというのはそういった根拠があっての事だ』


 そうだったのか。


 一万年前からの民間療法と聞いて少し胡散臭い気もしたが、そういう理由がちゃんとあったんだな。


『ちなみに法素はこの世界のいたるところに存在している。大気中にも、普段食している物にも含まれる。しかし法力は人の体内に溜める等の特殊な場合を除き、生成されてしばらく経過すると法素に逆戻りしてしまう。また、人間族は特に法力の保有量が多い。法力を得ようとするなら人間族の体液を直接摂取する事が最も効率的だ』


 そうか……


 ということは今現在咲が俺の首筋を丹念に舐め上げているのは、彼女が本能的に法力を摂取しようとしているということなのか。


『いや。おそらくこの娘が今欲しているのは法力ではなく魔力の方だろう』


 …………?


 魔力?

 法力ではなく?


『そうだ。人間族にとって魔力は毒なのだが、微量であるならば麻酔、場合によっては麻薬的な効果がある』


 ま、麻薬?

 それって大丈夫なのか……?


『場合によってはと言っただろう。ただの魔力であるならば精々体の感覚が鈍くなるという程度のものだ。それに健康体であればすぐに中和される。だが今弱りきっているその小娘にとって、小僧の体液は身体の苦痛を和らげる鎮痛剤のような役割を得ているのだろう』


 ……だから彼女は積極的に俺の体液を飲もうとしたのか。

 突然の事で驚いたが、それにはちゃんとした理由があったんだな。


『ああ。だから一つ、小僧に訊ねたい事があるのだが』


 訊ねたい事?



『貴様には魔人族、あるいは妖人族あたりの血縁者はいるか?』



 ……は?


 いや、いないと思うが。

 というよりも、俺は異世界から来た人間だ。

 そんなわけのわからない種族の血縁なんてあるわけがない。


『そうか』


 なんでいきなりそんな事を聞いたんだ?

 さっきまでの話と全く関係無いじゃないか。


『いいや。関係は大いにある。なぜなら通常、人間族にとって毒となりうる魔力は法力と比べ僅かしか生成しないのだからな』


 魔力は僅かにしか生成しない?

 ということは人の体液には法力ほどには魔力が含まれていないと?


『そういうことになる。だから本来唾液や汗程度では大した影響もないのだが……小僧の場合はどうも違うようだ』


 違う?

 俺のどこが違うというんだ。


『我の見立てでは、小僧は体内に魔力をかなり高い水準で保有している。普通の人間族では考えられんほどのな』


 俺が……魔力を?


 いや、ちょっと待て。

 確か人間族にとって魔力は毒だと言ったな?

 だとすると魔力を保有しているという俺は大丈夫なのか?


『だから我は訊ねたのだ。魔人族か妖人族の血縁者はいるか、と。魔人族にとっての魔力は人間族にとっての法力と言って差し支えない。また、妖人族は魔力と法力の両方を使える。だから小僧が魔力を多く有するのはその種族の血が混じっているのではないかと推測したのだ』


 そうか。

 そんなことを聞いた理由はわかった。


 だが俺にそんな心当たりは無い。

 人間族というのが俺や咲のような人間の事を意味しているのなら、俺は人間族で間違いないだろう。


『そうか。その小娘の方は魔力の反応が無いから人間族だと断定できるが、小僧の方はよくわからんな。見た目は人間族で間違い無いはずなのだが』


 俺の方こそわけがわからない。


 とにかく、俺は魔力を持っていて咲は持っていない。

 そして咲は苦痛を和らげるため、俺の体液に含まれている魔力を得ようとしている。

 今の状況はこういうことでいいんだな?


『ああ、それで間違ってはいないはずだ』


 ならそれでいい。

 あまり難しく考えても答えなんて出てこない。

 俺の親はこの世界にはいないのだから、そんな魔人族だか妖人族だかの血縁があったのかなんて訊ねようが無い。

 というかそもそもそんな種族が俺達の世界では認知されていないんだから、訊ねてもわからないだろう。


 俺は魔力を持っている。

 そういう体質なんだと今は思っておけばいいだろう。


『そうだな……ああ、あと血は飲ませるなよ。血には魔力が多く含まれるのはどの種族でも同じだ。ただの人間族の血ならたかが知れているだろうが、小僧の血を飲んだ場合、下手をすると廃人になりかねない』


 わ、わかった。

 気をつける。


『だがその代わり精液は飲ませてもよいぞ』

「ぶっ!?」

『精液には法力が多量に含まれている。枯渇病の早期回復を狙うのならばそれを小娘に飲ませると治りが早いだろう』


 いやいやいやいやいや。


 やらないからな。

 俺はそんなこと絶対にしないからな。


『そうか? 小僧にしてみれば大義名分ができて良いだろうに』


 駄目なものは駄目だ。

 そういうことはもっとこう……お互いをもっとよく知ってだな……


『腑抜けめ。メスに精液を注ぎ込みたいと思うはオスの本能であろうに。そんな姿勢では碌に己の子孫を増やせぬぞ』


 俺は計画的な子作りを目指すので、こんな行き当たりばったりでそんなことはしません。

 神様だからと言ってあまり俺をたぶらかさないでいただけませんかね。


『ふん、そうか。ならば明日にでも治癒院で聖水を買ってこい。それが法力回復手段として二番目に迅速な手段だ』


 そうですか。

 わかりました。

 ご親切にお教え下さいましてありがとうございます。


『……小僧、その気持ちの悪い敬語はなんだ。我への当てつけか?』


 いえいえそんな。滅相もございません。

 ただ俺は神様とは同じ価値観を共有できないなと思っただけですので。


『……ふん、まあいい。そろそろ我は席を外すからな』


 そうですか。

 それではまたの機会に。


『ああ、また気が向いた時にな』


 …………


 ………………


 ……………………いなくなったか。


 昨日の会話でもそうだったが、あの神様はやけに子作りに対して寛容だな。

 もしかしたら人間じゃなくて名前の通り本当に狼なんじゃないだろうか。


「……はぁ……れろ……ん……」

「…………」


 そして俺がヴォルフガンドと脳内で会話をしている間、咲はずっと俺の首筋周りを舐め上げていた。



 ……そういえば今日の俺はまだ濡れタオルで体を拭いていなかったな。


 咲は舐めててしょっぱいとか思わなかっただろうか。

 結局舐めるのを止めいないところを見るに、恐らくは気にしていなさそうだが。


 というよりむしろ、より汗を掻いているであろうところへ向けて舌を伸ばそうとしている。

 彼女は胸元を舐めたいのか俺の服の中に顔を入れようとしていた。


「はぁ……でもこれは流石に不衛生だな」


 このまま咲に体中を舐めさせるのはあまりよろしくない。

 俺の体は魔力以外にも色々なものがこびりついていて汚いからな。


「飲みたければいくらでも飲ませてあげるから……」


 俺はもはや諦めの境地に至り、咲の顎を手でクイっと持ち上げ、彼女の口に自分の口を押しつけて唾液を流し込んだ。

 全身の汗を舐め取られるよりはこっちの方がまだ良いだろう。



 こうして俺は時折水を飲みながらも咲へと唾液を流し込み続け、しばらくすると彼女は満足したのか、俺の口から離れて寝息を上げ始めた。

 それを確認して俺は近くにあった毛布を手繰り寄せ、彼女の暖かな体温を感じながら眠りに入った。

 もうどうにでもなれだ。

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