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勇者共のアポカリプス  作者: 有馬五十鈴
第二章 逃亡勇者編
30/43

口移し

「…………」


 部屋に戻った時、咲の声が聞こえてこなかった。


 咲はぐったりした様子で床に寝そべっている。

 どう見ても体調が悪化していた。


「咲……大丈夫か……?」

「…………ん………………」


 ……大丈夫な返事ではなかった。

 強がっているのか俺の問いかけに頷いているが、その声もかなり弱々しい。


「どういうことなんだ……」


 やはりこの環境がよくないせいだろうか。

 ベッドで休んでいるわけでもなく寒さを毛布一枚で我慢しているうえにこの部屋は埃っぽい。

 これでは休みの質が悪いと言われても仕方が無い。


 一応食事はちゃんと取っていたが、それだけでは足りなかったということなのか。


「……熱も酷いな」


 俺が咲の額に手をやると、前に触れたときよりも若干熱が上がっているように感じられた。

 それに顔は赤いし汗もかいている。

 このままだとまずいかもしれない。


「咲、何か食べられそうか?」

「…………」


 俺が訊ねると咲は無言のまま首を小さく縦に振った。


 もう喋ることも億劫なのだろう。

 だが咲は今食べられるという仕草をした。

 多分本当は食欲なんて無いんだろうが、無理にでも食べないと危ないと思っているのかもしれない。


「そうか……なら何がいい? 何でも作るから遠慮なく言ってくれ」


 俺はどんなものなら食べられそうか咲に問いかけた。

 すると彼女はやや間を置いてから、ゆっくりと口を開く。


「……………………おかゆ」


 咲は呟くような小さい声でそう言った。


「お粥か、わかった。それじゃあ作ってくるから少しだけ待っててくれ」


 やはりお粥が一番馴染みがあって食べやすいのだろう。


 俺は咲のリクエストに答えるべく、店へと引き返した。


「よう。今夜は何を作る気だ?」

「昨日作ったシンプルなお粥です。寝込んでいる友達に頼まれまして」

「へえ」


 俺が店に戻ると、大きめのフライパンを豪快に振って野菜を炒めていたガインさんが声をかけてきた。

 ディナータイムもとっくに過ぎていて今は客も少ないが、何かしらの注文が入ったのだろう。


「その友達ってのは少しは調子も良くなってきたのか?」

「いえ……実のところあまり良いというわけでは」

「あー……そうか」


 ただの世間話ではあるが、俺が暗い様子でそんな事を言うものだからガインさんも話を続けにくくなったようで、一言頷くだけで俺達の間に沈黙が流れた。


「……あとこの辺で熱に効く薬を売っているところはありますか?」


 俺はそう訊ね、ガインさんから薬を売っている店を教えてもらった。

 それはここから歩いて十分ほどのところにあるというので道に迷う事もないだろう。


「多分今の時間ならまだ開いてると思うぞ」

「そうですか。それなら今からちょっと見てきます」


 こうして俺はその薬屋へと足を運んだ。





「……お待たせ、咲」

「…………」


 俺は薬屋で解熱剤を買い、お粥を作ってから咲のいる部屋まで戻ってきた。


 薬の方は一応買えた。

 買えたが、かなり高くついた。


 緑色のおどろおどろしい液体が小さな試験管に入った状態で十本セット、銀貨三枚という価格で売られていた。

 俺の日給の四分の三がそれだけで消えてしまった。


 あとは毛布を一枚買うだけで金がなくなった俺は、ややブルーになりつつも咲のところへ近づいていく。


「食事をする前に飲んで欲しい物があるんだが、いいか?」

「………………」

「……よし、それじゃあ起こすぞ」


 俺は一度声をかけてから咲の肩と背中に触れて上半身を起こす。

 すると相当汗をかいたのか、背中の服がべっちょりと濡れていた。


「……その前に一度着替えるか」


 着替えるものは施設で着ていた半袖短パンしかないが、あれらは自分のも含めて昨日の内に俺が洗濯をしておいてある。

 咲の服を俺が洗っていいものかとも思ったが、そのまま洗わないで放置しておくわけにもいかず、咲から許可を取り、全て洗って部屋の中に干した。


 俺はその干してあった衣類を取り、咲の前に置く。


「着替え……ここに置いておくから。五分くらいしたらまた戻ってくる」


 そして咲の着替えの邪魔にならぬよう俺は五分だけ部屋の外へと出た。


 けれど五分後、俺が再び部屋の中に入ると、そこにはうつらうつらとして着替えをしていない咲の姿があった。


「……どうしたんだ? 服、濡れてて寒くないのか?」

「…………」


 なんだろう。

 今の咲は意識がはっきりとしていないのか、声をかけても反応が鈍い。


 これは本格的にまずい状況なんじゃないだろうか。


「……とにかく着替えをすませよう」


 このままだと確実に咲の体は冷えていく。

 そうなると本気で命に関わるかもしれない。


「咲……着替えないなら俺が無理矢理にでも着替えさせるが、いいな?」

「…………」

「……はぁ、いくぞ」


 こんな時、奏や竜崎さんといった他の女子が一緒にいてくれればどんなに心強かっただろう。

 だが今この場にいるのは俺と咲だけだ。


 俺は一切の恥じらいを捨て、咲を着替えさせる事にした。


 とはいってもやる事はシンプルだ。

 咲が今着ているワンピースは上から被っているだけなので、両腕を上げさせればすんなりと脱がせるだろう。


「んしょ、ようしょっと……」


 俺は咲の腰を浮かしてスカート部分を引っ張り上げ、そのまま一気にワンピースを脱がせた。


「……う」


 ……そうだった。

 今現在、咲は下着類をつけていないということを忘れていた。


 その結果、どうせ下着を着ているのだから大丈夫、と僅かな油断をもたらした。

 ワンピースを脱がせたら彼女は何も身につけていない状態になるのは当然だというのに。


 彼女は着痩せするタイプだったらしい。

 咲の背中越しから、服越しではわからないほどに大きく膨らんだ二つの乳房が目に入ってしまった。



「…………」


 こんな状況でも咲は何も言わず、薄く目を開けてボーッと前を向いているだけだったことは幸いか。

 俺は今見てしまった咲の裸体に内心激しく動揺しながらも、彼女へ手早くシャツを被せた。


「咲……足を上げて……」


 そして俺は咲の足首を持ってズボンを履かせていく。

 その際は足の付け根へと視線がいかないよう十分気をつけての作業だった。


「はぁ……よし、できた……」


 ここまで気を使うとは思わなかった。

 下着類を着させることは精神的に不可能だったため断念したが、なんとか俺は咲の着替えを終えることに成功した。


「…………」

「…………」


 結局咲はその間ずっと無言のままで、さっきまで意識があったのかすらよくわからない有様だった。


 だが今はそれでいいのかもしれない。

 同い年の男に着替えをさせられたなんて記憶は無いほうがいいだろう。

 まあ意識がちゃんとしていたなら自分で着替えられたという話かもしれないが。


「忘れよう……」


 今回の件はお互いに忘れたほうがいいだろう。


 俺達は付き合っているわけでは無いのだから、本来なら裸を見せてはいけない間柄だ。

 一瞬とはいえ、今見たものもすぐに忘れたほうがいい。

 じゃないと俺は彼女と正面から話せなくなる。


「さて……それじゃあ咲、食事の前に薬を飲んでくれ」

「…………」


 俺は無言の咲へ一本の試験管を見せた。

 この薬は解熱剤だが、食直前に飲むと食欲を増進させる効果もあるとのことだ。


 だから食事をする前にこれを飲んでおいてほしいのだが……


「…………」


 咲は俺の手にある薬を受け取る気配もない。

 この分だと食事も手をつけられないかもしれない。


 だがこの薬は飲んでもらわないと困る。

 なので俺は咲の肩を抱き寄せて体を斜めに傾けさせた後、試験管の中身をゆっくり彼女の口へと注ぎ込んだ。


「………………ッ! ぶっげほっごほっ!」

「さ、咲!?」


 けれど咲は口に入れた薬を吐き出し、床に殆どぶちまけてしまった。

 しかも気管に入ったのか、彼女はむせるようにして咳き込んでいる。


「咲、これは薬だ。不味いかもしれないがちゃんと全部飲んでくれ」


 俺は咲に今一度説明を行ってから二本目の薬を口元へ運ぶ。

 けれどどういうわけか咲はそれも吐き出してしまう。


 どういうことなんだ。

 咲が薬を飲んでくれない。


 薬はあと八本あるけれど、また吐かれでもしたらどうしたらいいか俺にもわからなくなる。

 咲の熱は下がらないし食事もできそうにない。

 そんな状態で本当に大丈夫なのか。



 もしかして、咲はこのまま死んでしまうのではないだろうか。



「……いや、駄目だ。そんなこと、絶対にあっちゃ駄目だ」


 俺と咲は絶対に生きて元の世界に帰るんだ。

 なのにこんなところで咲を死なせていいわけが無い。


「……咲は俺が絶対助ける……咲は絶対死なせない」


 後の事など知った事では無い。

 咲が生きるのならどんなことでもやってやる。

 今自分にできる事を全て試みるんだ。


「咲……ごめんな」


 俺は咲へ一言そう謝ると、三本目の薬を自分の口の中に入れた。


 ……道理で咲が吐き出すわけだ。

 口の中に含んだ状態の薬は物凄く苦く、とても不味かった。


 だが味なんてこの際気にしていられない。



 俺は口の中に薬を含ませたまま、咲の唇へ口付けを交わした。



「ん……ぅ……」

「……………………っ!」


 そして俺は咲の口の中へと薬を流し込んだ。

 やや押し込むようにして勢いをつけた液体は、俺が口を塞いでいることもあり、咲の喉へゴクンという音を立てながら通っていった。


「…………っ!」

「んっ!?」


 咲の口へと薬を全て流し終えた俺はその後ゆっくりと口を離そうとする。

 けれど咲はそんな離れかけた俺に追いすがり、俺の舌を吸い上げてきた。


「……! ぷはっ! ……ちょ、ちょっと待ってくれ咲!」

「はぁ……はぁ……も、もっとぉ……」

「は…………むぐぅ!?」


 咲の両肩を掴み、やっとのことで口を離した俺が制止を呼びかけると、彼女は呼吸を荒くしながらもねだるような声を出しつつ俺の口へと食いついた。


 なにが起きているのか。

 俺にはこの事態がよく理解できない。


 咲はそこに何か美味しい蜜があるかのように、俺の舌や歯茎を舐めまわしてくる。

 かつて奏にされたキスと同じかそれ以上の激しさで咲の舌が俺の口内を暴れまわった。


 そんなことをされているのに、俺は今回も為す術なく、ただ受け入れる事しかできなかった。

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