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勇者共のアポカリプス  作者: 有馬五十鈴
第一章 奴隷勇者編
3/43

蟲毒

 俺達は教室から突然居場所が変化したことにより、混乱状態に陥った。


 部屋を照らし出す光は電球ではなく石造りの壁に備えつけられた結晶のようなものから漏れ出てくる薄暗い光のみ。

 それは電気で光らせているというより結晶そのものが光っているというような輝きだ。


 また、空気には淀みが感じられ、換気もあまりできていないのであろうということが察せられる。


 ここは間違っても教室ではない。

 あの清潔で明るい空間とは似ても似つかない、どこか牢獄めいた石作りの部屋に俺達はいた。


 わけがわからない。

 状況を理解できず、俺達は動揺する声を漏らしていた。


「ようこそ、勇者諸君」


 だがそんな俺達とは違い、酷く冷静な人間がそこにいた。

 年老いた男性のようなとても落ち着きのある声が部屋に響く。


「! 誰だ!」


 それに反応して相沢が叫んだ。

 俺達全員は相沢の向く方へと注目すると、光の当たらない空間に俺達以外の人間が複数いることが確認できた。


「おっと、驚かせてしまったようだな。これは失敬」

「…………?」


 俺達に声をかけたらしき男性は俺の想像通り年をくっていたが、よく見ると外国人顔で黒衣のローブを纏い、何かの木でできたおどろおどろしい杖を手に持っていた。


 こんな姿で外を歩いたら間違いなく職質される。

 けれどその姿は貫禄のある風貌で、どこかしっくりくるものがあった。


「おいオッサン。ここどこだよ? 俺らなんでこんなとこにいんだ? さっさと答えろよ」


 ガラの悪い坂本がその男性に向かって質問を投げかけた。

 確かにここはどこで、何故俺達がいるのか聞きたいところではあるが、この異常事態かつ初対面の相手にその態度を貫くとはある意味流石だな。


「フフフ。威勢のいい勇者だ。やはり勇者はこれぐらい尊大でなければな」

「ああ? 勇者だぁ?」

「ちょ、坂本。抑えて抑えて」


 坂本がローブを着たその初老の男性にガンを飛ばすのを近くにいた相沢が制止している。


 相沢はもう冷静になって人を気遣う余裕まで見せている。

 イケメンはいつでもイケメンな態度をとれるということなのか。


 というか勇者ってなんだ。


 さっきもこの男は勇者と言っていたような気がするが、勇者ってつまり、勇者だよな。

 あのゲームや漫画でよく見聞きするあの勇者ってことでいいんだよな?


「えっと。それであなたは一体どなたでしょうか? あ、俺の名前は相沢良人あいざわりょうとと言います」


 相沢は初老の男性とコミュニケーションをとるべく自己紹介をしていた。


 人に名前を聞くのならまず自分からってノリか。

 無害な人相手にする分には悪く無い判断だ。


 が、今の俺達の状況はよく見るとかなり悪いように感じる。

 明かりが行き届いていない箇所に目を凝らすと、甲冑のようなものを着込んだ人間が剣や槍、それに銃のような物を持って俺達を取り囲んでいる。


 こんな状況に立たされるのは生まれて初めてだけれど、ここがとんでもなく危険な場所であることくらいは理解できた。


「私の名はディアード・レイヴン。しがない宮廷法術師としてとある国に仕えておる男よ」

「法術師……?」

「そうだが、お主達には馴染みのない言葉かね?」


 法術師。

 あんまり馴染みはないな。魔術師ならともかく。


 まあ魔術師にせよ法術師にせよ、創作物で聞くという類の単語だ。

 現実にそんな職業はない。


 けれどそんな単語を自分の職業であるかのように男は言った。

 このディアードという人間は一体なんなんだ。


「その様子ではお主達の世界に法術師は存在しないようだな。そうすると魔術師もかね?」

「俺達の……世界……?」

「そうだ。その分だと魔法も存在しないか。……魔素の無い世界からの召喚なのだからこうなるのも当然か」

「ま、魔法……?」


 相沢がディアードという男性の言葉を復唱する。

 まるでその言葉が上手く理解できなかったかのように。

 そしてそれは俺達全員に言える事だ。


 法術師。魔術師。お主達の世界。魔法。召喚……なんだそれは。


 それに今の状況もなんなんだ。

 いきなりわけのわからないところに俺達はワープして、法術師やら武器を持った甲冑集団やらに囲まれているというこの状況は何だ。


 これではまるで、俺達は――


「異世界……」


 誰かがそんな言葉を口にした。

 声のした方に目を向けると、そこにはオタク気質の水谷がいた。


「つまり僕達は勇者として異世界に召喚されたということですね!」


 水谷は更に言葉を続ける。

 なぜか水谷はこの状況で一人興奮気味になっていた。


「ほう……お主達の中には今起こった事を正確に把握している者もおるようだな」


 しかも水谷の言っていることで間違いはないようだ。

 つまりどういうことだよ。


「お主達は召喚魔法によって別の世界から我々の世界へと召喚された異世界人であり、我々の世界を救う勇者なのだよ」


 ……つまりそういうことか。


 つまり全然わけわからん。


 だが今の説明で何人かのクラスメイトは理解を示したようだった。

 これは俺の順応性が低いと言うべきなのか、そのクラスメイト達の適応能力が高いと言うべきなのか。


「おいオッサン! さっきから魔法だの何だのと何わけわかんねぇこと口走ってんだ! もっとわかりやすく説明しやがれ!」


 そして俺と同じく今の説明で納得できなかった男、坂本がディアーデという男性に詰め寄る。

 また、背後に待機していた全身に甲冑を着込んだ男が前に出てきた。


「レイヴン卿」

「よい。私がやる」

「ああん? てめえ何シカトしてん――」



 坂本の手がディアードという男のローブに触れるその瞬間――坂本の肩から血が噴き出した。



「え……」

「な!?」

「きゃあああああああああああああああああああああ!」

「う、うあああああああああああああああああああああああああああ!」


 坂本から血が溢れ出すのを見たクラスメイトから悲鳴が上がった。


 俺も驚きの声を上げそうになるが、それをなんとか抑えつけて坂本の傍に駆け寄る。


「だ、大丈夫か! 坂本!」


 だが俺より先に相沢が坂本に声をかけ、学生服を脱いで傷口に押し当てて止血を試みていた。

 

「グッ……う……大丈夫だ……こんくらい……」

「そうか……いきなり何をするんですか! ディアードさん!」

「何、とは何のことかね?」

「とぼけないでください! 今あなたは彼に何かをしたでしょう!?」


 相沢が男に怒りの言葉をぶつけている。


 あの男は何かをしたんだろうが、それがなんなのか俺にも全くわからなかった。

 起きた現象としては、坂本が手を伸ばしたその時、男の持つ杖が一瞬チカッと光ったという程度のことだった。


「いやなに、ちょっと躾をしたというだけのことだ。気にする事ではない」

「躾って……」

「それにその程度の怪我などすぐ治せる……○×△◇□×#@%」


 ディアードが何かよくわからないことを呟くと再び杖が光りだし、俺達は警戒心を高める。

 しかも今回は杖だけでなく坂本の傷口までもが光に包まれていた。


「な……」


 そして坂本は絶句していた。

 いや、坂本だけじゃない。俺達全員がその現象を見て唖然としていた。


 坂本が負った傷は、綺麗さっぱり消えてなくなっていた。


「これが魔法だ。厳密には法術というカテゴリーなのだが……これで諸君にもわかってもらえただろう?」


 ……なるほど。

 この男は俺達に魔法の存在を知らしめるために坂本を傷つけ、そして癒したのか。


 確かにこれは魔法という存在を受け入れるしかない出来事だった。

 直接怪我を負わされた坂本にとっては尚の事だろう。


「さて、それでは次のステップだ」


 次のステップ。

 男がそんなことを言うと、甲冑を着た連中が手に何かを持って俺達の前に立った。

 そいつらが持っていた物。それは黒いチョーカーのようなものだった。


 甲冑連中は有無を言わせず、そのチョーカーを俺達の首に巻きつけていく。

 俺は成すがまま装着させられたが、クラスメイトの中には抵抗する奴もいて、そいつは複数人の甲冑集団に押さえつけられて無理矢理着けられていた。


「……おい、これは一体なんなんだよ?」


 怪我を負ってからそのまま地べたで胡坐をかいていた坂本が男に訊ねていた。


 魔法なんてものがある世界なのだから、このチョーカーもただの飾り物ではないのだろうが……


「それは持ち主の指示に従わない者を罰するための道具だ。このようにな」

「ぐっ!? がああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

「さ、坂本!?」


 坂本が突然首を押えながら苦しみ始めた。

 その苦悶の声に俺達は困惑する。


「効果のほどはこれで理解したかね?」

「はぁ……はぁ……ぐっ……てめえ……俺に何か恨みでもあんのかよ……?」

「そういうわけではない。実際に体感してもらった方が早いと思ったまでのことだ」


 ……随分と手荒な説明方法だな。坂本、本気で苦しがってたぞ。


 だがこれで完全にはっきりした。

 目の前にいるこの男は俺達を人と見なしていない。


 先程水谷の言葉が邪魔をして中断した思考だが、今こそはっきりとわかった。


 俺達はこいつらに拉致されたんだ。

 しかも行き先は異世界とかいうわけのわからないところに。


 俺がそう結論付けて冷や汗をかいていると、ディアードは俺達に巻き付けた首輪と同じものを手にとって説明し始めた。


「これは元々奴隷用だった物を君達用に改良したものだ。Aランク相当の運動性能を持つ者でも破壊するのは困難だが、無理に外そうとすると首が吹き飛ぶことになるから注意したまえ」 

「首が……?」

「おいおい……マジかよ……」

「そんな……」


 頭が吹き飛ぶって……この首輪は爆弾でも仕込んであるのか?

 何にせよ、さっきの坂本の様子を見た後だと勝手に外そうとはしない方がいいだろう。


「な、なんで勇者がこんな扱いを受けるんですか……? おかしいでしょう……?」


 さっきまでやけに興奮していた様子の水谷が今度は顔を青くして男に訊ねていた。


 どうやら水谷も今の状況がマズイということを理解したらしい。

 若干遅すぎな気もするが、俺も確信を持ったのはついさっきだからあまり人の事は言えないか。


「君達は勇者召喚の儀により召喚された正式な勇者だ。が、召喚した勇者の中には我々が望まない行動を起こす者もいるのだよ」

「つ、つまり僕らが反逆するかもしれないと……?」

「その通りだ」


 なるほど。


 確かにこいつらが俺達を何らかの目的で召喚しようとも、俺達がその目的通り動くという保障なんて無いからな。

 こうして奴隷の扱いをしたほうがこいつ達としても安心ということか。


「……その我々の意図……とは?」

「魔王を討ち滅ぼし、この世界に平和をもたらす事だ」

「魔王を……?」


 その辺は俺達の世界の創作物と同じような理由なんだな。


 勇者は魔王を倒す存在。

 古今東西異世界にだって共通する概念ということか。

 俺達にそんなのことができるのかどうか疑問ではあるが。


 というか本当にここは異世界なのか?

 さっき見た魔法の説明はつけられないけれど、なんだか普通に意思疎通ができているし。

 ディアーデという初老の男は外国人顔だが、日本語を喋っているようにしか聞こえない。


「申し訳ありませんが、俺たちに魔王と戦うとかそういう力はありません。できれば元の世界に帰していただきたいのですが」


 俺が幾つかの疑問を脳内に浮かばせていると、相沢が冷静な口調でそんなことを男に向かって言った。


 まあこの男が俺達を元の教室へと戻してくれそうなら俺もそう言いたかったところなんだが、多分無理だろう。


「安心するがいい。勇者召喚の儀により呼び出された異世界人には魔王討伐という使命を遂行するための補助として『かたりの加護』、『練達の加護』、そして『勇神の加護』という三つの加護が付与される。それら三つの加護があれば、お主達は魔王とも十分に渡り合えるだろう。なので安心して魔王討伐に励むといい」

「……このまま帰してはいただけないんですね」

「無論だ」


 目の前にいる男に俺達を帰す気など無いという事を知り、クラスメイトから落胆の声が上がった。

 こんなところに呼び出して奴隷用の首輪を無理矢理つけさせるような集団なのだから最初から期待はしてなかったが、やはりそうハッキリと言われてしまうと厳しいものがある。


 一体どうしてこんなことになったんだ。


 昨日と今日で何が違う。


 今日の朝まではごく普通の日常だったはずなのに。


 ……まあ、俺にとっては少しだけ違ったか。

 でもそれとこれとは全く関係のない事だ。


 そういえば白上さんや葉山さんはどうしているだろうか。


 俺は彼女達の様子を窺うべく、周囲にキョロキョロと視線をさ迷わせる。

 すると彼女達はすぐに見つかった。


 だがやはり彼女達もこの状況についてこられないようで、白上さんは右手を顎に当てて渋い顔をしており、葉山さんは顔色を悪くして震えていた。


 二人とも、泣き出さないだけまだ持ちこたえていると言えるな。

 あまり気にしないでおいていたが、クラスメイトの中には坂本が血を流したあたりからずっと泣いている女子もいる。

 今の状況が受け入れられないから泣いているんだろう。



 いや、受け入れられないのは泣いている女子だけというわけでもないか。


 反応は様々だが、結局のところ俺達は全員この状況を受け入れられていないんだから。


「そしてもう一つ、お主達にとっては残念と言える報せがある」

「え……?」


 俺達は男の言葉にうんざりしながら静かに耳をそばだてる。


 まだ何かあるのか。

 この状況だけで一杯一杯。

 けれど驚くのにももう疲れた。

 それに何があってもこれ以上の驚きなんてないだろう。


 ここまででも既に色々あったため、俺達はそんな達観にも似た諦観の極地にいた。



 だが、本当の意味で俺達が絶望に突き落されるのはここからだった。



「本来なら勇者召喚の儀により召喚されるのはたった一人だ」

「一人……?」

「そうだ。しかし今回はより強い勇者を餞別するために召喚魔法の理論的転移限界人数まで呼び出させてもらった。しかしその結果、今はお主達に備わった加護の力も全員に分散している。だからこれから魔王と対等に戦えるようにするために、その分散した力を再び一つに纏める必要がある。この意味がわかるかね」


 俺達は男の言っている事がよく理解できず、揃って眉をひそめていた。

 それを見て男は口元をニヤリとさせ、覚えの悪い生徒に優しく説くかのような声音で告げる。



「ここにいる勇者同士で殺しあえ。我々が必要とする何者にも負けぬ最強の勇者が完成するその時まで、な」



 蠱毒、という言葉が俺の頭に浮かんだ。



 蟲を一つの器に詰め、最後の強い一匹が残るまで蟲同士を喰らい合わせるというその呪術の過程を、俺はディアードの説明から連想してしまった。

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