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勇者共のアポカリプス  作者: 有馬五十鈴
第二章 逃亡勇者編
23/43

フラグ多き文化祭

 外から漏れる結晶光で薄く照らされる空き部屋の中、俺を好きになった経緯を語る葉山さんへ、俺は耳を傾けた。


「……白瀬くんとは……今年初めてクラスが一緒になったよね……?」

「ああ、そうだな」


 俺は葉山さんへ相槌を打つ。


 確かに俺と葉山さんが同じクラスになったのは今年が始めてだ。

 それどころか、俺は葉山さんの存在を同じクラスになってから知ったというレベルだった。


「白瀬くんは……同じクラスになるまで……私の事知らなかった?」

「……ああ」

「そう……」


 俺は正直に答えると、葉山さんは僅かに表情を曇らせて俯いてしまう。

 それを見て俺は冷や汗を掻いて焦った。


「ご、ごめん。もしかして同じクラスになる以前に俺達会っていたのか?」

「うん……でも謝らなくてもいいよ……私が一方的に知ってるっていうような状況だったし……というか私も調べなきゃ白瀬くんだったってわからなかったし……」

「?」


 調べる?

 一体何の話なんだ?


「白瀬くんは……去年の文化祭のこと……覚えてる……?」

「……まあ、覚えてるといえば覚えているが」


 ただあの時の事はあまり思い出したくない。

 色々な意味で。


「私が白瀬くんの事を知ったのは……その文化祭の時なんだよ……」

「そうなのか?」

「うん……それに……白瀬くんを好きになったのも……多分その時……」


 葉山さんはそこまで言うと、ポスンと俺の胸板(と呼べるほど立派なものではないが)に頭を埋めてきた。


「ごめんなさい……ちょっと疲れちゃって……このまま話しても良い……?」

「あ、ああ、俺は別に構わないが」


 でもいきなりの事で驚いた。


 しかもこれだと俺の心臓の鼓動が早くなったのが葉山さんにバレバレじゃないか。

 そういう意味では全然よくなかった。


 だがここで葉山さんにダメとも言いづらく、俺はそのまま彼女の話を聞き続ける。


「私はあの時……ガラの悪い人達に絡まれていたの……」

「ガラの悪い……?」

「うん……」


 葉山さんは俺の胸の中で口を動かしていた。

 服一枚を隔て、彼女の暖かな吐息を感じる。


「文化祭の最終日……午後の三時くらいだったかな……」

「最終日の午後三時…………あ」

「思い出した……?」


 思い出した、というより俺はあの時の事をあえてなかった事にしていた。

 だがその時、俺は確かに一人の女の子を助けたという記憶があった。


「私はあの時……年上の男の人達に詰め寄られてて……でも私は何も言えずに俯いてて……そんな私を白瀬くんが助けてくれたんだよね……」


 そうだ。

 俺は文化祭最終日、クラスの買出し(という名の罰ゲーム)をしに教室の外へと出た際、校舎の隅で高校生らしき男達が一人の女子生徒を囲んで何かを言っているという現場を目撃した。

 その男達は髪を染めていたり耳や鼻にピアスをつけていたりでいかにも「自分達不良です」というオーラを放っていたから、俺はそんな男達に囲まれていておどおどしている女子を憐れに思ってしまった。


 だから俺はその輪の中に入り、その見知らぬ女子を逃がした。


 穏便な形で。


「でも私……びっくりしちゃったな……突然知らない女の子が私の前に立って……『こんな子よりも私とお話しない?』なんて言うんだもん……」

「あぁ……まあ……な」


 俺はあの時、自分の姿を逆手にとって、不良達のターゲットを俺に移すという策を行った。



 去年の文化祭において俺達のクラスが行った催しはメイド喫茶。

 しかもそれはクラスメイトの悪乗りで、文化祭中は男女問わずフリフリのメイド服を着用するという狂気の内容が盛り付けられた催しだった。


 そしてその提案が出された時に我関せずといった様子で聞き流していた俺も、文化祭当日は強制的に女装させられてしまった。

 しかもメイド服を着た俺がどうも一部の女子のツボに入ったらしく、メイクやらウィッグやらを追加でさせられ、文化祭最終日にはそれらも完成度の高いものへとなっていったのだからたちが悪い。


 そんな姿を俺は鏡で見せられ、クラスメイトから写真を取られたり、裏方ではなく接客に強制参加させられたりで非常に恥ずかしい思いをした。

 あれはもう黒歴史だ。それだけでももう思い出したくない。


 だがそういう一見して女子だと勘違いさせることができる見た目であった当時の俺は、不良達の興味を上手く自分に引きつけられるのではないかと考え、実行に移した。


 ……けれどその結果、俺は見ず知らずの男子にファーストキスを奪われた。


 あれは本当に驚いた。

 俺を助けるためにあんな事をしたのだろうが、それでも普通初めて会った女子にキスをするか?


 しかも俺の手を引っ張って人気のないところに連れ込んだと思ったら「俺達、本当に付き合ってみないか?」だ。

 ふざけているとしかいいようがない。


 結局俺はその言葉を聞いて身の危険を感じたから碌に顔も見ずに逃げだしたが、あれは一体誰だったんだろうか。


 ……まあ誰だったかなんて知りたくもないが。

 そんなことより今は葉山さんについてだ。


「あの時は誰だったかわからなかったんだけど……白瀬くんと同じクラスの友達に聞いたら一発でわかったよ……」

「あー……はははー……」


 俺の着ていたメイド服はクラスの女子達のオーダーメイドだ。

 少し調べればどのクラスかすぐにわかってしまう。


 そしてそのクラスの中から俺を特定するのもそこまで難しい事ではなかっただろう。

 なんせ俺のメイド服だけミニスカートに改造させられてたんだからな。

 男の生足とか一体誰得なんだ。


「ふふっ……でも驚いたよ……私を助けてくれたと思ってた子が……実は男子だったなんて……あの時の白瀬くん……可愛かったもん……」

「可愛いとか言われても嬉しくないな……」


 俺に女装趣味は無いし女になりたいとかそんな願望も持ち合わせていない。

 だから女装した姿を可愛いと称されても、ただただ悲しいだけだ。

 クラスメイトも悪気があったわけじゃないだろうが(悪戯心はあっただろうが)、あの文化祭は俺にとって一種のトラウマにすらなっている。


「それじゃあ訂正……白瀬くんは見知らぬ他人を助けるのに体を張れる……とても勇気のある男の子だよ……」

「……別にそんなんじゃないさ」


 俺はただ、なんとなく放っておけなかったから助けただけだ。

 同じ学校の女子が不良に絡まれているというのに誰も助けにいかないことに腹を立てて行動したというだけだ。


 だから他人のために体を張れるだとか勇気があるだとかいうのは葉山さんの買いかぶりだ。


「ううん……そんなことないよ……白瀬くんは勇敢で心優しい……とてもかっこいい人だよ……」

「…………」


 そうか。

 だから葉山さんは俺を好きになったのか。


 俺が偶然葉山さんを助けたという出来事は彼女にとって大きな意味を持つことになったのか。

 女の子の窮地に颯爽と現れたのは白馬の王子様ではなく、ミニスカートのメイド服を着た女装男子というのはかなり格好がつかないが。


「あの文化祭が終わって以来……私は白瀬くんにどうお礼を言おう、てずっと考えてたんだよ……でもなかなか言い出せなくて……そんなことをしてる内に……いつの間にか白瀬くんの事を眼で追うようになって……」

「……それで好きになった……と?」


 葉山さんの言葉を聞き、俺はそう訊ねた。

 すると彼女は顔を上げて俺と目を合わせてくる。



「…………うん……私は……白瀬くんの事が…………好き」



 そして葉山さんはか細い声で頷くと、俺の服を掴む手を更に強く握り締めて振るえ始めた。


「ああ……言っちゃった……どうしよう……凄い恥ずかしい……」


 どうやら葉山さんは今の告白で羞恥に悶えているようだ。

 顔は真っ赤で目は潤み、唇をギュッとかみ締めている。


 そんな様子を見て俺の方もなんだか気恥ずかしくなり、傍にいる葉山さんから目を逸らすため、天井を見るように顔を上げる。


「……そうだったのか」


 これで葉山さんがどうして俺に好意を持ったのかの合点がいった。


 つまり彼女は本気で俺に告白をしてくれたのか。

 あの手紙が悪戯かもしれないと少しでも思ってしまった俺はなんて薄汚れているんだろう。


「ありがとう葉山さん。俺の事を好きだって言ってくれて、本当に嬉しい」


 だから俺は彼女に対し、本気で向き合わなければならない。


 向き会わなければいけない……のだが……



「……でも、少しだけ時間をくれないか」



 俺はヘタレだった。

 彼女の赤裸々な告白を受け、胸をときめかせておきながら、俺はそこでイエスともノーとも言えない返事を返すので精一杯だった。


 それに、そもそも俺と葉山さんは互いを知らな過ぎる。

 彼女からみればあの文化祭の出来事だけで十分なのかもしれないが、俺の方はこの子と深い間柄になる一歩を踏み込めるだけのものがない。


 ……結局のところこの場の勢いだけで決断する度胸が俺にはなかったというだけの話だが。


「葉山さんのことは真剣に考える。あまり長くは待たせないつもりだ。だから……それまでの間は友達として付き合ってくれないか……?」


 けれど葉山さんへの答えを適当にする気は全く無い。


 今更かもしれないが、俺はこれから葉山さんと積極的に話し、共に行動する事で、自分が彼女をどう思っているのかを真面目に考えようと思う。

 それが今の俺にできる誠意だった。


「友達……うん……いいよ……むしろ白瀬くんからしてみたら突然のことだもんね……」

「本当にごめん。なるべく早く答えを出すから」

「急がなくてもいいよ……こうなるのは予想してたし……」


 どうやら葉山さんもここでいきなり俺が答えを出すとは思っていなかったようだ。

 まあ付き合うにしても振るにしても判断基準が殆ど無いからな。


「私の方も白瀬君の事をよく知るいい機会だしね……」


 彼女の方も一目惚れに近いものだし、その方が良いだろう。

 付き合ってはみたけどなんか思ってたのと違う、とかなったら互いに辛い思いをするだけだ。


「でも……一つだけお願いしてもいいかな……?」

「?」


 そして最後に葉山さんはそう言ってきた。


「白瀬くんは白上さんの事……恋人じゃないけど……奏って呼んでるじゃない……?」

「ああ、まあな」

「それなら……私の事も咲って呼んでくれない……かな……?」

「…………」


 ……それくらいなら良いか。


 名前同士で呼びあうのは何も恋人同士じゃないといけない、なんてことはない。

 友達という間柄で使っても問題は無い。


「わかった。それじゃあ今日から俺達は互いに名前呼びでいこう」

「よろしくお願いします……鋼……くん」

「ああ、よろしく、咲……ちゃん?」

「……私の事は呼び捨てで」

「え、あ、ああ。了解、咲」

「えへへ……」


 俺が「咲」と言うと、葉や――咲は再び俺の肩に頭を乗せてきた。


「友達だけど……これくらいは……しても……いいよね……?」


 咲はそう言い、しばらくすると「すぅすぅ」という寝息のような音が聞こえ始めた。


 話が一区切りついた事で緊張の糸が切れたのだろう。

 ここまで逃げてくるのにも相当体力を使ったからな。


 俺も瞼が重くなってきていた。


「……お休み……咲」



 こうして俺達は身を寄せ合って眠りに入った。

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