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勇者共のアポカリプス  作者: 有馬五十鈴
第二章 逃亡勇者編
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異文化コミュニケーション

 施設から脱走して二日程が経過した。

 俺と葉山さんは人気の少ない薄汚れた道を歩いている。


「はぁ……はぁ……」

「……大丈夫か? 葉山さん」

「ん……うん、大丈夫……」

「……そうか」


 俺のすぐ後ろについてくる葉山さんは息を乱しつつも懸命に足を前に動かし続けていた。

 彼女は俺よりも体力が無かったのに加えて、加護の連続使用でかなり消耗している。



 施設から外へと脱出した俺達は、その先にあった工場地帯のような場所でうろつく敵兵を葉山さんの加護によってやり過ごしていき、背後から追っ手が迫るのを危惧し、ほぼ不眠不休でここまで移動し続けた。

 正確にはわからないが、距離にして数百キロメートルは離れられただろうか。


 だがそれだけの距離を移動しても未だ俺達はこのシェルターのような閉鎖空間から出られていない。

 もしかしたらここは日本列島がそのまま入ってしまうくらいの広さなんじゃないか?


 そしてそれだけの距離を移動し、人の姿がぽつぽつとだが見かけられるようになったところまでたどり着いたところで、俺はやっと緊張の糸をほぐす。

 けれど俺達がたどり着いたそこは、まだ完全に安全であるとは言いがたい場所だった。


「……なんだか思っていた世界とは違うな」

「……そうだね」


 俺達は周囲を見回し、そんなことを呟いていた。


 魔法なんてものがある異世界に召喚されたというのだから、俺達は機械文明がそこまで発達していない中世ヨーロッパというような世界が外には広がっているものだと思い込んでいた。

 しかし実際外に出てみるとそこは果てしなく続くドーム状の超巨大施設であり(空に見える光が星ではなく明らかに結晶光だったので何かが俺達のいるこの空間を覆っている事は確かだ)、煙突から赤いガスを吐き出す工場施設や数十階建てのビルのような建物が遠くに見られる。


 どうやらこの世界は魔法だけでなく科学もそれなりに発展しているようだ。

 とはいってもその科学レベルは俺達が元いた世界よりやや遅れているようだが。


 魔法も絡んでの文明発展だろうからはっきりとは判断しずらい。

 空を覆うドーム状の天井は明らかに俺達の世界では再現できないほどの大きさだが、周囲の建物はどれも粗末な石造りでとてもちぐはぐな印象を受ける。


「……治安もあんまりよくなさそうだな」

「……だね」


 そしてこの辺りに住む人々も善良とは言えそうになかった。


 酒瓶らしきものを持って怒鳴り声を上げながらフラフラ歩く中年男性、やけにぎらついた目で俺達を睨む痩せこけた子供、壁に背を預けて座りこんでいる浮浪者らしき老人。

 ここはさながらスラム街といったところか。


「よおガキぃ、なかなかよさそうなモン持ってるじゃねえか」

「「…………」」


 そんなところをキョロキョロ見ながら歩く俺達はカモにでも見えたのだろう。

 俺達の前に20代前半といった風貌の男が三人、顔を二ヤつかせながら立ちふさがった。


「…………」


 と、そこで俺はその中の一人の男に視線が釘付けになった。


「ね、ネコミミ……?」


 ネコミミだった。

 頭に茶色い三角形の耳を生やした男がそこにいた。


 なんだあれは。

 カチューシャじゃないよな。

 突然絡んできた不良らしき男の頭にネコミミカチューシャとかギャグでしかないんだが。


「抜き身の剣を持って街をうろつくのはいただけねえなあ」

「良識ある大人の立場としてこれは没収しないといけないよねえ」


 俺がネコミミに驚いているのにも気づかない様子で、男達はそんな事をしゃべり始めた。


 確かに俺は今、あの地下六階にあった二本の剣を持ちながら歩いている。

 今更だがこんなのを鞘にもしまわずに持っていたんじゃいつ通報されてもおかしくないだろう。


 まあ帯刀すること事態はここでも許されているようだが。

 現に目の前にいる男達のうち二人はそれぞれ短剣、長剣を俺達に向けている。


 ちなみにネコミミの男の手には何も持っていない。

 素手でも大丈夫ということだろうか。


「鞘が無いもので。怖がらせてしまったのなら申し訳ありません」

「別に怖がっちゃいねえよ」


 一応俺にも非があったから謝ってみたが、どうも見逃してくれそうもない。

 善意で声をかけてきた可能性を考慮しての発言だったんだが。


「怪我したくなければさっさとそれ置いて失せるニャ」

「ニャ!?」

「ニャニャッ!?」


 ネコミミ男が語尾に「ニャ」とつけているのを聞いて俺は思わず驚きの声を上げた。


 二十台前半といった年齢くらいの男がネコミミ生やして語尾にニャをつけるとか痛いにも程がある。

 しかも目の前にいる男達はいたって真面目に不良をやっている様子でとてもシュールだ。

 だがその様子を見るに、もしかしたらこれがこの世界の普通なのかもしれない。


 だとするとここで俺が驚くのは失礼な事になるな。

 俺達の異文化コミュニケーションはまだ始まったばっかりだ。


「お? よく見ると後ろの女可愛くね?」

「……っ!」


 俺がカルチャーショックを受けていると、短剣を持ったロン毛の男がそんな事を言いながら俺達に近づいてきた。

 そしてそれを見た葉山さんがビクッと体を震わせて俺の背中に隠れる。


「待て。それ以上近づくな」

「ああ?」


 だから俺は剣先を男達に向けて警告した。

 多分この男達は施設にいた兵士よりも弱いだろうから、葉山さんでも本気で戦えば負ける事はないだろう。


 けれど彼女は明らかに怯えている。

 ならここは俺一人でなんとかしないとだ。


「てめえ何刃物を人様に向けちゃってんの? ぶっ殺されたいのか?」

「13番街の掟を知らないんじゃないの? だとしたら俺達がきっちり教えてあげないとだよねえ」

「腕の一本くらいは覚悟しろニャァ!」


 ……どうやらここで引き下がるということもしてはくれないようだ。


 最も近くにいた短剣の男が一歩前へ踏み込むのを確認し、俺もすばやく前へと前進して右手に持った赤い剣を軽く横に振った。


「ぐあッ!?」

「それ以上近づくなって言っただろう」


 俺の剣を横っ腹にくらった短剣の男は建物の壁に激突して地面に倒れた。

 それを見て、未だ健在の男二名が驚愕といった表情を顔に浮かべている。


「な……なんだと……」

「子供が剣を普通に扱える、なんてことがそんなに不思議か」

「ぐ……」


 どうも俺達を子供だから剣も碌に振れないと勘違いしていたようだ。

 男達の表情には図星を突かれたというような様子が窺える。


 普通敵が持っている武器は使えるだろうと想定するものじゃないだろうか。

 チンピラの考える事はよくわからない。


「それじゃあそこを通らせてもらうぞ」

「……チッ、いけよ」


 だが今ので俺達が侮れないとは判断してくれたようだ。

 男二人は道の端に寄って俺達に道を開けてきた。


 そこを俺は男達へ睨みを効かせつつ、無言で通り過ぎていく。

 背後から葉山さんもついてきているが、彼女は結局終始無言だった。


「……はぁ、怖かった」


 そしてそんな男達から十分離れたのを見て、葉山さんが息をつきながらそんな感想を口にした。

 実際のところはそこまで脅威に感じる必要もないだろうに。


「でも葉山さんだってやろうと思えば俺と同じ事ができるだろ」


 俺達は腐っても勇者ということか。

 今襲ってきた男達の動きはあまりに遅く感じた。

 まだこの世界に来て二週間も経ってはいないが、それでも戦闘能力だけならこの世界に住む人の中でもそれなりに高い部類に入るようだ。


 力加減には十分気をつけていこう。

 無闇に人を殺したくはないからな。


「そうかもしれないけど……怖いものは怖いもん……」

「あー……そっか」


 まあ……確かに刃物を持った男達に道を塞がれたら怖いと思うのは普通のことだったな。

 俺もこの世界に来たせいで随分と毒されたということか。


「……でも……白瀬くんがいてくれたから……心強かったよ。ありがとう」

「そ、そうか」


 いきなりそんなことを言われると気恥ずかしくなる。

 葉山さん一人でもあの場を切り抜ける事は可能だっただろうが、それでもこう言われたら悪い気なんてしない。


 俺は頬を人差し指で掻きながら、その手に持った剣へと視線を向けた。


「そういえば……さっきあの男達に言われるまで特に気にしてはいなかったが、抜き身の剣を持って歩き続けるのは良くないな」


 切れ味がないから事故を起こす事もないだろうが、傍から見たら非常に危なっかしく見えるだろう。

 早いとこ鞘になりそうなものを見繕うか、それともどこかに捨てるかしないといずれ警察的な人間に補導されかねない。


 それに俺達は逃亡中の身であり異世界人だ。

 戸籍も身分証もない俺達にここの行政機関が良心的な判断を下してくれるとはどうしても思えない。


 ディアード達の組織は不明なところが多いが、言動から察するに国はあいつらの味方をするだろう。

 だから俺達が警察に捕まったら、そのまま元の施設に戻される可能性が高い。


「とりあえずどこかに身を隠そう」


 もう大分施設から離れられたはずだからな。

 そろそろ休息をとっても問題ないだろう。


 剣をどうするかについてもゆっくりと考えよう。


「うん……わかった」


 俺の提案に葉山さんが頷いたところで、俺達は休める場所を探し始めた。

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