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勇者共のアポカリプス  作者: 有馬五十鈴
第一章 奴隷勇者編
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二人っきりの逃亡

 俺は果てしなく続く階段を駆け上がる。

 そして割と簡単に地上一階に位置するフロアまでたどり着いた。


 どうやら敵は上階にいたクラスメイト達の方に人員を裂いているようで、階段を上がる俺の方には注意が向いていないように見える。

 それでも途中で20人程敵兵との交戦があったが、今の俺はゴリ押しで突き進んだ。


 やはりダメージが無いというのが大きい。

 どういうことか、今の俺は銃弾だろうが剣撃だろうがお構いなしに弾き返せる。

 多少の無茶がノーリスクで行えてしまう。


 というより、そもそも敵の攻撃自体も大体は当たる前に逃れられたため、そこまで多くは貰っていない。

 銃弾や刀身が目の前にくれば体を捻らせるだけで紙一重の回避ができた。

 こんなこと昨日までの俺にはできなかった芸当のはずなんだが。


 それにどうもさっきから両手に持つ二つの剣から何か熱いものが流れ込んでいるような気がする。

 もしかしたらこの無双状態はこの剣によるものなのかもしれない。


 魔法なんてものがあるんだから剣に何かしらの不思議な力が宿っていてもそこまでおかしい事では無い。

 ただそうなると、やはりどうしてあんなところに剣があったのかが謎ではあるのだが。


 ……まあいい。

 今は考えている暇なんて無い。


 俺は剣と自身の異常性についての思考を止め、地上一階であるはずのこのフロア内の探索へと気持ちを切り替えた。


「……く」


 ひとまず俺は奏達が登ってきたであろうエレベーター付近まで移動した。

 するとそこは死者累々といった有様だった。


 クラスメイトにやられた武装兵が数十人、その場に血を流して倒れている。

 中には僅かに身じろぎして呻き声を上げる兵もいるが、大抵はもう動く気配すらない。


 そしてその中には二人、俺と同じ服を着た人間が紛れこんでいた。


「頭を一発……か」


 その死体の片方は男子で、うつ伏せになっているため誰かはわからないが、どうも銃弾を頭部に受けての即死というような死に様だ。

 また、もう片方の死体である女子は首から上がなく、何か爆発でも起きたかのような焦げ付きの痕が見られる。

 もしかしたら首輪が何かの拍子に起爆したのかもしれない。


「…………」


 俺はその二人が誰なのかを確かめようかと一瞬思ったが、それを確認してどうなると思い直して戦闘跡の続く先へと走り去った。


 あの二人が誰だったかなど考えるべきじゃない。

 こんな計画を立てたからあの二人は死んでしまったなどと考えてはいけない。


 今はここから逃げる事だけを考えないといけない。

 無駄に感情を揺らすべきじゃない。


「……くそぅ」 


 だから俺はそんなクラスメイトの死体を見ても、口で小さく舌打ちをするだけに止めて走り続ける。


 そんなやるせなくなる思いを胸に抱きながら走り続け、俺はやがて一つの扉を横切ろうとした。


「!?」


 俺が通り過ぎようとしていた扉が突然開いた。

 それに驚いた俺は咄嗟に扉から距離を取るように飛び退き、警戒しながらそこから出てくる人物に目をやった。


「白瀬くん!」

「え……は、葉山さん……?」


 だが扉の向こうから出てきた人物は俺の知る女子、葉山咲さんだった。

 葉山さんは俺の顔を見るなり泣きそうな顔で俺に飛びついてきた。


「白瀬くん……無事だったんだね……」

「あ……ああ、なんとかな」


 俺の胸元から葉山さんの声が鳴り響く。

 それに対して俺は体を硬直させながらも言葉を返した。


「そ、そうだ、他の皆は?」


 俺は扉の向こうにある部屋の中を見る。

 けれどそこには誰の姿もなく、ここには葉山さんだけがいたようだった。


「それが……えっと……みんなとははぐれちゃって……」


 みんなとはぐれた、という彼女と共にひとまず部屋の中に退避する。


 どうやらこの部屋は物置として使っていたのだろう。

 物がごちゃごちゃと置かれているし空気も埃っぽい。


「どうしてだ。俺以外は全員一塊になって行動していたんじゃないのか?」


 とりあえず一息ついた俺は葉山さんに問いかけた。

 ここの通路は始めて通る上に若干入り組んでいるから迷子になる可能性も無いわけではないが、一人で行動してしまった、あるいは一人取り残されてしまったというような理由にはならないだろう。


「それは……逃げている最中に白瀬くんがいないことに気づいて……引き返してきたの……」

「…………はぁ!?」

「ひゃぅ!?」


 彼女の返答を聞き、俺はつい声を荒げてしまっていた。

 そしてそのまま彼女に詰問しようとしたが、ここが敵地だということを思い出し、俺は深呼吸を挟んでから小声で問いかける。


「……引き返したってどういうことだ、葉山さん」

「えっと……それは……心配だったから……」

「誰が?」

「白瀬くんが……」

「だからってなぁ……」


 今は人の心配をしていられるような場合じゃないだろう。

 何を考えているんだ葉山さんは。


 俺が心配だから敵地に一人引き返してきただと?

 ありえないだろう。


 だがこうして葉山さんが一人ここにいるという理由を他の何かで証明することもできない。


「…………」

「…………」


 葉山さんと目が合う。

 彼女の瞳は涙で潤み、頬は朱に染まっていた。



 ……………………



「……本当……なのか?」


 葉山さんはどういうわけか俺の事が好きらしい。

 だから好きな人を助けに行こうとしていた、という理由ならこの状況を説明する事は可能だ。

 でもそれくらいで自分が死ぬかもしれない場所にとどまり続けられるものなのだろうか。


 しかもその相手は彼女持ちでどう見ても脈無しな態度を取り続けている男だ。

 そんな男のために命を投げうつような真似が果たして本当にできるのか?




 ……いや、やめよう。

 これ以上疑うのは彼女の思いに水を差す行為だ。


 葉山さんは俺が好き。

 それは昨日竜崎さんと話した内容からも裏は取れている。


 ならそれでいい。

 彼女の好意を信じればそれで済む話だ。

 そして俺の身を案じてくれた彼女の優しさに感謝しよう。


「ところで……白上さんは……?」

「…………っ」


 俺が葉山さんを信じると決めていると、彼女は唐突に奏の苗字を口に出した。

 今考えていたことがアレなだけに、奏の事を突然聞かれた俺は体をビクッとさせてしまった。


「……奏がどうかしたのか?」

「! う、ううん。なんでもないよ」

「? そうか?」


 なんでもないならなんで今奏の話を振ってきたんだ?

 よくわからない。


 というかそんなことを考えている場合でもないな。


「今はここを脱出する事を第一に考えよう。葉山さんはここから先の道はどうなっているか知っているのか?」

「あ、う、うん。一応ここから外までの道はわかるよ」


 どうやら葉山さんは一度外に出てからここまで引き返してきたようだ。

 そういうことなら彼女に道案内をしてもらったほうが良いだろう。


「じゃあひとまずその道を進むことにして、もし敵が出た場合はできるだけ戦闘を避けるよう行動しよう」

「う、うん。わかった」

 

 俺一人ならこのままゴリ押しで外まで突き進むという手もありだったが、葉山さんが一緒にいる以上は安全に脱出する必要がある。

 葉山さんを先程見たクラスメイトのような目にあわせてはならない。


「よし、ならそろそろここを出よう」


 俺はそこで話を終えると扉に耳をつけ、廊下側の様子を調べ始める。


 いつまでもここに隠れていられるほど甘くはないだろう。

 現在は外に逃げたクラスメイト達を追っているせいかこの施設の中にいる兵士は少ないようだが、あまり時間をかけすぎると他所から増援が来てしまうかもしれない。


「……誰もいなさそうだな」


 耳を澄ましたところ、誰かがこちらにやって来るというような足音は聞こえてこない。

 ということは今がここを出るチャンスだと判断し、背後にいる葉山さんへ声をかけた。


「行こう、葉山さん」

「う、うん。わかった――いや、待って」


 俺がドアノブに手をかけようとすると葉山さんが待ったをかけてきた。


「30秒……ううん、一分だけ待って」

「…………? どういうことだ?」

「今は私を信じて」


 どういうことなのかよくわからないが、俺は葉山さんを信じる事にして、ドアを開けずにその場で待ち続けた。


 すると数十秒後、俺達が進もうとしていた方向から誰かが走ってくる音が聞こえ始めた。


「…………!」

「……しーっ」


 それを聞いてつい驚きそうになった俺を見て、葉山さんが人差し指を口の前で一本立てて「静かにして」というかのようなポーズをとった。

 また、今度は俺が走ってきた方向からも数人走ってくる音が聞こえ、俺達がいる部屋の前で話し声が聞こえ始める。


「脱走者は?」

「はっ、現在脱走者は纏まって行動し、8番街方面へ逃走しているとのことです」

「8番街か……厄介だな。人目につく前にできる限り捕らえるぞ」

「「「はっ!」」」


 どうやら俺と葉山さんがまだ施設内にいる事は気づかれていないらしい。

 俺達は息を潜めて敵が通路から去っていくのを待ち続けた。


「……危なかったな」

「うん……」


 ついさっきここを出ていたら敵と鉢合わせするところだった。

 そうなれば戦闘は避けられず面倒な事になっていただろう。


「それにしてもよくわかったな」

「え、あ、う、うん……加護のおかげでね」

「加護? ……ああ、そういえばそうだったな」


 葉山さんの加護は確か『先読みの加護』というもので、数秒先の出来事を予測することができるというものらしい。

 この加護も強力な部類に入るようでAランクの判定を受けている。


 しかも今のは30秒以上先を予見していた。

 勇者の数が減った事で葉山さんの加護も強化されたのだろう。


「そうか、ここへ無事に引き返せたのもその加護があったからだったりするのか」

「う、うん」


 なるほどな。

 確かにそんな加護があれば敵が来るのを予見して隠れるということもできる。


 脱出の希望が見えたことにより俺は口元をニヤリとさせる。


「頼りにしているぞ、葉山さん」

「……! うん!」


 葉山さんは俺の言葉を聞くと、長い前髪の奥で笑顔を浮かばせてはっきりと頷いてきた。


「…………」


 彼女の素顔をこんな間近でまともに見たのは今が初めてだったが、それはかつて男子生徒が噂した事に偽りなく、非常に整った顔立ちで目が大きく、とても可愛らしかった。


 俺はそんな彼女の笑顔にしばらく見惚れてしまい、ついその場で数秒固まってしまう。


「……白瀬くん?」

「! ……なんでもない。急ごう」


 ここで時間を取られるわけにはいかない。

 俺は葉山さんから目を背け、脱出する事に気持ちを切り替えてドアを開けた。






 その後、俺達は好調に施設の中を進んでいく。


 やはり葉山さんの加護は心強いもので、彼女が急に立ち止まって物陰に隠れるよう指示すると、そのすぐ後に敵が通路を通り過ぎていくというようなことが数度あった。

 俺だけだったら確実に見つかって戦闘になっていたという危機を彼女は悉くスルーしていく。


「葉山さんの加護がここまで便利なものだとはな」

「うん、私もそう思うよ」


 未来予測という力が反則級だということはわかっていたが、ここまで効果があるとは思っていなかった。

 俺達は走りながら二人で顔を見合わせて軽く微笑みあう。


 これなら無事に外へ脱出できると確信し、足に乗る力が増していく。


 そんな移動をし続け、俺達は壁に大穴のあいた通路へとたどり着いた。


「あれは水谷君が加護の力で開けた穴だよ」

「だろうな」


 大穴周辺の石壁が黒くくすんでいることから、火が使われたのが想像できた。

 つまりここから水谷は壁に穴を開けて一直線に外を目指したということなのだろう。


「外までもう少しだよ」

「そうか……やっとか」


 葉山さんの言葉を聞き、俺は口元を緩めさせる。


 やっと外へ出られる。

 やっとこの束縛された施設から自由になれるのだと、俺は開放感を抱きつつあった。


 まだ俺達のいた世界に帰る手立てもなければこの先ちゃんと生きていけるのかすら見通しが立たないが、それでも今この時だけは歓喜に身を振るわせたかった。


 それに俺達が召喚されてから二週間近い時が経過したが、未だに外の世界というものを見ていない。

 外は一体どのような世界なのだろうという期待感もあったのかもしれない。


 俺はそんな思いを持ちながら大穴を通っていく。


 そしてやがてその時が訪れた。


 俺達は遂に施設の外への脱出に成功した。


「…………これが外……ねぇ」

「まだ太陽は拝めそうにないよね……」


 俺は建物の外であるはずの風景を見て顔を引きつらせる。




 外は周囲の工場らしき建物の煙突から出ている排気ガスの臭いが立ちこめており、空は数百メートルほどの高さに蓋がされていて、天井にある巨大な結晶光で全体を薄暗く照らす、都市一つを覆うほどと言っていい規模の超巨大シェルターのような世界だった。

白瀬鋼しらせこう

体力B+、筋力A-、頑丈C+、敏捷B、精神C-、総合評価B、加護判定無し、装備品[戦剣アレス、護剣ウルフスベイン]



葉山咲はやまさき

体力D+、筋力C、頑丈C+、敏捷B-、精神A-、総合評価C+、加護判定A【先読みの加護】




奴隷勇者編、完


次章、逃亡勇者編

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