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勇者共のアポカリプス  作者: 有馬五十鈴
第一章 奴隷勇者編
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空回りする少女

「あ、あの……私……いや、俺……実は男なんです……」

「……………………え?」


 私は去年、学校の文化祭で一人の少女を助けた。

 いえ、正確には少女ではなかった。


 ふりふりのメイド服で身を包み、私より若干背が低く、やけに気合の入ったメイクやウィッグをつけていて一見すると女の子といった姿だったけれど、彼は正真正銘男の子だった。


「だ、だから……そんな、本当に付き合ってみないかとか……そういうのは無理です……」

「…………」


 私は彼を不良達から助けた。

 それは当時の自分が執事に扮した格好で、なるべく男の子っぽくなるように振舞っていたからこそできた。

 髪も今と比べて短かったので、彼からしたら私はまず間違いなく男の子に見えたことだろう。


 そんな私は不良達に絡まれている少女を助けるために、少女の彼氏だと言ってその集団に割り込みをかけた。

 そして不良達の面前で自分が彼氏であるということを証明するため、私は少女にキスをした。


 どうせ女の子同士ならノーカウントだと軽い気持ちでしてしまった。

 また、不良達が去っていった後に私は焦った様子の少女を見て微笑ましい気持ちになってつい「これを機会に俺達、本当の恋人になってみないか?」などと言ってからかってしまった。


 あの時の私は迂闊だったと言わざるを得ない。

 明らかに学校の生徒ではない不良達に絡まれ、一緒にいたお友達が逃げて一人取り残された様子の少女があまりに不憫だったから、私なりに元気づけようとした行動だったけれど、それは完全に裏目に出てしまった。


「なので……本当……ごめんなさい!」

「あ……」


 少女の姿に扮した彼は青い顔をして私の下を去っていく。

 それを私は見ていることしかできない。


「嘘……男……え……?」


 走り去った彼と同じく、私もまた動揺していた。


 それも仕方の無い事。

 だって私は男の子とキスしたのなんてこれが初めてだったのだから。


 体中から汗が吹き出て足は震え、思考はぐちゃぐちゃになってしまった。

 ……けれど速まる心臓の鼓動の音や、何か締め付けられるような心の感覚はそれほど嫌なものではなかった。



 私はその時まだ名前も知らなかった彼……白瀬鋼に恋心を抱いてしまった。






 あの文化祭から一年が経過し、やっと私と同じくらいの身長になって彼の顔つきも男の子らしさを見せ始めた頃、私は学校の教室で一つの嘘をつきながらも鋼に恋人のフリをお願いした。

 その内容は私がここ数日かけて念入りにシミュレートしたものだった。



 私は自分が困っているという点を出して頼み込めば、彼ならまずその場で引き受けてくれると思っていたし、実際そうなった。

 その結果、私は無事に鋼への距離を縮められたばかりか、彼に寄ってくる女性への牽制も行う事に成功した。


 それは私が相沢君の件でうんざりしていたからこそ閃いた外道の策。

 それは偶然、葉山さんが結に鋼へどうやって告白しようかと相談していたのを聞いてしまったがために起こした蛮行。


 自分でもそれは酷い手だと思ったけれど、これなら正攻法で攻めるよりも成功率が高いと感じて実行に移した。


 だからこれはもしかしたら私への報いなのかもしれない。

 既成事実的なノリで彼を自分の物にしようとした罰なのかもしれない。


 私のワガママから発展した、クラスメイトに悪意を向けられてしまった鋼への償い。




「キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」




 私は、鋼の持つ真っ赤な剣に体を貫かれていた。










 私達が異世界に来てから数日。

 相沢君がきな臭い動きを見せるようになった。

 まあ、きな臭いといってもその様子を直接見たわけではないのだけれど、どうやら彼は私が鋼と付き合っているのは何か裏があるんじゃないか、私は何かで脅迫されて已む無く付き合っているんじゃないか、という鋼の評価を下げる、いわゆる印象操作をしていたらしい。


 正直、そんなことをし始めるだなんて想定外だった。

 相沢君は体裁にこだわる人だから、あまり積極的に人を貶めるような行動は取らないと思っていたのに。


 けれどそうなってしまったのなら私にも考えがある。


 ある日、私はクラスメイトの目の前で鋼にキスをした。

 それも非の打ち所のない大人なキスを、皆に見せつけた。


 あの時のキスは多分鋼の方も満更ではなかったと思うのだけれど、なかなかそれを表情に出してくれないものだから、つい私は余計な事を口走ってしまった。

 まあ、あの思い出について鋼はピンとこなかったようだけれど。


 でも私はその事にちょっとだけ寂しさを感じてしまった。

 そういうふうに思うのは私の身勝手だというのに。


 そしてそんな事があった数時間後、綿貫さんから鋼が死にかけた事を聞いて私は驚いた。

 また、鋼を殺そうとしたのが例の三人であることを知り、自分の罪深さを悟った。


 私のせいで鋼が死にかけた。

 これはもう疑いようのないことなのだから。


 けれど、そう思っていても私にはどうする事もできなかった。

 ここまで鋼達の人間関係が悪化してしまったら、私が彼と別れるという程度ではもう解決しない。


 どうすればいいのかしら。

 こんな時、私はどうやって鋼を守ればいいのかしら。


「……私自身が鋼を守ればいいのよね」


 私はまたもとんでもない事を思いついた。

 ディアード達が意図的に引き裂く事がない限り、私は24時間常に鋼と行動を共にしましょう。


 これは鋼のためを思ってであり、やましい気持ちはあんまりない。

 鋼の傍にいれば相沢君や柳君が直接ちょっかいをかけてくる事もないでしょうし、何かあれば私が直接戦えばいい。


 実のところ、私って結構強いのよね。


 それと同時にここからの脱出計画を練ることも忘れない。

 クラスメイト同士が殺しあうようなこの環境から逃げさえすれば、私達はいがみあわずに済む。


 私はその時、軽い気持ちでそう思っていた。





 とんでもない事態が発生した。

 就寝時間になったのに鋼が結のところから帰ってこない。

 これはつまり、今、鋼と結が一緒の部屋で寝泊りをするという状況になっているのではないかしら。


 それは……とても心配な状況ね。

 だって結はああ見えて初心だもの。

 もしかしたらキスだってまだかもしれない。

 そんな彼女が年頃の男の子と二人っきりで寝泊りをするというシチュエーションに何も思わないとは考えにくい。


 一応鋼には私という彼女がいることになっているけれど、それで結が手を出さないという確証は持てない。

 まあそれでも、どうやら結は葉山さんを鋼にくっつかせたい雰囲気があるから、彼女に気を使って鋼に何もしないという考え方もあるにはあるわね。


 しかしながら、鋼と結が男女の関係になるという可能性は0にはならない。

 人間という生き物は色恋沙汰になるとまともな判断ができないというのはよく理解している。


 そんなことを考えながら、私は一人、ベッドの上で鋼が帰ってくるのを朝まで待ち続けた。


 この時は結局一睡もできなかった。

 どこかの部屋から物音が聞こえてこないかと耳を澄ませていたら朝になっていた。

 我ながら何をやっているんだかと自嘲したくなるけれど、今は帰ってきた鋼にお説教をするのが最優先。


 と、思っていたものの、私は鋼の顔を見ていたらそれもどうでもよくなってきて、思わず彼にキスをしてしまっていた。



 我ながら不器用すぎると言わざるを得ない。

 もう好きなら好きと直接はっきり言ってしまえばよかったのに。

 私は彼に拒絶されるかもしれないと思って、こんな卑怯な真似しかできないでいた。






 最悪な事態が起こった。

 どういうわけか鋼が昇降路を登ってこなかった。

 それに気づいたのはエレベーター付近にいた相沢君の様子がおかしかったからに他ならない。


「相沢君、鋼を見なかったかしら?」


 私は相沢君に訊ねた。


「……知らないな」


 すると彼は私から目を逸らしたまま答える。


 でも知らない、という顔ではなかった。

 相沢君は顔を青くし、僅かに体を震わせていた。


「もう一度聞くわ。相沢君、鋼を見なかったかしら?」

「…………」


 私が再度問いかけると相沢君は顔を強張らせ、エレベーターの方へ視線を送っていた。


「まさか……」


 その様子だけで大体想像ができてしまった。

 私は昇降路へ走る。


 そしてエレベーター付近の床に落ちていた、ナイフか何かで切ったようなロープを発見した時、私の想像は確信に変わって昇降路を飛び降りた。


「白上!」


 背後から相沢君の声が聞こえてくる。

 でもそんなの今はどうでもいい。


 私は相沢君を勘違いしていた。

 相沢君は私が鋼に脅されているという噂を流している。

 このことから、私は脅されていないのだと前面に押し出していけば鋼への圧力もなくなるだろうと思っていた。


 鋼は私に振り回される側。

 相沢君にはそう思ってもらえるよう私も振舞ったつもりだけれど、どうやらそれは裏目に出てしまった。


 もう相沢君は私と付き合う鋼が妬ましい一心で彼を追い込み、そして裏切ったのでしょう。

 ここから脱出できればクラスメイト同士が争わずに済むだなんて考えは大間違いだった。


 なら諸悪の根源たる私は鋼を助けなければいけない。

 だから私は鋼を助けるため、一人で地下へと続く長い空洞を落ちる。


 そして私は地下最深部、どこか洞窟のような場所の中心に立つ鋼の姿を発見した。


「鋼!」


 私は彼に声をかける。


「クキカカカカカカカカカカ!」

「…………?」


 けれど何か様子がおかしい。

 鋼は右手に赤い剣を持ち、私に狂笑とも呼べる表情を向けてきた。


 私はそれを見て一瞬たじろぐも、彼は鋼であるはずだと自分に言い聞かせて走り寄る。


「鋼、無事だったの――」

「キヒャア!」

「!?」


 すると鋼は私に向けて剣を振ってきた。

 私は目の前まで迫ってきたそれを神速の加護のアシスト込みでかろうじて避ける。


「くっ……!」

「カヒャハヒャハハハ!」


 だけど鋼は驚くべきことに、現在通常の三倍の速度で動いているはずの私に追随して剣を振り回してきた。


「うっ!?」


 ありえない、と思った。

 私は鋼の身体能力や剣術の錬度は大まかにであるものの把握している。

 だから彼が私の三倍速に追いつけないという予想はしていた。


 なのに鋼の動きは私の知る彼の限界を超え、私の腹に剣を突き立てていた。


「カハァ……あったかいなぁ……久しぶりの血だぁ……」

「ゴフっ……」


 鋼は笑い、私は血を吐く。


 どうしてこんなことが起こったのかわからない。

 わからないけれど、一つだけ確信を持って言えることがある。


 今の鋼は明らかにいつもの鋼ではない。

 何か別の意思が彼の体を動かしている。


 私は鋼の表情や言動からそう悟った。


「ああ……潤う……潤っていくぅ……」

「!?」


 私の剣に突き刺さった剣から何か嫌なものを感じた。

 それは何か刀身が私の血を吸っているような、そんな感覚に見舞われて、私の意識は遠のき始める。



「キヒャヒャヒャヒャ…………アァ!? ガッ! ギィ!?」

「…………?」



 けれど鋼の体を動かす何かは突然苦しみ始めた。

 何かは剣を振り回し、自分が落ちてきたエレベーターの辺りへ私は勢いよく飛ばされ、壁に激突する。


「あぁ……汚い……汚い……くそぅ……くそぅ……せっかくの血が……」


 私は地面に横たわって意識を失う直前、何かがそんな事を言っているのを聞いた。


 なにがなんだか、わけがわからない。

 この突然起こった異常事態に、私は為すすべなく目を閉じた。











 そして私は意識を覚醒させる。


「やっと目覚めたか。気分はどうだ、17番」

「……大分悪いと言わざるをえないわね。だって目の前に死人がいるんだもの」


 目が覚めると私の前には既に死んだはずの男がいた。


「私があの程度の事で死ぬとでも思っていたのかね?」

「…………」


 見たところその男に外傷は見られない。

 刎ねられたはずの首もちゃんと胴体に繋がっていた。


「……だったらどうして私達が逃げるのをあの場で止めなかったのかしら? 他の皆はもうお外へ行ってしまったんじゃない?」

「脱走されるという可能性も想定内だ。それは私の目的に何の支障も与えんよ」

「…………」


 どうやら私達は勝った気になって、この男の手の平の上で遊んでいただけのようね。

 厄介な敵だこと。


「それはどうかしらね。一度外に出てしまえば私達の首輪なんてただのアクセサリーじゃない。上手く逃げ切った皆があなた達に縛られることはもう無いわ」


 けれど私はついそんな反論をしてしまう。

 それが逃げ切れなかった自分の負け惜しみだと自覚しながら。


「……本当の意味で人を縛る物。それは首輪などではなく人そのものだ。」

「…………」


 しかし、この男は私の想像を超えていた。


「そうなるよう我々はお主達を扇動してきた。嘘の情報を流し、疑わせ、惑わせ、因縁という鎖で縛り上げた。たとえ勇者達が我々の手から離れていこうとも、勇者達は自分達の意思で殺し合いを始めることだろう。そして完成するのは最強の勇者。我々の目的は達成される」


 私達は井の中の蛙だった。

 いがみ合うようになった私達の関係にどれだけこの男が介入していたのかわからない。


 わからないけれど……私達はこの醜い大人達に上手く操られていたと認めざるを得なかった。


 でもどうしてそんな事を私に喋るのかしら。

 この男の真意は未だに読みきれないわ。


「まあ剣を二本持ち出されてしまったのは流石に想定外だったがね。だがそのおかげで三本は我々が使えるようになったと思えば悪い事ではないか」

「…………」


 ……一体なんの話をしているのかしら。

 いきなり私の知らない事を呟かれても反応に困るのだけれど。


「我々の準備が出来次第、一度勇者達の様子を見に行くとしよう。その際はお主にも来てもらうぞ、17番」


 ……あら。

 なんだかとっても嫌な予感。


 私はこれからこの男にされる事を想像して軽く身震いさせつつ鋼の事を思う。


 彼はちゃんと逃げられたかしら。

 もしそうなら私達が追いつかないうちに早く遠くへ逃げてもらいたいものね。


「さあ、次のステップだ」


 そしてその男、ディアード・レイヴンは最後にそう言って上階へと続く階段に向かって歩き始めた。

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