悪意
俺達は今、食堂へ集まっている。
いつもならここで大して美味くもない昼食をとるだけなのだが、今回は違う。
俺達は今日、脱出計画を実行に移す。
この作戦をもって、俺達は自由を手にする。
「ごちゃごちゃうっせえんだよ! 相沢ぁ!」
まず最初に坂本が暴れだした。
坂本はよく問題を起こすからディアード達も慣れたものだろう。
今回の事も「またか」という気持ちで対処に来るはずだ。
「いいから落ち着け坂本! またディアード達がくるぞ!」
「んなもん関係あるか!」
相沢と坂本が争っている。
だがこれは二人とも演技だ。
まずはこれでディアードを呼び寄せる。
あの男を罠にはめるために。
「うらあ!」
「ぐあっ!?」
作戦第一段階。
喧嘩をしている風を装って、二人を止めようと近づく警備兵の一人を倒す。
今、予定通り相沢が避けた坂本のパンチが命中し、白い覆面を被った警備兵を吹き飛ばした。
その哀れな兵の先には予定通り周防さんがスタンバイしている。
このドサクサに紛れて彼女は警備兵の体を乗っ取ることが作戦の第一段階だ。
「……『転心の加護』」
周防さんは周囲に気づかれないよう加護を発動させ、その兵と精神を入れ替えた。
「周防さん、大丈夫ですかね?」
「ぐ……ごあ……」
更に周防さん(警備兵)を気遣う振りをして転校生が近づく。
そして転校生はこっそり頚動脈を締め上げて周防さん(警備兵)を失神させた。
これも作戦の内だったが、実際にそんなテクをこの状況で鮮やかに決められるとか転校生凄いな。
まあ自分でやるって言いだしたことだからできてもらわないと困るんだが。
「……うまくやれよ、バレたら終わりだからな」
「……わかってるっすよ」
俺は坂本に殴られたダメージが残っていて若干足元がふらついている警備兵(周防さん)に囁く声で警戒を促した。
すると彼女は男の声で囁き返して俺達から離れていき、周囲にいる警備兵達の中に紛れ込む。
周防さんが入っている警備兵に誰も警戒するそぶりを見せていない。
どうやらここまではバレずに上手くいったようだ。
「……またお主か、15番」
こうして俺達の下ごしらえが終了したところでディアードが呆れ声を出しながらその姿を現した。
作戦も第二段階へと移行する。
「……なんだよおっさん。また俺たちの問題にしゃしゃり出てくるつもりかよ」
「これも公務なのでな」
坂本が気を引くためにディアードへ声をかける。
その間に警備兵(周防さん)がディアードの背後から距離を縮めていく。
「だが私もそこまで暇ではない。あまり私の手を煩わせてくれるな」
「うっせえハゲ!」
ちなみにディアードはハゲではない。
白髪ではあるがまだフサフサと言っていい。
ってそんなのはどうでもいいか。
「レイヴン卿」
「わかっておる。今この場を治め――」
「いえ、それにはおよびません」
「何?」
一人の警備兵がディアードの背後に立つ。
「なぜならあなたにはここでお寝んねしてもらうっすからね……『転心の加護』」
そしてその警備兵はディアードに対し、加護を使用した。
それを見た瞬間、俺達は一斉に動き始める。
奏が『神速の加護』を駆使し、目で追うのも難しい速度でディアードの背後にいる警備兵に詰め寄った。
「これは……」
「私達を甘く見たわね、ディアード」
僅かに驚きの声を上げた警備兵……ディアードの腹部に奏の鉄拳が入る。
続けて坂本や相沢も割り込み、その男を袋叩きにした。
「うわー容赦ないっすねー」
「当たり前だっつの」
ディアードの姿をした周防さんが軽い調子で言うと、坂本が悪態をつく。
どうやらディアード封じは上手くいったようだな。
なんだか上手くいきすぎて怖いくらいだが、問題が生じないのであれば願ったり叶ったりだ。
「よし! みんな! 今こそ反撃の時だ!」
「周りにいる敵を蹴散らすぞ!」
「「「…………!」」」
相沢と坂本が主軸となり周囲に集まった警備兵共をなぎ倒していく。
剣での稽古ではまだ向こうに分がある感じだったが、加護ありでの戦いなら俺達の方に分がある。
敵兵の数もたかが知れていた事もあり、俺達は食堂をものの数分で制圧した。
その後、俺達は周防さんの入ったディアードの体を縛り上げる。
「そうじゃあ……三秒ピッタリでお願いするっすよ」
「……おう」
ディアードの中にいる周防さんは坂本に三秒後とお願いした。
これは転心の加護の使用中に対象者が死んだ場合どうなるかが検証できていないための手順だ。
ここで周防さんをディアードと心中させるわけにはいかない。
「ディアード……地獄でまた会おうぜ……」
坂本は最後にそう言い、敵兵から奪った剣をゆっくりと振り上げる。
「『転心解除』」
そして坂本はディアードの首に剣を振り下ろした。
もし坂本が地獄に行くのなら俺達も全員地獄行きだろう。
今日起こる全ての罪は俺達全員にあるのだから。
その後、脱出作戦第三段階に移行した俺達は警備兵から武器を強奪し、更に食堂の隣にある倉庫部屋も襲撃して階段方面へと走る。
俺達が反旗を翻したことはもはやこの施設全体に知れ渡っているだろう。
だからここから脱出するにはいかに迅速に行動できるかが肝になる。
上階から次々と兵隊が剣と銃器を携えてやってきた。
「俺の『龍土の加護』を舐めるなあ!!!!!」
だがそれを坂本が加護の力で押し返す。
坂本の加護は『龍土の加護』。
何も無いところから土を生み出してそれを自在に操るという力だ。
坂本はその加護を使って大量の土砂で兵を埋めていく。
その攻撃にはもはや容赦など無い。
「おら水谷もぶちかませ!!!」
「う、うん!」
兵を押し流した土の上を走りながら坂本が水谷に叫ぶ。
すると水谷は『龍炎の加護』で巨大な火の玉を作り出した。
「いっけえ!」
水谷はその玉を階段横にあるエレベーターへぶちこんだ。
どうやらエレベーターは先程ディアードが使用したようでこの階に籠があったようだが、水谷の作り出した火の玉はそれをドアごと破壊するだけの威力があった。
その結果、エレベーターの昇降路に続く大きな空洞が生まれた。
その穴に向かって相沢が走りこむ。
「『飛翔の加護』!」
相沢は水谷を背負い、加護の力を使って昇降路を上方へ高速で飛び立った。
これは相沢の『飛翔の加護』、空を自在に飛ぶ力があるからこそできる芸当だ。
昇降路内部を観察すると、やはり魔法関連で動いていたようで駆動方式が何なのかわからない作りとなっていた。
おまけに梯子の類もないから自力でここを登ることはかなり厳しかっただろう。
まあ今回は相沢がいるから問題無い。
相沢が上層の適当なところで水谷に壁を壊させ、足場があるところへ着地するとロープを俺達へ向かって投げてきた。
これも予め決めていた作戦の内だ。
階段を馬鹿正直に上がって兵隊を相手するのはとても厳しい。
だからこうしてエレベーターの昇降路を使い、上層への道を切り開いた。
奏の策はここまで全て順調だ。
これなら全員無事に外へ出られる。
そう思い、俺は口元を軽く緩ませつつも坂本へ声をかけた。
「坂本! 早く行け!」
「おうよ!」
相沢達が上層へ向かう間、脇の階段を土で埋めて通行止めにしていた坂本が相沢の垂らすロープを掴んですいすいと登っていく。
坂本にはここと同じように上層の階段も埋め立ててもらう役目があるから上がるのは一番手で確定だ。
「急いで! 上にも敵が出始めた!」
「ああ! わかってんよ!」
どうやら相沢達がいる階にも兵が現れたらしい。
上の方から爆発音が立て続けに聞こえてくる。
「こっちも来てますよ!」
転校生の声が背後から響く。
その声がした方の廊下へ目を向けると、武装した警備兵が俺達の方へ走ってきていた。
どうやらこことは別の階段から降りてやってきたようだな。
「反撃します!」
そして転校生が叫んだ。
彼女の手には警備兵が持っていた機関銃らしき銃器が握られている。
だがその銃器は俺達のいた世界とは構造が異なるのか、トリガーのようなものが見当たらない。
けれど彼女はその銃を敵に対してぶっ放し、兵士達は慌てて物陰に隠れていった。
これなら俺達のところへ敵がこないよう牽制するのに使えそうだ。
「……それどうやって撃つんだ?」
「法力を込めたら撃てました。白瀬さんでも出来るんじゃないですか?」
法力って。
そんなの一体どうやって使えばいいんだ?
「頭の中で銃にエネルギーを込めるようなイメージを持つんです」
「イメージか……」
なんだかよくわからないが……とにかくやるだけやってみよう。
俺は念のため拾っておいた銃を敵のいる方の廊下に向け、転校生の言った通りにイメージする。
すると本当に銃からは弾が出始め、その弾は兵士達が隠れている壁に命中していく。
「本当にできるとはな……」
「弾切れには注意してくださいね」
「わかってるさ」
こうして俺達は敵を牽制しつつ、上階へと登っていく作戦を続けていった。
「それじゃあ先に行かせてもらうわね、なるべく早く鋼も来るのよ?」
「ああ、気をつけろよ」
Aグループの中で最後まで下の階に残っていた奏が俺にそう言い残し、上階へと続くロープを登っていく。
昇降路を使って上階へと上がるこの作戦ではAグループを優先的に登らせている。
上の階を制圧しなければ詰みの状態になりかねないからな。
戦闘能力に秀でた加護を持つ人間を先に行かせるのは当然の判断だ。
「……よし」
そして奏が凄まじい速度で登っていくのを見送った数秒後、俺もすぐに続くべく、ロープを手に掴もうとした。
「お、俺を先に行かせろ!」
「……っ!?」
だがその瞬間、柳が俺とロープの間に割り込んで俺を押しのけた。
突然の事だったので俺はバランスを崩し、その場に尻餅をついてしまう。
「……順番くらい守れよ、柳」
「あぁ? 順番があったなんて俺は初耳だな。それは一体いつ決まったんだ?」
「…………」
まあ、確かに上へ登る順番は明確に決められたものではないんだが。
でもわざわざ割り込みをかけなくてもいいだろう。
「見た感じさっきからAグループの奴ばっかり登ってるじゃないか! それなら次はBグループの俺たちが登るのが正しい順番ってもんだろ!」
「それは……」
それは上層の制圧と逃走経路の確保をするためにどうしても戦力が必要になっていたからであって、Aグループを贔屓して登らせたわけではない。
また、Aグループが全員上に登って上階の戦力は既に整っているはずだから、Bグループを次に登らせる必要性は薄いといえる。
だがそんなことをこの場で言い合うくらいならさっさとこいつを登らせたほうが良い。
迅速に行動することが求められる今、こんなことで時間を食うわけにはいかない。
俺はそう判断して言葉を途中で止め、柳達に先へ行くよう促した。
「……早く行け」
「最初からそうしろ馬鹿」
「…………」
……気にしないでおこう。
柳は俺に対して辛辣な言動をするのは今更の事だからな。
その後、Dグループ唯一の生き残りである俺は柳の言うグループ順の流れによって結局最後まで下の階に居残った。
一応さっきまでこの階にいた敵兵の多くは上階の方へ向かったようなので俺が最後まで残っていても問題はないが、もし敵が多くいたらまずかったな。
そんなことを思いつつも俺はロープを伝って登る。
ゴールまで50メートル近くはありそうだが、今の俺達の身体能力ならその程度の距離も何てこと無い。
下の階から敵兵がロープを揺さぶっているがそれでも問題ない。
俺はあっという間に皆が待つ上階一歩手前までやってきた。
「白瀬」
「……相沢?」
そんな最後の一息というところで、俺のいるエレベーターの昇降路へ相沢がひょっこり顔を出して声をかけてきた。
どうやら手を貸してくれるらしい。
相沢が俺に向けて手を差し出してきた。
それを見て俺は相沢の方へと手を伸ばす。
「…………!」
俺はその時、完全に油断していた。
ここまでは特に問題なく、俺達の作戦通りに事が運んでいた。
このままいけば俺達はやっと外に出られる。
そう俺は思っていた。
だが、俺の希望はあっさりと打ち砕かれる。
「……君が悪いんだ」
相沢は何故か俺に差し出してきた右手を引っ込めた、
そして左手に持ったナイフで……俺が伝っているロープを切断していた。
「え…………?」
何をされたのかわからない。
俺は呆然としたまま手を相沢へ向けて伸ばし続ける。
けれど相沢は表情を無にして俺の目を見るばかりで、俺の手を掴む事も無かった。
昇降路内でロープ以外に頼るものが無かった俺は自由落下をし始める。
「どう……して……」
俺と相沢の距離が次第に離れていく。
物理的な意味でも、精神的な意味でも。
こうして俺は、自分達の生死を賭けた脱出計画が進行しているというこの土壇場の中で、相沢から致命的な裏切りを受けてしまった。