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勇者共のアポカリプス  作者: 有馬五十鈴
第一章 奴隷勇者編
16/43

修羅場ごっこ

「…………」

「ちょ、え、マジ? え、ちょ、待て、え、え?」


 ドアノブをガチャガチャ動かして扉が開かない事を確かめている俺の後ろで竜崎さんが慌てふためいていた。

 俺も若干焦っているが、彼女の焦り方は尋常じゃなかった。


「ちょ、おい看守! ちょっとこっちこいコラ!」


 フロアの階段付近にいるであろう看守へ竜崎さんは怒鳴り声を上げた。

 すると甲冑を着込んだ人間がこちらへ歩いてくるような金属音が鳴り響いてくる。


 そして扉に備え付けられた部屋の中の様子を見るための視察孔から、不機嫌そうな男の声が聞こえてきた。


「……なんだ」

「あー……鍵を開けてもらえないだろうか。寝る部屋を間違えたもので、自分の部屋に戻りたいんだ」


 俺はテンパっている竜崎さんを手で制し、看守に小声で事情を簡単に説明した。

 だが看守は俺のそんな言葉を聞き、露骨なため息をついて扉の前から離れていく。


「そんなことでこの扉を開ける事はできん。朝まで我慢しろ」

「…………」


 看守の言うことは確かに適切だった。


 俺達はまだまだ発展途上とはいえそれなりに強い。

 毎日の訓練の一環における騎士甲冑の連中との模擬戦闘を見る限りでは、技術面では後れを取るものの身体能力面ではほぼ互角というレベルにはなっている。


 なのでここにいる看守とも一対一なら勝てる見込みはある。

 だから向こうからしたらそんな俺達を易々と部屋から出すわけにはいかない。


 部屋の中で危篤者が出たとかなら理由になるだろうが、今回のようなあまり重要性のない珍事にまでホイホイと扉を開けるわけにはいかないだろう。

 番号で部屋割りを決められていたらこちらの言い分も通っただろうが、それも俺達側で自由に決められたことが仇になったな。


「ま……マジ? え、ちょ待てよおい――ふがっ」

「……ちょっと落ち着け竜崎さん」


 俺は竜崎さんを口元を手で塞いだ。

 すると竜崎さんの手が俺を引っかこうとするが、それもなんとか回避して腕を拘束する。


 このフロアは音がよく響く。

 竜崎さんがこれ以上騒ぐと俺達の状況が他のクラスメイトにばれてしまうかもしれない。


 それは……なんというかマズイ……色々な意味で。


「俺達の理屈ではあの看守を言いくるめられない。ここは諦めて朝に扉が開くのを待とう」

「…………」


 俺に口を塞がれた竜崎さんは若干涙目になりながらも首を横に振る。

 どうやら俺と同じ部屋で寝るのは嫌らしい。


「すまないが耐えてくれ。俺はクラスメイトから変な目で見られたくない」


 今ならまだ竜崎さんが何か騒いでいるという程度の認識で終わるだろうが、ここで竜崎さんが騒ぎ続けたら俺が同じ部屋にいることもばれかねない。

 更にその上、看守に扉を開ける事を突っぱねられたらもうアウトだ。


 彼女がいる身でありながら他の女にうつつを抜かすゲスヤロウとしてクラスメイトから噂されかねないシチュエーションだ。

 だから俺は必死で冤罪がかかることを食い止める。

 こんな事でこれ以上立場を悪くさせたくない。


「頼む竜崎さん。俺は何もしないから、どうか静かにしてくれ」


 俺が頼み込むと竜崎さんは睨みをきかせつつもコクリと首を縦に振った。

 それを見て俺は「絶対に騒ぐなよ」と念を押し、竜崎の腕と口から手を離す。


「……ぷはぁ……はぁ……、ったく、女相手にいきなり口塞いで腕の関節も極めるとか何考えてんだよ。ここが日本なら通報されるぞ」

「すまない」


 拘束が解かれた瞬間、竜崎さんは俺から距離を取り始めて部屋の隅まで移動した。


 普段は強気な態度を取る竜崎さんでも、女性であることには変わりないか。

 いきなり男から口を塞がれて体の自由を奪われたりしたら怯えもするだろう。


 俺は崩れた髪型を手で直している竜崎さんに頭を下げて謝罪した。


「……それで、白瀬は本気でこの部屋に一泊する気?」

「そのつもりだ。お互い何もしなければこの場はしのげるんだからな」


 勿論俺は竜崎さんにちょっかいを出すつもりはない。

 おそらく彼女の方も俺に対して何かをしてくる事はないだろうし、このまま朝になって部屋のロックが解除された瞬間に俺がダッシュで自分の部屋へ戻ればクラスメイトに気づかれることもまず無いはずだ。


「……本当に何もすんなよ?」


 どうやら竜崎さんもなんとか今の状況を受け入れてくれたらしい。

 彼女は恐る恐るという様子ではあったが俺と同じ部屋で寝る事を承諾した。

 

「ああ、絶対に何もしないから竜崎さんは安心して休んでくれ」

「それはそれでちょっとカチンとくるな……」

「? 何か言ったか?」

「なんでもねーよ。それよりさっさと寝るぞ」


 竜崎さんはそう言うと二つあるベッドの一つに潜り込み、壁の方を向いた。


 なんだかんだで竜崎さんも肝が据わっているな。

 特に好きでもない男と二人で密室にいるという状況で寝られるなんて。

 どこぞの女王様以外にも度胸のある女子はいたということか。


 俺はそんなことを思いながら、竜崎さんが使っているのとは違う方のベッドに入っていく。


「それじゃあおやすみ、竜崎さん」

「……おやすみ」


 最後におやすみと言うと、竜崎さんも小さな声でおやすみと返してくれた。

 そして俺はベッドの上で目を瞑る。





「…………?」


 俺と竜崎さんがおやすみの挨拶をしてから数十分といった時間が経過した頃、竜崎さんのベッドが僅かに軋む音が聞こえてきた。


「…………」

「…………」

「……白瀬……起きてるか?」

「起きてるぞ」

「そ、そうか……」

「? ああ」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 ……ただ単に起きているのか寝ているのか聞きたかっただけなのか?

 よくわからないが、まあいいか。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……起きてるか?」


 だがその数分後、竜崎さんは再び俺に声をかけてきた。


「……起きてるぞ」

「……さっさと寝ろよ」

「そう思うならちょくちょく声をかけるな」

「ぐぅ……」

「…………」

「…………」


 ……なんなんだ。

 さっきから俺が寝たかどうかをしつこく訊ねているが、そんなに気になるのか。


 もしかして先に寝ると俺が何かしてくるかもしれないと警戒しているのか?

 ともかく次からはスルーしよう。

 それがお互いのためだ。


 俺は目を瞑ったままそう結論づけ、再び幾ばくかの時間が経過していった。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……白瀬?」 

「…………」

「……起きて……ない……よな?」

「…………」

「……寝たふりだったらぶっ殺すけど……本当に寝てるよな?」


 ……ぶっ殺すってなんだよ。

 そんなこと言われたらもう寝たふりをし続けるしかないじゃないか。


「……寝てる……な?」

「…………」

「……よし」


 何がよしだ。

 そんなに俺は竜崎さんにとって危険視されているのか。


 いやまあ一般的な女子であるなら確かにこの状況は身の危険を感じてもおかしくは無いと思う。

 だが、あの竜崎さんがここまで男に対して警戒心をむき出しにするとは想像できなかった。


 もっとこう、彼女は細かい事は気にせず豪快に生きる女ってイメージだったんだが。

 実際は男が傍にいると不安で寝付けない普通の女の子だったんだな。


 と、俺がそんなことを考えていると再びベッドの軋む音が聞こえ、竜崎さんが立ち上がる気配を感じ取った。


「…………っ!」


 俺はそんな彼女の気配に首を傾げそうになったが、部屋の出入り口付近に歩いていくような音と、カチャカチャという何かズボンを脱いでいるような音を聞き、それが意味するものを理解した。


 静かな部屋に水の音が響き渡る。

 寝たふりをしている俺はその音が聞こえる中で耳を塞ぐこともなく、その場から微動だにせずそれが終わるのを待ち続けた。


 今起きているのがバレたら非常にまずい。


 なんというかあれだ。

 竜崎さんの乙女心が木っ端微塵に砕け散る。


 俺にしつこく寝ているかどうかを確認してきたのはこの音を聞かれたくなかったからか。


「……ふぅ」


 竜崎さんからスッキリ、という一息つくような声が聞こえてきた。

 そして紙の音とズボンを履く音の後、数分してからトイレの水が流れる音がした。


 水を流すのに間があったのは音で俺が起きるかもしれないと思ったからだろう。




 …………




 ……なにをやっているんだ俺は。


 いくら寝たふりをしているから変に耳を塞げないといっても、こんな音を意識して聞く必要は無かった。

 これじゃただの変態だ。


 いっそのこと今竜崎さんに謝るか?


「…………」


 ……いや、止めておこう。

 無闇に場を乱すような事はしないほうが良い。


 俺は今寝ていたから何も聞かなかった。

 それでいいじゃないか。

 後は俺がこの事を忘れるだけで全部丸く収まる。


 そう思って俺は意識を夢の方へ手放すべく――


「おい、起きてるだろ」

「…………」


 ……俺は突然かけられた声に驚き、一瞬ビクリと肩を震わせてしまった。


 俺の顔面に激痛が走る。


「……殴るなよ」

「テメエ寝たふりしてやがったな? さっきまでより寝息が静か過ぎんだよ」

「……ごめんなさい」


 敗因は俺の呼吸音の変化だった。

 どうやら無意識に俺は息を殺してしまっていたらしい。


 俺の腹に激痛が走る。


「変態」

「……すみませんでした」


 俺はその後、竜崎さんが寝るまでずっと謝り続けていた。






「朝帰りとはいいご身分ね、鋼」

「……あ、ああ、まあ、な」


 早朝、部屋の扉が開いた瞬間にこっそりと戻ってきた俺の部屋には、ベッドの上で正座をしている奏が微笑を浮かべて待ち構えていた。


 顔は微笑んでいるがなんか怖い。

 奏から感じる謎のプレッシャーに押され、俺もまたその場で正座をした。


「それで確か……結、だったかしら、泥棒猫の名前は。昨夜はあの泥棒猫と一緒に寝たのね?」

「誤解を生む言い方は止めてください奏さん」


 だが俺は威圧されつつも、奏のアウトな言い方に敬語で訂正を求めた。


 奏の言っていることは間違ってはいないが、他の人間がそれを聞いたらまず誤解する。

 そして俺と奏が恋人という関係なのだと知れば、俺は浮気男と罵られること請け合いだ。


「私という素敵な彼女がいながら他の女と寝るなんて……恥ずかしいと思わないのかしら?」

「奏さん今の状況楽しんでません?」


 今日の奏は朝からノリノリだった。

 ノリノリで他の女に浮気して朝帰りしてきた彼氏に説教をかます彼女を演じていた。


 あえて胡乱な感じで言っている事から察するに、これ多分わざとやってるな。


「でも今日のところは許してあげる。浮気されても寛大な心で許す素晴らしい彼女を持てたことに心から感謝することね」

「……はい、わかりました。すみませんでした」


 こうして俺は頭を下げ、朝一番に始めた茶番もほどほどに終わらせようとして正座状態だった足を崩し始める。


「それじゃあ仲直りのチューをしましょう」

「へ? ……んっ!?」



 だが、そこで気が緩んでいた俺に奏が近寄り……俺達はそこで口付けを交わしていた。



「ん……今回のは上手くいったんじゃないかしら?」

「…………」


 俺の唇から離れていった奏は前回の失敗を口にしつつも微笑を浮かべている。

 今のキスは前回とは違ってとても柔らかく、唇同士をそっと合わせるようという優しいものだった。


「……いきなり何するんだ」

「ダメだったかしら?」

「いやダメだろ」

「そう」


 普通好きでもない男にキスなんてしない。

 前回はクラスメイト全員へ牽制するような意味合いが含まれた行為だったからあまり深くは考えなかったが、今回は誰も見ていないところで普通にされてしまった。


「そんなに私のキスって下手なのね」

「いや……そういうことじゃないだろ」

「仲直りチューより仲直りえっちのほうが良いってこと? 鋼ってば朝から大胆ね」

「いやそういうことでもないからな!?」

「あら、つまり君は他の女と朝に一発してきたからもうやる気も精も出ないってことかしら?」

「奏さん朝からちょっとフルスロットルすぎやしませんか!?!?!?」


 今日の奏はノリノリを通り越してもはや暴走状態だった。

 女の子が仲直りえっちとか朝に一発してきたとか言うなよ。


「しょうがないでしょう。鋼の様子が心配で一睡もしていないんだから」

「そ、そうなのか……」


 よく見ると彼女の目は充血している。


 ということは今の奏が朝からぶっ壊れ発言をしているのは徹夜明けのハイテンションが原因か。

 もしかしたら作戦会議をしていた時の奇行も寝不足で起こった事なのかもしれない。


 そして昨日の寝不足は仕方が無かったが、今回のはうっかりミスで部屋に帰ってこなかった俺のせいだ。


「……昨日は心配かけて悪かった」


 だから俺は茶番の時よりも誠意を込めて奏に謝った。

 こんないつ死ぬとも知れないところで、戻ってくるはずの人間が戻らなかったらさぞ不安に思っただろうからな。


「もういいのよ。こうして君は他の女のところから私の下に戻ってきたのだから」

「……一応言っておくが俺は何もしてないからな?」


 奏は茶化すようにして俺に許すと言った。

 どうも奏の浮気をした彼氏いじめごっこはまだまだ続くようだった。


 話を終えた俺達は立ち上がる。

 もうそろそろ食堂に移動しなければいけないからな。

 だが最後にこれだけは奏に聞いておかなくてはいけないだろう。


「……なあ、奏」

「何かしら?」

「奏は本当に俺の事……好きでもなんでもないんだよな?」


 俺は顔が熱くなるのを感じながらも彼女に問いかけた。


 さっきは奏の暴走であやふやにされたが、それで誤魔化せるはずもない。

 奏は俺に何の理由もなくキスをした。


 その行為に理由がないということは、つまりあれは求愛行為にほかならないんじゃないかと思ったがゆえの問いかけだ。


「ふふっ、さあ? それはどうかしら?」

「……おい」


 けれど奏は俺の質問をはぐらかす。


 その後、奏は微笑を浮かべたまま、自身の唇に人差し指を当ててウインクをしてきた。


「鋼にキスされても怒らないくらいには好きかもしれないわね?」

「なんだその答えは」

「そんなことよりそろそろ食堂へ行きましょう。早くしないと朝食抜きにされてしまうわ」

「…………」


 奏はそう言うと、俺の横をひらりと通り過ぎて独房から出ていった。

 そんな奏を見つつ、俺も彼女の後を追おうとして振り返る。


 こうして俺は奏の真意を掴めないまま、心臓の鼓動が早まっているのを感じつつも歩き始めた。



























 そして俺は致命的なミスを犯した。

 奏のキスに気をとられてしまい、俺は彼女に問うはずだった男の名を聞きそびれてしまっていた。


 このささいなミスが脱出作戦の際、俺を窮地に立たせる引き金となった。

簡易人物紹介


勇者番号1  相沢良人あいざわりょうと、イケメン、学力は学年1位、加護判定A

勇者番号2  雨宮あまみや、竜崎の取り巻きその1、『クラスメイトとの死闘』にて竜崎に返り討ちとなった

勇者番号3  磯部いそべ、『クラスメイトとの死闘』にて死亡

勇者番号7  遠藤えんどう、竜崎の取り巻きその2、『クラスメイトとの死闘』にて竜崎に返り討ちとなった

勇者番号9  北村きたむら、『クラスメイトとの死闘』にて死亡

勇者番号10 工藤くどう、『クラスメイトとの死闘』にて坂本に返り討ちとなった

勇者番号11 黒川くろかわ、ディアード達から特別視されている、仲間殺しとしてクラスメイトから恐れられている、加護判定A

勇者番号15 坂本さかもと、不良、ディアードによくつっかかる、加護判定A

勇者番号17 白上奏しらかみかなで、主人公の恋人(嘘)、加護判定A【神速の加護】

勇者番号18 白瀬鋼しらせこう、主人公、加護判定無し

勇者番号19 周防渚すおうなぎさ、ディアード対策の要、加護判定C【転心の加護】

勇者番号20 曽我そが、柳の友人その1、加護判定B【早足の加護】

勇者番号21 高杉陸たかすぎりく、草食系男子、『生き残る』にて主人公の目の前で死亡、実は凄かった、加護判定D【補聴の加護】

勇者番号22 多田野ただの、柳の友人その2、加護判定B、【強化の加護】

勇者番号25 葉山咲はやまさき、主人公にラブレターを渡した、主人公と同じテーブルで食事しているのに未だ話す機会がない、加護判定A

勇者番号28 水谷正太郎みずたにしょうたろう、若干オタク、最近ちょっとへこんでいる、加護判定A【龍炎の加護】

勇者番号30 八木春香やぎはるか、『実戦訓練』にてディアードから死亡と告げられる。

勇者番号31 柳賢やなぎけん、何故か主人公を敵視している、加護判定B【幻影の加護】

勇者番号35 竜崎結りゅうざきゆい、ギャル系、加護判定C【治療の加護】

勇者番号36 綿貫楓わたぬきかえで、転校生、加護判定C

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