ナイショ話
あれから更に三日が経過した。
今のところ、俺達はなんとか22人のまま生き延び続けている。
この三日の実戦訓練は魔物を相手にしての戦闘だった。
それもデッドウルフを一人で三体倒すというもので、日を重ねるごとに魔物数が一匹増えていく鬼畜訓練だ。
今日の段階で俺達が二人がかりでやっと倒した頭数を超える五匹との戦闘だった。三日前なら俺は死んでいただろう。
だが俺達は健在だった。いや、むしろその五匹の魔物を相手にして余裕すらあった。
これはつまり俺達が強くなっているという事だが、その最も大きな要因として考えられるのが加護の強化だ。
勇者として召喚されたクラスメイトの数が減った事で加護が本来の力に近づきつつあるということなのだろう。
しかもそのことは『勇神の加護』だけではなく『練達の加護』にも適用されるらしい。
今の俺の能力評価は体力B、筋力B、頑丈C、敏捷B-、精神C-にまで上がっていた。
評価では成長具合が少しわかりづらいが、三日前と比べると段違いの伸びと身体能力へのプラス補正がなされたのは確かだ。
俺達は加護のおかげで相当化け物じみた強さを得ている。
試すような機会は無いが、もしかしたら『語の加護』の方も何かしらの影響が出ているのかもしれない。
まあ俺が健在なのはそういった加護の強化の他にも、謎の超回復のおかげというのもある。
三日前の戦い以降、戦闘で大怪我をすると一瞬で治るという現象が二度、俺の体に起こった。
ただそれは大怪我をした時限定のようで、擦り傷程度の怪我ではどうしてか治らない。
怪我が治るのにも何か基準のようなものがあるんだろうか。
それが加護のおかげなのか、あるいは何か別の要因があるのかも不明だ。
ディアード達も俺の異常には気づいているっぽいが、それで何かを言ってくるという気配も今のところない。
それに俺達の人間関係も目立った変化はない。
まあ俺にとっては、訓練中やけにひっついてくる奏と一緒に鍛錬を行い、食堂では例の六人で固まって食事をし、就寝時には奏と同じ部屋で眠りに入る、という何故か四六時中奏と一緒という謎の生活が続いていたのだが。
そんな三日間では、奏がクラスメイト全員に向けて「私、今鋼と一緒の部屋を使っているのよ」という発言をしてどよめきが起こったり、俺と柳達はどこでも変わらず牽制しあっていたり、奏と竜崎さんの雰囲気は相変わらず微妙に悪かったり、奏に嫌がらせされたり(本当にトイレの前に立たれたが用を足している間ずっと奏を見続けていたら向こうの方が先に目を逸らしたので俺の勝ちだ)といったことがあった。
そういった三日が過ぎ、また今日という一日も終わって今は既に就寝時間。
扉の鍵が掛けられ、部屋に設置された結晶から漏れる光も最小限となった。
そしてその時、俺と同じ部屋で寝泊りしている奏が声をかけてきた。
「鋼、ちょっといいかしら」
「? 何か用か」
「ええ」
俺が疑問の声を上げると奏はベッドの中に潜り込み、布団カバーをペロリと開けて手招きをしてきた。
「かも~ん」
「…………」
「ジョークよ」
冷淡な目で奏を見ると彼女はコホンと咳払いをした後、ベッドの上で正座となった。
「でも話があるのは本当よ。だから怯えてないで早くこっちへ来て頂戴」
「……わかった。ちなみに俺は怯えたわけじゃ無いからな」
何の話かはわからないが、それはおそらくナイショ話の類なのだろう。
そう察した俺は奏のいるベッドに乗る。
すると奏は俺に近づき、布団カバーをかけてきた。
「こうすれば外に話が漏れる事はまずないでしょう」
奏は布団カバーの中で囁くようにそう言った。
「まあ……そうだな」
だがこれは奏との距離がかなり近い。
部屋の中は薄暗く、また布団カバーを二人で頭に被っているためあまり見えないが、かすかに息遣いが伝わるところから奏の顔がすぐ近くにあるということがわかる。
こんな様子をたまに見回りに来る看守が部屋の扉に備え付けられた監視孔から覗き見でもしたら、恋人同士で乳繰り合っていると勘違いされても仕方の無い事だろう。
「本当はこれで横になっている状態が最も怪しまれない状態なのだけれど」
「別の意味で疑われるなそれは」
「疑わせておけばいいのよ。どうせ向こうはそういうことには無関心なのだから」
「……確かにそうだが」
俺達の人間関係についてはディアード達も結構把握しているようだが、俺達個人のあれこれについてとやかく言ってくる事はない。
それに俺達の立場は奴隷といったほうが正しいのであろうが、それで俺達に強いるのはあくまで戦闘に関わる事だけで、例えば性的な奉仕をしろだとかそういうこともない。
つまりここでもし俺達がベッドの上で如何わしい行為に耽っていたとしても、それで看守が何かを言ってくる可能性は低いだろう。
「更に言うならここでモゾモゾと体を動かしているともっと疑ってくれるわね。恋人特典として腕でぎゅっと抱きしめるくらいなら私も許してあげてもいいけれど?」
「そこまでして疑わせる意味がないだろ」
「それもそうね」
どれだけ看守に疑わせたいんだ奏は。
俺の方は気恥ずかしくて一杯一杯だっていうのに。
「そういえば鋼。この状況とは全く関係の無いことだけれど、男女の性交渉をセックスと言うよりえっちと言ったほうがいやらしい気持ちになるのは私の気のせいかしら」
「お前わざと言ってるだろ……」
この状況で更にそういうこと言うなよ。
何もしないとわかっていても意識せざるを得なくなる。
俺も一応男なんだぞ。
どうしていきなりこんな自制心を試される状況に追い込まれているんだ。
「……ジョークはもういいから早く話の方を」
「それじゃあ名残惜しいけれど、早速本題に入りましょうか」
「ああ、そうしてくれ」
なんだかキスの一件以来、奏は俺に対してスキンシップをとることに抵抗が無いな。
奏なりの冗談だったり(それにしては笑えないのも含まれているが)、ただ単に開き直っているだけなのかもしれないが。
そんなことを考え、俺はまたからかわれているだけなんじゃないかと思い始めたその時、奏はやっと俺に本題を語り始めた。
「――そろそろこの牢獄から脱出する計画を練ってもいい頃合だとは思わないかしら?」
「…………!」
奏の本題。
それはこの閉ざされた世界からの脱出。
奴隷からの開放、自由を勝ち取る手段を話し合うという事だった。
「このままだと私達はディアードの目論見通り、クラスメイト同士で殺し合いを続けることになるでしょう」
「だろうな」
ディアードの目的は俺達を殺し合わせ、より強い勇者を作り出すことだ。
その期間はおよそ100日とのことだが、10日程度で俺達の人数は既に三分の二以下になっている。
この調子だと100日と言わず、一ヶ月程度で選定も終わることだろう。
「けれど私達はそれを許さない。これ以上の被害は絶対に出さないように、できることなら数日以内にここから逃げたいところね」
「そうだな」
しかし数日以内ときたか。
それだと緻密な脱出計画は練れないだろう。
「だがそれを一体どうやって行うんだ? 俺達はこの首輪のせいでディアードには逆らえないぞ」
俺はそう言いながら、自身の首に巻きつけられたチョーカー型の首輪に手で触れる。
これがある限り俺達はディアードに対して無力。
攻撃を企てようものならその場で動きを止められ、呼吸困難に陥るだろう。
「それはおそらく問題ないわ」
「どういうことだ?」
「実のところ私達をこの首輪で止める権限を持つのはディアードだけで、しかもそれは術者と首輪を装着した人物がおよそ50メートル以内にいなければ発動できないからよ」
「…………」
……何?
「驚いたって顔をしていそうね」
「……当たり前だ。どこ情報だそれは。どうしてそんな重要な情報を奏は知っているんだ」
「私が仕入れた情報じゃないわ。この情報は高杉君から得た情報よ」
「高杉?」
なぜそこで高杉の名前が出てくる。
「この手帳に書いてあったのよ」
「……高杉の生徒手帳か」
奏は俺の目の前に手帳を出し、中身を見せてきた。
この部屋の暗さでは文字はかろうじて見える程度だが、確かにそのような事が書いてあるのが確認できた。
「高杉君の加護って聴覚の強化だったじゃない? 彼、能力測定では手を抜いて敵を欺いていたのよ」
「というと?」
「彼の聴力は私達やディアード達が考えていたよりもずっと凄かったということよ。この手帳によるとこのフロア内の音のみならず、ここから三階上にいる人の声までも拾えていたようね」
三階上って……それはとんでもない事だ。
ここから一階上には食堂や医務室、生活に必要な物資等を集めた倉庫などがあり、二階上には訓練場や俺達がここへ召喚された時の一室などが存在する。
そして三階上は俺達もまだ行った事がないフロアだ。
そこに何があるのかはわからないが、俺達がいないそこで何が話し合われていたかという情報はとてつもなく貴重なものだろう。
「だがどうしてそんな重要な事を高杉は俺達にも黙っていたんだ?」
「こんなことがディアード達に知られれば高杉君の身が危なくなるじゃない。高杉君相手に隠し事をするのはとても難しいと判断されれば処分されてもおかしくないもの」
「……なるほど」
いくらディアード達が俺達を奴隷として扱おうとも、俺達に知られてはまずい事などいくらでもあるだろう。
高杉からしてみれば自分の加護は自身が持つ最大の長所であると同時に、自らを殺す最大の要因にもなりえたということか。
「けれど高杉君は死んでしまった。もしも彼が生きていれば私達の脱出計画も、より成功率が上がっていたでしょうに」
この間、唐突に高杉が死んだ事が本当に悔やまれると言ったのはそういう理由か。
確かにここで高杉の協力があれば、ディアード達の動向を離れながらにして把握することとかできたかもしれないな。
「……今から高杉君が最後に残してくれた情報で有用そうなものを君に伝えるわ。よく聞いていて」
「ああ、わかった」
俺は奏から口頭で伝えられる、高杉が残した遺産を頭に刷り込んでいく。
まずは俺達がいるこの施設について。
どうやら俺達は地下にいるらしく、その地下は六つの階で構成されているとのことだ。
地下一階と地下二階はディアード達管理者の住居スペース。地下三階は訓練スペース。地下四階と地下五階は俺達勇者のためのスペースとなっているようだ。
また、地下六階についてはよくわからない。剣と『ごしんの結界』があるとしか高杉の手帳には書かれていなかったらしい。
剣ってなんだ。
ここが地下なのだろうという事はディアード達がいつも上階からやってくることでなんとなく察していたが、俺達が今いるフロアよりまだ下の階があるだなんて始めて知った。
まあ地下から脱出するのに下へ向かうわけもないからこれはスルーしていいだろうが。
また、上階へ上がるための階段付近には武装した警備兵が各階に常駐しており、更にその階段近くには詰め所があるらしく、今の俺達でも正面突破は難しい。
訓練の際に手合わせする兵士達の身体能力は俺達と互角といったところだが、武器や戦闘技術では向こうに軍配が上がる。
一応階段脇に設置されているエレベーター(電力ではなく魔力で稼動しているそうだ)を使って上階へ行くという手もあるが、どうもそれは魔法の類で操作しているらしく、俺達では使用することができそうにない。
次に俺達がいるこの世界の情勢について。
今この世界では、人間族は魔人族を相手に劣勢の戦争をしているようだ。
人間族とは俺達人間の事だろうが、魔人族というのは俺達と何か違いがあるのかはわからない。
高杉の手帳にはそこまで詳しいことは書かれていないそうだ。
だが魔王が率いる魔人軍を前にして、勇者不在の人間族が劣勢であるということは確からしい。
一日でも早く強い勇者を生み出さなければならないという話をよく聞いていた、という内容が高杉の手帳にはあったのだとか。
それと今、俺達勇者が殺し合いをしているという事は秘密裏に行われているらしい。
まあ当たり前か。こんな非人道的行為を人が統治する社会で大々的に行うはずもないからな。
そして最後にディアードについて。
ディアードはバリスティアという王国の宮廷法術師であり、召喚術の権威で勇者召喚も現在あいつにしかできない。
更に勇者召喚の儀式にて本来1人しか召喚できないところを36という人数にまで増やす術式に改造したのもこの男らしい。
とすると俺達がここへ来た主な原因はやはりディアードということになる。だからあいつには何かしらのケジメをつける必要があるな。
しかしよく考えると、俺達が元の世界に帰るためには召喚術の権威であるというディアードの力が必要になってくるはずだ。
だから無闇に殺す事もできないのかもしれない。
けれど俺達が無事にここから逃げようと思ったらあいつを殺すしかないだろうな。
難しい話だ。
とまあ、そんな大まかな内容を俺は静かに聞き入った。
その後、俺と奏は一つのベッドの中で二人、それら以外の細々とした情報も基にして、この牢獄からの脱出計画を話し合っていった。