突発的押しかけ同棲生活
「僕、異世界に来たら現代知識チートで無双して奴隷ハーレム作るのが夢だったんだ……」
「……そ、そうか」
いきなり何を言っているんだとツッコミたかったが、俺はとりあえず水谷の言葉に相槌を打つ。
意味のわからないことを言っているのは多分こいつも相当参ってるってことなんだろうからな。
俺達は今日の訓練を終え、夕食を取るために食堂に集まっていた。
結局俺達の後、奏を含めた残り半分のクラスメイトも殺し合いをさせられ、五人が帰らぬものとなった。
俺達の時の犠牲と合わせて十人。
全体の三分の一というクラスメイトが今日という一日だけで俺達の中から消えた。
「こんなの僕の求めたチートじゃないよ……人殺しなんてしたかったわけじゃないよ……」
「…………」
そして奏と同じく2回目の実戦訓練に参加した水谷はそんなことを呟いていた。
軽く聞いた話によるとどうやらこいつも一人、クラスメイトを殺してしまったのだそうな。
どんな経緯で殺したのかは知らないが、この様子を見る限りでは積極的に動いたわけではないんだろう。
だがなぜ俺のところへ来るのか。
いつものようにAグループの奴らのところへ行けばいいだろうに。
……ああ。
ストレートに誰を殺した?なんて聞けないから想像するしかないが、つまりAグループの奴を殺したのか。
水谷がここにいるということはAグループにいずらいという事なのだから、おそらくは当たっているだろう。
案外グループ内での順位付けの方がABCDのグループ分けよりも問題なのかもしれないな。
最後には四人しか残さないそうだし、隙があればAグループ同士でも容赦はしないのか。
「あれは水谷君が悪かったわけじゃないわ」
水谷と同じ2回目の実戦訓練に参加し、事情を知っているであろう奏も俺の隣でそんなことを言っている。
「まあとにかく、今回は不幸な事故だと思って深く考えないほうがいいだろう」
事故と言うにはいささか能動的過ぎるけれど、こう考えていかないと俺達の精神が持たない。
死んだ奴らには申し訳ないが、それで俺達が生きるのを諦めてしまうわけにもいかないからな。
結局は俺も柳達と同じということだ。
他人の命よりも自分の命を優先するということについてだけは、な。
「なかなかシビア過ぎて生きるのも大変ですねえ」
「…………」
そしてそんな俺達の元へ、いつも通りに転校生がトレイを持ってやってきた。
……どういう流れでそうなったのかは不明だが、転校生も二人殺してるんだよな。
俺はこの転校生をどう見ればいいのだろうか。
「? どうかしましたか、白瀬さん?」
「いや、なんでもない」
ジロジロ見過ぎていたか。
俺は転校生から目を逸らし、そっけなく答えた。
ここで転校生を変な目で見る必要はない。
自分からあえて疑心暗鬼になる必要もない。
俺達が互いに互いを避けるようになり始めたらそれこそおしまいだ。
そうなった時こそ、俺達は殺し合いを完全に容認した時なんだろうからな。
まあそれでも、どうあっても相容れない奴というのは出てきてしまうのだが。
俺は柳の方を見る。
「…………」
「…………」
どうやら今、柳達は俺を見ていたらしい。
僅かな時間だったが俺と目が合った。
だがすぐに柳達は視線を逸らしていた。
やはりこれはもうどうしようもないんだろうな。
俺とあいつらは殺しあったんだ。俺達が歩み寄る機会はもうないだろう。
「アタシらもここ座らせてもらうよ」
「? 竜崎さん?」
俺がそんな事を考えていると、背後から竜崎さんの声が聞こえてきた。
彼女は俺が振り向く前には俺の左隣の席に座り、トレイをテーブルに置いていた。
「あら結ちゃん。これはどういった風の吹き回しかしら?」
それを見た奏が若干トゲのある言い方で問う。
というか結ってもしかして竜崎さんの下の名前か。
いつも俺は彼女のことを竜崎さんと呼んでいたから何気に始めて知ったような気がする。
こんなことを思うと失礼だが、響きが可愛らしくて微妙に似合わないな。
苗字はカッコ良くて彼女にピッタリだと思うけど。
「別に。ただアタシらもはぐれ者だからこうして来てみたってだけ。つかアタシを名前で呼ぶなって何度も言ってんだろ。しかも『ちゃん』とかつけんな」
竜崎さんはムッとした顔で奏にそう答えを返していた。
どうやら本人も可愛らしい名前がお気に召さないらしい。
「ここいいよな?」
「まあ……俺はかまわないが」
俺の左隣の席は本来高杉が定位置にしていた席だが、あまり気にしすぎても仕方がない。
竜崎さんもそんなことは知らないだろうし。
というか、竜崎さんとは数時間前に変な空気になったから俺としては顔を合わせにくいんだけどな。
竜崎さんはあの時なかなか泣き止まなくて大変だった。
しかもやっと泣き止んだと思ったらその後「こんなことはこれっきりだかんな!」とか怒鳴られるしで気を使った俺が馬鹿みたいだった。
それにこの顔を会わせにくいというのは俺に限った話でもなく、むしろ泣いた側である彼女の方がもっと気にしていると思うんだが。
なのに竜崎さんは俺達と一緒に食事をしようと寄ってきた。
これはどういう心境からの行動なんだ?
「……えっと……失礼します」
「…………」
……しかもこれは……どういうことなのだろうか。
竜崎さんの後ろから葉山さんがついてきていた。
葉山さんは竜崎さんの背後に隠れつつ、そのまま竜崎さんの左隣の席へと座る。
さっきアタシ”ら”と言っていたが、それは葉山さんを含めての事だったのか。
竜崎さんと葉山さんって仲良かったのか?
ギャル系とおとなしい系というどうみても水と油みたいな組み合わせだが。
「葉山さんはどうしたの? 彼女は水谷君と違ってAグループにいても何の問題もないはずだけれど?」
何の問題もない、とはさっきの実戦訓練についてか。
確か葉山さんも奏達と一緒のタイミングで争ったんだよな。
つまり葉山さんは特に理由はないけれど俺達のところへ来たことになる。 いつも葉山さんはAグループの隅っこで食事をしているのは知っていたが、もしかしたら居心地が悪かったのかもしれないな。
とは言え……俺個人としては、今まで彼女を意識しないよう努めていたような節があり、一緒に卓を囲むのは少し気まずかったりする。
あのラブレターを貰って以来、俺はどんな顔をして彼女と話せばいいのか未だわからずにいた。
「別にコイツがどこで食べようがコイツの勝手じゃんよ。それにここにはもうAグループのヤツが二人もいるんだから、今更そんなの気にする意味ないじゃん」
「あらそう。まあどうでもいいことだったわね。それじゃあそろそろ食事を始めましょう」
竜崎さんの答えを聞き、奏は別にどうも思っていないとでも言っているかのようなすまし顔でスープを飲み始めた。
……もしかして奏って竜崎さんと仲悪いのか?
俺は特に深く考えず一緒に食事をする事を了承してしまったが、こういう時クラスの人間関係に疎いことが仇となるな。
「あ、白瀬。これやるよ。さっきは迷惑かけたからな」
「?」
奏との会話がひと段落ついたとみたのか、竜崎さんが四分の一カットにされた果物のオレンジ(のような青色の食べ物)を俺のトレイに置いてきた。
このオレンジはやや渋みがあるものの甘味があってみずみずしく、ここで出される中では比較的美味い食べ物だ。
つまりこれは竜崎さんなりのお礼ということか。
小学生みたいな礼の仕方だがありがたく頂いておこう。
「ふぅん、だったら私はこのニンジンを進呈しようかしら」
「……それただ単に奏が苦手な食い物を俺に押し付けただけだよな?」
竜崎さんの行動を見た奏が俺のトレイに乗る器にヒョイヒョイとニンジン(のような味のする黄色い野菜。金美人参か?)を入れてくる。
その食べ物は毎回奏が口に入れる際、眉をしかめているところから苦手であることは容易に想像できた。
そんなことをしつつ俺達は6人で、よくわからない空気のままもそもそと夕食を食べていった。
「……それで、どうして奏が俺のところへ来るんだ」
「あら、別にいいじゃない。今はあなた一人でここを使っているのでしょう?」
夕食を終えた俺達は、覆面連中に促されるまま食堂より下の階にある就寝スペースへと移動した。
そして今、俺は奏と一緒に同じ部屋にいる。
というか奏が俺の部屋に押しかけてきていた。
数少ない私物を手に持って、彼女は俺の部屋に泊まると言いだしていた。
「……もう一度聞く。なんで俺の部屋に泊まろうだなんて考えたんだ?」
「この部屋、もとい独房には誰がどこに住んでもいいらしいじゃない? だったら鋼のいる部屋に泊まりたいなって思ったのよ」
「…………」
確かにこのフロアに20個ある、大きさ三畳程度のこの部屋は誰がどう使おうが構わないというルールになっている。
それはディアード側が数字で部屋を割り振るより自由意志で使わせたほうが面倒が無いと判断しての事だろうが、俺はただ普通に、確実に男女が別々の部屋で寝られるだけでもありがたいと思ったものだ。
また、ここには20部屋分あるので、現在殆どのクラスメイトはわざわざ二人で一つの部屋を使わなくてもよくなっているはずだ。
そうなった理由は今更言うまでの事でもない。
だがそんな状況なのに奏はあえて俺の部屋に泊まると言い出してきた。
本当に意味がわからない。
「……トイレとかはどうするんだ? 夜中に催したらアウトだぞ」
俺は部屋の中に設置された洋式風の水洗トイレを見ながら訊ねた。
就寝時間になれば部屋の出入り口である重厚な扉に鍵がかかって外に出られなくなる。
だからその間はどうあっても絶対に部屋のトイレを使わざるを得ない。
が、この独房めいたこの部屋のトイレに敷居の類などがあるはずもなく、部屋の中にいる住民からは丸見えだ。
同性の高杉がいた頃でもこの環境には居心地の悪さを感じたというのに、それが異性なら尚の事悪い。
「大丈夫よ。実は女の子ってうんことかしないのよ?」
「いやそんなアイドルはうんこしない的なこと言われても」
絶対それ嘘じゃないか。
いくらなんでも無理があるだろ。
「俺はそんな冗談に乗らないぞ。どんな女の子でもうんこする時はするんだ」
「よくご存知で。鋼もなかなか女の子の体について詳しいのね」
「言い方もうちょい考えて」
今の発言はもの凄く卑猥に聞こえる。
誰かに聞かれたら100パーセント誤解されてしまう。
「とにかく、生理現象なのだから私は気にしないわよ」
「いや、俺が気にするんだよ。音とかニオイとか」
「ふぅん……鋼って案外恥ずかしがり屋だったのね。臭いの方はしょうがないとしても、音の方はもう慣れているものだと思うのに」
「……まあ、多少は慣れているが」
このフロアは部屋が密集しているから部屋外からも音が結構漏れる。
なので奏の言う通り音の件についてはみんなもう諦めているのが現状だ。
でもそれは音がフロア内で反響してどの音がどこの部屋からしたものかが判別しにくいという理由もあっての事だ。
この狭い部屋の中にいる住民にそんな誤魔化しは効かない。何故なら視覚で確認できてしまうんだからな。
「……というか、奏は俺に人として最も無防備な姿を晒してもいいのか?」
人間が無防備になる時間のツートップは睡眠と排泄だ。
その時間を他者と一緒に過ごすというのにはリスクが伴う。
とは言っても、別に俺は奏を襲ったりすることなどないし、その逆もまたまずないだろうとは思っている。
現時点で俺を殺すメリットがそこまで多くない奏の場合、不意打ちで俺を殺してクラスメイトから不興を買う意味もない。
この部屋で暮らすのが俺から報復を受ける事を恐れているであろう柳とかだったなら、俺は問答無用で一人部屋として使うことを押し通していただろうが。
けれどそういった命の危険性とは別にして、思春期真っ盛りの男女が同じ部屋にいるというのは問題だ。
奏はその辺を気にしたりはしないのだろうか。
「別にいいんじゃないかしら? 恋人同士なのだから、お互いの恥部なんてあってないようなものよ」
「それは……そうなんだが……」
しかしながら俺達のは仮の恋人関係であって本物ではない。
誰がどこで聞き耳を立てているかわからないからそのことをあまり口にすることはないが。
でも俺達の関係は本物でない以上、今の理屈は通らないだろう。
奏は本当に今の理由で俺との同居を通すつもりか。
「はぁ……そこまで嫌がるそぶりを見せるなら、あなたが便座に座ってる時、私が目の前に立つという嫌がらせをするわよ」
「それはやめろ」
嫌がらせが地味にきつい。
というか奏ってこんなこと言う奴だったのか。
もっとおしとやかな性格だと思ってたのに。
「今下品な女と蔑まれた気がするわ」
「気のせいだ」
何気に鋭い。
「今勘が鋭くて良い女と褒められた気がするわ」
「気のせいだ」
それは気のせいだ。
良い女とは一体誰のことだ。
「あら? これは高杉君の私物かしら?」
「…………」
もはや奏がこの部屋に住み着くのは決定事項なのだろう。
まだ俺が了承したわけでもないのに、彼女は構わず部屋の整理を始めていた。
そして彼女が今手に持ったのは高杉の生徒手帳。
夜寝る前に高杉が日記を書いていたあの手帳だ。
「ああ、それは高杉が日記代わりに使っていたものだ」
「そう」
俺が奏の問いかけに頷くと、彼女はその手帳をパラパラとめくり始めていた。
「おい、勝手に中身を見るなよ」
「もう許可を取れる高杉君がいないんだからいいでしょう?」
まあ確かにそうなんだが。
けどだからといって人の日記を勝手に読むのはどうなんだ?
「だから私が死んだらあなたは私の制服や下着を好きに使えるということなのよ」
「それらを俺にどうしろと」
一体何に使えと。
制服や下着を何に使えと。
「今男を惑わすいけない女と褒められた気がするわ」
「物凄く気のせいだ」
しかもそれって褒められているのか。
蔑まれる方じゃないのか。
「……ねえ、これってあなたは読んでいないのよね?」
そんな軽口を言い合っている間も奏は高杉の手帳を読み進めている。
俺と会話(馬鹿みたいな内容だが)をしているのにその読む速度はかなり早い。
何気に彼女は学校での成績も相沢に次いで学年二位だからな。
今日だけで色々残念なところが見えてしまったが、頭は良い方なんだろう。
「当たり前だ。俺には人の日記を勝手に読むような趣味はない」
「あらそう。ちなみに私もそんな趣味はないから勘違いしないで頂戴」
本当だろうか。
なんかこの数分のやり取りで俺の抱いていた奏像が崩壊したせいであんまり信用ならないんだが。
「……本当、高杉君がいなくなってしまったのは悔やまれるわね」
「?」
奏はそんな事を言うと高杉の手帳を自身の履く短パンのポケットへとしまった。
「おい、それは高杉の物だぞ」
「あら、そんなに気になるのかしら?」
そりゃあ気にするさ。
その手帳は言わば高杉の生きた証なんだから。
俺は手を前に出して高杉の手帳を出すよう促す。
しかし奏はそんな俺に微笑を浮かべるだけだった。
「どうしても欲しいなら私を組み伏せてあなたのを私のに無理矢理突っ込んで奪うといいわ」
「人聞きが悪すぎるのでもういい加減黙っていただけませんかね!?」
俺は声を荒げてツッコミを入れていた。
主語を抜かしてそれらしい単語で説明すると非常に卑猥だった。
こうして俺達の長い一日は終わりを迎える。
ちなみに奏は結局俺のいる部屋に住み着いてしまった。
何を考えているのやらだ。




