クラスメイトとの死闘
食堂での騒動から2時間ほど経過した。
最近のパターンではそろそろ実戦訓練が始まると理解していた俺達は何も言わず、剣の稽古を終了させていつもの大部屋へと連れてこられた。
しかし今回は今までとは趣向が違うのか、俺達は二つの組に分けられた。
そして今、俺は半分のクラスメイトと共に大部屋内でディアードの説明を待っている。
「おっさん。今度は俺たちに一体どんな魔物を相手させようってんだ?」
俺と同じく部屋に残るよう言われた坂本がディアードに訊ねた。
ここにいるクラスメイトは俺も含めて16人。
それだけの人数で実戦訓練をさせるということはどれほど驚異的な魔物なのか、と俺達は若干恐れを抱いていた。
「今回は魔物が相手ではない」
「あ? どういうことだよそれは」
魔物が相手ではない。
ならば何故ここに俺達は呼び集められたのか。
俺達はディアードの真意が読み取れずに首をかしげていた、
「わからぬか? 私がこれからお主達に何をさせようとしているのか」
「わかんねぇよ。もったいぶった言い方してんじゃねぇぞ」
坂本はガンを飛ばしつつディアードの問いかけに真っ向から言葉を返すが、ディアードは全く動じた様子を見せない。
「ふむ、それなら教えよう。私がお主達をこの場に呼んだ理由を」
けれど俺達の疑問には答える気があるようで、ディアードは説明をする意思を示した。
「そろそろ頃合だと思ってな。これからお主達に殺し合いをしてもらうためにここへ呼んだのだ」
……だが、ディアードが俺達をここに集めた理由はとても受け入れがたいものだった。
「殺し合いだと……」
それは以前にもこの男が言っていたことだが、今再びそれを口にするのか。
馬鹿馬鹿しい。
なんで俺達が殺し合わなければならない。
魔物を相手にして死ぬのなら100歩譲って仕方ないと思えるが、仲間同士で殺し合うなどするわけがない。
「この場にいる16人のうち五人の死亡が確認できた時点で今回の実戦訓練は終了だ」
「おい! だから俺たちは殺しあったりなんかしねぇっつの! ふざけてんのか!」
「ふざけてなどいない。お主達に拒否権はないぞ」
どうやら本当に俺達を殺し合わせる気らしい。
俺達はディアードの言葉を聞き、戸惑ったように目を見合わせる。
「もし1時間経過しても11人以上が生き残っていた場合、我々の裁量で規定人数になるまで減らすからそのつもりでいるといい」
「「「…………」」」
つまりディアードは俺達がどんな行動をとろうが、1時間後には確実に五人処分すると言っているのか。
そんな時、最も処分される可能性が高いのは俺を含めたDグループに所属するクラスメイトになるのだろうが……
「だがその場合、加護の強弱のみで裁量が決まるわけではないということを肝に銘じよ」
「!」
しかしディアードは、そんな含みのある台詞を柳の方を向きながら言った。
それを聞いた柳の肩がビクッと上がる。
俺と柳はディアード監修のもと、ついさっき食堂で一戦交えたばかりだ。
ディアードはそのことを利用し、柳を煽り立てているのか。
「ぐ……」
「………」
案の定、柳は冷や汗をかきつつ俺を睨みつけてきた。
俺もまた、背筋に冷たいものが走るのを感じている。
これは物凄くマズイ。
「では初めい。己の生き残りをかけてな」
そしてディアードが俺達に戦いの合図を送ってきた。
すると柳は曽我と多田野に目線を送り、予め支給されていた剣を抜いて三人で俺を取り囲み始めた。
「おい……本気か……」
「……俺達だって本当はこんな事したくないさ」
「本気も何もない……これは仕方のない事なんだからな」
「俺らが確実に生き残るにはこうするしかないんだ……悪く思うなよ」
柳達は俺に向かって次々にそんな言葉をぶつけてくる。
本当はこんな事したくない
これは仕方のない事。
悪く思うな。
ああ、そうだろう。そうなんだろう。
誰だって仲間同士で殺しあうことなんか望んではいない。
俺達はクラスメイト同士で殺しあうことなんか願ってはいない。
だからそんなことを言いたい気持ちもわからないわけではない。
逆の立場なら俺もそんなことを言っていたかもしれない。
だが……だからといって……
「……こんなことを……許せるか」
俺は人から「お前には自分というものがないのか」ということをよく言われる。
何を思ってそんなことを言ってくるのか知らないが、おそらく俺が滅多な事では怒りを表に出さないことをその人達は気にしているんだろう。
殴られようと蹴られようと水をかけられようとバカにされようと、俺は特にそうする必要が無ければそれらを行った奴らに仕返す事も無い。
なぜなら俺に利がないからだ。意味も無く仕返しても俺の気持ちは晴れないからだ。
それが非道な行いだった場合は俺も注意するが、それは怒るというほどでも無い。
けれど俺にだって譲れないことの一つや二つあるつもりだ。
その中の一つに自分の命というものがあっても、それはおかしなことではないはずだ。
だから俺は剣を柳に向ける。
簡単にはやられないという意思を込めて。
「でりゃああああああああああああ!」
柳達が一斉に俺へと剣を振るう。
俺は正面からくる柳の剣を剣で受け、横からくる曽我の剣を無理矢理避けるが、背後からきた多田野の剣に背中を斬られた。
「ぐっ!?」
背中の痛みに俺は思わず苦悶の声を上げる。
やはり三対一ではどうしようもない。
二人までなら立ち回り次第で何とかできるかもしれないが、三人だと絶対に誰かが背後に回る事ができてしまう。
こんな戦いを強いられた時点で俺に勝機など無かった。
俺はその後も剣を振り回して柳達と距離を取ろうとするが、全身を次々剣で斬りつけられ、やがて膝を屈する。
「今だ!」
「お、おう!」
「せいりゃあ!」
それを見た柳達が再び同時に俺へ迫った。
多田野の剣を剣で弾き、曽我の剣を左腕で受ける。
もはや避ける事もままならず左腕を犠牲にしてまで抗った。
だが前方から来た柳の剣はどうしようもなく、俺の右肩に深く突き刺さった。
「がぁっ!?」
俺は柳の剣を受けてその場に仰向けにして倒れる。
すると柳は肩から剣を引き抜き、剣を下に向けたまま俺の目を見た。
「俺の……勝ちだ」
柳は最後にそう言うと――俺の心臓に剣を突き立てた。
どうすることもできなかった。
柳達三人を相手にして、俺は為す術もなく剣を刺された。
一人一人を相手にするなら、俺は柳達に引けを取らなかっただろう。
事実、柳と決闘を行った際は俺の圧勝だった。
けれど今回は三対一。その戦力差を埋められるような力を俺は有していなかった。
だから俺は負けた。
負けて、柳に心臓を刺された。
やはりどうすることもできなかった。
どうすることも……できなかった……
意識が霞む。
手足の感覚が無くなっていく。
全身の痛みが麻痺していく。
俺は自分の体が停止していくのを感じ、目を閉じる。
結局、俺はどうする事もできず、死を――
しにたくない
「!? お、おい……どういうことだよ……」
「な、なんだよこいつ……!?」
「わ、わかんねえけどとにかく殺せ!」
「…………え?」
柳達の戸惑う声が聞こえ、俺は目を開ける。
すると柳の剣が俺の腹目掛けて突き刺さろうとしているのが見えた。
「ぐぅっ!」
その剣を俺は無意識の内に手で掴み、腹に突き刺ささるのを妨害していた。
刀身に触れた手の平から血があふれ出す。
そんな行為は当たり前のことだった。
目の前で自分に向けて凶器が振り下ろされているのだから、反射的に手が出てもおかしくはない。
心臓を貫かれていようが死にかけていようが、そんな反応をする事におかしいところなどありはしない。
だが柳達は俺が剣を握ったのを見て途端に悲鳴を上げ始めた。
「ひっ!?」
「う、うああああああああ!!!」
「は、早く殺せ! 早く白瀬を殺すんだ!」
「があっ!?」
そして柳達は三人がかりで俺に剣を突き立てる。
なにがなんだかわからなかった。
柳達が何に対して怯えているのか理解できなかった。
理解できなかったが、俺は迫り来る三本の剣から急所を守るようにして頭や首元、心臓といった箇所を腕でガードする。
しかし柳達は俺がガードしていようがいまいがお構いなしと言わんばかりに滅多刺しにしてきた。
「ぐっ……う、あああああああ!」
けれどなぜか俺は死なず、剣の脅威に晒され続ける。
俺はこのよくわからない事態の中、必死に痛みと恐怖に耐え続けていた。
「それまで」
もはや俺の体に剣が刺された回数が三桁にのぼったのではないかという頃、ディアードの声が耳に入ってきた。
すると柳達はやっと俺に剣を突き立てる事を止めた。
「か……はぁ……はぁ……」
生きていた。
体中を剣で串刺しにされたはずなのに、俺は生きていた。
なにがなんだかわからない俺は、荒い呼吸のまま全身を手で触れて怪我の様子を確かめる。
「……え……?」
床は俺の血で真っ赤に染まっているのに、俺の着る半そでのシャツも剣でボロボロなのに、俺の体には一切の刺し傷がなかった。
それに加えて剣を素手で持った時の指の怪我も、それどころかここへ召喚される前に負った怪我も、まるでそんな怪我などしていなかったかのように消え去っていた。
「……く……なんなんだよこいつ……?」
「あれだけやられたのにまだピンピンしてやがる……」
「これって……もしかして白瀬の加護なのか……?」
俺が体の調子を確かめていると、柳達が青い顔をしながら呟いているのが聞こえてきた。
まああいつらは俺を殺すつもりで剣を振るったのに殺し損ねたのだから、あんな顔をするのも当然か。
だが今の状況に驚きを隠せないのはむしろ俺の方だ。
多田野が加護とか言っているが、俺にそんな加護があるという自覚は無い。
一体なんなんだこれは。
俺の体はどうなってしまったんだ。
「ぐぅ……くそぅ……あたしたち……仲間じゃなかったのかよ……」
と、俺達が混乱しているすぐ近くで、竜崎さんが床に膝を着いて悔やむような声を出していた。
よく見ると竜崎さんの目の前には彼女がいつも一緒に行動していた二人の女子生徒、雨宮さんと遠藤さんの亡骸が横たわっている。
……つまり彼女達は仲間割れしたということか。
雨宮さんと遠藤さんは竜崎さんにいつも付き従っているというようなイメージだったが、おそらくその二人は竜崎さんを裏切り、その結果返り討ちにあったのだろう。
竜崎さんの加護は手で触れると怪我を回復させる事ができる『治療の加護』だ。
二対一でも持久戦に持ち込めれば彼女にも勝機はある。
「バカヤロウ……なんでだよ…………」
また、竜崎さんより奥のところには背中を斬られて血を流し、鬼の形相をしている坂本と、血を流して倒れている工藤の姿があった。
だが動かない様子から察するに、工藤ももう息絶えているのだろう。
それに坂本の背中から血が流れている事から、工藤に不意打ちを貰って反撃したといったところか。
これで三人が死んだ事になる。
ディアードが止めたということはあと二人死んだということになるのだろうが……
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
「…………」
そして俺はそいつ……転校生を見た。
転校生は磯部に剣を突き立てた状態のまま、大きく肩を動かして息をしている。多分激戦だったのだろう。
その近くには北村の亡骸もある。転校生か磯部のどちらかが殺したのか。
ただ争いのきっかけが何だったのかはわからない。
ともかくこれで五人。
俺達16人の中から五人もの死者を出してしまった。
「やればできるではないか」
「「「…………」」」
沈鬱な面持ちでいる俺達にディアードはそんな言葉をかけてくる。
それを聞いて俺達は黙り込むしかなかった。
「……おい」
――いや、一人だけは違った。
坂本はディアードを睨みつけ、歯をむき出しにしながら言葉を紡ぎ上げる。
「おっさん……てめえは必ず俺が殺してやるよ……」
殺してやる。
それは俺も高杉が死んだときに思ったことだ。
坂本は俺達全員の言葉を代弁するかのように、その意思をディアードに告げたんだ。
「ならばまず、より大きな力を身につけることだな」
ディアードは最後にそう言って部屋から出ていった。
次は奏達の番かと思ったが、その前に休憩を挟むということか。
なんにせよ気に入らない。
ついに俺達を殺し合わせたディアード達を、俺達は絶対に許さない。
けれどそう思っていたとして、俺達に歯向かうチャンスは今のところ無い以上、あいつに従うしかない。
坂本や柳達は苦い顔をしながらも退室していく。
途中柳が俺を見たが、すぐに目を逸らしていた。
おそらくこれでもう俺と柳達の関係は最悪な形となってしまったのだろう。
どんな理由であれ柳達は俺を殺そうとしたことは変わらないのだから、お互いに歩み寄る余地は無くなった。
これから先、俺は柳達と殺しあうことも考慮しなければならない。
……どうしてこうなってしまったのやら。
「うぅ……くそぅ……くそぅ……」
そして部屋の中から最後に俺と竜崎さんが退室した。
すると竜崎さんの方から泣きべそをかく声が聞こえてくる。
さっきまでもそんな雰囲気があったが、ここにきて限界が来たということか。
竜崎さんの目から涙が一筋流れた。
「……ずずっ……見んなよ……白瀬」
「…………」
俺の視線に気づいた竜崎さんが文句を言ってきた。
だがその言葉も弱々しい。いつもの高圧的な雰囲気などまるでない。
まあ友達だと思っていた二人に裏切られて殺しあう羽目になったのだから、他のクラスメイトよりダメージが大きかったのは当然の事だろうが。
「あー……あんまり自分を責めるんじゃないぞ」
「……うるさい……なんでそんなこと……アンタなんかに言わなきゃ……ならないんだ」
まあ、確かにな。
俺と竜崎さんには大した縁もない。
「そうだが、俺自身はそれで命拾いしたわけだしな」
どういうわけか俺は生き残ったが、あのまま柳達に剣を刺され続けていたらどうなっていたかわからない。
「……それはただの結果論で……アタシがアンタを……助けたわけじゃねーよ」
まったくその通りだ。
それに今のは言い方を変えれば、友達を殺してくれてどうもありがとう、だ。
正気じゃないな。
俺の傷が消えた理由の方はよくわからないが、竜崎さん達が戦ったおかげで助かったというのも事実なわけだから、ここで俺が気遣うようなことを言っても変じゃないだろう。
「……辛いようなら変に我慢しないほうがいいぞ。泣きたい時は存分に泣け」
幸い今この通路には俺と竜崎さんしかいない。坂本達は先にもう訓練所に戻ったようだ。
だから後は俺がこの場からいなくなれば彼女も遠慮なく泣けるだろう。
そう思って俺は竜崎さんに我慢しないことを勧めた。
「……ふぇ……ぅ……ふぐっ……う……あああああああああぁぁぁ!」
「…………」
けれど竜崎さんは俺の目の前でわんわんと泣き始めた。
その場に崩れ落ち、手で涙を拭いながら、彼女は大声で泣いている。
さっきは俺に見るなと言っていたというのに。
つまり相当精神的に参ってたということか。
「……ろよ」
そして竜崎さんはえずくようにして俺に何かを言ってきた。
「……すまん、もう一回言ってくれ」
「……なぐさめろよ」
…………
「なぐさめろって……言ってんだよ! ……きこえねーのかよ! ……ぅぐ」
「わ、わかった」
泣き過ぎで吐きそうになっている竜崎さんに俺は近づいて背中をさする。
というか慰めろとか何言ってんだ。
俺にどうしろと。
「アンタは……アタシに恩義があんだろ……ぅ……だったら……アタシを慰めてみろってんだ……」
「そうは言われてもな……こうか?」
とりあえず俺は背中をさする手とは逆の手で竜崎さんの頭を撫でる。
竜崎さんの彼氏でもない俺ができる事としたらこの程度だろう。
「竜崎さんは悪くない。悪いのは全部あのディアードって奴だ。だから気に病む事はないぞ」
「く……うぅ……」
床に手をついて泣く竜崎さんに俺は声をかけながら撫で続けた。
何してんだろ、俺。
なんというかとても気まずい。
クラスメイトの中でも特に近寄りがたいオーラを纏った竜崎さんを慰めるというのは俺にとってハードルが高すぎる。
俺はこの謎な空気を紛らわすために視線をさまよわせ始めた。
すると、ウェーブのかかった金髪の彼女の頭頂部から若干黒い髪が生えてきているのが目に入った。
多分ここしばらく染める事ができなかったんだろうな。
……まあこれは言わないほうがいいだろう。
もしかしたら気にしているかもしれないし。
そんなどうでもいいことを考えながら、俺は竜崎さんを慰めるというよくわからない苦行をなんとか耐え切ったのだった。