1-2 真夜中のお仕事
誰だろうと関係が無かった、といえば嘘になる。
実際、後ろも確認せずにあろうことか殺傷能力のある私のパンチを放ってしまったことは些か早計だったのは確かだ。
しかし、しかしだ。
目の前であんだけ怯えている人がいたのだ。
しかも直前まで影がどうとかとかいう、そういうお話をしていたのだ。
そりゃ誰だってその影が来たと思うでしょう?
「カハァッ!!」
肺の中の空気を強制的に出されると、多分こういう声が出るのだろうなぁ。
私の背後に突っ立っていた影、もとい、体格のいい若者の声を聞いて、しみじみとそう思った。
「あれ……?」
おかしいなぁ。
私は今、確かに勧善懲悪したはずなんだけどなぁ。
なんでこんな若い兄ちゃんが私のパンチ受けてんの?
壁に叩きつけられてズルズルと倒れていく若者を他所に、女子高生に向き直る。
「ねぇ、あんた。今、影を見たんじゃないの?」
「み、見ましたよ、確かに!」
「じゃあ、コレ何?」
背後でのびている若者を親指で指す。
「確かにさっきまで影だったんです! でも、貴女が殴った瞬間に、姿が……!」
「……ふむ。」
さて、どうしたものか。
この期に及んで女子高生が嘘をついているとも考えづらい。
まぁ、ここは女子高生の話が本当であると仮定して考えていこう。
背後の若者に向き直る。
完全に意識を失っており、壁にもたれかかるような形で座り込んでいる。
パッと見はどこからどう見てもタダの人だ。
体格からして多少運動は出来るんだろうが、先ほどから鼻腔をくすぐるタバコの臭いから察するに、体力低下もそこそこにしているのだろう。
ほかにも何か手がかりが無いかと思い、顔を見てみる。
「あれ、こいつ。」
見たころがある顔だ。
あれは確か警察の彼が事務所に来たときに見せてくれた「行方不明者リスト」の中の一人に、確かこういう顔がいたような気がする。
完璧に覚えているわけではないが、髪色が金だったのでなんとなくそんな気がする。
「となると……。」
この女子高生が言った「さっきまで影」という言葉はおそらく嘘ではないのだろう。
この男はついさっきまで影に包まれていて、私に殴られて意識を失った瞬間に影から脱出したことになる。
影に包まれていた理由は多分。
「操られてたか……。」
私の背後に音もなく忍び寄っていたこと。
行方不明になっていたにも関わらず、私たちに助けを求めなかったこと。
黒い影に包まれていたこと。
そこらへんを総合的に鑑みれば、そういうことになる。
そして、厄介なこともまた一つ判明した。
(人一人を操るほどの在力、おそらく行方不明になっている連中は皆取り込まれているはず。)
ともすれば、操れる人数ももっと多いのかもしれない。
少なくとも先ほどの女子高生の話を参考にするのであれば、最低二人は同時に操ることが可能と考えたほうがいい。
思いのほか、相手は力のある奴なのかもしれない。
「ふぅ……。」
先ほどまでの弛んだ気持ちを締めなおす。
正直そこまで力の強い奴だとは思っていなかったので、捕縛すら余裕だと思っていたのだが、こうなると破壊も視野に入れていかないといけないだろう。
破壊すると報酬も減額してしまうので、あまり行いたくは無いのだけど、己が命には変えられまい。
「貴女は早く逃げなさい。正直、ここにいられると邪魔だから。」
女子高生には申し訳ないが、早めに逃げてもらったほうがいい。
もし取り込まれでもしたら力が強まって厄介になるのは目に見えている。
「そ、そうしたいのは、やまやまなんですけど……。」
「なに?」
女子高生は申し訳なさそうに顔を俯かせて。
「こ、腰が抜けちゃって……。」
「……はぁ。」
しょうがないのだ。
しょうがないと、自分に言い聞かせる。
そうしないと抑えきれない衝動に身を任せてしまいそうだったから。
「じゃあ、玄関まで背負ってあげる。ほら。」
女子生徒に背を向けて、しゃがみ込む。
「え……、いいんですか?」
「そうしないと、こっちの仕事にも影響が出るからね。ほら、早く。」
おずおずと私の背中に体を預けるのを確認して、一気に体を引き上げる。
「ひゃっ……!」
思ったよりも可愛い声を上げたことに驚きつつ、私は部屋を出る。
もしかすると部屋を出た瞬間に襲われるかもしれないと考えていたが、二階の廊下には誰もいなかった。
そのほうが好都合ではあるのだが、どうもいい気分ではない。
階段を下る最中に気がついたことだが、女子生徒の体が震えていることに気がついた。
ちょっと、辛く当たり過ぎたかもしれないと反省。
玄関にたどり着く。
「ほら、ここからは自分で歩きなよ。」
「はぃ、すいません……。」
玄関のドアノブに手をかけて、ドアを開く。
ガタッ。
「あれ……?」
おかしい、ドアノブを下げているにも関わらず、ドアが開かない。
この感触は向こう側から押さえられているのではなく、端から開こうとしない感じ。
これは、もしかして。
「閉じ込められたか……。」
考えてみれば、それも当然か。
この家の中は相手のテリトリーだと考えてしまって構わないだろう。
「あ、開かないんですか……?」
背中の女子高生から心配そうな声が上がる。
「あー……、申し訳ないんだけど、そうなんだよねぇ。」
「そんな! それじゃあ私はどうすれば……!」
その台詞、どちらかといえば私が言いたい台詞である。
本当にどうすればいいんだろうか。
このまま女子生徒を背負って目的を果たす、という手段もあるが、それが出来ると思っていたのもついさっきまでの話だ。
自分の身すら危ういこの状況で一人を庇いながら、私にそんなことが出来るのだろうか。
そういう戦い方は今までしたことがないので、なんとも自信が無い。
(このまま置いておくと、下手こくと取り込まれる可能性もあるしなぁ……。)
頭の中で考えを巡らせる。
どこをどう考えたって、今の私に名案なんて浮かぶはずも無く。
そして、名案を考えさせてくれる時間すら、私には与えられなかった。
「きゃっ!?」
女子高生の悲鳴が聞こえた瞬間、女子高生の手によって私の首が一気に引っ張られる。
「ぐぇっ!?」
蛙を潰しときに出そうな声を上げてしまう。
何事かと首を回して背後を見てみれば。
「ちょ、やだ、引っ張らないで!!」
「……。」
真っ黒い、人影のような何かが女子高生を連れ去ろうと引っ張っているのだ。
(あれが、さっき言ってた黒い影か。)
女子高生の言っていたことはやはり嘘ではなかった。
ついでにこいつの影も払ってしまえば、相手の手数を減らせることが出来る。
さて、いつまでもこのままでいるわけにもいくまい。
退けないのであれば、進むしか道は無い。
「ごめんね、ちょっと我慢してっ!」
「えっ、きゃぁ!!」
女子高生を背負うのをやめて、後ろに体重をかけるように彼女を背後の影に押し付ける。
「っ!?」
影が突然の重量に少しだけふらつく。
その瞬間に影の横に回りこんで、左わき腹にパンチを一発ぶち込む。
「あうっ!?」
人影から声が聞こえる。
さっきの男と一緒だ。
操られてはいるが体自体は人間そのもので、スペックもまた然り。
これならば、大した脅威にはならない。
影は脇腹に受けたダメージにより、女子高生の体重を支えきれず、そのまま倒れてしまう。
先ほどの男と同じように影はすぐに霧散した。
露わになったのは、またもや見覚えのある顔。
「この人も、行方不明者。」
ボブカットで揃えられた髪型は確かにあの行方不明者リストに載っていた顔。
割と可愛い感じだったので、内心少し悔しかったのを覚えている。
……、どうでもいいか。
「いたた……。」
女子高生が腰を摩りながら起き上がる。
その下には行方不明者の女性がいるのだから、そんなに衝撃は無かったはずだがそれでも痛かったらしい。
「ごめんごめん、大丈夫?」
影を倒す為とはいえ、女子高生を利用してしまったのは事実。
感謝と反省の意を込めて、彼女に手を伸ばす。
「ごめん、じゃないですよぅ……。」
涙目になりながらも、私の手を取って立ち上がる。
「まぁ、とりあえずまた一人減らせたじゃない。結果オーライってことで。」
「それって、貴女の都合じゃないですか……。」
「そうも言ってられないわ。閉じ込められたんじゃ、貴女も無関係じゃなくなったわけだし。」
「そ、そんなぁ……。」
女子高生は涙目になりながら俯く。
気持ちは分からないでもないが、事実は事実として受け入れていかないと余計な心労を生むことになる。
自分の考え方を押し付けるつもりは無いが、少しでも前向きでいてもらわないと、いざというときに動けなくなってしまう。
「ほら、それじゃあ行くよ。さっさと済ませて、ここから出ましょ。」
階段に足をかけて上りだす。
「ま、待ってくださいよー!」
情けない声と共に女子高生が付いて来るのを確認して、二階へと歩き出す。
さて、未だ確認していない目標物。
件の部屋にあればいいのだが。