1-1 真夜中のお仕事
「こんばんわーっと。」
夜も更けきった町の片隅。
空には真ん丸い月が昼間じゃないかと見違えるほどに地上を照らし出している、今日この夜。
私のお仕事が静かに始まっていく。
「どなたか、いらっしゃいませんかー?」
ここはとある団地の一軒家。
周辺の家々とは少し離れた場所にある、巷では幽霊屋敷として有名なスポット。
とはいっても噂が出回り始めたのはほんの数ヵ月前。
それまでは単なる古びた一軒家であったはずなのだが、とある噂が流れはじめてからこの場所は一気にこの町で一番ホットなスポットに変貌してしまったのである。
「誰もいないなら、入っちゃいますよー?」
その噂というのが、これはまた眉唾物もいいところな内容な訳でして。
話自体は無人のこの家の二階に人影が見えることがあるという、どこにでもあるものなくせして。
それを確かめに行ったものは、絶対に帰ってこないという妙な事実が添付されているのである。
「ふぅ……、無人の家とはいえ、勝手に入るのは気が引けるな……。」
すでに行方不明者は分かっているだけで4人いるらしい。
勿論、警察に届けられているだけの数字なので正確なものではないだろうが、それでも世間が大騒ぎするには十分な人数であり。
私が出張るのにも、勿論十分な量なわけでして。
それは警察にも言えることで、何度か家宅捜索めいたことをしてきているらしい。
しかし、結果は芳しくなく徒労に終わっていたようだ。
「まぁ、だからこそ私に回ってきたんだけどねぇ……。」
玄関に入り、頭を掻きながらぼやく。
自分で言うのも何であるが、私はあまり仕事をしないほうがいいと思う。
世の中の軍隊が言うように自分たちが働かない世のほうが平和ということだ。
特に普通の事件で出張らない私のような人間は未来永劫仕事なんて無いほうがいいのだ。
「とはいっても、それだと私文無しになっちゃうし……。」
持ちつ持たれつ、社会というものは需要と供給で成り立っており、私という供給を所望する需要があるわけで。
「さぁ……、お仕事お仕事。」
すでに無人の家なわけだが、土足で入るかどうか少し悩む。
しかし、ことがコトなだけにもしかするとそういうこともあるかもしれない。
出来れば穏便に済ましたいが、数少ないこれまでの経験から導かれる答えは「土足で入ったほうがいい」とのことだった。
「ゴメンナサイ。」
両手を合わせて、土足で侵入する。
流石に夜だけあって、家の中は真っ暗でよく見えない。
が、そこは夜目が利く私にはあまり関係の無い話。
しかも、窓からは爛々と輝いている満月の月光が降り注いでいるのだ。
細かいところまではともかく、家具の配置ぐらいまでは把握できる。
「二階だったっけ。」
確か二階の窓から人影が見えるとかなんとか。
噂から察するに、道路側の一番奥の部屋が怪しい。
とは思ったが、一応調査という名目なので家全体を調べるのが道理だろう。
玄関を上がり右手にあるドアを開ける。
どうやらここはリビングのようだ。ある程度開けた部屋のようで左の奥にキッチンめいたスペースがあるのが見て取れる。
人がいなくなってしばらく経つのか、どこも埃が被っており、私が少し動いただけでも埃が舞い上がる。警察が家宅捜索をしたせいか、月光に照らされた床には足跡が残っているのが見えた。
流石に部屋の清掃まではしなかったようだ。
「さて、ここは……。」
リビングを見回してみる。
部屋の様子は先ほどの通りで別段人の気配がするわけでもなく、普通の無人の部屋といった感じだ。
まぁ、最初から当たりを引くのも面白くは無い。
次は対面の横開きのドアの部屋を調べてみる。
床には畳が敷かれており、どうやらここは和室のようだ。
先ほどのリビングほどの広さはなく、隠れられそうな場所も右手の押入れぐらいしかない。
押入れの中もすぐに調べてみたが、何もなし。
まあ、分かっていたことだ。
「さぁて、次は上か……。」
呟いて、上を見た瞬間。
ギィ。
何かが、軋む音がした。
「あらら……?」
二階に猫でもいるのかな……。
というのはあまりにも都合のいい解釈なのだろう。
いやな予感というものは十中八九当たるものであり、きっとこの音は本命かそれとも。
「上がりますか……。」
玄関の正面にある階段を上る。
一階には他にも部屋があったのだが音が聞こえてしまった今、調べる必要はないだろう。
階段の一段上がるたびに、軋む音が響く。この家も建てられてから相当時間が経っているようで、もしかすると先ほどの音もそういった類の音ではないだろうか。
二階に上がると廊下はL字に伸びており、右手にドアが一つ、L字の突き当たりにドアが二つ見えた。
先ほどの和室の真上の部屋といえば右手のドアの先になるわけだが。
「あぁ……。」
気が重い。
この先に本当に本命がいると思うと、本当に面倒くさい。
どうして私がこんな時間にこんなところで仕事しなければいけないのか。
本当だったら今頃事務所のコンポで音楽聴きながら、ダラダラゲームしている予定だったのに。
今嵌っている○ットイーターしながら、一日が終わっていくはずだったのに。
「くそぅ……。」
なんかそう考えていると無性にムカついてきた。
そもそもなんでこんなところに好き好んで来て被害こうむってるヤツの尻拭いを私がしなければいけないんだ。
説教の一つや二つしなければ、気が済まん。
「よし、やろう、始めよう、さっさと終わらそう。」
足音も隠さずに歩いて、ドアに開け放つ。
部屋の中は結構広く、タンス類の家具もそのまま放置してある状態だ。
左側にはベランダに出るドアもあるのが見えた。
中に入って更に様子を確かめる。
部屋には窓が三つあり、道路側に一つ、隣の家に面している方に一つ、右手の物置場所のようなスペースにも小さい窓が配置されているようだ。
ここにも警察の手が入れられているのか、タンスの中の物などが少しだけはみ出ている。
これでは空き巣に入られたのとほぼ同じ状況である。
「……。」
それで、先ほどから思っていたのだけれど。
微妙に物置スペースの方から気配がする。
かすかな息づかいから判断して、どうやら生きている人みたいだ。
確かめようかどうしようか迷った。
今回の事件が人の手によるものではないことは分かっているのだが、ともすれば今そこにいる気配は一体誰で、何のためにそこに隠れているのか、皆目見当がつかないのだ。
とはいえ、仕事をしていく上で何らかの障害になっても面白くない。
ここは、接触しておくべきか。
物置スペースの中を覗いてみる。
窓があるとはいえ、その中には月の光は差し込んでおらず、真っ暗同然だった。
その片隅、置いてあった机の奥に。
体を縮ませて、震えている人影があった。
「ねぇ。」
声をかけてみる。
人影はビクッ、と小さく跳ねるものの、そのままの状態で震えている。
(埒が明かないなぁ……。)
こんなところで足止めを食らっているわけにもいかない。
さっさと事を済ませてしまおう。
人影のところまで近づいて、肩を揺さぶろうとしたそのとき。
「ねぇ、貴女、何やって「きゃああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
やたらと、甲高い悲鳴が頭に響いた。
「いやぁ、やだやだやだ、いやぁぁぁ!!!」
次いで降り注ぐのは暴力の嵐。
とはいえ、腕や足をジタバタしているだけで暴力と呼ぶにはあまりにも幼稚な代物だけど。
「……はぁ。」
完全に、部外者だ。
今分かった。
この反応、この仕草、ついでによく見てみれば、こいつこの辺の高校の制服着ていやがる。
大方噂に釣られて、この家に肝試しに来たのだろう。
「いやぁぁ、いやだぁ……、う、うぅ……。」
叫ぶのを止めたかと思えば、今度は泣き出してしまった。
一人で泣いたり叫んだり、暴れたりと忙しいやつだ。
「はぁ……、気は済んだ?」
いちいち構うのも面倒なのだが、接触してしまった以上このまま放置するわけにもいくまい。
大方泣き止んだであろうその時に、私は一言彼女に投げかけた。
「……え?」
ようやく私の事に気がついたのか、顔を上げて私を見つめる。
「……誰?」
まぁ、そうだろう。
そういう気持ちになるのは、もっともだろう。
だけど、私から言わせてもらえれば貴女の方がイレギュラーなのだ。
「それは、こっちのセリフなんだけどなぁ。」
「え…・・・?」
「貴女は誰? なんでこんなところに居るの?」
「わ、私は……、その……。」
その女子生徒の話を要約すれば、こうだ。
この子はいじめられっ子で盗まれた自分の持ち物をこの幽霊屋敷に隠されたらしいのだ。
それは自分にとってとても大切なものだったので、噂は知っていたものの、どうしても取り戻したくて、勇敢にも単身で乗り込んできたらしい。
(いじめられっ子の割には根性あるわね。)
という私のツッコミは置いておいて。
最終的に二階の突き当たりの部屋に探し物はあったそうだ。
そこまでは小声ながらも説明してくれたのだけど。
「それで?」
「それで……、その。」
ここで女子生徒は口をつぐんでしまった。
聞きたいのはどちらかと言えばこれからの話だったのに。
「どうして貴女は、こんなところに隠れてるの?」
探し物が見つかったのならさっさと帰るのが通りだろうに、わざわざこんな幽霊屋敷に留まっている理由が分からない。
「まさかここが気に入ったとか言わないよねぇ?」
「違います!!」
大声を上げて否定される。
「か、影を……。」
女子生徒は搾るように声を上げて。
「影を、見たんです……!」
ようやく、それっぽいことを言ってくれた。
「へぇ……。」
ようやく、この無駄な会話に価値を見出だせる単語が現れた。
先程も言った通り、私はこの事件を人間が起こしたものとは考えていない。
私が出張ってきた以上、なんかしらのそういうのは絡んでいると思っていたが、やっぱりだ。
ほらね、嫌な予感って当たるでしょ?
「それって、どういうものだった?」
知っているのなら話してもらわねば。
情報は多い方が良い。
「わ、分からないですけど、真っ黒で人間の形してて、私を捕まえようと、手を伸ばしてきて!」
徐々に声が大きくなっていっている。
軽いパニックに陥っているようだが、このまま話してもらおう。
「それで私……、怖くなっちゃって部屋から逃げたんですけど、なんでか一階にも同じ影が居て、もうどうしようもなくなっちゃって、それでここに隠れてたんです!」
「……ふむ。」
「なんなんですかあれ! 貴女、知ってるんですよね! あれは、なんなの!?」
捲し立てるように言葉を放つ。
まー、そんなこと言ったって私が知っていることは微々たるものだし、場合によって毎回パターン違うから一概には言えないので。
「知らない。」
「……は?」
「だから知らないって。 正体とかって話なら、私の方が知りたいよ。」
「じゃ、じゃあ貴女はここに何しに……っ!?」
女子生徒の様子が急変した。
私から視線を外し、一気に青くなった顔で、私の後ろを見つめている。
そういえば後ろから変な気配を感じる。
話に聞き入っていたせいで注意が散漫になっていたか。
「あ……ぁ……。」
女子生徒は完全に怯えきってしまっており、声も出せないようだ。
まぁ、普通の女の子ならしょうがない。
むしろ頑張っていたとすら思えるぐらいだ。
「ようやく、お出ましかぁ。」
私はおもむろに立ち上がり、首を少しだけ捻る。
コキ、と首筋からコギミイイ音が聞こえた。
さぁ、面倒なことはさっさと済ませて、事務所に帰ってゲームをするのだ。
「さぁ、お仕事の始まりだよ!」
右手を思いっきり振りかぶる。
そう、これが仕事の始まり。
この私。
「存在否定人」である。
サカガミコトネ、渾身の右ストレートを合図に今日の業務を開始するのだ。
ご覧の通り、好き勝手書いていきます。
気に入った人だけ読んでください。
いや、読んでくださって、ありがとうございます。