その1
平和だった古王国レルムを蹂躙する巨大な魔獣ギガ・ゾーム。王国滅亡の危機を前に、かつて旧世界の生み出した魔神として封印されていた《装着型万能最終決戦魔装兵器・エルガイザー》が甦る! だがそのエルガイザーの正体は意外にも……そしてエルガイザーを操ることになる《戦士》に選ばれたのは??
大魔獣と魔装戦士のバトルを描くライトファンタジー! 熱くて、笑えて、そしてちょっぴりセ○ハラ風味なのはいつもの「仕様」です(笑)
プロローグ
凄まじい破壊と暴虐の嵐が、西方の《古王国》レルムに吹き荒れていた。
巨大なる魔獣により城壁は破壊され、家々は焼き尽くされ、人々は悲鳴と絶望の中ただ為す術も無く逃げ惑う。
だが、その恐るべき災厄の前に、千年の歴史を誇る王国の命運も尽きたかと思われた、まさにそのとき--!
猛り狂う魔獣の前に敢然と立ちはだかった、一人の少女がいた!
突如として天空に出現したかと思うと、宙に浮いたまま魔獣を凛然と見下ろすその少女のスラリと伸びた四肢は、要所要所が丸みを帯びた優美な防具で覆われ、真っ白な素肌と真紅の鎧の鮮やかな対比も相まって、まるで神話の世界から抜け出してきたかのように美しい。
そう、その姿はまさに神話の中で語られる、伝説の《戦乙女》! 敵さえもが思わず息を飲む、その凛々しくも美しい姿に目を奪われながらも、同時にレルムの民たちは確信にも似た予感に心を震わせていた。
彼女こそは、滅亡の危機に瀕する古王国のために、天が遣わした《救国の女神》であるに違い無い--と!
……だが、かなり距離があるので誤解してしまいそうになるが、よくよく見れば「凛然」とか「戦乙女」どころか、少女の頬は鎧に負けない程真っ赤に染まり、その身体はガクガクと震えているのがわかる。目なんかはもう完全に涙目だ。
見下ろせば、三つの竜頭をこちらに向け、敵意を剥き出しにしてうなる巨大な魔獣。
それに対して自分はと言えば、ほとんど水着(それもすっっっごく過激な!)も同然のあられもない姿。
「どうして……」
魔獣からは睨まれ、人々からは見つめられ、こみ上げる恐怖と羞恥に頭がくらくらするのを感じながら、そのまだあどけなさを残した美しい少女は、己の不幸すぎる運命を呪い、心の底から叫んだ!
「どうしてこんなことになっちゃったのよーーーーーー!!」
そして物語は、これから1時間ほど前に遡る--
1
ドドーン! 一瞬、足場が崩れるのではないかという程の激しい震動と共に、天井から細かな破片がバラバラと降りかかる。
「大丈夫か、フラン!?」
ショックでへたり込んでしまったお下げ髪の少女に、典雅な甲冑に身を固めた気品ある金髪の若者が、階段の一段下から気遣わしげに手を差しのばした。
「いえ、だ、大丈夫です、王子。ちょっと、びっくりしちゃっただけ……」
そう言うと、フランと呼ばれた女官用の白い衣を着た少女は、引き起こされながらも健気に微笑んで見せたが、しかしその柔らかな手の平はまだ小刻みに震えていた。
「だんだん近くになってきているようですわね」
二段ほど上、殿を守っている深紅の髪の女騎士が、多少の動揺の色を浮かべつつも、冷静な口調で告げる。
「このままでは、この神殿にあの魔獣が到達するのも、時間の問題か、と」
「え~い! 神官長! いつになったらこのうっとぅしい通路は終わるのだ!」
今度は下の方から、中年の男と思しき野太い罵声が聞こえてくる。
「さっきから、ぐるぐる、ぐるぐるとっ! 人をなめとんのか!? この階段は!!」
ひゃうぅ! そのあまりの剣幕に、小さく悲鳴を上げてフランが身をすくめる。もともと気が小さいばかりか、侍女としても何かにつけて失敗ばかりの彼女にとっては、ほとんど条件反射的に自分が怒られているような気がしたのだろう。
そんなフランの淡い桃色の髪を優しく撫でてやりながら、やれやれと、いささかため息まじりで王子--エルフリードは苦笑した。さすがは気の短さでは定評があるベック卿。レルム王国騎士団長にして《爆走するイボイノシシ》という、本人が聞いたら激怒しそうな異名を取るだけのことはある……
だが正直な所、ベックの怒りも焦りもエルフリードには良く分かる。彼は歯がゆいのだ。この神殿の外では巨大な魔獣が好きなように暴れ回り、国土を蹂躙しているというのに、本来『武の要』たる自分にはそれをどうすることもできない。
そのことがベックの気性から考えて、どれだけ悔しいか--そしてそれはまた、レルム王国の王子としてのエルフリード自らの気持ちにも他ならない。
「し、しかし私に言われましても……」
どうやらベックに締め上げられているらしく、年老いた神官長のか細い悲鳴が聞こえてきた。
「そもそもこの地下通路に人が入るなど、この神殿が建立されて以来初めてのこと……正直に言えば私とて、この下がどうなっているのかは伝承でしか知りませぬもので……」
「ええ~い、貴様それでも神官長か!」
そのあまりに頼りない答えにさらに激昂するベックだったが、それをエルフリードが制した。
「もうよせ、ベック卿。神官長殿を責めても始まらぬ。それに今は仲間割れをしている場合では無いだろう」
まだ二十歳をわずかに超えたばかりとは言え、さすがにその威厳はベックを黙らせるのに十分だった。「ぐっ……」忌々しげに神官長をにらみつけると、不承不承その手を放すベック。
(神官長様、怪我をされなくて良かった……)
その様子を見て、争いごとの嫌いなフランはホッと胸をなで下ろす。フランはこの頼りないけれど優しい神官長のことが好きだったし、正直言えば無骨で乱暴なベックはとても苦手だったので、ハラハラしながらことの成り行きを見守っていたのだ。
そして同時にビシッと諍いを収めてみせたエルフリードに、ますます尊敬のまなざしを向けるフラン。いつだって優しく、でも同時に凛然としたこの王子は、とどめとばかりの整った容姿も相まってこの王国すべての女性の憧れだった。そしてもちろんフランにとっても--
「どうした、フラン? 何だか目が潤んでいるぞ、もしかして疲れで熱が出たんじゃないのか?」
そんなフランの微熱を帯びた視線をどう誤解したのか、エルフリードが心配げに細く形の良い眉をくもらせる。
「お前一人を破壊された王宮に残していくよりはと思い連れてきたが、やはり無理をさせすぎてしまったか……」
「そ、そんなことないです! 私は平気です!」
慌ててフランは首をぶんぶんと横に振った。そして、王子と一緒でしたら--と心の中で続ける。乙女心に対して鈍すぎるのが玉に瑕な気もするが、それでも心から慕う王子の側にいられるなら、それだけで十分すぎるほど幸せだった。
たとえ、それが国が滅びるかどうかの瀬戸際という非常事態でさえ--
「しかし王子、この先の《封印の間》に眠るという《エルガイザー》」
赤毛の女騎士が階段の上から問いかける。
「一般の伝説によれば、《エルガイザー》とはかつて《ティターン》と呼ばれる巨神族と争い、それを駆逐した後、旧世界をも滅ぼしてしまったという伝説の魔神族……」
女騎士--王子の乳母の娘であり、女ながらにエルフリードの近衛隊の隊長を務めるセシリアの、ややキツ目だが、端正な美貌に一瞬かげりが生じる。
「いくら非常の時とはいえ、そのような危険な魔物をこの世に甦らせてよいものなのでしょうか……?」
「実はセシリア殿、それについては我が神官家には全く別の《秘伝承》が伝えられておるのじゃ……」
そんなセシリアに向かって、ベックから解放されようやく落ち着いたらしい神官長が、重々しく口を開く。
「それによると《エルガイザー》とは魔神などではなく、旧世界の《科学者》と呼ばれる魔道師達が造った、一種の魔道器のようなものとなっておる。何でも、その魔道器に選ばれた《エルガイザーの戦士》と呼ばれる者のみが、それを使用できたとか……」
「フン、実際に見たこともないくせに! そんなカビの生えたどころか、化石のような言い伝えなど、信用できるか!」
ケッ、と吐き捨てるようにベックが叫ぶ。
「何が《旧世界の魔道器》だ! ガキのおとぎ話ではあるまいに! 仮にあったとしてもそんな訳の分からぬもの、あてになるとは思えんな!」
「なら、卿はあの外で暴れている魔獣をどう説明するつもりなのじゃ!」
先祖代々の言い伝えを一蹴されて、さすがに温厚な大神官も色をなして食い下がる。
「間違いない。あれは確かに古の伝承に記される旧世界の《バイオテクノロジー》なる呪文が生み出したという、伝説の魔獣の一つ、ギガ・ゾーム! あれを見てもまだ伝承が信用に足らぬと!?」
「いい加減にしないか、二人とも!」
たまりかねたエルフリードが一喝した。
「確かにベックの気持ちも分かる。私だって本当にそんな伝説の魔神がこの王国に封印されていたとは、今でも信じられぬ思いだ。だが平和な国土が魔獣に蹂躙され、騎士団も壊滅……そして父上までもが傷つき倒れた今、『エルガイザーの封印を解け』というそのお言葉に従うのみ。今となっては我々には伝承を信じるしかないのだ!」
ドガーン! その時、再び周囲が大きく揺れ、小さな悲鳴を上げてフランがエルフリードの胸元に倒れかかる。
「もう我々には、他に選択の余地はない」
少女の柔らかな身体を優しく抱きとめてやりながら、エルフリードはもう一度、自分も含めた全員に言い聞かせるようにそう言うと、スカイブルーの瞳を決意に煌めかせた。
「さぁ行くぞ、一刻も早く……《エルガイザー》の眠る《封印の間》へ!」
2
家々をまるで紙細工のように踏みつぶしながら、小山ほどある巨大な影が、逃げ惑う人々の姿を覆い込む。
そのトゲだらけの甲羅から伸びた三本の竜の首からは灼熱の炎が吹き出、容赦無く人を、建物を舐め尽くしていく。
巨大な魔獣が通過した後、かろうじて生きながらえた人々の運命も苛酷なものだった。
全身を禍々しい漆黒の鎧に固めた兵士達が、はかない抵抗を示す男達を狩りでもするかのようになぶり殺しにし、女と見れば年齢を問わずその獣欲の餌食としていく。
紅蓮の炎に照らされた廃墟に、断末魔の悲鳴と絶望のむせび泣きのみが響き渡る--ほんの数日前までは平穏な日常があったとはもはや想像もできぬ、それはまさに地獄絵図だった。
「ガーハッハッハ! 壊せ、壊せ、壊せぇ!」
だが、中にはそのような光景を嬉々として眺めることができる、信じがたい精神の持ち主もいる。ガルガンテス帝国西征部隊、レルム王国制圧軍司令官ドランは、燃え盛る市街を見渡して呵々大笑した。
「《文化》などとほざくふぬけたものなど、一つ残らず叩き壊してしまえーっ! ぐはははは!!」
何が嫌いかといって、《文化》などを自慢する奴らほど気にくわないものはない--ドランはそういう点で、生粋のガルガンテス軍人であった。
ガルガンテス帝国は、ユルドシアと呼ばれるこの大陸の中央部に位置し、西の王国群と長きにわたって対立を繰り返してきた国である。
だが、かつての魔道文明こそ滅び去ったとはいえ、旧世界の洗練された文化の名残を残した西方王国群から見て、ド辺境の地に蛮族たちが打ち立てたガルガンテスなどは野蛮な新興国にすぎず、どれほど強くても格下扱いされるのが常であった。
(だが、ついに刻はきた! 奴らがやれ美術だ、やれ音楽だ、とうつつを抜かしておるからこうなるのよ。まさにいいザマだ!)
そう思うと、ドランの頬に自然に笑みがこぼれる。
(何と良い眺めか! 辺境の蛮族と呼ばれ続けた我らが、千年の長きに渡って西方の文化の中心地であった《古王国》レルムを、今この手で叩きつぶしているのだ……!)
雅の粋を集めたレルム王国の美しい町並みを、醜い魔獣が踏みつぶし、焼き尽くしている。そんなゾクゾクするような嗜虐的な喜びに浸るドランの前に、その時、一兵の黒騎士が畏まった。
「報告! 城内に突入したゼリーク隊によれば、取り逃がしはしたもののレルム王には深手を負わせ、また王太子エルフリードは数名の部下と共に神殿に追い詰めた、とのことです!」
「ちっ、王は逃がしたか。ならばせめてエルフリードは必ず討ち取るよう伝えろ!」
「それが、奥の扉にエルフリード一行が入るやいなや、その後はビクともしなくなったとのことで……」
「ふん、こざかしいマネをしおって……」
ドランは望遠鏡をのぞき込むと、城内の外れに建つ白亜の神殿の存在を確認しつつ、豊かな口ひげを引っ張った。
「フン、あんな所に立て籠もって、どういうつもりかは知らんが……」
ニヤッ、ドランの顔にあまりお近づきになりたくないような、物騒な笑みが浮かぶ。
さすがにたじろぐ黒騎士にはかまわず、ドランは後方の天幕の中に向かって叫んだ。
「ゲルガ! ギガ・ゾームをレルム城に向けろ!」
「町の破壊の方はもうよろしいのでございますか?」
それに応えての暗い声が漏れ、「陰気」が黒いローブを被ることで更に陰気になったような、ガリガリの男が姿を現す。
「うむ、町の方は後は部下どもへの褒美として、好きなようにさせてやろう」
陰気極まりないゲルガに対して、露骨に不快がるドラン。
(全く……薄気味の悪い奴だ)
しかし内心どれだけ鬱陶しがっていても、相手が《魔獣の島》アーケロンの《魔獣使い》の一人であり、この度の《大西征》に際しての最大の戦力であることは否めない。
ゲルガの操るギガ・ゾームの圧倒的な破壊力でまず相手を叩きつぶし、ドランの直属軍がとどめを刺す--その必勝パターンでここまで破竹の快進撃を続けてきたのだ。
「次はレルム城もろとも、エルフリードに引導を渡してやれ! 西方一の貴公子と称えられた男の死に様、せいぜい派手に飾ってやるとしよう……!」
そう言うと、ドランは自分の頬に残る傷跡に忌々しげに触れる。その傷は4年前に行った前回の侵攻の際、まだ若干18歳だったエルフリードによって付けられた傷だった。国境の村々を襲い、略奪に酔いしれていたところを急襲され、無様な敗北を喫したその屈辱をドランは決して忘れていない。そのためにこんな気味の悪い奴と組んででも、レルム制圧軍の軍団長を志願したのだ。
「……わかりました」
ゲルガは暗く返事をすると、額にはめたサークレットに右の人差し指を当てて、スッと目を閉じるとともに、何やらブツブツとわけのわからぬ言葉をつぶやき始める。
そんなゲルガを、ドランは何度張り倒してやろうと思ったかわからないが、彼ら《魔獣使い》はそうやって魔獣と意思疎通をするらしく、ドランはむずむずする手を必死で抑えた。
キシェウーン! サークレットを通じて送られたゲルガの思念に呼応して、魔獣が一声咆哮する。そして周りの家々を巻き込みながら、重い身体をゆっくりと揺らして、その進路を変えた。
エルフリード達のいる、王宮の神殿へ--!
3
「どうやらようやく辿り着いたようだな……」
階段を降り立った先の突き当たりにある古錆びた扉。神官長に促されたエルフリードが扉の入り口にあったプレートに手を触れた瞬間、扉は鈍い音を立てながら左右に開き(神官長の説明では《生体認証》とかいう魔道の仕組みらしい)、一行を中に迎え入れる。
「--!?」
そしてその瞬間、それまで真っ暗だった室内に、まるで呼応するかのようにして次々と淡い光が灯った。それほど明るいというわけではないが、そのおかげで《封印の間》の全貌が青白く浮かび上がる。
(こ、これが《封印の間》……!?)
フランは目の前に拡がる光景に思わず息を飲んだ。
旧世界の文明に関する知識などあるはずの無いフランには、正直何が何だかわけがわからなかったのだが、解説するならそこにはコードで繋がれた大小様々な機械が存在し、ディスプレイ上では今の瞬間にも複雑な演算処理が実行され、それに呼応して様々なパネルが明滅を繰り返している。
(こんなの見たことないけど……な、何だかすごい……)
圧倒されたフランがゴクリと小さくのどを鳴らす。室内は基本的には静寂が支配しているのだが、稼働する電子機器からはブーンという小さな起動音や、ピ……ピ……といった計器の音などが聞こえ、ますますフランを戸惑わせた。
そして何よりも目を引かれたのが、広い部屋の中央にコードに繋がれた状態で置かれた、何だか棺のようなものだった。正確に言えばそれは何かを収納したカプセルなのだが、フランだけでなく、他の一行にももちろんそんな知識は無い。
「あの中にあるのがもしや《エルガイザー》……なのか?」
さすがに緊張を隠せぬ表情で、エルフリードがつぶやく。
「王子、うかつに近づくのは危険です。まずはこの私が--」
そう言うと前に進み出ようとするセシリアを軽く片手で制して、エルフリードは穏やかに、だが断固たる意志を込めた口調で言った。
「ありがとうセシリア。だが、これはあくまでレルム王子たる私の使命だ。君はここに控えていてくれ」
「お言葉ですが王子。私は仮にも王子の近衛隊長です。王子が危機に立ち向かわれるというのに、黙って見ているわけにはまいりませんわ」
セシリアの冷たい美貌に、ほんの一瞬、艶然たる微笑みが浮かび、消えた。
「……かなわないな。君には」
乳姉弟であるセシリアには昔からどうにも頭が上がらない。諦めたように苦笑するエルフリードの横に、続いてベックが進み出た。
「拙者もお供させてもらいますぞ」
ガハハと豪快に笑うと、ベックはその丸太のような腕を誇らしげに叩いてみせる。
「王子の剣の腕は認めますが、その細腕ではあの棺の蓋を持ち上げられぬかも知れませんからな!」
「--そしてもちろん、《古の伝承》を知る私がおらねば、話にならぬというものでしょう」
そう言うと、年老いた神官長までもがその横に並んだ。
「--ベック卿、神官長殿、すまない……」
家臣達の熱い想いに触れ、エルフリードの瞳がかすかに潤む。そしてそんなエルフリードを見た瞬間、フランもまた弾かれたように手を上げた。
「わ、わたしも一緒に行きます!」
それは引っ込み思案なフランにしては、精一杯の勇気を振り絞った発言だったが、しかし返ってきたのはエルフリードからの優しい、でも明快な拒絶だった。
「フランはダメだ。危険だから部屋の外で待っていなさい。そして危なくなったらすぐに階段を上って逃げること。いいね?」
「で、でもっ!」
それでもフランは何とか頑張ってすがりつこうとした。自分が役立たずなのはわかっているけど、思慕する乙女としてはエルフリードが危険に挑もうとしているのなら、せめてそのお側にいたかった。ここまで一緒に来たのに、なのに自分だけ置いていかれるなんて、そんなのイヤです……!
でもそんな思いの丈を言葉にする前に、エルフリードはフランの頭に手を当てると、そのサラサラの髪を愛しげに撫でながら言った。
「私はフランを傷つけたくないんだ。良い子だから、わかるね」
「…………」
エルフリードの声はあくまで優しかったが、そこにある聞き分けの無い子どもに言い聞かせるような響きを悟ったフランは、コクンと力なくうなずいた。
「良い子だ。じゃあ、時間がない。早く行きなさい。ねっ」
フランはもう一度無言でうなずくと、顔を伏せたまま駆け出していった。もし顔を上げて王子の顔を見たら、きっと泣き出してしまうことが分かっていたから--
「よし」
それを見届けると、エルフリードは再び謎の棺の方へと向き直った。
「では、行くぞ。セシリアは右、ベック卿は左を頼みます。大神官殿は少し離れて後ろから付いてきてください」
その言葉に三人はそれぞれうなずくと、エルフリードの指示に従ってフォーメーションを組む。そしてエルフリードたちは部屋の中央に鎮座する謎の棺に向かって、ゆっくりと歩を進めていった。、
そこに眠るのは《伝説の魔神》か……? それとも《神殺しの超兵器》か……?
高まる緊張にごくりと息を飲むと、一行はゆっくりとそのカプセルに近づいていった。
(……王子、どうかご無事で……!)
一方、フランはただ一人部屋の外からエルフリードの無事を祈っていた。
(もしも……もしも王子の身に何かあったら……私……私……)
胸の前で痛いほどに組んだ両手に更に力を込めながら、一心不乱に祈りを捧げるフラン。4年前、ガルガンテスの侵攻に滅ぼされた辺境の村。まだ12歳の少女だったフランは欲望にたぎった敵兵の毒牙にかけられる寸前に、エルフリードによって救われた。家族も仲の良かった友人もすべて戦災で失った彼女にとって、侍女としてエルフリードの側にいられることだけが生きる希望であり--その全てだったのだ。
(神様……どうか王子にご加護を!)
思わず涙がこぼれそうになるのを必死でこらえながら、少女がその想いのたけを込めて神に祈った時--室内から声がした!
「「「「な、何だと~!?」」」」
それは思わずフランがビクッ!となるほどの声量での、見事なまでにハモった四重奏だった!
「お、王子!?」
一体、何が起こったというのか?? もはや危険も顧みず、弾かれたように室内に駆け入ったフランの目に飛び込んだのは、部屋の中央に鎮座するカプセルの前で固まったまま動かない4人の姿だった。
別に危険が起こったようには思われないが、とりあえず全員呆然とした顔でその場に立ち尽くしている。
(まさか……まさか……これが『エルガイザーの災い』!?)
そう言えばここに来る途中に神官長が言っていた。エルガイザーの封印を解く者には『災い』があると。その『災い』の正体はわからないが、エルガイザーの力を使用しようとする者にとって、それは耐えられぬほどの苦悩をもたらすと……!
フランの顔から血の気が引き、慌ててエルフリードのもとに駆け寄ろうとした--まさにそのとき!
「きっ、さっ、まぁぁぁ!」
不意にプルプルとベックの身体が震えだしたかと思うと、うぉぉぉぉぉ! と怒り狂った野獣の雄叫びをあげて、横にいた大神官をしめあげた!
「ヒィィィィィィ!!」
大神官もその瞬間、ハッと我に返ったらしく、断末魔のニワトリのような叫びを上げる。
「あれの、どこが、《最強の魔道器》だ!? あれの、どこが、《伝説の魔神》だ! いい加減なことぬかしおって~!!」
憤怒の形相で迫るベックに、再び意識が飛びそうになりながらも、大神官は弱々しくあがいた。
「いや、その、さすがに、こんな記述は、伝承にも無く……」
「……もうよせ、ベック」
さすがに見かねてエルフリードが口を開いた。しかしその声もぼんやりとしていて、いつもの覇気がまるで無い。
「……いくら何でも、こんなのが《エルガイザー》」とは……考えてみる方が無理というものだ……」
そう言うと、重くため息をつくエルフリード。そしてそれに呼応するかのように、他の3人も一斉にため息をつくと、がっくりと肩を落とした。
(エ、《エルガイザー》って、一体何だったのかしら……?)
誰にも気が付かれていないことを良いことに、怖い物見たさに駆られて、フランはそっとエルフリードの後ろに忍び寄ると、そろそろとカプセルの中をのぞき込んだ。
そしてそのつぶらな瞳に映った、伝説の《超兵器》エルガイザーの姿とは--
(こ、これが、旧世界を滅ぼした……魔神!?)
エルフリードたちと違い、ある程度の覚悟はしていたものの、さすがにフランも思わず目を丸くした。
それはまるで死んでいるかのように横たわる黒髪の少年だった。外見的な年齢は12歳前後ぐらいだろうか? 身長は140cmぐらいの小柄でほっそりした体つきだ。かといって貧弱なわけではなく、それなりに鍛えられたしなやかな肉体といえばいいのだろうか。
……と、そこまで目をやった時、フランの頬がボッ!と赤くなった。
少年は全裸だった。いや正確に言えば、腰に大きなバックルのついたベルトのようなものだけを身につけているが、いわゆる着衣のようなものは何も身につけていない。なので、思わずモロに見てしまい、いくら相手が子どもとはいえ、そういう方面にはまったく奥手なフランは思わず目を背けてしまう。
(でも……)
できるだけそちらは見ないようにして、恐る恐るフランは謎の少年に再び目を向けた。
(ホントにこんな可愛い男の子が……魔神なの??)
エルフリードたちが凝固してしまうのもムリはない。それはあまりにも強烈なギャップだった。まだせめて角があるとか胸にも顔があるとか背中に翼があるとかの、いかにもな悪魔的な外見をしているならいざ知らず、どちらかというと《魔神》というより《天使》に近いそのあどけない顔立ちに、もともと子ども好きなフランは一瞬状況も忘れて微笑んでしまう。
だがそんな一同の衝撃などまるで意に介すこと無く、カプセルの中に横たわる少年はピクリとも動かない。しかしこの少年が伝承の通りの《エルガイザー》であるなら、あくまで死んでいるのでは無く、この状態が《封印》ということなのだろう。
しかし、問題はどうすればその《封印》を解くことができるのか……??
「あ”あ”あ”……もうダメじゃ……」
だが一同にとってはどうやらそれ以前の問題のようで、そううめくと大神官はガックリとひざまづき、そのひからびた両手にボタボタと大粒の涙をこぼした。
「終わりじゃ……もうレルムはおしまいですじゃ~!」
「くそぉっ! だからワシは最初からこんな昔話など当てにならんと言ったのだ!」
ベックは手当たり次第に周囲の機器に蹴りで怒りをぶつけていたが、やがてキッとなって振り返ると、エルフリードに向かって叫んだ。
「王子! こうなれば後は蛮族どもの笑い草にならぬよう、力の限り闘って果てるのみでござる!」
そう吠えると同時に、頭に血が上ったベックが反射的に剣を鞘から引き抜いた、まさにその瞬間--思わぬアクシデントが起こった!
「きゃあっ!?」
こっそりとエルフリードの背後に隠れていたばっかりに、そのベックのド迫力の咆哮をモロにうけることになったフランが、思わずビクッとなって後ろに体勢を崩す。
「あわわわ……」
そしてそのままフランは何歩か後方にたたらを踏んだかと思うと、カプセルの向かい側にあった機器にぶつかり、そこにあったいくつかのボタンをそのまま背中で押してしまう。そしてさらにその機器のメインパネルに偶然左手が、そして右手はさらにその横にあったレバーに触れ、それを下から上へと--勢い良く押し上げた!
--アウェイクン!
瞬間、《封印の間》に高らかな女性の電子音が響き、周辺にあった機器の数々が一斉にまばゆい光を放ちながら明滅を始める。
--《コールドスリープ》のロック解除を確認。解除者のパーソナルデータの照合ならびに機体への転送終了。機体の保存状態をチェック。オールグリーン。Ζドライバーの稼働ならびに霊子力エネルギー発生を確認。
「な、なんだ!? 一体、何が起こっているんだ!?」
突然、まさに部屋ごと眠りから覚めたかのごとく活性化する機器の数々に、唖然とするエルフリードたち。フランなどは自分のドジが引き起こしたと思われるその事態に、思わずその場にへたり込んでしまっていた。
--そう、彼女には知る由も無い、自分が偶然操作してしまったその機器こそが、《コールドスリープ》を操作する制御装置だったことを。そしてそのことが、彼女の運命自身をこれから180度変えていってしまうということを!!
--生体反応の回復率100%。《Ζタイプ・エルガイザー》、起動します!
最後にそう電子音が告げた時、呆然とするフランの目の前で同時にカプセルの蓋が自動的に上へと開いていく。そしてその中に充満していた冷気が一斉に外に漏れ出したかと思うと、やがてその白煙の中からその身を起こしたのは……!
「……!!」
思わず息を飲むフランの前で、その黒髪の少年はゆっくりと伸び上がると、千年の時を超えて、今、その瞳を開いたのである!