9話 旅で光具
ずっと説明のターン。
「やっぱり嬢ちゃんを一緒にやったのは当たりだったな」
「この馬鹿いつもあんな感じなの?首に縄付けてた方がいいんじゃない?」
「…まぁ、大体は間違っちゃいねぇ。矢鱈滅多ら地獄の釜の蓋開けやがる」
――それも自覚なしだ。と、苦い顔で締めくくる。
山から帰った二人を見て、正確には背負われたフミアキを見て岩窟族の壮年の男――グリゴスが重い溜息を吐いた。
「いや、語弊があるか……なんつーかよ、確かにこいつが蓋開けてる事もあるが、大半が“勝手”に釜の蓋が開く……そう思える時がある」
「何よそれ」
「拾った当初からやけに事故が多い。気絶するくらいなら軽いモンだがよ、命に関わる奴が洒落にならんくらいに“遭う”…それでも何だかんだで生き延びてるからな。運がいいのかもしれん」
――それって。言葉を飲み込むコリー、部屋の空気の温度が下がった気がした。
「この話はこれで仕舞だ。こいつを無事に連れ帰ってくれて感謝する。報酬の光具は後日に渡そう、調整もせんといかんそれに、フミアキが鍛冶場に入りゃ暫くかかるからな」
腰を上げ、フミアキの採掘した鉱物を手に持ち「儂は頼まれた奴をやってくる」そう言って部屋を後にした。
残されたコリーは、ベットに寝そべるフミアキを見つつ嫌な汗を拭う。
夏特有の熱なのか、それとも別のナニかのセイなのか、実に気持ち悪い汗だった。
「と、言う夢を見たんです」
コリーに起こされたフミアキは開口一番そう言った。
「…」
「おおぅ、その『何こいつ、いきなり馬鹿な事言ってんのかしら』みたいな目で見ないで下さいよ。寝起きになんて冷たい目をするんですか」
「『何こいつ、いきなり馬鹿な事言ってんのかしら』どうでもいいけどご飯が食べられるなら、パルさんが用意してくれるわよ」
「なんと…、態々口に出して言われてしまった。なんだか軽くあしらわれてますね。私昨日何かしましたか?」
「別に。ただ、戯言は受け流すのが“大人”なのよね?」
冷たく言い放つコリーは泰然としていて、どこぞのメイドを彷彿とさせる。
「笑ってが抜けてますよ…。一晩で急成長なんて少年漫画ですか」
――若いっていいですね。などと独りで零し寝間着を脱ぐ。
昨日は旅装だったが、パルが怪我の確認と一緒に着替えさせてくれた様だ。
フミアキが折りたたまれた昔の普段着を掴む、その視界の端にカーマインの髪と同じ位に顔を真っ赤にさせたコリーが見えた。
「あああああああああ………」
「なんです、年頃の女性がそんな大口開けてみっともない」
年上らしくコリーを注意する。コリーはこちらを指差し口をパクパクさせている。
「あんたが!いきなり!脱ぐからでしょーーーーーーー!!!変態、変態、変態!あんたどの口が、あ、あたしが居るのよっ!!」
「と、言う割にはこちらをしっかり見ているコリーさんであった」
「ううううう、うるさぁぁぁぁぁぁぁい!!」
顔を真っ赤にさせてすぐ近くにあった椅子を投擲。「ふっ、まだまだ子供ですねゲフゥ」などと最後の言葉を残し、二度寝に入るフミアキだった。上半身裸で。
「嬢ちゃん、確かにフミアキが悪りぃがよ…あんまし真面目に付き合うと話が進まんぞ。ちったぁ我慢しろ、それか手加減して意識は残せ」
「五月蝿いわね!ちゃんと途中までは出来てたんだから!何もかも、ぜーーーーーーんぶこの変態が悪いんだから!あたしは悪くない!」
鼻息を荒くして反論するも、若干涙目の少女にこれ以上は酷かと引き下がる。
グリゴスもあまりコリーの事を強く言えないのは、同じ経験者の体験故だろう。
「しょうがねぇか、だが嬢ちゃん。ここからは儂の鍛冶場だ勝手な真似はすんなよ。それとこれからフミアキが“つけいれ”の作業に入るから、近寄るんじゃねぇぞ」
顎でフミアキを指したグリゴスに釣られ、コリーが鍛冶場のフミアキに視線をやる。
ここは鍛冶場と言っても『鉄を打つ』鍛冶場ではない。
巌窟族では、『鉄を打つ所』も『光具を刻む所』も引っ括めて『鍛冶場』と言う。
フミアキは今、人が五人程入れる正方形の部屋にて、光具造りの一番の肝である“つけいれ”の作業に入っている。つけいれとは、光具の元となる素材に直接方陣を刻み込む作業で、一番神経を使う場面である。
「分かったけど、いつ始まんのよ。ずっと見てるだけじゃないの」
「もう始まってるぞ、手元よく見てみるんだな」
フミアキは手に棒の様な物を持ち、光具の元となる素材に定めたあかい石を、つつくような動作をしている。
「何言ってんのよ?」
「分かんねぇか、まぁ分からんだろうな。今フミアキは、小指の爪より小せい宝石に方陣を刻んでんのさ」
「はぁ?!そんなの有り得る訳ないじゃない!騙してるんじゃないわよっ!小指の爪より小さい物?そんなのに方陣を刻めるハズない!まともに外陣すら造れない小ささでしょ!」
「それをあいつはやってんだ、以前にトヨ豆に文字を書き込んでいたぜ?馬鹿みてぇに小せえが、目を凝らして漸く見える、そんくれぇ器用だ」
「仮にその話が本当でも!光具造りって一瞬で終わるんじゃないの?!確かに徒人族は、光具造りじゃあんた達に敵わないかもしれないけど…これが巌窟族の御技って奴なの……?」
――説明してやるからこっちに来い。そう言ってコリーはグリゴスに連れられてフミアキの部屋が見えるその場から移動した。
「簡単に言ってしまや巌窟族の伝古技でもねぇ。アレがフミアキの『外法』よ、つっても儂らとは違う視点の技術でしかねぇんだがな」
――年寄り共はかなわん。少し苛立たしげに履き捨て、厳茶を啜る。
場所を移し、お互いに対面で机の前に座る。
パルが煎れた厳茶から渋く苦そうな香りが立ち上る。
「……どう言う事よ。あんた達の御技でもなし、あたし達の国伝技でもないそんなぽんぽん新しい技術が、しかも光具のよ。出るハズないわそれとも“三角頭”の?」
「いや、そっちでもねぇ……そうだなちょっくら長くなるが、話てやるか。この光具造りの過程ってのは、三種族共にほぼ共通だ。これは間違いねぇ。そもそもの始まりが『暗黒時代』の“おおきいもの”より、儂ら含め三種族に齎された技術だからな。細かい下準備が違うがよ、こりゃ交わる事のなかった為だからだ。だがよ、光具に刻むっつー根本の作業は決して変わる事はねぇ。乱暴に言ってしまや、方陣を物に篭める。ただそれだけだが、儂らはその篭める、刻む作業を『おおち』って道具を使う。これは方陣を創る際の力を効率よく物に刻む、筆みてぇなもんだ。あぁ、知ってるだろうが聞け。嬢ちゃんが言った様に、つけいれは一瞬で終わる。儂らぬちはその瞬き位の時間に命を懸ける。時間をかけ過ぎると何故か光具に方陣が定着しねぇ。そんな短時間だ、刻める素材があんまりにも小せぇと当然刻み篭めねぇ。そこで先祖が編み出したのが『拡縮法』これは、素材よりでけぇ陣を小さくして刻み篭められるってー技法よ。これにより、三種族の中でも光具と言やぁ巌窟族だと言わしめたモンだ。続いて生まれたのが『重着法』だな。この技法が編み出された事で二度、三度まで重ね掛けのつけいれが出来る様になった。これに寄り儂らの種族は光具造りでは不動の地位を築いた。まっ、三度ってのは範士くらいにしか出来んがな。儂が出来るのは二度までだ」
ずずー、と巌茶を啜り喉を潤す。
「でだ、『拡縮法』でも小指の爪程のモンに刻み篭めねぇ。『重着法』使っても長時間続けて刻み篭めねぇ。一瞬を二回、三回重ねるってのがこの技法の肝だからな。フミアキはよ、あのまま、“一日一晩”掛けてつけいれす…」
「だからどうして!有り得ないんでしょ?!」
ダン!と机を叩く。湯呑みが跳ねた。
「当然の反応だがよ、少し落ち着け。嬢ちゃんはフミアキの光具を発動を直に見た事はあるか?」
「……あるわ。山で、いきなりあいつ“崖を駆け上がって”行ったわ」
「がっははは、どうだ非常識と思ったろ」
「当たり前よ!何よ、造りも非常識、効果も非常識……だから『外法』?確かに認められないわ。こっちの常識が、積み上げた物が壊された感じよね」
「あいつはよ、儂らが線で刻むのに対して点で刻む。ひとつひとつ針で穴開ける様にな、昔聞いたが『どっとえ』みたいなモンとか言ってやがった。おまけに、本来なら外回りから刻み篭めるのが定石なんだがそれすらも無視だ。中から刻み篭んだ方が後の調整が効くとも言ってよ。儂には理解出来んが、洒落臭くてフミアキのやる技法を真似てみた事があったが」
ずずずー、と湯呑を傾ける。
「驚いた…あの“偏屈族”が徒人族のを真似たなんて」
「それだけおどれーたって事だ。だがよ、座ってちまちまやってみたがダメだなありゃ。尻が馴染まない内に根を上げちまった。息が続かねぇ、今までの遣り方に慣れちまった身体には無理だったようでな。んで、フミアキに詰め寄った。『お前はどこで光具造りを習ってきた?!』『不細工なモンばっか造りやがって!』てな」
「不細工…?」
「ん?そうだな、あいつの靴は儂らから見れば欠陥品だ。あくまで儂らから見れば、だがよ。フミアキの造った靴は効果はずば抜けてる、のにな、ありゃ『形ある紋言』のみじゃ完全に効果を出しきらん。仕組みは分からんが歩いた歩数を力に変える。なんてヘンテコな条件がある。あれだけ性能のいい光具に態々縛りを付ける意味が分からねぇよったく」
「光具ってのは完全を意味する言葉でもあるんじゃなかった?そんな余計な事して、逆によく発動するわね」
「そうだ、光具ぬちは常に完全を目指す。欠点が無く、不備が無く十全に効果を及ぼす。それが“光具”ってモンだ。それも含めてフミアキに問いただした。そしたら奴はなんて言ったと思う?」
「…」
「笑っちまうぜ『完全な光具に興味はありません!りすくのある武具こそろまんでしょう!はいりすくろーりたーん?笑止!はいりすくはいりたーんに命を掛けてこその王道と言うモノです!魂が燃え尽きる程のくらいまっくす!ぼーいみーつがーるしたかった…』とかなんとか、全く意味が分からねぇ!」
「は、え??」
「儂も、今の嬢ちゃんみたいな顔しとったんだろうな。本当に不思議でならねぇ、光具の知識はガキより無いくせに、無意味に刻んでる訳でもない。フミアキはフミアキで、全く別の方向から光具を理解……してんだろう。築き上げた技術も、積み重なる伝統も、あいつには関係ないみたいでな。そう思ったら、んか馬鹿らしくなった。儂ら、いや儂がやってた事は一体何だったんだろうとな。こんな歳になって正に目が醒めた気分だった」
岩窟族に生きた壮年の男の、独白だったのか語りだったのか、巌茶を一気に飲み干し湯呑みを降ろす。
「儂が言えるのは光具に絡むあいつのみだ、他に知りたい事があったら直接聞くがいい。どうして嬢ちゃんがフミアキを“見てる”のか知らんが正面切って聞けば、案外簡単に教えてくれるかもしれんぞ」
「……なんであたしに、徒人族にここまで教えてくれるの」
「何故だと?そりゃ嬢ちゃんが聞いてきたからだろう」
――がっはっはっは!まるで此方の答えを述べている様で肩透かす、フミアキの様な返事をしてグリゴスは席を立ち、部屋を出て行った。
まだ朝もやの残る中、村の入口には五人の人影が見えた。
「本当にお世話になりましたグリゴスさん、パルさん」
「フミアキ君、何時でも帰ってきていいのよぉ。おばさん待ってるから。あ、でも次はちゃんと連絡いれてねぇ、うんと美味しいもの作って待ってるから。それと、健康管理はしっかりしなきゃダメよぉ。身体が丈夫じゃないと何するにしても、始まんないんだからねぇ。フミアキ君、ただでさえ細いんだから食事はちゃんと食べるのよ?うちのひとみたく呑んだくれるのもダメよぉ、全くあのひとったらちっとも聞いてくれなくてねぇ。いくら強いからっていい加減歳なのを忘れてるのよぉ、きっと何時か痛い目に合うわよ。フミアキ君は賢いから、大変になってから気付くより、もっと先に分かっちゃうんじゃないからしらねぇ。うふふふ、次来る時は可愛いお嫁さん連れて来て頂戴よぉ。おばさん楽しみにして待ってるから、そしたら岩窟族直伝の料理も作らなくっちゃね、あぁ、本当に楽しみだわぁ」
「母ちゃん……、いいから黙っとくれ。終わんねぇよ」
「兄ちゃん、今度来る時はもうちょっと居てよね約束だよ!俺、秘密のお宝場所見つけたんだ!きっと兄ちゃんに負けない場所だからね!姉ちゃんもありがとう!また来てよね!」
「気が向いたらね、もうあんな危ない目に遭わない様に気をつけるのよ」
「おう嬢ちゃん、これが例の報酬だ。紋言と使い方は一緒に袋に入れてある。大変だろうと思うが、帰りのフミアキも頼むぞ」
「ふん、別に帰りが偶々一緒なだけよ。まっ、ついでだから頼まれてやるわ」
「なんだか二人とも、随分仲良くなりましたね。似た者同士、通じるモノがあったんですか?」
「「誰が似てるって?!」」
「だぁ!合わせんな丸頭!」
「それはこっちの言葉よ、四角頭!」
頭を突き付ける様にして啀み合う二人に、三人から笑いが起こる。
「グリス君、グリゴスさんとパルさんの言う事をしっかり聞いて、立派な光具ぬちになって下さいね。そしたら私の発見したお宝場所を教えますよ」
「うん!父ちゃんと兄ちゃんに負けないぬちになるよ!そしたら約束だね!絶対だよ!」
「ったく、ひよっ子のくせに生意気な口きくんじゃねぇ。おいフミアキ、長老共の言う事なんざ気にするこたねぇからな。……あー、なんだ、身体にきぃつけろ」
「ありがとうございますグリゴスさん。拾って頂いた事から始まり、ずっとお世話になりっぱなしで…本当に感謝しています。グリゴスさんも、くれぐれも身体に気を付けて過ごして下さい」
そう締め括り、フミアキとコリーはグリゴス一家に見送られ、朝の涼しさがまだ残る内に、五日間滞在した岩窟族の村を後にした。
5秒10秒で考えた設定満載ですいません。
いろいろ付け足したり、用語解説してみたいのですが
時間が足りない…。
書けたからすぐ投稿のパターンですので
ご意見ご感想ありましたらお願いします。
※12/18改稿
※8/1改稿