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42話 ひとつなぎ






 フミアキの寝室には、入れ替わるようにしてクーが深い眠りに就く。

 あどけない寝顔は、見守る者の心に暖かな火を点すようだが、原因が原因なので今は不安が大きい。

 唯一救いなのは、クーの眠りが悪意のある呪いの類で眠り姫となった訳ではない事だろうか。しかし、事故の側面も大きい為に周囲の者達は安心出来はしない。

 混迷から何とか立ち直った面々だが、結局見守るしか術がなく、フミアキと言う実例の通り時間経過を望むしか手立てが残されていなかった。

 森の人、クローレットは大丈夫と太鼓判を押し、フミアキ同様に体に異常は見られないとの事にわずかな安堵を頼りにする。



 それでも、今回の騒動の発端であり、原因に責任を感じるフミアキは、自らクーの看病に当たる事を申し出る。

 現状、フミアキの心の中に潜っているであろうクーが、距離を取った拍子で元の体に戻れない。なんて二重遭難の目に遭う事態だけは避けたかった。そんなフミアキの危惧が働く。

 アイリの「病み上がりなのですから」と言う言葉に、軽く首を横に振ると、反対にフミアキが休む必要があるのはアイリだと強く勧めた。



「大丈夫ですよ。なんせ長い事寝てましたからね。それよりもアイリさんの方が睡眠を必要としてるんじゃありません?主に私のセイで申し訳ない所ですね……日中は見てますので、夜中に交代をお願いできますか?」



 夜間の付き添いをしていた事は聞き及んでいた為に、フミアキはアイリに休むように促す。既に、昼近くになっており、アイリもここの所の不規則な生活で睡魔が強い。

 アイリの体は鉛のように重く、未知の事態に頭までもが鈍くなっていた。

 自身がクーの為に出来る事がなく、歯痒い思いに口惜しさが増すが、未だ好転の兆しを見せぬ現状の為に、自分に言い聞かせるようにして眠りに就く事を決める。



 ――――何かありましたら遠慮なく申し付け下さい。そう言って、一礼の後アイリは退室する。

 退室する時に、盗み見る様に入れ替わった二人を見て、クーへの心配はもちろんの事、少しホンの少しの羨望を残して後にした。



 廊下で一人になると、途端に湧き上がってくる場違いだと思う感情に悩まされる。

 ここ数日は夜の間、ずっと眺めていた男の寝顔が頭から離れない。薄明かりの中、小さな寝息を立てて死んだ様に眠るフミアキを見ていた。

 傍らに控えて、本を開く毎日。時折、寝汗を拭い口に水を差して、ふとした時に心音に耳を当てる。

 近寄る者も邪魔する者もいないからこそ、アイリは大胆にもフミアキの胸に頭を埋める事が出来た。状態を確認すると言う建前も働いたかもしれない、けれどそれは彼女の独り占め。

 アイリの夜の占領は、一言で言うならば幸せだった。



 出会ってこの方、敵意をぶつけ八つ当たりに散らし、それでも手を差し伸べてくれたおかしな男に、アイリは酷く居心地の悪い思いを抱いていた。

 フミアキに対して、借りばかりが積み重なっている状況。清算したくても、フミアキがアイリを頼る事態がなく、逆に借りを増やす事の方が多かった。

 だからこそ、今回のフミアキの看護は願ってもない事で、他の者がフミアキの傍に寄る事に難色を示し、結果たった一人で看護するハメになった事は、アイリに取って都合が良かったと言えた。



 異常な出自を持つ彼女は、自分の中に生まれたありきたりな感情を持て余す。

 敵意が消えた時、残った感情の種は見る間に成長し、自分などよりも遥かに大きくなってしまった事に気が付いても、どうしようもなかった。

 ただ傍に在ればよかったハズなのに、夜の看護、見守る寝顔を独占している間に、また成長した想いに呆れてしまう。

 この数日の確かな幸せは、以前の『見守る』だけと言う状況に戻れなくなるに、十分な時間だった。



「私は、何がしたいんだろうか……」



 壁に寄りかかり、目を閉じて嘆息した。

 瞼の裏には黒髪黒目の男の寝顔がある。

 日に日に、クーの顔を直視出来なくなっていく気持ちから顔を背けるようにして、アイリは寝室へ向かうのだった。











 外の天然の明かりは消え、室内に人工の明かりが灯る。

 眠るようなクーの横顔を、フミアキはただじっと見つめた。そうしている内も、頭の中では一つの思案事に没頭する。



 結論は既に出ているが、出てしまった後にも関わらず悩んでしまう。



 ――――離れ難い。



「はぁ、我ながら女々しいですね……今までしてきたように突き放す事も、遠ざける事も出来そうにない」



 今更ながらに、クーが自分の中で“特別”になっていたと、痛いほどに実感する。

 弱々しい光源に反射する金の髪に、そっと触れた。柔らかな金の一帯が節くれた指に絡まる。

 いつだってフミアキの弱音は、ひとりの時にしか出てこない。

 理由は異物としての矜持だった。



 負けてたまるか。歯を食いしばり堪える。



「キミだけが……キミだけが、“私”に手を差し伸べてくれましたよね。同情でもなく、成り行きでもなく……邪魔する『世界』を跳ね除けて」



 暗い石の中鉄格子越し、一目見た瞬間に場違いな感情が湧き上がった事を思い出す。



「一瞬で救われましたよ。私の本を読んで会いに来たって……牢屋にまで。本当におかしな子だと思いましたが、救われてしまいましたよ」



 暗がりの中、好奇だが真っ直ぐな瞳は、今もフミアキの頭の中に強く残っている。



「だから、やっぱり……巻き込めませんよね。ああ、ダメだ――――泣いてしまう」



 顔を両手で覆ってフミアキは耐える。

 栓をして蓋をしてしまわないと、崩れて溢れる感情に負けてしまうから。



「――――せんせい?」



 か細い声に、フミアキは反射的に動く。

 目覚めるような兆候もなく、唐突な覚醒に驚くフミアキはまじまじとクーの顔を見る。

 まだ夢うつつと言った風で、ぼんやりと薄目を開けるクーだが、フミアキが声を掛けるよりも早く、けれどたどたどしく言葉を続けた。



「泣い、てるの?」



 自分の状態を確認するよりも先に、フミアキの心配をするクーに呆れて言葉が出なかった。

 そして、そんな気持ちが嬉しいと思う自分が憎くなる。

 結局、自分は救われたくてクーを利用しているのだと、はっきりと確信を持ってしまった。己の醜さを隠すようにして、誤魔化すように明るい声を作る。



「何を言ってるんでしょうかね、この子は。先ず心配するのは自分の状況でしょうに……説教しますよ?」



「ははッ、先生だ……良かったー」



 覚醒とまでいかないクーの意識は、ふわふわしている。それでも、知りたいと思った事を確認し、力の入らぬ体の強張りが抜けた。



「あらこの子、無茶をした自覚ないんでしょうかね。良くありませんよ、まったく。まったく……」



 叱ってやろうかと言葉を探すが安堵が先に立ち、なかなか選択が出来ず意味のない言葉を重ねてしまう。

 そんなフミアキの思案顔を純粋な瞳で、クーは楽しそうに見上げている。

 無言だと言うのに、二人の間には穏やかな温かさでもって、ゆるりと時間が流れるように感じた。



 しばしの時間のあと、ようやくフミアキは目覚めの吉報を待つ面々を思い出す。

 自分ひとりで独占していては、きっと後が怖かろうと思い立ち、軽くクーの頬を撫でると腰を浮かした。

 それをクーの「あのね」と言う言葉が止めた。



「先生にお願いがあるんだけど、いいかな?」



「何ですか?私に出来る事なら何でも言って下さい。最初に迷惑を掛けたのはこちらですんでね」



「壊しちゃった守護宝石、作り直して欲しいな……」



 クーの言葉に思わずフミアキは止まてしまった。

 壊れたプレゼントを見た時、何か代わりになるような物を改めて送ろう。そう考えていただけに、クーの頼み自体に否はなかった。

 しかし、今まで実現出来なかった事には理由があり、光具足る本体になりうる物――――この場合宝石が――――なく、また“つけいれ”を行うにグリゴスの鍛冶場のような整った設備がない為だった。

 どれも代用は利くモノなのだが、凝り性な性格が顔を出す為に、一段も二段も下がってしまうような性能の光具をクーへと渡す事にフミアキは抵抗を覚えてしまう。



 何より、フミアキ個人の理由として、今は時間を掛けられない事情もあった。

 即答出来なく、押し黙ってしまったフミアキを、下から見上げる視線がすまなそうに弱っていった為に慌ててしまう。

 自分勝手だと自嘲し、安心させるように笑顔を作る。



「分かりました。それくらいならばお安い御用です。ちょっと時間が掛かるとかと思いますが、そこら辺は勘弁してくださいね」



「ごめんなさい、我侭言っちゃって」



「そんな顔しないで下さい。散々迷惑を掛けた立場としては、非常に居心地が悪くなってしまいます」



 無事約束を取り付けた事でか、クーは深く息を吐き出し知らぬ間に固まった体をほぐす。

 釣られるようにしてフミアキも肩の力を抜き、忘れていた連絡を思い出し席を立つ。



 ――――報告してくるからじっとしてて下さい。と、フミアキは自室を後にした。

 残されたクーは、固く握っていた手をほぐすと、手の内に包んでいた親指の爪程の黒い宝石を見る。

 完全球体の真珠にも見える黒い宝石は、フミアキの心の中の出来事が夢ではない事を確かに実感させた。



「あとは、努力次第……か。本当、先生の馬鹿」











 翌日、ようやく日常が戻ってきた屋敷で、フミアキは右手を握りしめて思案に暮れていた。

 フミアキの右手の中には、クーから素材として使ってほしいと渡された黒い宝石があった。

 貴族なのだから、宝石の一つや二つくらい持っていてもおかしくはないのだが、クーから渡された宝石があまりにも相性が良くフミアキを驚かせた。

 巌窟族に伝わる伝統の中に、『石は生きている』と言う考えがあり、石に寄って刻み込む方陣の馴染み方が違うとされている。

 同じ鉄であっても千差万別であり、見極める目も職人には必要になってくる。頼りになるのは己の直感で、こればかりは教えるにしても難しい。



 フミアキの望む光具の形は、クーに取っての安全。ただ一つに尽きる。

 だが、手の内にある黒い宝石はフミアキの直感を刺激する。得体が知れない程の力を秘めているかもしれない、と。



「これブルーダイヤモンドみたいな、曰く付きの物件じゃないだろうな……あと、そもそもだ」



「フミアキ、ぼさっとしてないでこっち来なさいよ。朝食が冷めちゃうわよ」



「ごたごたしてたとは言え、なんであなたがここに居るんですかワケワカメ」



 ――――本当に今更ね。なんて、クローレットは花の咲くような笑顔でフミアキに突っ込みを入れた。

 無駄だと思いつつも、分かりやすく上がる右手を使い顔を覆って溜息をつく。

 フミアキの抗議はスカされ「腕が上がらないって不便よね、食べさせてあげようか?」と、逆に反撃を食らってしまった。



「私はスープだけで結構ですよ。それにコップに入れて飲めば十分です」



「先生、ちゃんと食べないとダメだよ。ただでさえ食べなかった期間があるんだから」



「すいません、どうにも食欲が湧かないもので。私の分もクーはいっぱい食べて大きくなってください」



 クーの指摘を躱すも、フミアキは起きてこの方、スープの類しか口にしていない。

 アイリはその事を知っている為に、こっそりと気を沈める。そして、それを目ざとくクローレットが気付き「またか」と言った風に呆れた。



「フミアキ、そんなんじゃあなた近い内に枯れるわよ?動植物の方が、まだ生きる事に貪欲だってのに」



「別に死に急いでる訳じゃないと何度……低コスト低燃費なのでコレでいいんですって」



「そうは言ってもよ?あなたの生き方は、ハタから見ている方が不安になってくるの。前にも言ったでしょうに、どーして直らないのよ」



「人は、人を理解する事が一番遠く困難な事である。つまりはそう言う事です」



「馬鹿、そうやって逃げる事ばかり上手いからダメなのよ。結局何も解決せず濁しているだけじゃないの。濁り吹きだまりは、循環から外れた異常な環境で害悪以外の何者でもないわ」



「ですが、正循環だけが全てではないハズですよ?裏と表は切り離せないからこそ一体である。と、そこにわざわざ意味を見出すのは、文化生命体の性なんでしょうが――――あの何でしょう」



 ぽんぽんと軽快に続く会話を打ち切り、フミアキはクーに向き直る。

 フミアキを止めたのは、クーの力強い視線があったからだった。本人は、マジマジとフミアキを見ていた事にハタと気付き、慌てて顔を逸らす。

 ここで黙って給仕に徹していたアイリが、クーの手助けに入った。



「フミアキ様、クローレット様とは随分と親しくお付き合いがあるようですが、そろそろ御関係を説明して頂いてもよろしいでしょうか?」



 クーとアイリは、クローレットから「フミアキの知人である」としか聞いていない。

 双方を繋ぐ人物が寝込んでいた為に、なあなあで今まで来てしまったがフミアキのやり取りを見る限り、知人を超える親しい仲である事は容易に想像がついた。

 説明がなければ、フミアキとクローレットの気安さは、男女の仲だと言われてもおかしくはなかった。

 ソコの意図が読めたようで、フミアキは勢い良く首を振って焦り始める。

 心外だと慌てるフミアキだが、言葉にしなければ今の慌てる素振りも、ドツボへの一歩だと言う事に気が付き、チラリとクローレットの顔色を伺う。



「別に良いわ。本当、変木なのに妙な所で気を利かすわよね。早く釈明しないと、元夫婦だったとか吹き込んじゃうわよ」



「やめれ、人の築いてきた関係を壊さないでくれます?“元男”に友情は感じても、恋愛感情はないですって」



「「えッ?」」



 フミアキの言葉の中に、非常に違和感を放つモノを拾い二人は耳を疑った。

 そんな二人の様子を知ってか知らずか、申し開きするように、けれど早口でフミアキが捲し立てる。



「前に旅の空に身を置いていた時期があったと言った事があると思いますが、“彼”とはその時にたまたま一緒に居た間柄です。見ての通り長耳(ちょうじ)族でありながら、外界に出てきた変わり者でしてね。当時は、長耳族が閉鎖的な社会を築いてるとは思いませんでした。このひと、こんな性格でしょ?まぁ、逆説的にこんなひとだから外界に出ているのかもしれませんけど。

 お互いはぐれ旅みたいな感じでしたんでね、結構意気投合したんですよ。なんやかんや……不幸な……事故、いや、私のセイなんですが、とある事情に巻き込んでしまいまして――――性別変わっちゃったんですよ」



「ざっくり説明したわね」



 呆れたように呟くクローレットに、フミアキは恨みがましい目を送る。

 その目は「自業自得でしょうに」と読めたが、当の本人はどこ吹く風であった。二人の間に起きた事件には、フミアキの迂闊さもあったが、最終的には忠告を無視してフミアキの懐へ――――精神的、物理的に――――踏み込んだクローレットが原因と言えた。

 遠慮がちにだが、クーがクローレットへと一つ尋ねる。



「その、元から女性じゃないって、辛くない?ごめんなさい、えと、あの……」



 おずおずと語尾が消えていくクーに、クローレットの目が優しく細くなる。

 秘密を打ち明けた所で、冗談だと一笑に付されるか、気味の悪いモノを見るように身を引くか、そのどちらでもないクーの態度、心配する気持ちがクローレットの心に響く。

 クーの言葉に、真剣に向き合う必要を感じ、一つ軽く咳払いをして昔を思い出す。



「ふむ、何も問題はない。むしろ私はフミアキに感謝すらしている。何せ私は昔から自己に疑問を覚えていた。いや、己が男だと言う思いが薄かったと言うべきか。常に違和を感じていた……今では、こちらが本当の私なのだと、自信を持って言えよう」



 口調の変わったクローレットの暴露に、クーは目をパチクリするだけで、言わんとする意味が飲み込めずいた。

 フミアキは頭痛を堪える仕草で溜息を足す。



「アレがなくなってしまったおかげで、フミアキにツッコム事は出来なくなったが、こちらもこちらで意外と」



「ちょっ待てぇ!!お前は一体何を言っている?!」



「ほぅ、聞きたいか。雄しべと雌しべが」



「今、朝、朝!分かる?!ここには子供もいるですよぉ?!」



「ふっ、そうお固くいきり立つな……今のは極自然な言い回しだぞ?あまり私にそう言う目を向けるな。襲いたくなる」



「うががががっ!!はぐっ……」



 ――――病み上がりでそう怒鳴るな、体に障るぞ?などと言う声が聞こえるが、フミアキの意識が先に飛んだ。

 さも愉快そうに喉を鳴らす長耳族と、慌てる声と駆け寄る足音。

 ほんの少し懐かしいやり取りだったと思いつつ、飛んだフミアキの意識は地に落ちていくのだった。






 ここまで読んで頂き有難う御座います。


 長らくかかってしまって申し訳ありませんでした。

 年を経ると、モノを書くだけの体力も減退していくのだと、妙な実感が…言い訳です、すみません。


 ご指摘、罵倒ありましたらよろしくお願いします。



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