41話 誰か収集付けてくれ
合陣を完成させ瞬間、クーは意識がザラつく感覚を味わった。
次いで、全身に風を浴びたと思ったら、体がふわりと浮き上がる。瞬きの合間に見知らぬ場所に居た。
果てが見えない夜の海の上、空に浮かぶ星の明かりが水面を照らす。
水面には、無数の紙が散りばめられており、さながら紙の海の様であった。
星と紙の海の狭間に浮かぶ自分に、疑問は何もなかった。
一番をしっかりと覚えている。フミアキを連れ帰る事。
しかし、その方法が分からなかった。星の海に昇ればいいのか、紙の海に沈めばいいのか、手がかりのない中でクーは浮遊を続ける。
何時までも浮いている訳にはいかないと、覚悟を決めて行動を起こす。
ここは心の中、ならば心のままに動いたたらいいと、紙の海に向かって進んだ。
「先生って言ったら、本、だよね」
『そちらは偽物』
突然の声に、クーが音の発生源を探す。
けれど、周囲に人影すら見えない。遮る物など何一つない空に浮いているのに、声は立て続けに聞こえた。
『どうこうしようと言うモノではありません。アナタを案内しにきたのです、クーエンフュルダさん』
「誰?」
女性特有の声質に、芯の通った丁寧な喋り方が、クーに見えぬ相手の面をハッキリと幻視させる。
クーに見えるは、長い髪に目元の涼しげな印象を受けるが、どこか幼さを備えた年上の女性。
害を加えようとする意思は感じられないが、場所が場所なだけにどうしてもクーは気になる。
ましてや、名の知らぬ相手はクーの名前をしっかりと言ったのだ。
『ここに居る私は、ただの残滓でしかありません。名乗る事は出来ませんが、決して危害を加えようとする者ではない事、どうか信じて下さい』
もどかしさが端々に隠せない声は、真摯に対応をするだけに留まった。
最後の言葉は、クーの胸を切なく締め付けたほどだった。
「うん、分かったよ」
クーは即答で応じたために、声は呆気に取られる。
姿は見えないが、息を飲む音が聞こえた。
『……ありがとうございます。けれど、あまり知らない人の言う事を、簡単に聞き入れてはダメですよ?』
「なんだか、先生に叱られてるみたい。ありがとう……それで、案内って?」
『はい、今、本来ならば有り得ない事が、奇跡的なすれ違いで可能になりました。この時を生かせば、在るべき道筋を大きくずらす事が出来るでしょう。その為に、会って頂きたい方々がいるのです』
「それは先生のためになるって事?」
『ひいてはアナタの為にも』
声の話す内容は、どれもぼかしてありクーには核心が全く見えてない。
しかし、右も左も分からない状況下であり、フミアキの居場所を探す唯一の手掛かりになる声を無視する選択肢はなかった。
逡巡するも、すでに答えは出ているクーは、一つの約束を取り付けるために返事をする。
「僕の方は別にいいんだけど、案内をお願い。だけど、それが終わったら先生の場所を教えてね?」
そう言ったクーに、了承代わりに心の世界は光に包まれた。
青い空は太陽が鎮座し雲は一つもない、敷き詰められた黄金の砂はキラキラと反射する。
寄せては返す波は、白い飛沫を黄金に被せる。
クーは戸惑いながらも、初めて見る海岸に足をつけた。
焼けたような砂の上だったが、まやかしなのか熱一つ感じる事はなかった。
「海……だよね?えぇっと、ここが案内したかった場所?」
声の気配はなく、クーの問い掛けに返事はなかった。
生まれて初めての海だったが、状況に追われているので感動は薄く、先ずはと声の指す『会って貰いたい人』がいるハズだと、周囲を見渡してみる。
ちょっとした高さの岩場の向こうから、人の話声らしき音が拾えたために、取り敢えず足を向けてみた。
高さはクーの倍くらいの岩場だが、傾らかな岩に足をかけて登りきる。
眼前に広がる光景に言葉を飲み込む。
「やめろーーーー!いい加減離せ!オイ、聞いてんのか円形ババア!?」
「ババア言うなし!うっさいわね、少し黙ってなさいよ。あんまり動くとずれるじゃないの」
紫色の全身を覆う衣装に、変わった所は頭に角と背中に翼を持った男性が、銀色の十字架に貼り付けにされて吠えている。
一方、砂浜に刺さった十字架の下、せっせと潅木を集めているのは、白いワンピースを着たこれまた白い羽根と、黄色の丸い輪っかを頭に浮かせた女性だった。
「……やっぱり先生の心の中だ。訳分かんないや」
目的の会ってほしいと言う人物は、あまりに独特で顔が引き攣るも、ここがどんな場所かと思い返せば、それも納得のいく話でクーは一歩を踏み出す。
この出会いは、決して遭遇する事のない、世界の壁を越えた奇跡の始まりだった。
例え、理解出来なくても。
「俺が珍しく賛成してやっただろう?!なんで磔にされて、火炙りにされんの?!」
「妥協よ妥協。空に飛ぶか、地に埋められるか、その中間を取ったらこうなったのよ。男だったらいい加減腹括りなさいよね……マッチマッチと」
「お取り込み中失礼します。初めまして」
クーが話しかけると、天使と悪魔が驚きに硬直する。
手元が狂った天使は、マッチの火をうっかり潅木に落としてしまう。
付け火用に、潅木の隙間に敷き詰められていた細木に引火、燎原を焼くように燃え広がる。
「何してんだてめぇぇぇぇ!は、離せ、今すぐ俺を解き放て!てか、冗談じゃなかったのかよぉぉぉぉ!!」
「あ、いや、ごめん!あああああ、手元がっ?!どうしよどうしよどーーしよーー?!」
「えぇぇぇ!?僕のセイ?僕のセイなの?!しょ、消化しなきゃ!」
軽く阿鼻叫喚な光景を作るも、クーが素早く鎮火に動き砂を掛ける事で延焼を免れた。
悪魔の足が少し煤けただけで丸く収まる。
乱れた呼吸に、乾いた笑いと苦い笑みが絡み合う。
「って、何でクーちゃんがここに居るの?!」
「あ、ここでも僕の名前知ってるんだ……」
「いいから、とっとと下ろせよ」
一人わたわたと慌てる天使に、磔にされたままの悪魔がぶっきら棒にぼやいた。
言葉により、頭を小突かれたと言った風に首を傾け、苦笑いで誤魔化すように天使は小刻みに悪魔から距離を取る。
仕切り直しとばかりに露骨な咳を一つ、ジト目を向ける人物とは明後日の方向に視線をやって、指をパチリと鳴らした。
風景がモザイク模様に変わり、目まぐるしく色タイルがクーの前で交差する。
見えない手が、芸術的な積木をするような光景に、思わず疑問を忘れて見入った。
完成系が見えてくるに従い、何処か見覚えのある部屋の形が出来上がってくる。
「あれ、この部屋って」
「あの男の書斎よ、この方がクーちゃんも話しやすいしくつろげるでしょ?」
再現された何時もの部屋の中央、そこに備え付けられた横長のテーブルに、両脇に置かれた長椅子に座るよう、天使がクーに勧める。
おずおずとしながらも、天使の言に従って素直に座った。
現実の部屋主ではないが、この部屋を作った天使が女主人よろしく、優雅に腰掛ける。
「執事、クーちゃんにお茶を出して差し上げて、それと私にもね」
「誰が執事だ?! てめぇ普段俺を厨二、厨二言ってるクセに、自分の方がよっぽど重症じゃねぇかよ!」
「あ、あはははは……お茶はいいんだけど、そろそろいいかな?」
クーの乾いた言葉に、天使の顔つきが変わった。
「えぇ、クーちゃんなら何でもお姉さん答えちゃうわ」
「じゃぁ……僕に何の用なんでしょう?」
「え?」
「えッ?」
「……」
「……」
「「あはははは……」」
「……」
「……」
「えと、理由があって会いに来てくれたんじゃ?」
「その、声の人に言われて来たんだけど、理由までは」
「……」
「……」
「「あはははは……」」
「……」
「……」
「「あの」」
「「あ、どうぞそちらから」」
「……」
「……」
「「……あはははは」」
「いい加減にっしろーーーー!何なんだお前ら!さっきから黙って聞いてりゃ、ぐだぐだぐだぐだと実のない会話しやがって!もういい、ここから俺が仕切る!順序立てていくぞ、まずだな――――俺をこの十字架から下ろせ」
「ちょっとーー!クローレット、あなたがついていながら事態を混乱させるような事しないでくれます?!」
「うるさいわよ!それなら元々フミアキが寝込んでいるのが悪いんじゃないの!」
フミアキの心の中に潜ったクーがぐだぐだになっている頃、現実のフミアキ達もぐだぐだな状況に陥っていた。
どれ程かと言うと、アイリが遠い目で現実逃避するまでに至る所だった。
正気を失いかけたが、クーの事を思い出し寸前で踏みとどまる。
「お二方、言い争いをしている場合ではありません。クーエンフュルダ様は一体どうなっているのでしょうか?」
アイリの言葉で言い争いを止めたフミアキは、冷静さを取り戻そうと一旦目をつむり思考を整理する。
クローレットもバツの悪い顔でフミアキから視線を外す。
無事な右手で顔を隠しつつ、ぽつりぽつりと合陣の説明を始めた。
「アノ合陣は、まだ未完成なモノなんです。伝承を探して、理想の効果を得るには複雑な要素を必要とする。調べれば調べる程に、足りないモノが多いから、陣図に改造を施して光具を駆使して、ようやく使いやすいモノへと整えたのです。正直、準備の足りない場合で使用した所で、発動するハズはないのですが……」
「私には、クーエンフュルダ様は正しい現象を引き出したと思っていましたが」
「そうなんですよ……私が理想とする使用方法と、クローレットの理解した方法とでは大きな差異があった……その食い違いが問題なんです。っとに、どうしたモノか」
フミアキとアイリは、長耳族へと自然に目が向かった。
二人に見詰められたクローレットは、目が泳いでいる。
「だ、だって、私が知る限りでは徒人族の特性とアノ合陣なら、なんら問題ないって……フミアキが変な改造する方が悪いんじゃないの!完成された合陣をいじるなんて普通しないわよ!」
「うわー……」
開き直ったクローレットに、フミアキはしかめっ面になる。
本気でどうしたものかと悩むが、胸ポケットに普段入れているフミアキの光具――――古い櫛――――から光が漏れた。
「これは……」
「どうしたのですか、フミアキ様?」
アイリがフミアキの体から放たれた光りに、訝しげ説明を求めた。
決して危険な印象を受けない、むしろあたたかな光りに心が安寧する。理解が及ばないが、この状況が動く気配を感じる。
「まぁ、これが勝手に動くのはいつもの事なんですが、やれと言われてるようですね」
取り出し、クーに櫛の光具を向ける。
光は強くなり、その輝きを増すばかりだった。準備は出来ている。そう受け取れた。
二人の見守る中で、勝手に広がる陣図を当たり前のようにフミアキは、気にする風もなかった。
「頼みますよ――――『おもい約束の日』」
クーを呼び戻す為に『形ある紋言』を唱え、一瞬だけだが眩い光が現れる。
そして、不思議な声が聞こえた。
その声は女性的な音をして、どこか芯のしっかりした印象の声音だった。
『ただいま会話中です。御用の方は時間を置いてかけ直すか、発信音の後にメッセージをどうぞ』
「……」
「……」
「あれー?」
『ピーッ』
「あー、っと……フミアキ、です。えー、クーエンフュルダさんでしょうか?無事でしたら、む、こちらの電話番号が分からないな……うーん『ピーッ』あ、終わっちゃった……」
ここまで読んで頂き、有難う御座います。
いや、去年もそうですが、この時期ってなんか進まないですね。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
くっ、終わりが決まってるのに、なかなかそこまでの道のりが遠いです。
本当に申し訳ありません。
ご指摘、罵倒ありましたらよろしくお願いします。