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39話 彼の居ぬ間に

 連続投稿です。

「えぇー、勝手に先生の机を見るなんて出来ないよ」



 この日、クーはサイリから相談を受けて困っていた。

 サイリの行動を促したのは、先の暴走を納めたフミアキの方陣の異質さにあった。

 光具を用いて合陣を創り上げただけならば、まだ納得する気持ちがあった所だが、円環陣だけではなく三面陣に四方陣までも組み込んだ非常識さが、危機感を煽る結果となった。



「あれ程の複雑な合陣です。何かしらの書置きはあるハズでしょうから、どうかフミアキ様の居ない今、探る許可を下さい」



 サイリにしては珍しく強い口調で、主のクーに意見する。

 現在フミアキは屋敷を留守にしており、この場にはクー達しか居ない。

 突然居なくなったフミアキを、最初は随分と心配していたが、教導院に出向いた事が判明すると心配は不安に変わった。

 しかし、教導院の事件の後に、定期的に出向く事が約束事として指定されていたと言われ、クーはしぶしぶとだが納得した。

 以前から、度々教導院には出向いていたフミアキだったが、クーが顔を出す頻度は多くなかったために気が付かなかったと言う事だった。

 別に教えてくれてもよかったのに、と、今は居ないフミアキに口を尖らすクーだった。



 屋敷を空ける事がないフミアキが、教導院に出かけている今こそ好機と、サイリは再びクーに懇願する。

 私物を漁る事に、強い抵抗感を示すクーだったが、ここでアイリがサイリへと助け舟を出す。



「私もその意見に賛成です。しかし、危険だからと言う理由ではなく、何かしらフミアキ様の御役に立てるのではと……」



「何より、クーエンフュルダ様の御体に、万が一の影響がないとも分かりません……せめて安心出来るモノが見つかれば、後の処分は如何様にも受けますわ」



 二人に押し切られては、クーとしても判断が鈍った。

 それに、フミアキの机の中が一番気になるのは、実はクーだったりする。

 二人の目的とは全く違う物で、お目当てはフミアキの原稿だった。

 あまりに強い誘惑に抗いきれず、結局は二人の申し出を許可してしまう。



(ごめんなさい、先生!)



 心の中でフミアキに深ーく謝罪し、にやける頬を引き締め忘れるクーだった。



 高揚感と罪悪感が適度に混ぜ合わさって、クーの心は非常に浮かれていた。

 いつも見慣れたフミアキの書斎は、持ち主の滅多にない不在もあり、何処か別の見慣れぬ部屋に変わってしまったのかのように見える。

 もしここでフミアキが帰宅しても大丈夫なように、一階ではコリーが控えるなど準備の手筈は万端なのだけれども、やはりかクーの胸は高鳴り続けた。



 フミアキの使っている机は、王都でも一般的なタイプで、向かって右側に三段の引き出しが備え付けられている。

 来歴だけは古そうな一般的な机の引き出し、その一番上をアイリが引く。

 先日の件で一度は開けた事があり、当時は心の余裕がなく、目的の宝石を鷲掴みにしてとんぼ返りした事を思い出す。



「装丁されていない素の紙束のみ……でも、これは」



 引き出しの左側には、軽く紐で括ってある紙の束が、右側には小物入れなのか、蓋のない空の木箱があるだけだった。



「ここに置いてあった宝石は、私が持っていったからな……」



「サイリが持ってるのって原稿?原稿なの?」



 紙束に手を伸ばし順よく捲るサイリに、クーは興味しんしんと聞く。

 何故かアイリも、クーと似たような態度でそわそわしながらサイリの手元をそっと覗き込む。



「ダメね、複数の言語で書きなぐってあるのか、暗号みたいになっているわ……一見しただけでも、共通語、巌窟族の古語、長耳族の物まである。それ以上に、他にも見た事もないような形態の文字まであるなんて」



 この大陸には大きく分けて二種類の言語系統が存在し、徒人族と巌窟族のモノと、長耳族とヤーマ族のモノの二タイプに分類される。

 徒人族と巌窟族の言語は、同じ系統のモノを使用しているが、単語やイントネーションが違うくらいで、言わば方言の差程度であるのに対し、長耳族とヤーマ族の言語系統は全く異なる。

 しかしながら、長耳族は長年交流を閉ざしており、ヤーマ族は迫害から隠れ住み、どちらも種族としての数を年々減らしている。

 それゆえ、徒人族は圧倒的多数を背景に、自らの言語スタイルを『共通語』と称していた。



 外国語と言う異なる系統の言語を、あまり読み解く行為が必要とされていない環境の人々にとって、フミアキの作った書類は非常に読み難い仕様となり、かつ日本語が止めを刺す形となった。

 方陣の陣図が挿絵として入っていなければ、教師役のサイリとて読む事すら投げていたかもしれない。



「この図形は、先日の方陣に酷似しているな」



「あれ、この字見覚えある」



 クーが指差したのは、サイリでも判別つかなかった、見たこともない文字、日本語に当てられた。

 アイリとサイリが、クーの発言に目を見張る。

 唸りながら必死に思い出そうとするクーを、二人は固唾を飲んで見守り、数瞬……弾かれたようにクーの目が見開かれた。



「アイリ、ほら、アノ牢屋で!」



 クーの指す牢屋とは一つだけだった。

 それでアイリが釣られるようにして思い出す。



「一番最初に、フミアキ様とクーエンフュルダ様が出会われた場所」



「辞世の句とか先生が言ってたの。アノ時見た文字とすごい似てる」



 疑問は氷解されたが、結局は解読に至る手がかりにはならなかった。

 三人に分かる事は、まだフミアキのつくろうとしている方陣が未完成である事。

 書きかけの陣図に、何度も書き直された文字、試行錯誤の跡が幾重にも見受けられた。



 解読を諦め、三人は二段目の引き出しに取り掛かった。

 今度はサイリが引き出しの取っ手を引っ張る。

 中から出てきたのは、クーがお目当ての最新の原稿達だった。

 一番上の紙束には、『勇者』とだけ書かれている。

 無意識の内にサイリを跳ね除け、クーは紐で結んである紙束を持ち去った。

 部屋にある長椅子に座り、何故か姿勢を正して読み始める。



 呆気に取られたのはサイリだった。

 そして、気が付いた時には、引き出しの紙束は更に減っていた。

 隣に居たアイリが居ない事に気が付き部屋を見回す。

 部屋のスミ、窓側の角にてカーテンに隠れるようにして紙束を持つアイリを見付ける。



「あなた達は……」



 もう好きにしなさいよ。と、声にならない声に両肩を落とした。

 フミアキの書く物に興味のないサイリは、最後の引き出しである一番下の取っ手を引っ張り開ける。

 上二段とは比べ物にならないほどの乱雑さで、まとまっていない紙の海を見た。

 どれもこれも、覚書きや走書きばかりで、サイリの望むような目星いモノは見当たらない。

 外れかと気落ちしつつ、惰性で底の方に手を伸ばすと、感触の違う紙が指に掠めた。

 もう一度あさり直して、違和感のあった物体を取り出す。

 何の変哲もない、紙の封筒が一通出てきた。



 その封筒には共通語で、ただ一言分かりやすく『遺書』と、だけ書かれていた。

 背筋に冷たいモノが走るが、息をするよりも早く裏を見る。

 『クーエンフュルダ様へ』と、綴ってある。

 夢中になっている二人を盗み見て、気付かれていない事に胸を撫で下ろす。

 息を長く吐いたサイリの脳裏に、引っかかるモノがあった。



(教導院に拉致まがいだけれど運ばれて、この機会で見付かった“コレ”は何かを示しているとでも言うの?)



 逡巡の間、悩む思考と同じように体が固まる。

 サイリの硬直を解いたのは、クーの大きな声だった。

 咄嗟に問題の封筒を底に押し込み、机の上に顔を出す。



「大きな声に驚いたわ~。姫様ったら何をそんなに慌ててるのかしら」



「サイリ、これこれ!勇者ボルドーが敵に捕まっちゃって大変、って時に続きが切れてるんだよ……」



 未完成の原稿だったようで、引きの展開に不満そうにクーが答えた。

 掛ける言葉が見つからないサイリは、読み終えたクーに提案する。



「アノ合陣(ごうじん)に関しては、読めない事はしょうがないとして、そろそろ引き上げましょうか」



「え?」



 カーテンの影から驚きの声が上がる。

 どうやら、アイリはまだ読み終わってはいないようだった。



「あなた、変わったわよねぇ」



 ちゃんとした本になるのを待ちなさいよ。と、変化の著しい同僚の紙束を取り上げて、クーのモノと一緒に元の場所に戻す。



「どうせすぐ本になるんだから、さぁ撤収しましょう」



 部屋の主が帰宅する気配はないものの、一抹の不安が残るサイリは、この部屋から逃げるようにして二人の背を押す。

 アイリが名残おしそうに扉の取っ手を引っ張ると、書斎の扉が大きく傾き倒れた。

 開け放ったのち、クー達とは反対側に倒れたので三人に被害はなかったが、後ろめたい気持ちが多分に占める三人は、その物音に体をビクリと浮かせる。

 お互い顔を見合わせて少し、クーが倒れた扉を身てぼそりと呟いた。



「……先生、怒ってるの、かな」



「と、なると、勘付かれた……ので、しょうか」



 クーとアイリは、多くの面でフミアキと接していたために、目の前で起こった出来事をフミアキに結びつけた。

 二人の頭の中には、いつフミアキがこの場に出現してもおかしくないとさえ思っている。

 自然と警戒が強くなり、身構えて辺りを見回す。

 姉妹のような行動を取った主従に、サイリが現実的な結論を出した。



「そこまで人間離れしてないわよ。ほら、ここの所きしむ音が酷かったから、寿命じゃないの?」



 サイリは自分が口にした言葉で気が付いた。

 先程見付けた『遺書』の文字が、頭の中で不吉に踊った。



「それもそうだね。うん、偶然だよねッ」



「フミアキ様が御戻りになる前に、修理の者を呼びましょう。何としても今日中には」



「おじ様には、是非とも教導院に連泊して貰いたいわ」



 奇妙な空間を生み出してしまった空気を払うように、三人は少し大きい声で思っている事を口にする。

 三人の違和感ある会話をよそに、倒れた扉は静かに横たわるだけだった。






 ここまで読んで頂き、有難う御座います。


 大分複線を消化し、再び張ってきましたが、どうにも抜けていないか心配です。

 風呂敷広げすぎてうまく仕舞えるか、素人には難しいところです。ならなんで広げた。


 しょうがないんや!素人がよく取りがちなんや!カフェラテは命の水です。


 ご指摘、罵倒ありましたら、よろしくお願いします。


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