38話 世界の異物
明けましておめでとう御座います。
ちょっとだけ、鬱展開(笑)が続きます。
絶対者の名を冠する『形ある紋言』を発動させ、ヨナ・トーラーは居来種としての力を制御する事に全神経を集中させる。
練習で使った実験体よりも、遥かに視難いフミアキの過去を、集中を乱さず力を細密に込めていく。
右目はシワが寄る程閉ざし、左目を零れるかと言う程に開け放つ。
ヨナの右目は未来を、左目は過去を映す。
過去と未来、その両方を『視る』事の出来るヨナの力は、地上をあますところなく照らす太陽の名に相応しい。
「ぐあぁっ」
ヨナの力は、フミアキの精神を抉っていく。
強制的に過去を視る行為は、例えるなら素手で内臓をかき回される事に等しい。
練習に使われた実験体は、全て発狂し多くの廃人を作り出した。
お互いに了承を得ている前提ならば危険は減るのだが、抵抗と言う行為がヨナの力を鋭い凶器へと変えてしまう。
フミアキが抵抗しても生き延びてこれたのは、殊更にフミアキの精神が頑強だったと言うよりも、この世界とは別の存在であった事に起因する。
皮肉な事に、フミアキが嫌う『世界』が精神を守り、異世界人と言う存在がヨナの力を乱したがために、絶え間ない拷問を受ける種となった。
「ふふっ、“視”えてきたわ。前回の社会人時代はもういらない、もっともっと奥へ……私に見せなさい」
全身を痙攣させるフミアキをよそに、ヨナは己の力を行使する。
ただひたすらに、本来見る事の出来ない世界を知覚する度に、ヨナの興奮は高まっていく。
新しいおもちゃを与えられた子供のように、他者の苦痛などおかまいなしで、己の欲求を優先させる。
「へぇ、お姉さんが居たのね。あら、綺麗な人……死んでしまったの。ネタバレって奴かしら、この力は結論から視て行くのが唯一の欠陥ね。あなたが殺した?ただの交通事故じゃない。でも……その苦悩は一級品よ文章。今の今まで引き摺るのは、『生きて』?可愛らしい遺言ね!自殺と言う手段がとれないのは、この言葉のセイなの。ふふっ、あははははははっ!随分酷いお姉さんよね!幼いあなたに、自分の望みを押し付けて逝ってしまうなんて!」
反論すべきフミアキは、ベットに縛り付けられ四肢のロープを引っ張るだけだった。
もはや意識は混濁し、辛うじて発狂を防いでいる。
いっそ殺してくれと願わずにはいられない状況の中、上限を振り切った精神の痛みに、フミアキの意識は暗い闇の中へと落ちていった。
気絶していたフミアキの意識が浮き上がり、望まない覚醒を促す。
手足のロープは健在で、折れた骨は起きたフミアキに激痛となって訴える。
風邪に似た重たい頭を起こし、周囲を見るとヨナが微笑みフミアキを見ていた。
「二日ぶりね文章。気分の方はどうかしら?」
「……さいていだ、この、でばがめ」
一拍の間が、フミアキの精神の消耗を物語る。
辛うじて捻り出した悪態に、気を悪くした風も見せずヨナは可愛らしく笑う。
「元気そうで安心したわ。まだ壊れてもらっては困るものね。あぁ、そうそう、お姉さんの事残念だったわ。私からお悔やみの言葉を贈らせて頂戴」
フミアキの奥歯がギチリと鳴った。
不躾に、人の過去のプライベートに踏み込んだヨナを睨む。
痛痒にも感じぬと敵意の視線を受け流し、ヨナはフミアキに近寄る。
手には水差しを持ってフミアキに差し出す。
「本当にあなたって不思議。似た境遇の過去を見た事もあるのだけれど、あなたの苦悩は別格よ。まるで濃度が違う、味が違うと言うのかしら、この私が褒めてあげる、どう?嬉しいかしら、嬉しいわよね。だって世界を渡ったあなたを、真に理解出来る人間は私しかいないんだもの。やはり世界の違いが感情の深さに繋がるみたい。あはっ、環境の差と言うモノかしら」
口を横一文字にして黙るフミアキをよそに、さも楽しげにヨナはしゃべり掛ける。
手に持つ水差しは、フミアキの顔の上にくる。
「私だけに喋らすなんて酷いひと。それとも喉が渇いているのかしら?それは大変よね」
水差しを傾けて、フミアキの顔面に中身をぶちまける。
何が面白かったのか、ヨナは腹を抱えて笑い出す。
「意識をしっかり持って頂戴ね。これからあなたの行く末を確定するのだから」
そう言ってヨナは、左目を固く閉じて右目を見開く。
この世界の住人ではないフミアキの未来を視るために、ヨナはここまでフミアを消耗させた。
言ってみれば、全ては前座であり、下準備の段階だった。
己の欲求を満たす行為も含まれる過去視だったが、世界の壁と言う存在が最も高く立ちはだかるのが、未来視の方だった。
『世界』の異物としての存在が、ヨナの未来視を乱し酷く苛立たせる。
「今度こそ、視通してみせるわ。この世界の行く末を」
苦々しげに吐き捨ててフミアキを覗く。
『形ある紋言』を用いず、右目に力を注いでいく。
居来種としての発動の鍵とも言える『形ある紋言』だが、ヨナの扱う未来視には存在しなかった。
元来、備わった力を使い続ける事により、居来種は己の『形ある紋言』を見つけ出すのだが、ヨナの備え持つ『形ある紋言』は過去視のみである。
ゆえに、本来の力を発揮出来ないヨナは、フミアキを極限まで弱らせる必要があった。
「この眼は私の眼よ。私が扱ってこそ、その真価があるの……例え世界が壁になろうと、私の力で捻じ伏せてやるわ!」
誰とも向けられた挑戦的な言葉に、自身の精神を高めていく。
ひとえに、ヨナが幼いながらも巨大な組織の上位に位置する事には、過去視より未来視の恩恵が強い。
自身の地位にも繋がる未来視を、フミアキと言う世界の異物が阻む事が、ヨナにとって何よりも我慢ならない事だった。
醜いプライドが、ヨナの行動をエスカレートさせる。
ヨナの傲慢な挑戦が始まった。
多くの時間を消費し、ヨナの体力を消耗しても、視えるべき未来はその眼に映らない。
しかし、ヨナにとって諦めると言う選択肢はなかった。
昼だった時間はとうに過ぎ、太陽はその身を隠し月が昇る。
フミアキは精神を蝕む力に犯され、ヨナは蹂躙をほしいままにするも、期待するビジョンが訪れない。
雑多なノイズに邪魔され、前回と同じ不鮮明な映像を右目に映し出すが、それはヨナの望むモノではなかった。
曖昧であれ、ヨナの未来視は働いている。しかし、自分の欲しい当たりくじが出ないと、駄々をこねる子供のように何度も繰り返す。
フミアキの犠牲を代償にして。
月は昇りまた隠れる。
太陽と月がすれ違う頃、ヨナの左目がようやく開いた。
白い透き通るような肌は青白くなり、多くの汗を高い礼服の袖で拭う。
安堵が表れた顔は、朝日のようにすがすがしく、やり遂げた達成感に酔いつつ自分の視た未来を零す。
「やはり戦争が起こるのね。その時に立会い、文章は“死ぬ”」
心底、自己を満足させて、息を吐ききり体を弛緩させて倒れこむ。
ここに、フミアキの未来は確定した。
ここまで読んで頂き、有難う御座います。
ようやく予定の半分、物語の折り返し地点まで続けてこれました。
ひとえに、お気に入りや感想を下さった方々のおかげだと思っています。
新年の挨拶と共に、投稿にて感謝の言葉とさせて頂きます。