37話 教導院の少女
ドMが喜ぶ表現があります。
注意が必要です。
白磁の柱群を抜け、大理石の廊下を複数人の踵が蹴る。
一人の人物を中心に、前後左右を武装した兵士が固めている。
余程の地位の人物を護衛しているのかと思いきや、四人の兵士の雰囲気はとても険しい。
四人の注意は、囲んでいる一人に向けられており、後ろの兵士は剣に手をかけ、いつでも抜剣出来る体勢を取っていた。
これでは、罪人の搬送とも見て取れる。
「ふぁ~」
漏れる殺気を意に介さないアクビに、四人の敵愾心は釣られるようにして膨れる。
四人が搬送する目的の場所まで、今少しの時間がかかるため、四人は堪えるように口を閉ざして足を早める。
「若いのに、そんなセッカチに歩かんでもいいしょうに。ほらほら、私は怪我人ですよ。あー、歩く振動がー傷口にーひーびーくー」
一瞬にして怒気が焚き上がる。
チャキッと、後ろから金属音が鳴り、先頭を歩く年上の兵士が職務と私情を天秤にかけ思案する。
「あぁ、別に迷う必要はありませんよ?憂さ晴らしをしたいなら存分にどうぞってモンです。――――それで遅れても、私は知りませんがね」
既に四人の足は停っており、一触即発の空気をつくり上げる。
年上の兵士は分が悪いと判断し、後ろに振り返り、後方でわずかに腰を下げた兵士に注意した。
渋々と言った風で、指示に従い腰を上げる。
「あまり若い兵を、いたずらに刺激しないで頂きたい。フミアキ殿」
言葉短かに、フミアキへと伝える。
形の上では丁寧に、けれど警告を発するように目を細めた。
若い兵とは違い、年季の入った脅し方でも、フミアキは自分本位に振舞う。
「いやー、すいませんすいません。この通りですんで、申し訳ないです。ホント痛いのは肩だけで十分ですよ」
おちゃらけた言葉使いだが、その態度は真面目につくり頭を下げた。緊迫した空気はどこかに霧散した。
年上の兵士は、疲労の濃い溜息をついて、再び踵を翻し歩き始めようとした時に、「あぁ、最後に一つ」とフミアキに呼び止められた。
「すいません、貴方ではなくて、後ろの若い子になんですが」
怪訝な顔でフミアキを睨む。
「これから会う人って偉い人じゃないですか、ほら、エチケットって言いますか、なんですかね」などと、フミアキは早口で捲し立てる。
年上の兵士は、目線で年若い兵士と左右の兵に合図する。「もういいから、早く終わらせるぞ」そう物語る目に、同意を頷く。
さっさとしてくれと、フミアキに手を振りながら許可をする。
「身だしなみが気になるんですがね、貴方には“私がどう見えますか”?」
顎に手を当てて、フミアキは黙考する。
あの程度の煽りでは、問題はなかったと検分に答えを付けた。
そして、クーとの一件を思い出し、冷静さを取り戻した今、解消する事のない疑問がつきまとう。
クーの言葉は、フミアキへ大きく踏み込んだ一歩だと確信出来た。
しかし、今までとは違い明らかに『影響』が弱かったのだ。
男女の差なのか、それとも居来種としての特性なのか、はたまた高貴と言われる血筋が要因なのか。
様々な憶測が、フミアキの頭に飛び交う。
何度も何度も、『世界』に対する恨みがましい溜息が出てくる。
不明瞭で未知の領域に足を突っ込んで、首まで埋まっているフミアキとしては、探るようにゴミ屑みたいな情報を掻き集め、現在の置かれている状況に解を強引に当てはめているに過ぎない。
今日明日にでも、今まで掴んだ情報が、『世界』から反故にされる状況とて有り得る事だった。
有り得た事が有り得る事でないと、フミアキは堅く信じているが故に疑いはより深くなる。
体感で、クーの『影響』が弱かったなどと感想したが、それで安心出来るハズがなかった。
――――もうしおどきか。
諦める心の隅に、まだ大丈夫だろうと、弱い心が囁く。
そんな葛藤を、涼やかに遮る声がフミアキにかけられた。
「女性を前にして考えに没頭するなんて、男性としては失格ではありませんか」
拗ねたような柔らかな声音は、形として怒っていると小さく主張している。
クーよりも少し年若い少女は、教導院の極一部の人間しか着用出来ない礼服を纏っていた。
つまりは、権力の座に近い事を物語る。年若い少女には不釣合いだった。
右胸に太陽のシンボルを刺繍され、太陽から光をモチーフとした乱流の線が絵画を思わせる服。
流麗な礼服を収める身体は小さく、長い沙羅の花色の髪から覗く顔は、将来を約束されたであろう美貌が早くも見て取れた。
フミアキは、沙羅の花色の髪を持つ少女、ヨナ・トーラーと面会していた。
「改めて、お久しぶりです。文章」
「私は会いたくありませんでしたけどね。何の用ですか、淫乱どグサレ」
フミアキの左右を挟むヨナの私兵が、主への暴言を受けてフミアキの腹を打つ。
敬虔な私兵に笑みを浮かべながら手を動かし、手を出した私兵に制止の合図を送る。
「相も変わらずで安心しました。しかし頂けませんね、学習しないと言うのは」
「けほっ、これは、失礼を致しました。申し訳ありません、腹黒腐れビッチ」
もう一度同じ箇所を、今度は強めに打たれた。
膝が下がる所を、手の空いているもう一人が無理矢理支える。
「私は構わないのだけれども、周りの者が気を利かせてしまうの。困ってしまうわね」
柔らかな笑顔のままに、建前の言い訳をした。
二度も腹を打たれて、フミアキは痛みのために返事は出来ない。
私兵がフミアキの髪を掴み、乱暴に顔を上げさせる。
「さて、本題に参りましょうか。前回は失敗してしまいましたが、そのおかげで、努力なんて事をするハメになったんですよ?」
可愛らしく、少し恨めしいと稚気に溢れた笑顔でフミアキにすり寄る。
目の前に立ち、右手を差し出して目を瞑った。
何かが始まる予感を受ける、一種儀式めいた動作だったが、しかしながら何の変化も見せないまま時間が過ぎた。
フミアキが苦痛を堪えて小さく笑う。
「ははっ、散々やられて対策を講じないなんて無いでしょう。自分の力を過大評価し過ぎじゃないんですか」
「ふふっ、ふふふっ、愚物なりに小賢しい事ね」
フミアキから距離を取り、部屋の椅子にゆったりと腰掛ける。
ヨナの表情には濃厚な憂い顔が表れ、私兵が敏感に主の意向を汲み取った。
立て続けにフミアキの腹を強打する。強打する。強打する。
「あまり同じ箇所を続けるよりも、分散させた方が効果的だと思うわ」
助言を受けて、私兵の二人はフミアキの全身に暴力を振るう。
ヨナの笑顔は可愛らしく、蕾のように微笑むばかりだった。
短く呻くフミアキは、既に床に落とされており、私兵二人は遠慮なしに踏みつける。
「うふふっ、無様ですね。本当に同じ人間だとは思えません。姿形は近しくても、まるで別物。何故こんな醜い有り様で“中身”は別格なのでしょうか」
私兵の靴の裏が、遠慮なしにフミアキの頭を踏みつける。
頭蓋骨が揺らされ、鉄の靴底と堅い石の床に挟まれ、恐怖が軋む骨の音と伴ってフミアキに死を匂わせる。
俯せに固定された状態で、横っ腹を勢い良く蹴り抜かれた。
頭は踏まれているので、一瞬首がもげるかと思うような衝撃を味わう。
しかし、フミアキは悲鳴を上げずに歯を食いしばる。
面白くないのはヨナの方だった。
殺してしまっては愉しみが減る上に、フミアキから受けた屈辱的な想いを晴らす事が出来ない。
そもそもが、痛めつける手段は手段であって、本来の目的はフミアキの精神を弱らせる事にあった。
それと言うのもフミアキが、ヨナの居来種としての力を跳ね除けられたからに他ならない。
抵抗らしい抵抗は今までもあったのだが、今回のように拒絶されたのは初めてで、ヨナの心中は穏やかではなかった。
「あぁ、そうでした。文章は筆を取るのが仕事でしたね」
いい事を思い付いたと、ヨナが笑みと共に言葉を零す。
私兵は無言のまま、その言葉を汲み取る。
フミアキは一転して声を震わせた。
「やめろ!それだけはやめろ!」
「別に、五本も必要ないのでしょう?ねぇ、右手。でも、床を汚されるのは困るわね」
私兵の手がフミアキの右手の小指に掛けられた。
激しく体を揺すり、抵抗を企てるもフミアキの力では適うことなく、枯れ木の枝をへし折るような音が鳴った。
「ああああああああああああああああ!!」
溜飲が下がったとばかりに、ヨナの表情に満面の笑みが張り付く。
けれども、まだ足りないと自身の要望を私兵に、分かりやすく伝える。
「文章ったら元気ね。まだこんなに元気だと大変、ねぇ」
小指の根元を掴んでいた手は、するりと爪の方に登り、また軽い音を鳴らす。
フミアキは伸し掛っている私兵の下で暴れる。
絶叫で喉が潰れそうな程に張り上げる。
右手が、右手の指が、不条理と言う言葉をそのまま形にしたような場所で、戦い抜いてきた利き手の指が、希望の指が、無残にも暴力に晒された。
命以上の生命線が、消えかける寸前だった。
力など、等に無くなっていた。
「準備は良さそうね。では、ベットに運んで頂戴。男の人に暴力を振るわれるのは怖いから、しっかり縛っておいてね」
生娘の恥じらいで、おかしげに話してにこやかに笑う。
壊れたラジオのように、形にならない言葉を漏らすフミアキを、私兵が担ぎ上げてベットに投げ込む。
手足を縛り、括りつけた。
もちろん、折った指の治療などお構いなしで放置する。
そうして私兵は、ヨナに一礼して退室した。
「男の人と二人っきりなんて、緊張してしまうわ。ほら、私を楽しませる小粋なトークでもしてくれない?」
「……地獄に落ちろっ」
「残念、私の世界には『地獄』と言う概念は存在しないの。しかし、本当反抗的になったわね。前まではとても従順だったけれど」
フミアキの上着に手をかけて、一つ一つボタンを外していく。
ヨナの日に当たらない白い指先が、艶めかしさを伴ってフミアキの素肌に重なる。
笑みを濃くしていたヨナは、静電気に弾かれたかのように反射的に手を離す。
「本当に……気に入らないわ」
「よくもっ、よくも物書きの生命を、潰そうとしてくれたな」
「小指ならば支障はないのでしょう?これでも優しく手心を加えてあげたと言うのに」
礼服を翻して、ベットから降りる。
再びフミアキの元へと戻ってきたヨナの手には、一冊の本が握られていた。
「そうそう、これ、文章の本なのだけれどね」
ヨナの表情が、朝日を受けて少しづつほころぶような花のように開く。
表紙をめくり、白魚のような華奢な指で、破いていく。
一枚、二枚、三枚、四枚、無造作に千木っていく。
「本当につまらない内容だったわよ!駄文ね!ゴミね!――――ふふふっ、はははははっ、三十も越えて生きて何を書いてるのかしら!滑稽ね!ファンタジー?何を言ってるのかしら、全くもって幼稚にも程があるわ!」
「あっ、ぐっあああああああ!!」
ヨナの行為を咎めようとして、左肩を踏み抜かれた。
体重の軽いヨナの足でも、ヒビの入った鎖骨は耐え切れず折れる。
他人の手を使うよりもずっといいと、調子が出てきたとばかりに、ヨナはフミアキを虐げる。
「表現が曖昧ね!何を伝えたいのかしら!独りよがりでつまらない、読者に苦痛を与える事が目的なの?!それなら成功ね、大成功よ!私の、時間を、返して、頂戴!」
小さな足を、何度も何度も上下し、哄笑する。
少し息を乱してたヨナは、フミアキの腹の上に跨り、そっと剥き出しの胸板に手を這わせる。
温度の低い手のひらが、暴行を受けて熱くなったフミアキの身体の上で動く。
猫なで声で優しくフミアキに呼びかけた。
「こんな物を世に出すために、私が口添えしてあげたのよ?あなたが今生きているのも、私のおかげ。分かってるのかしら?ねぇ、文章、辛い事も痛い事も、もう十分じゃない?私を受け入れなさい、今までだってもそうしてきたじゃない。何で今更抵抗するの?」
フミアキは答えない。
持続する痛みは、拍車をかけて精神を摩耗させる。
目の前で、ショーのように殺された本も、フミアキの精神に大きな直撃を与えた。
「これからも、文章は本を出したいのでしょう?……なら、ここが潮時よ。頑張ったわ、抵抗したわね。疲れたんじゃないかしら、楽になりたいわよね?」
抵抗する気力を根こそぎ引っこ抜き、最後に殺し文句を口にして、フミアキの抵抗を優しく称える。
フミアキ自身から自発的に、一つの言葉を吐き出させるために時間をかけた。
そうしてフミアキは、弱々しく唇を動かす。
「……もう、好きに、しろ」
ヨナはフミアキの言葉使いが気に食わなかったが、これ以上は仕方がないと妥協した。
よもや手違いで殺してしまっては元も子もない。
手馴れた私兵のようにはいかず、ヨナは手加減が出来ないので諦める事にする。
わずかな鬱憤も、ようやく与る目の前の御馳走に、すぐ機嫌を直した。
両手を伸ばして、フミアキの胸板に爪を立てる。
爪痕から小さく血が湧き出る。気分が昂揚しているのか、自らの舌を使って掬い上げ、血を口に含み嚥下した。
興奮するヨナは、しばし口の中に残る鉄の味を堪能する。
「お遊びもここまでね。まずは復習として、私の力を試させてもらうわ。今度は何処まで潜れるかしら――――『ソールの神眼』」
ここまで読んで頂き、有難う御座います。
これが私からのプレゼント、作中の主人公には受け取って頂きたい。
遠慮すんなって!
ご指摘、罵倒ありましたら、よろしくお願いします。
※一時的の復活です。本格的な復帰には、まだかかる予定です。