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4話 本でアイス

クー、暴走のまっき。

 カリカリと筆を走らせる音が、書斎にあるだけの時間。

 外では太陽が暑さを主張している。どうやら盛りの本番がやってきたようだ。

 フミアキは気付かない程集中して、執筆作業に没頭している。



「うーん、やっぱりもうちょっと質のいい紙使いたいな」



 独りぼやくも、普段フミアキが使っている紙は、等質の一番下の紙であるから仕方がない。

 混ざり物の少ない上質な紙はお高いのだ。



「中世ヨーロッパ風って思っても、中世風ってだけで文化レベルがまちまちで、現代に匹敵する技術もあれば、さっぱり発展する気配のない技術もあるし。やっぱり不思議技術の方陣があるからなのか」



「印刷技術が方陣で賄われてるのは、本当に驚いたしそりゃ科学が発展しないわ」



「科学が根底に発展した世界と、方陣が根底に発展した世界。明らかに後者の方が取れる手段が多い分、世界としてポテンシャルは高い訳だが、如何せん、両雄並び立たないのかね。かたっぽしか成長していない」



「それともあっちの世界でも、もしかしたら魔法みたいな不思議パワーが過去存在したのかも?けれど淘汰されて科学が残った?“世界”は常に一を望む?唯一神信仰もその表れ?」



「船頭多くして船山登っても、山に登れる技術力を持つ船頭が居れば、いくら船頭が居てもいい気がするけど。いっそ、海を進む技術力を持つ船頭と、山を登れる技術力を持つ船頭が、タッグを組んで弟子教育に励めば、宇宙に登れる船頭が出来上がるかもしれないな。む、両雄並び立たないか…結局元に戻った。和を似て貴しと為し、忤ふる事を無きを宗と為せ。実に含蓄深い言葉だな」



 妄想炸裂して苦笑している様は、本当に余人を遠ざける。

 この時ばかりは、アイリも危険を察してか近寄らなかったとか。



 だがしかし、ここに空気も、妄想も、書斎の扉さえもブッチ切り、クーエンフュルダが力の限り飛び込んできた。



「先生エェェェェェェェ!! 新 刊 買ったよオォォォォォォォォォッ!!!」



 頬は紅潮しており、背中まで垂らした癖っけのある金髪は飛び跳ね、エバーグリーンの瞳は感情の高ぶりを抑えきれずに潤んでいる。




「『不機嫌な勇者』第3巻読んだよッ!すごいね!面白いね!楽しかったよッ!」



 高く掲げた手には、フミアキの著書『不機嫌な勇者』第3巻(最新刊)が高々と掲げられ、



「王都を出発してから、最初の街でいきなり領主を吊るし上げなんて!その理由だっても、街中で偶然出会った孤児院の女の子が、お腹を空かした勇者に自分のパンを上げちゃってさ!女の子も空腹だったのに

勇者のあまりの飢餓っぷりにほっとけなくなったとか、優しい女の子だし!でも、その女の子の住む孤児院が、悪徳領主に狙われてて危ない!」



 余りに嬉しいのか本の内容を興奮しながら語りはじめ。



「そこは勇者だよね!悪徳領主の乱暴な部下をコテンパにした後に!『嬢ちゃん、パンあんがとよ。おかげで力が湧いてくるぜ。まぁ、あいつらの事はこの兄ちゃんに任せときな』って颯爽と去る勇者!!もう次の行動は決まってるよね!1巻の時に王様に楯突いたくらい捻くれてるのに、女の子の純粋な気持ちに弱いなんてさ!ずるいよー!」



 フミアキは、突然の事態に呆然とし。



「そのまま悪徳領主を懲らしめるかと思ったらさ、なんでか歓談し始めるし!もー!悪徳領主に対して、なんでそんなに下手に出るのって思ったよ!普段は肩書きとか嫌うくせに、悪徳領主には勇者だって名乗って取り入ろうとして、悪巧みに乗っかり始めた時は不安になっちゃったけどさ!まさかそれが勇者の作戦だったなんてー!そんなの普通思わないじゃない!」



 尚もまくしたてるクーエ。



「勇者の策略に嵌った時は、拍手大喝采!泣きながら悪徳領主が『た、頼む!金ならいくらでも払う、だからっ!』って往生際、本当に悪いよねー!それに『わりーな、お前の払う金よりも、もっと価値のあるモノ貰っちまったからよ『って!全然悪いなんて思ってないだろうにね!その後が!『そ、それは一体!?』って縋る悪徳領主にキッパリ言い放つんだよね!『堅いパンのひと切れさ』って!!かっこいいーーーー!!!」



 何時まで続くんだこ。



「悪徳領主を吊るし上げたら、次が怒涛の展開を予想させる流れになるし!等々、魔王軍の四天王の二人目が勇者の目の前に現れて、あれって…」



 延々と続きそうなクーエンフュルダの感想文に、フミアキが机の上の手頃な本を取る。

 幸い、こう言う状態の対処法は前回経験済みなので、その手順を思い出し掴んだ本を、投擲する!



「きゃんッ!」



 可愛らしい悲鳴と共に崩れ落ちるクーエンフュルダ。

 フミアキが放った本はアーチを描ききる前に、クーエンフュルダの額に当たった。



 何食わぬ顔で近づき介抱すると「うぅ…いたたた…」と意識を覚ます。

 おデコが赤いのはチャームポイントとして数えられるだろう。



「大丈夫ですか?床にあった本にけつまづいて頭を打つなんて、そそっかしいですね」



「あ、え?。うー、あいたた、あれ…、そうなんだ…?」



 きっぱりスッパリ言い切るフミアキに、若干混乱気味に呟くもまだ意識がハッキリしない、そんな彼を押し切る事にしたようだ。



「頭を打ったんですから、少し座って紅茶でも…。ん、紅茶?!」



 拙い!と、冷や汗が流れるも気持ちを切り替える。だが、顔を上げるとそこには…。



「我が主に危害を加えるとは、よろしいのですね」



 なにがどうなってよろしくされるのか分からないが、フミアキは腹を括る他なかった。











「生きてるって素晴らしい」



「今回は時間がかかって、もうダメかと思ったよ…」



 なんとか一命を取り留めて復活したフミアキに、心配そうに寄り添う。



「アイリさんの力加減は絶妙ですね。こう、一歩手前どころか半歩手前まで持ってかれますからね」



「褒めちゃダメでしょ、まったく先生は…。何かの拍子に、コロっと逝っちゃいそうで本当に怖いんだからね」



 げに恐ろしきはアイリの匙加減である。



「まぁ、遺書は用意してあるので、問題はないんですけどね」



「この前言ってたのは本気だったの!?いや、問題あり過ぎでしょう!!」



「因みに、遺書には結構恥ずかしい事書いてあったりしますから、覗き見ちゃ駄目ですよ?」



「そんな事告白されても見ないから!そもそも先生は自分を労わんないのがいけないよ!ほっとけば本に埋もれてるし、食事を忘れて仕事するしあっさり命手放そうとするから!」



 普段から貯めていた文句がフミアキに襲い掛かる。

 心配しての事だけに、この手の話をクーエンフュルダに出されると弱ってしまう。

 それでも、隠す様にこの遣り取りを誤魔化す。



「聞いてる!?そもそも普段の生活からしっかりしないといい仕事も出来ないんだからね!この前アイリの報告を聞いて吃驚したよ!確かに早く次回作を出して欲しいって思うけど、身体を壊しちゃ意味ないんだからね!ちょっと先生、解ってるの?!」



「聞いてますよ。でもこうも暑いと集中力が続きませんね。腰を据えて話を聞きますから、ここらで休憩にしましょう。アイリさんの『氷』で、面白い事を思い出して試したモノがあるんですよ」



「むー…、話の続きは必ず聞いて貰うよ」



 ――それで面白いって?基本的に素直な少年は、フミアキの提案に不満げながら首を縦に振る。



「あぁ、それは地下室に行ってのお楽しみです。アイリさん、そこの地下室の鍵を取って貰っていいですか」



 壁に掛かった鍵の一群を指して、椅子から立ち上がる。

 そこでふと違和感を感じる。アイリが鍵掛けを見て動かないのだ。



「…」



「…」



「あの、アイリさん?」



 初日に各部屋の鍵の説明はしたはずなんだが。と傾げる。

 表情にこそ出てはいないが困惑している様子に、彼女の主人が口を挟む。



「先生、鍵の位置ずらしちゃったんじゃないの?」



「定位置は変えてないですよ、番号を振ってないから混ぜると、私でも偶にごっちゃになりますからね」



「ほ、ほら!まだアイリはここの日が浅いから、こう言う所で先生が気を利かしてあげないと!」



 何処か腑に落ちない面持ちを残しながら、フミアキが地下室の鍵を手に取り、二人を案内する為に先導する。



「ここって、先生があんまり入らないで。って言った所だったかな」



「えぇ、中には危ない物もありますからね」



「危ないって、一体何が入ってるの?」



「いろいろですよ、気分転換にとか手慰みで作った物をっと」



 そう言って鍵を差し込み扉を開ける。地下室特有の湿った風を受けながら扉が重々しく開かれた。



「うわッ…。これは」



「……」



 先程の事があってなのか、アイリは目で刺し殺してくるだけ。

 少年は口を開けたまま動きが止まった。つまりは、惨状、ただその言葉だけが相応しい部屋だった。



「確かこっちの方に―…」



 あれどこだったっかな。などとぼやきつつ部屋を漁る。

 物がなければ、人が30人は入れそうな大きな部屋であろう場所。だがしかし、所狭しと置かれた謎の物体に占拠されてしまっている。

 ここを見た後だったら、書斎の本の山が可愛く見える。そう思わせる程である。



「……ねぇ、先生。聞いていい?」



 本来ならアイリが詰問したいくらいだが、未だに沈黙を保っているのでクーエンフュルダが代わりに問いかける。



「おっかしいな、どうしました、クー?」



「コレナニ?」



「ですから、私の作品達ですね。気晴らしに創作したり、分解したり。あ、そうでしたそうでした。昨日完成したから、冷凍室に入れてたんでした」



 ――いやー、歳はとりたくはないものですね。からからと笑うフミアキに、クーエンフュルダは大きく息を吸い、大咆哮の構えに入った。



「――――ッ!?けっふけっふっけ…ヶほッ!」



「クーエンフュルダ様!?」



 いきなりむせた主をアイリが心配する。先ほどまでフミアキが探し物をしていた為、部屋には埃が舞っていた。その中で深呼吸すれば、自然な帰結だろう。



「何やってるんですか、こんな所で深呼吸して。目的の物は上にありますから、さっさと出ましょう。とっとと出ましょう」



 危険を察知して、むせる彼を押し出して部屋を出る。

 ここは、男フミアキ最後の砦。一ヶ所くらい雑多な部屋があってもいいじゃないかと、思いながら地下室を後にする。











「けほッ、酷い目にあったよ…はぁ」



 アイリから水を貰い溜息を付く。そんな少年を尻目に、フミアキは一抱えもある樽を持ち出してきた。 樽からは冷気が漏れてる事から、冷たいナニかが入っていると推測出来る。



「先生、一体ソレ何なの?シャルルとか?」



 クーエンフュルダの言うシャルルとは、この国の夏場に愛食される果物の氷菓の事である。

 手軽に涼を楽しめる為、この国の住人なら誰しもが口にした事がある定番品でもある。



「ふっふっふ、そんな単純な物ではありません!私が試作を重ね苦労を積み、そして完成に漕ぎ着けた、血と涙と汗の結晶です!」



 何時になくテンションの上がったフミアキの返答から、恐らく食べ物関係だろうと思わせるが、彼は「あの部屋で作られたの…?」「仰り様は大層ですが、血と涙と汗…口にして大丈夫でしょうか」と、アイリ。

 二人して引いていた。



「まぁまぁ、怪しい物は入ってないんですがね…。ほら、こう言う食べ物ですよ」



 厨房のテーブルの上に取り出された小皿に、樽の中の筒から取り出した白い塊を盛る。

 未だに警戒の色を隠さない二人に説明をする。外に出したからには早めに食べないと勿体ない。



「これはですね、牛乳と生クリームと卵と砂糖を混ぜて冷やした食べ物…その名を『アイスクリーム』です!」



「うわー、薬膳料理だったんだね。でも、牛乳ー…」



「クーエンフュルダ様、牛乳は身体に良い薬効があると聞き及びます。やはり偶の少量くらいは、御飲なさった方がよろしいかと」



「何故に薬膳。いいですか、これは冷たくてあまーい至高の嗜好品と言っていいでしょう!」



「うーん、先にアイリ食べていいよ?」



「エェイ!つべこべ、言う、なし、食べ!味わい!虜なる!」



 いい加減溶けそうになってるアイスクリームを掬って、クーエンフュルダの口の中に押し込む。何故かカタコトで。



「むぐッ!ふっく………む、ぐむぐ………!?」



「ご無事ですか!?クーエンフュルダ様っ、おのれやはり貴様は危険だ、ここで処分す」



「…………美味しい!!」



「クーエンフュルダ様?」



「ふっふっふ、そうでしょうそうでしょうアイリさんも食べてみてください」



「アイリ、これすっごい美味しいよ!こんなに美味しい物食べた事ない!うわー!あまーい!冷たーーい!あまーーーい!」



「……そう言われるのでしたら」



 目をきらきらさせて感動している彼に、警戒心を鎮めてスプーンを取り掬う。

 クーエンフュルダはパクパク食べてる。

 必死に食べてる姿は小動物の如きで、頬を緩ませる。が、その隣で得意げな顔をしてるフミアキが、鬱陶しい事この上ない。



「これは…、不思議な食感ですね。口溶けが滑らかでシャルルの様な水っぽさがない分、より甘さを堪能出来き味わい深い…。生薬がこれ程とは、確かにこれは美味です」



「思わないよね!苦くて臭くて美味しくない牛乳が、こんなに美味しくなるなんてさ!」



「氷を分けて欲しいと言われた時は、如何なる意図か計りかねましたが、感心致しました」



「アイスクリームもそうでしたが、本のアイデアも頂きましたし、こちらが感謝しなければいけませんね」



「あいであ?本の事とは一体」



「あー、アレやっぱりアイリだったんだね。羨ましかったな」



 アイスクリームをパクつきながら喋る。

 横でピシリと固まる音が、露骨に拙いと顔を顰めるフミアキを、じろりと観察して少年に向き直る。



「クーエンフュルダ様、どう言った事でしょうか。お聞かせ願いたいです」



「アイリ、先生の本読んでない?魔王軍『四天王』の二人目が出てきたんだけどそれがアイリにそっくりなの!灰青色の髪に氷の瞳、本だとすごい……、刺激的な衣装をって書いてあったよ。…男の人悩殺とか」



 首をぶんぶん振って厨房の隅に逃げるも、アイリの歩みは緩慢だった。

 俊敏に動かれるより、鈍い動作で近づかれる方がよっぽど怖いのだけれども。



「落ち着いて。確かに、無断でキャラのモチーフにしたのは謝りますが、そう、このアイスクリームに免じてどうか、許して貰えませんか」



 問いかけるフミアキに、アイリの肩で切り揃えられたグラッシュブルーを揺らしアイスブルーの瞳が色濃く染まる。

 つまり、許す気はさらさらないと体言している。



「命を安売りするのは如何なモノかと思いますが、本願でしたら致し方ありません」



「別に死にたい訳では…、痛いのは嫌いですよ?スタイルがいいのは褒め言葉と思うんですが」



「では、眠る様に逝きなさい」



 アイリの踊る指が方陣を描き、空陣から淡い光が漏れる。

 フミアキは視線をクーエンフュルダに移すも、少年はアイスクリームを食べるのに忙しい様だ。

 どうしてこうなった。そう思いながら目を閉じるのであった。




 読んで頂き有難う御座います。

まだ初心者で、客観的に自分の文を読めなかったりします。


 漢字のルビがあったら。や、場面の説明文が足りない。

や、文法の間違い等

気になる場所がありましたら、ご意見、ご指摘助かります。

よかったらお願いします。


※12/17改稿


※8/1改稿

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