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35話 合陣

「ごめんなさい先生。この暴走って、僕には害がないんだ……」


「無駄死にオワタ」



 私が異変に気が付いたのは、昼を過ぎた辺りだった。

 本来ならば、昼食をすました後は、私がクーエンフュルダ様の戦闘訓練を指導する時間だったが、昨晩の酒に当てってしまい体調を崩したために、休みを頂かざろう得ない状態だった。

 全くもって情けない話しだ。



 朝と比べても、少し体調を取り戻してきた私が、クーエンフュルダ様の御様子を伺いに行こうと着替え終わった時、“ソレ”はおこった。

 短く抜けた木製音の衝突、雑音の少ないこの屋敷の環境だからこそ聞き取れた音に続き、強大で膨大な力の波が一気に駆け抜けるのを肌が感じた。

 と、同時に、覚えのある体感に背筋が凍る。



 居来種(きょらいしゅ)、それもクーエンフュルダ様のモノであろう暴走の気配だった。



 波の発生源である中庭に向かうため、窓枠に足を掛けて二階から一気に飛ぶ。

 人型の姿では、最大の出来うる限りの力を足に込めたために、私は一時的に鳥の視点を得る。

 そして恐れていた事が想像通りに、中庭にて発生していた。



 半球状の物体が中庭の一角を占領している。

 臓腑の色のソレは、中を見通す事が出来ないほどに歪み、中心に存在するであろうクーエンフュルダ様を隠す。

 悪夢と言って差し支えない状況だった。

 暴走の度合いを外観から推し量るに、屋敷は丸々クーエンフュルダ様に“喰われる”だろう。

 おまけに現在の大きさで、屋敷一つなのだ。まだ暴走は始まったばかりで、これより大きくなる事はあっても、小さくなる事はない。



「くっ、何故こんな事に!」



 今の私の出来る事は少なく、原因の分からぬ暴走に苛立ちが募る。

 騒ぎを聞きつけ、集まった者達に逐一指示を飛ばし、コリーにはフミアキ様の所在を確認させるよう言いつける。

 クーエンフュルダ様の暴走に、もしフミアキ様が巻き込まれでもしたら、それこそ立ち直る事の出来ぬ深い傷を負う事になってしまう。

 それだけは避けたかった。



 しかし、私は心の何処かで期待している。

 過去私達が、指を咥えて見ているだけしか出来なかったこの暴走を、フミアキ様ならば――――そんな恥知らずな期待をしている。

 飄々とした態度で、締まらない顔をしながらも、私に出来なかった事をあっさりと解決する。

 そんな妄想が、私の中で生まれてしまう。

 ここまで他人を宛にしてしまうなど、私は弱くなってしまったのだろうか。

 不意に、コリーから声が掛かった。



「アイリーン様!フミアキは屋敷の中に居ませんでした!」



「……何?」



「どこを探しも居ません!あの馬鹿本当に手間かけさせる!」



 最後の言葉は報告でも何でもない、コリーの愚痴となる。

 普段ならば「そんな感想」と、叱りつけるのだが今は時間が惜しい。

 考え込もうとして、嫌な想像が頭を過ぎった。



「まさか」



 屋敷に居ないフミアキ様に、突如として暴走を引き起こしたクーエンフュルダ様。

 この頃は、昔と比べて遥かに安定していた御心を、容易に乱す事が出来る人物など、数に限り少ない。

 何かしらのフミアキ様に関係する事故があり、それを目撃したクーエンフュルダ様が感情のタガを外した……のならば、酷くしっくりと来る。



「中心、クーエンフュルダ様の側に、フミアキ様が……?」



 だとしたら、もうフミアキ様は“助からない”。

 暴走を起こした時に生きていたとして、このクーエンフュルダ様の『胃』の中では、家だろうと土だろうと岩だろうと鋼だろうと、ありとあらゆる物が暴走の収束と共に姿を消すのだ。

 暗い絶望が胸に込み上がってくる。



「これは、相当に“嫌われている”な」



 何気ない日常の一つに、なぜこうも命の危機がついてまわるか。

 滅多に外出しないフミアキ様にとって、たまの外でゴロツキに絡まれた件もそうだが、最も安全である屋敷に居て何故死なねばならない。

 これが『世界』とやらに、嫌われると言う事なのだろうか。



「あまりに理不尽ではないかッッ!」



 近くにいたコリーが、私の怒声に青くなり他の者達が怪訝な顔をするも、湧き出る怒りに収まりがつかない。



「アイリ、残念だけど、私達に出来る事はないわ。王宮に連絡して退避しましょう」



 サイリが気遣うように声をかけてきた。

 どうやら、クーエンフュルダ様の一大事に歯噛みしていると受け取られたようだ。

 まだ皆は気が付いていないのだろうか?この中にフミアキ様も居るであろうと言う事に。

 しかし、なすすべもない現状に無力感に包まれる。

 解決策が見つからない。一回体験しているこの暴走に、どうしたら私が立ち向かえるのだろうか。



「この後の、姫様の御心を少しでも軽く出来るように、荷物の持ち運びもしなくちゃいけないわ。皆して手分けしましょう?」



 ――――あぁ。そう頷きかけてた私の耳が、有り得ない音を拾う。

 一瞬幻聴かと思うほどに、自身の耳であっても信じられぬ方向から人の話し声を聞いた。

 それは、問題の『胃』の中から聞こえたからだ。

 卑しい血の私だからこそ拾えた音で、サイリ達には聞こえる事はない小さな音。

 振り向いた体はそのままに、首だけ動かして『胃』の中に傾注する。

 気のせいで終わらなければ、それはきっと――――



「先生の馬鹿ァァァァァァ!」



「耳元で怒鳴らないで下さい。また背筋撫で回しますよ?」



「だから集中出来ないんだって!状況分かってるの?!」



「私が折角、クーの緊張をほぐそうと頑張ってるのに、酷い言い草ヨヨヨヨ」



「それで、せ、背中触られたら、制御が出来ないじゃないかッ!」



「まぁ、失敗したら次に生かせばいいんじゃないんですか?」



「先生死んでるんだよ?!その頃には居なくなってるんだよ?!」



「そうですね……百年、私の墓の前で待っていて下さい。ってのはどうでしょう」



「うわーーーーーーん!先生死んじゃヤダーーーーーーーー!!」



「げっ、ガン泣きだ。この子、恥も外聞もなく、本気で泣いてる?!」



 この時の私の気持ちを、正確に表現出来る言葉が無かった。

 注意して耳を傾けなくても響き渡る声は、まるで日常のやりとりだった。

 周りに居る全ての人間の耳に入り、同時に共通の虚脱感に襲われている。



 中の二人の遣り取りに、心が完全に打ち倒されたが、それでも体が動いた。

 倒された心の分まで、のろのろと動く体は『胃』のすぐ傍まで歩き止まる。

 当たり前だが、この『胃』は危険なシロモノであり、不用意に近づくなど以ての他だ。

 しかし、心が倒れた今、危険を危険と感じる所まで麻痺してしまったのだろう。

 私は、『胃』を“素手”で殴りつけた。



「――――フミアキ様。人に心配をかけた上に、クーエンフュルダ様を泣かせたか」



「ヒィィィィ?!これは何かすごい久々な、怖い声ぇぇぇ!!」



「すぐ出てきて下さい。今!すぐ!」



「オワタ。中に居てもその内死んで、外に出てもアイリさんのお説教が……」



 ――――泣く子と怖い声には逆らえないってか。そう呑気な声がしたと思ったら、『胃』の動きが止まった。

 有り得ない光景に言葉を無くす。

 中心では白い輝きが、強く確かに光っていた。



「ここからは時間との勝負です。アイリさん、私の書斎の机の一番上の引き出しから、六つの宝石が入ってます。それを持って来て下さい」



「なにを……」



「早く!時間が惜しいと言っている!」



「っはい」



 豹変した態度に、ビクリと体が反応する。

 意味する所が分からないが、私はフミアキ様の声を信じて、その場から駆け出した。











「ぶっつけ本番でするハメになるとは、むしろこんな所で使うとも思わなかったけれど……死ぬ訳にはいかんからなぁ」



 独りごちた後、未だ泣き止まぬクーの後ろ髪を梳く。

 二人して両膝をついて立って抱き合ってる状態で、フミアキはクーを「よしよし」となだめる。

 泣かしたのはフミアキなのだが。



「クー、もう死ぬなんて言いませんから、泣き止んでください。これから私を生かして貰うために頑張って貰わないといけないんですよ?」



「ひッぐッ……ひッぐッ、死なない?先生死なない?」



「それが、キミにかかってるんです。酷だとは思いますが、私の命を救って下さい」



「うん、うん、僕。なんでもするから、死んじゃヤダよぉ」



 クーの心を落ち着かせるように、優しく優しく声をかけ後ろ髪を梳く。

 ピンク色のドームの外から、アイリの声がかかる。

 どうやら目的の品を持ってきたようだ。



「今から言う事をよく聞いて下さい!今その場に居る人数だけでいいので、その宝石を一人一つ持ってこの周りを取り囲んで下さい!距離はアイリさんの足で十歩範囲で収めて、横の間隔は等間隔で頼みます!」



 指示を飛ばして息をつく。

 先程から大声を張っているので、肩にやたらと響いている。

 絶え間無い激痛に、脂汗がどんどんと湧いてくる。最早、冗談を飛ばして誤魔化す事も意味はない。

 これから始まる作業に備え、フミアキは呼吸を整え男の見栄を最大限まで高める。



「クー、よく聞いて下さい。この光具に手を重ねて」



「これは?」



「私が唯一、家から持ち出せた宝物です。これに手を当てて、私の言葉を続けて言って下さい」



「……うん」



 フミアキが胸元から取り出したのは、漆塗りで半月型の古風な櫛だった。

 鈴蘭の意匠が刻まれ、傷が良い意味で古式さを際立たせる。

 人の手から人の手へと、永く大事にされてきた事を、容易く連想させる優しい櫛に、クーは手を当ててフミアキの無事を想う。

 泣きはらして、少し重たい頭を叱咤して、フミアキの言を受け入れる準備をすませる。



三面(さんめん)四方(しっぽう)、円環の、約束違(やくそくたが)えぬ糸踏みよ」



「三面、四方、円環の、約束違えぬ糸踏みよ」



四者(よんじゃ)の盟約ここに在り、忘れは出来ぬ百万一夜(ひゃくまんいちや)



「四者の盟約ここに在り、忘れは出来ぬ百万一夜」



 一言一句、間違える事なく復唱する。

 クーが『形ある紋言』を口ずさむと、フミアキの手に乗る光具が輝きを強めていくの感じた。

 輝きの強さに、クーの中で疑問が湧き上がる。

 陣図は展開しないのだろうか、と。方陣とは、陣図と力ある紋言の二つが揃って、ようやく本来の意味がある。

 熟練者ともなれば、どちらか片方のやり方でも発動はする。

 けれども、それは方陣本来の力を削ぎ落とし、現象の影響を弱めてしまう事に他ならない。

 フミアキが、暴走を沈めるために方陣を――――どのような効果を齎す方陣かクーには分からないが――――使うとするならば、わざわざ不完全な方陣を使用すると言うのも不思議な話しだった。



 この時のクーには埒外の事だが、『形ある紋言』の影響は外のアイリ達の持つ宝石が答えていた。

 各々が持つ六つの宝石は、フミアキの持つ光具と同じ光を内部に宿し、共鳴するかのように震えると光りの帯を生む。

 未知の現象に驚くアイリ達を余所に、点だった光は線へと繋がり光の道となる。

 始めに大きく弧を描き円となる。



「――――、――――」



「――――、――――」



 二人が『形ある紋言』を紡ぐ度に、外の陣図が広がっていく。

 中心を取り囲む円が完成すると、次は円の中を更に取り囲むように四方から光りの道が伸びる。



 アイリの目に、現在進行で陣図が描き上げられていく様がよく見えた。

 円陣が完成した時点で、アイリの中で確信が湧き上がった。

 徒人族の円環陣において、奥義とも言うべき『合陣』それを、光具を用いて変則的に再現しているのではないか、と。

 二人一組で、紋言と陣図を分担して、より高位の現象を引き出す技術。

 しかし、目の前で作り上げられる陣図は、円環陣に加えて四方陣までもが組み込まれている。



「一体、フミアキ様は何をしようと……」



 アイリの手にした宝石は、心臓のように脈打ち静かに変化を続ける。

 そして陣図の作成は続き、光の道は二つの三角型をつくり、今ここに、円環陣と四方陣と三面陣の、本来ならば有り得ない組み合わせの方陣が描き上げられた。

 宝石を持つ全員が目を疑った。

 奇跡を通り越して異常な光景に、起点となる宝石を手放す寸前までの者も居た。

 フミアキの所業に多く関わってきたアイリだけが、一番最初に精神を持ち直し動揺する者に活を入れる。



「馬鹿者ッ!方陣はほぼ完成している!今ここで陣図を壊せば、クーエンフュルダ様にどんな危険が及ぶか分からんぞ!」



 アイリは信頼から、他の者は不信感故に、これ以上の最悪を産まぬようにと、取り零しそうになった宝石を握り直す。



「――――」



「――――!」



 一際大きな力が中心でうねり、最早外に居たのでは中の声を拾えはしなかったが、何とはなしに異常で奇怪な方陣の発動を察知した。

 瞬間、力が極大の白光に転じ、周囲を莫大な白光で埋め尽くす。

 ある者は失敗かと疑い、またある者は未知の状況に棒立ちになる。

 浮き足立つ周囲と比べ、アイリは極光の中心を見据えて微動だにせず光りにのまれた。






 ここまで読んで頂き、有難う御座います。


 ご指摘、罵倒ありましたら、よろしくお願いします。



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