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33話 男の素顔

 部屋にはわずかな灯り種しかなく、月明かりの差し込まぬ室内は人工の灯りもってしても、なお濃密な闇をつくる。

 白色灯の煌々とした光りばかり見ていた現代人からすると、一種幻想的とも言える光景だが、フミアキにとっては今その風情を楽しむ心のゆとりはなかった。



 半ば、やけくそ気味に手にしたグラスを煽り、焼け付くような喉の痛みに頬をひくつかせる。

 品質の高いアルコールだとも思うが、味はよく分からなかった。



 フミアキの目の前、伸ばした両手の半分しかない小さなテーブルの先には、小さな灯りに照らされた氷の美姫が居る。

 美女と美少女の中間くらいだろうか。どちらにしても、その見た目の容姿は美しい。

 仄かな光源に照らされて、グラッシュブルーの肩で切り揃えられた短い髪は氷柱のように真っ直ぐに、アイスブルーの瞳は小さなオレンジの明かりをわずかに映し、氷で作られた宝玉に普段と違った温もりを感じさせる。

 無表情が常の顔には、オレンジの温色以外の赤みが薄らと頬に差さる。

 普段見せる事のない表情は、手にした葡萄酒によってつくられている。酒のセイと分かってはいるが、ギャップと言うモノが如何に強力か、失念していたフミアキだった。



(色っぽい、色っぽいんだが、空気重っ!)



 本日の日中に、うっかり交わしてしまった約束事を、律儀に――――抜け目なく――――拾ったアイリは、言われた条件を本当に守って、フミアキの部屋を尋ねた。

 葡萄酒の瓶とグラスが二つ、時刻は夜中で部屋に二人っきり。

 シュチュエーションとしては、非常にアダルティックで桃色なハズの部屋は、フミアキが言った通り会話のない重い空気で満たされていた。



 静けさの原因はフミアキにあった。

 「来るハズがない」との思い込みから、胸中では不意打ちに慌てながら、思い付く手段の全ては「どう逃げるか」または「どう誤魔化すか」そんな事ばかり考えていた。

 一方アイリは、約束を守ったのだから話して貰えると思っているので、フミアキの出方を待つ事にしていた。

 いろいろと事情を抱えているフミアキを急かしたくない気持ちもあり、実際は逸る心を抑え込みグラスを傾ける。



 グラスの底に残るアルコールを時間稼ぎに使い、チビチビ飲みつつ三杯目に至った現在ですら、二人の口はアルコールを通すだけ。

 ここは男性である自分が先に口火を切るモノだろうかと、フミアキは悩みつつグラスをあおる。

 元々アルコールの類は嗜む趣味はなく、それでも口当たりの良いポリフェノールアルコールが、悩む馬鹿らしさを後押しするように感じた。



 もう勢いのままにある事ない事話してしまおうかと思っていると、空いたグラスにアイリが葡萄酒を注いだ。

 深夜に男の部屋を訪ねてきた女性、雰囲気のある暗がかりの夜の一室、しかし変わらないアイリの横顔は、アルコールの手伝いもあってかどこか遠くに感じる。

 浮つく意識が、フミアキの視界を歪ませる。

 アルコール特有の酩酊感を「まるで異次元を歩くようだ」と、唐突に思い、自分の身が置かれている場所に思い至り笑った。自覚して笑ってしまった。



「何か可笑しい所が?」



 勤務時間外のためか、それともアイリも雰囲気を味わっているのか、少し砕けた口調でフミアキの様子を伺う。

 アイリの切欠で、停滞していた夜の時間が小さく動き出す。



「アイリさん『世界』って知ってます?」











「――――『世界』……ですか」



 相変わらず、フミアキ様の話は掴みどころがない。

 ただ、今回は抽象的な切り出しだが、意味の分からない単語ではなく、逆に意味は分かるがその意図がまるで読めない。

 私は少し目を細め、言わんとする意図を探すべく思考を働かせる。



 本来ならば、今日こそフミアキ様の謎を説明して貰えるハズだったのだが、やはりか、一筋縄ではいかない。

 『夜に』『二人で』『酒を飲む』それがフミアキ様の出した条件だった。

 と、言っても、その時のフミアキ様の言葉は軽口のソレで「この条件ならば、どうせ受ける事はないだろう」と、ハナから説明する気のない事を物語っていたからだ。

 軽口に見え隠れする拒絶が、何故か私の癇に障った。

 フミアキ様の首を傾げる行動は、付かず離れずと言った所だった。人との関係を築いては、自分の手で切ってしまう。

 だからなのか、知りたいと言う欲求が何時の間にか強くなっていった。



 フミアキ様の事情は相当根深いと想像に難くなく、こちらの身を案じた意味も含まれているのは分かっているつもりである。

 一度体験し味わった身である、フミアキ様の懐に踏み込もうとした時があったが、その時は異常なまでの頭痛が警告するかのように、私の頭の内を掻き鳴らした。

 アレ以上踏み込んでいた場合、如何なる事が我が身に降り掛かるか全くの未知数だが、フミアキ様の態度から命か命以上の危険が起こり得るのだと予想出来る。



 しかし、ならばと私は言いたい「その程度の事だと」声を大にして言いたい「フミアキ様が一人で居る必要にはならない」と。

 随分感情的になってしまいそうで、自分の事ながら心の行き先が見えない。



 今回の条件とて私としても、勇気のいる話だったのだ。

 仕事を終え、時間外のため前掛けを外して、上下が一体となった濃紺の丈の長いワンピースのみとなる。この状態で目を引くのは、手首と襟元の白色だろうか。地味すぎると他の者は言うが、私としては白色すらも邪魔に思う。汚れがついた時に目立ってしまう。



 もう一度、姿見で全身を確認し汚れがない事を見、条件の葡萄酒とグラスを持ち部屋を出る。

 「気晴らしにいいわよ」と、目の負傷で塞ぎ込んでいた私に、サイリが渡してくれた品だったが、こんな所で役に立つとは思わなかった。



 一応、女としての自覚がない訳ではないが、男性の部屋に夜遅く行く事へ、身の危険などは心配はなかった。

 私のような混ざり物とまぐわりたいなどと物好きな人間は居ない。()してや、私は完全獣化が出来る。



 クーエンフュルダ様に出会う前の、売買されていた頃に、近くに居た男達は決まって下卑た話をしていたが、私に手を出した事はただの一度もなかった。

 『獣なんぞとヤれるかよ』そう言って、あざ笑いながら唾を吐きかけられた。



 クーエンフュルダ様と出会い、御力になりたく戦闘訓練を受けていた時、近くに居た男達はやはりか、私に手を出す事はなかった。

 『獣風情が』そう言って打ち据えられた。

 私とまぐわうと言う事は、獣と性交をするに等しく、そんな私に手を出す人間が居るハズもなく、仮に居たとしても、そんな異常な性癖を持って近づかれても、逆にこちらから願い下げだ。



 世界、私のソレは随分と狭く小さいモノかもしれない。

 少し長考に過ぎていた私は、フミアキ様の質問に答えを返す。



「私の知っている『世界』は、クーエンフュルダ様とフミアキ様だけです。その二つが私の『世界』です」



 真っ直ぐに見据えて息を使い切る。

 クーエンフュルダ様と出会い人として生まれた。

 フミアキ様に出会いクーエンフュルダ様の元へと戻れた。

 私の今在る“私”とは、二人なくしてありえない。

 どうだ。言い切ってやったぞ。言い終えて気が付く。

 これではフミアキ様の質問の意図に沿っていない、私の個人的な事柄を話しただけではないのかと。

 案の定、フミアキ様は困ったように「あ」だの「えぇ……」だの、言葉に詰まっている。これは失敗した。



「すみません。その……無学な者で、フミアキ様の質問の意図から、ズレた答えを言ってしまったようですね」



「あ、はははっ……いえ、こちらこそ。いきなり何言ってんのって感じの質問でしたよね。酔いに任せたらクロスカウンターでござった……はぁ、感念しますか」



 自嘲する乾いた笑いに力無く、目が覚めたと諦めるように溜息をついた。

 私とフミアキ様の会話は、同じ事を話題にしているのにズレてしまうが多い。

 けれど、今回は良い方に向かったのだろうか。



「さて、何から話しましょうかね。アノ夜の事と、今日の事は一緒ですからね」



 先ほどの『世界』の話とは全く雰囲気が変わり、酔いの残る声だが真面目な声に少し面食らう。

 言葉を選ぶサマは、躊躇と言うよりも何処から話せばよいのか、取っ掛かりを探しているようだった。

 それならばと、こちらから話題を振ってみる事にした。



「アノ晩と、今日の出来事は、フミアキ様の中では同じ事と言うのは?」



「そうですね、先ずは擦り合わせからになりますが、アイリさんは二つの件の共通は何だと思いましたか?」



 質問に質問を返された形になったが、お互いの基準を整えるとの事に頷き思案する。

 アノ晩は、頭痛の激しさから気を失った。

 雨の路地裏では、視界が悪いと言え間違えるハズのない間違えをした。

 共通する事は、全て「フミアキ様」絡みではあるが、何が原因かと言われると検討がつかない。



「フミアキ様が中心である事は間違いない。けれど、及びもつきません」



「私が原因なのは当たりなんですよねぇ。嫌われているんです『世界』に」



「仰る意味が……」



 あまりにも突拍子もない話に、言葉が詰まる。

 そもそも『世界』とは、意識を持って生きているのだろうか。

 途方もない話で、どう言う行動を取ればいいのか呆ける私に、フミアキ様は朗々と言葉を紡ぐ。



「三種族がヤーマ族を嫌うように、『世界』は私の存在を嫌っている。だから、私の所に深く踏み込もうとすると、『世界』から“待った”の声が掛かる。さっきの答えは、私と言う個人に精神的に近づく事で、『世界』から影響を受けた結果なんです。それは個人に差があって『気を失ったり』『気が触れたり』と、生まれつき感覚の鋭い人はより敏感になりますが、まず警告からなる異常を来たす。それでも構わずもっと寄ると『思いもよらない変化を齎したり』する。さすがに人体実験する訳にはいきませんから、体験からなる推測なんですけど」



 絶句した。

 思いもしない理由に、そんな馬鹿なと思う。

 しかし、私の心の奥で納得に似た感情が湧き上がってくる。

 自分の心の中に湧き出た感情を認めたくなく、自分の心なのにも関わらず拒絶に近い否定が伴った。



 せめぎ合い吹き荒れる感情の嵐に整理がつかず、気が付いたらテーブルを軋む程に叩いていた。



「やっぱりか……おぉう、アイリさんどうしました。具合が悪い?どーれ、おじさんが患部をさすってしんぜよう。ぐふふふ、何、おじさんの手に身体を委ねていれば、不安もなにもありませんよ。むしろ、気持ちよ~~く――――」



「……こんな時にふざけないでほしい!フミアキ様は置かれた状況が」



「はい、先ずは一杯。私よりもアイリさんの方が危ないんですよ」



 その言葉を言われてハタと気付く。

 自分で気が付かない内に“ナニカ”に煽られていた事に驚愕した。

 見えない侵食の影響を振り払うように、つぎ足された葡萄酒を一気に飲み干す。



「今のが」



「『世界』からの影響って奴ですよ。これってタチが悪い事に、私本人にはなんの影響もないって所なんですよね。ぜーんぶが、私の周りの人間に害を及ぼすと、善人悪人どうであろうと無関係に、近寄り踏み入った人を襲う。今日のゴロツキなんかは、憎し憎しの気持ちを利用させて貰って、『世界』にわざとちょっかいを出させるように仕向けたんですよ」



 あの奇声はこう言う事か。なるほど、と思った。

 同じかどうかは分からないが、正規の戦闘訓練と精神訓練を受けていた身でも、あっさり自己を見失いそうになるのだから、その影響力と言うのも“強い”などと生半可ではない。



「ほら、また考え込むとマズイですよ。私の方でなければいいんですけど、さぁ、深呼吸して深呼吸。吸ってー吐いてー吸ってー吐いてー吸ってー吐いてー吸ってー吸ってー吸ってー吸ってーす」



「遊ばないで下さい!」



 この人はこれだ!遊びを入れてくる事に、怒りが湧いてくる。

 真面目に従うと、遊びで返されるのには正直やめて欲しいと思う。



「だって対処法ってコレくらいしかないものなんですよ。私に親しみを送る人は怒らせ嫌って貰う。私に憎しみを送る人には優しく好いて貰う。そうやって舵をとり『世界』の関与する影響まで達しなければ問題ないんです。あっちでもなく、こっちでもなく、大体中心あたりが安全圏なんですよね」



 やられたと感じた。

 フミアキ様は意識して、人の気持ちを動かしていたのだ。

 害が及ばないように、周りの人間に影響を出さないようにと、フミアキ様なりの処世術なのかもしれない。

 振り回されてしまったが、消耗した精神を立て直して気になった事を聞いた。

 決していいようにされてしまったからと、突然話題を変えた訳ではない。



「クーエンフュルダ様は、随分親しくしていますが影響は大丈夫でしょうか?」



「あー、そっちは問題ないと思いますよ。アイリさん程情報を流してる訳ではないし、時々突き放しているし。ですのでね、あまり今回みたいな件を言わないで貰えると有難いです。無自覚と自覚しての影響とは、違いが大きい」



「分かりました。秘密を抱えるのは心苦しいですが、事情が事情でしょうし、説明し辛い……そう言えば、何故それほどまでに『世界』から嫌われるのですか?」



 「あちゃー」と、トボけた声があがった。

 一番肝心な所を、聞かなければ言う気がなかったと暗に態度で表した。

 本当に食えない人だと改めて注意しなおし、催促するように、じっとフミアキ様を見る。



「もぉ、分かってるくせにぃ~~。間合いを見誤ると戻れなくなりますよ」



 イラっとくる声だけれど、後半の言葉で腑に落ちる。

 そして『戻れない』とは、どんな状況を指すのだろうか。

 一体どれほどの隠し事を持っているのか、聞けば聞くほどに驚く事が出てくるだろう。

 それでも私は頷いてみせた。



「はぁ……では、今から嘘を言います。いいですか、これは嘘ですからね嘘。――――これはこの世のことならず、異なる世界の夢物語。耳にするだけおかしけり、凡夫の言は狂気の言、一つ語りて悲劇の幕、二つ語りて喜劇の舞台、三つ語りて茶番劇。寄ってらっしゃい見てらっしゃい、本日のお題は『旅人の異世界珍奇考』さぁさぁ、開幕の時間と相成りました。とね」


 

「えっ?」



 最近読み始めて読者になった『異世界珍奇考』の冒頭を暗証するフミアキ様に、先程とは違った感情の嵐が私に起こる。

 答えをそのまま口にするのではなく、答えの切欠を放り投げるような方法に、私の頭の中は正に混乱の極みに至った。

 一体何をどう判断すればいいのか、それでも無意識に体が浮き上がり、フミアキ様に詰め寄ろうとしてテーブルを蹴ってしまった。



 体勢を崩した私の腕を、フミアキ様が掴み支えてくれた。

 これは酔っているのだろうか、それともまた『世界』が私に影響を及ぼしているのだろうか。

 胃の辺りから込み上げてくる熱いモノを感じる。

 フミアキ様に掴まれていない手で、口を覆うが嫌な予感しかしない。



「ちょ、まさか……バケツか!?ポリバケツどこぉ?!」










 慌しくなる室内を扉越しに見ていた廊下の影は、軽い足音を残し去っていった。





 ここまで読んで頂き、有難う御座います。


 これにて説明回、終了と相成ります。

 説明が苦手なので、おそらく「ここどうなってんの?」って突っ込みがくると思いますので、疑問に思ったらご遠慮なくどうぞ。


 よくある異世界不適合パターンとでも言うのでしょうか。


 あ、アイリのクダリは、あえてぼかしてあります。

 正直、克明に描写出来なかった。これ心が折れますよ。

 やっぱり女性ですんでね、さすがにかわいそう過ぎます。


 ここでお知らせですが。

 この話をもって、更新停止とさせて頂きます。

 現在、自宅のネット回線が切断されておりまして、今も会社でコソッリ一人残業を利用して書いてる状況です。

 区切りの悪いところで止まっていたので、せめてと思い更新しましたが、さすがにこれ以上は難しい所がありまして。


 なるべく早く繋げるようにしますが、どうしても時間がかかりそうです。

 待って頂いている方々には、この場を借りて、謝罪申し上げます。

 ごめんなさい。


※11/20改稿

※12/24改稿

※一時的に復活

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