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31話 帰る道

「嫌な天気だな」



 ハヴォックの店からの帰り道、手にした木箱を握り締め空を仰いだ。昼時の快晴な空とは違って、曇天に覆われていた。

 旧交に水をさす訳にもいかず、少し痛む心を隠して二人のやりとりを見守っていたら、随分と長居してしまったようだ。

 フミアキの周り、大通りは足早に帰宅するであろう労働者達の波となり、人波は汗の臭いと活気に満ちた笑顔を乗せて流れる。

 帰る家を目指して歩く人の群れに混じると、決まってフミアキは居心地の悪さに身の置き所を迷う。



(だから、外出はしたくなかったんだ。通り雨でもくれば、少しは静かになるものか)



 今にも降りだしそうな空模様に、今日の大通りの足並みは何時もより早く、足を止めたフミアキを人々がどんどん追い越していく。

 先程までフミアキの前を歩いていたクーは、もう人ごみに紛れて見えなくなっていた。

 フミアキが足を止めたのだから当たり前の事だろう。

 今日のクーは、やはりかすこぶる上機嫌だった。



 あの後の話になるが、ハヴォックは代金はいらないと言い、フミアキに新しい筆と、クーにはクーの為だけに作り続けた多くの筆を持たせた。

 大盤振る舞いにフミアキは目を白黒させたが、事情に立ち入るのも野暮と思い、素直に感謝を述べて新しい仕事道具を受け取ったのだった。

 木箱に収められた実物を見た時、あまりの出来の良さに頬が若干引き攣りそうになった。

 直ぐ様値段を想像してしまう辺り、小市民根性が見える。



 雨が降り出してきた。

 思考の渦にハマリ込んでいたフミアキを現状に引き戻したのは、曇天からこぼれ落ちた水滴だった。

 ようやく重たい足を上げて、仮宿となっている屋敷に向けて歩き出した。



「先生ーーッ!なにしてるの?!」



 黒い皮の手提げ鞄を胸の前に抱きしめて、先に進んでしまっていたクーが、慌てた様子で駆けてくるのが見えた。

 中に詰まっている筆が重いのか、見ていて危なかっしさを覚える走り方で、帰宅を急ぐ波の中をかき分けて来る。

 通行人の事を考えて、フミアキは大通りの端の方に寄りながら、鈍い動きで歩く。



「あふッ」



 端に寄った事が災いしたのか、路地裏の方から出てきた一人と、クーは運悪くぶつかってしまった。

 筋肉質でガタイの良い男にぶつかったクーは、そのまま尻餅をついて倒れる。

 二人組の男は、どちらも人相が悪く、フミアキはこの後の展開を容易に想像された。

 取り敢えず、二人組の前、クーを庇うように間に入り、日本人的に謝罪をする。



「申し訳ありません。その子が失礼をしました」



 どちらの男もニタニタといやらしい笑いをしている。

 クーがぶつかった方の男が、太い二の腕をフミアキに見せつけるようにして、笑いながら困ったと言った顔を雑につくった。



「あー、いってぇなぁ。前見て歩かねぇと、危ねぇだろうがよ」



「おいおい、大丈夫かよ?あんだけ勢いよくぶち当たったんだ、こりゃ怪我の一つもして当然だな」



 クーは「え?え?」と言った顔で困っている。

 やっぱりか。と思うのはフミアキで、穏便に穏便にと刺激しないように下手に構えた。



「すいません、謝罪はこの通り。ですが、そちらが急に出てきたのも事実ですし、ここは両成敗と言う事で収めて頂けませんか?」



「あったま一つ下げたくれぇで、なぁに言ってやがんだ?こっちは当てられた時に、いてぇ思いしてんだ。怪我しちまったんだよ」



「それにな、こんな雨降って帰って一杯引っ掛けようと思ったのによ。足止めくらって風邪までひきそうなんだぜ?」



 この雨濡れの責任まで持ち出して、難癖を付けてくる二人組は強気に押してくる。

 二人組から見れば、身なりの良いお子様とヘタレなひょろい男は、カモにネギと見えただろう。

 ならば、ここの解決策はもはや現金以外に有り得ない。

 いつものフミアキなら、金銭でカタがつくならば安いものだと出していただろうが、生憎と持ち合わせがなかった。

 本日のお財布であるクーに出させる事は、あまりにも格好がつかない。結果。



「金銭のタカリですか。顔と一緒でゲスな行為ですね。そもそも、人としての矜持があるなら……あぁ、路地裏から出てきたと言う事は、ゴミかガラクタが勝手に動き出したのか。うわ、納得」



「ってめぇ!喧嘩売ってんのかぁ?!」



「おい、ちょっとこっちこいや!」



 その少し前まで、フミアキの機嫌が悪かった事もあってか、雑言が口滑らかにつく。

 ようやく立ち上がったクーを背に隠して、挑発した所で二人の腕と間をくぐり抜け、今来た道を戻るように走り出した。 

 力の差は歴然なので、フミアキとしては掴まれたら終わりだろう。

 ひょろい男の意外な瞬発力に、驚いた二人の腕は敢え無く空振り、走り去るフミアキは更にその事も含めて挑発し直す。



「ぷぷっ、ちょろいと思った相手に出し抜かれてどんな気分?それでは私はこれにて失礼、さよーならー!」



 最後に大声を張り上げたのは、どうせ近くにいるであろうアイリか、他の護衛メンバーに気付かせるためである。

 あの場で待っていても駆けつけるとは思ったが、万一を考えてクーから引き離す方を取ったフミアキは、雨の大通りを走り路地裏向けて面舵を取った。



 運動不足な体は容易に悲鳴を上げる。

 気候による湿気に、吹き出す汗、自律神経への過度のストレス、フミアキは未だ捕まらぬ事に驚嘆を覚えた。

 自分の腕の三倍はありそうな太い腕で殴られれば、力の加減次第だが簡単に逝けるだろうと他人事に想像する。

 別に構わないとも、早いか遅いかの命でしかない。そう思うも、体は絶叫を上げつつ足を回す。



 5秒でも足を止めれば命が暴力に晒されると言うのに、気が付けば内なる思考に沈んでいく。

 『自分の事は自分が一番分かる』と『自分の事は自分が一番分からない』この二つは、一体どちらが正のだろうか、益体もない事を考える。

 そんな事を考える自身の心の外に、モンスターに襲われる恐怖とはこんな心境かとも、別の思考回路で考え始める。



(今この感情は、次回の作品のキャラに生かせる。しかし、危機に陥っても案外心ってのは定まらないモノだな)



「ハハアッ!馬鹿野郎が!そっちは行き止まりだぜ!」



「おちょくりやがって!ぜってーコロス!」



 上手いこと二人組に誘導されたのか、ただ単にフミアキが抜けていたのか、チキンレースは路地裏の壁によって幕が降りる。

 息を整えるよりも先に、フミアキは右手を後ろに隠し、慌ただしくも雑になり過ぎないように動かす。

 二人組は追い詰めた余裕からか息を乱しつつも、勝ちを確信した下卑た顔でジリジリと間合いを詰める。



「結構いい仕立てじゃねーか?アレよ」



「だな、こりゃカルムの所の女も買えるかもよ」



 お互いがお互いに目配せをして、今日の予定を想像し愉悦に浸る。

 うんざりしながらも、フミアキは左手で雨に濡れた前髪をかきあげて、二人組の妄想に水を差す。



「頭の中までお花畑ですね。残念ながら私は財布を持ってない、つまりあなた達よりも貧乏なんですよ?ウソッ!私の所持金ってゴロツキよりも低い!って感じです。誠に遺憾を発揮しますよ」



「ハァッ!?意味わかんねーぞ!」



「てめ……金もねーのに、ナメた事抜かしてんのかぁ?!身ぐるみ剥がされねぇとでも思ってんのか!」



「舐めて油断してくれたのはそちらさん、ってね。時間かけてくれて有難う」



 右手で構築した空陣を無理矢理起こす。

 方陣の円環陣特有の青白い燐光が、暗くなった路地裏で存在感を強烈に示した。

 これには二人組の顔が変わる。

 楽な獲物だと思っていたのが、方陣士だとすれば話は違う。

 肉体的に高いポテンシャルが故に方陣の素養を持つのか、方陣の素養を持つが故にポテンシャルの高い肉体を持つのか議論が熱いが、兎も角として、一般的な認識として、方陣士は一般人からすれば“強靭な肉体”を持つ。


 二人組は、目の前の光景を見て思った。

 なんて陰険な男だろうかと、自分たちよりも遥かに強いハズの存在は、羊の皮を被って自分たちを騙したのだ。ヘタレな雰囲気を被って、わざわざ下手に出る真似をしながら、舌なめずりをしてこんな路地裏に誘導した。そう考える。

 例え腕っ節が自慢のゴロツキであろうと、一瞬で負けの思考が浮かぶほどに、方陣士は恐れられていた。

 庇護される側にとっては頼もしく、牙を剥いた相手にはそら恐ろしい。

 そして今、敵対した二人のゴロツキは恐怖する。



「……さぁ、覚悟はいいですか?」



 フミアキはたっぷり時間をかけて、二人に宣言した。

 逃げの一考しか頭にない二人は、しかし、その場から動けないでいた。

 一流の方陣士は、『力ある紋言』を必要としない。故に、どのような方陣を使うのか全く分からず、迂闊に動いてしまっては、無防備な背中を晒す恐れがあり、かと言って真っ向から打ち合うには、相手に時間を与えすぎたと、後悔で顔が引き攣る。



「――――『布団が――――吹っ飛んだ』――――」



「ヒィィッッ!」



「悪かったーー!悪かったーー!」



 頭を抱える男、手を合せ踞る男、フミアキの空陣は――――派手の音と共に消滅した。



「あちゃー、やっぱり無理だったか。空陣って難しいんですよね。アイリさんはよくスラスラ描けると尊敬します」



「……」



「……」



「あ、今の内に地陣描いて逃げれるっぽい。よーし――――」



「……おい」



「……てめぇ」



 ――――ざっけんんじゃねぇぇぇぇ!!二人の男の声がハモった。

 方陣を描けても力を引き出す事が出来ないニセモノが、稀に居る。

 フミアキは地陣ならばなんとかなる所なのだが、二人組に知る由はない。

 目の前で派手に方陣を散らした光景を見れば、当然、いいように手玉に取られたと受け取るだろう。

 安心を取り戻し、追っかけていた時以上の怒りを燃え上がらせた二人組は、鬱憤を拳に籠めて放った。



「ぶっっ?!」



「オラ!こんなモンじゃすまさねぇゾォォォ!!」



「みっともなく吐けよ!クソ野郎が!!」



 首から上が無くなったのかと思うほどの衝撃を一発、胃が押し潰され口から出そうになるほどの衝撃を一発。

 路地裏の壁に、フミアキは体を激しく打ち付け、背中も痛打する。

 収まりつかないゴロツキは、フミアキの襟元を掴み上げて無理矢理立たせた。



「ざまぁねぇな!おい?!」



「“いい顔”だぜ?もっと男前にしてやろうか!」



「……いい顔?は、はっ、はっはっは!あんまり私が憎いものだからって、随分と不用意に“近付きましたね”」



「頭おかしくなったか?まぁいい、俺の一撃食らっても“キレイな顔”なのは気に食わねぇからよ。酒を飲む口増やしてやるかぁ?!」



「痩せ我慢かよ。そんな“情けねぇ面”で、よく吼えたモンだな!」



 ここで二人の男達は、お互いに顔を見合わせる。

 何故か激しい“違和感”が胸に湧き上がってきた。

 フミアキの襟元を締め上げ、ナイフを取り出した男は、隣で吼えている男が別の生き物のように思えた。

 隣にいた男は、フミアキの襟元を締め上げている男が、いつも連んでいる同じ男に思えない。

 訳の分からない感情は、男達の正常な感覚を奪った。



「お、おい……おまえさっきから何とぼけた事言ってんだ?」



「おまえこそ……こいつの顔ちゃんと見てんのかよ?」



 自分達の矛盾を投げかけ合う。

 あれ程に怒り狂っていた感情は、冷水を掛けられたように静まり、意識し始めた違和感がまた更なる違和感に変貌していく。

 二人の変化を、さもおかしげに笑うモノが居た。



「どうしました。ほら、まだ二発しか殴っていませんよ?まだ私は生きていますよ?さぁ……“私の顔をよく見て下さい”」



 ――――“私の顔はどんな風に見えますか?”



「やめろ……」



「あ、あ、あ、あ、あ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ」



 雨の降る路地裏の一画で、野太い奇声が二つ上がる。

 それっきり音は途絶えた。






 ここまで読んで頂き、有難う御座います。


 そろそろ話を早めますかと、言う訳でフミアキの心情を交えつつ。

 なんのこっちゃって終わり方ですが、次話でアイリ視点でお送りしますので、少々お待ち下さい。

 全然鬱じゃないですよ?


 ご指摘、罵倒お待ちしております。


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