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27話 しゃぼんの残光

お久しぶりです。間が空いたので前回までのあらすじです。


なんやかんやでクーを含め数人が転がり込んできました。

そんな夏の暑いある日、突発的に『しゃぼん玉』を作る事を思い至ったフミアキは、クーを利用して材料を集める事に成功しました。

しゃぼん玉で遊んでいる所に、クーと一緒に転がり込んできた人物が、突如乱入してきました。

小さな少女としゃぼん玉にどんな関係があるのでしょうか。


出だしが前回の終より、少し前から始まります。

 しゃぼん玉。

 フミアキは、そう言ってクーの前で、集めた道具を使って、それらの用途を実演した。



 それは、クーにとって未知の現象で、驚きのあまりに(ほう)けてしまった。

 フミアキが口を付けた水道茎(すいどうくき)の先端からは、玉虫色をまとった、まあるい形容し難い玉を生み出した。

 形容し難かったのは、しゃぼん玉が生きているかのように、縦に横に弾力を持ちながら弾んでいたからに他ない。

 そのしゃぼん玉は、陽光に当たって極彩の光を生み出す。

 色の美意識ならば、方陣の燐光の方がキレイだと言えた。

 しかし、シャボン玉と教えられたまあるいモノは、ふわりふわりと宙を舞うたびに、クーの目を引きつける。

 何度目を凝らしても、言葉に出来ない不思議としか言えない。そんなシャボン玉は生きているかのように、表面は波打ち右へ左へ上に下に予想もつかない動きをする。

 かと思えば、あっさりと弾けて消えた。


 

 これだけ摩訶不思議な現象が、なんの力も伴わない事に気がつき、また更に驚いた。

 フミアキのやり方を見ていると、水道茎(すいどうくき)に口をつけて、息を吐き出しているだけ。

 うずうずして、ついフミアキにねだってしまったが、(こころよ)く一式を貸してくれた。



 クー自身が、息を吐き球を膨らませ作りあげる。

 感動した。

 大きく息を吐けば大きなシャボン玉が、小さく息を吐けば小さなシャボン玉が、まるで新しい力を創っているみたいで興奮する。



 そして“気付いてはいけない”事に、気が付いてしまった。



(あれ、これって……さっきまで……先生が……口につ、つ、つ、つ、つぅぅぅぅ!?)



 膨大な情報量がクーの脳裏に氾濫した。

 「水道茎(すいどうくき)の先端」「さっきまで」「先生が口に」「同じ物を」「同じ所を」「今まさに」「自分も」「く ち に」「く わ え て」「いる」「先端は」「少し」「湿って」「この湿って」「誰の」「誰の」「誰の」「だ え ○ ○ ○ ○」「落ち」「落ち」「落ち」



 「落ち着けるかぁぁぁぁ!!?」声に出してしまいそうな、圧倒的混乱の中で激しい戦いが繰り広げられる。

 生家で鍛えられた、心を殺す技術が今この瞬間、クーの社会的生存率を高め救う。

 しかし、(よこしま)な思いは唐突に出現した。



(バレないようにこっそり舐めたら……)



 「違う」「違う」「違う」「これじゃ変態で」「は、ないか」「“私”は、王族の」「血を連ねし」「この程度で」「いや」「今は」「クーだから」「いいんじゃ?」「いや、まて」「“私”」「バレた」「ら、引かれ」「それだけはッ!!」



 「もう成人しているのだ。全く子供ではないぞ」自身の心に自制心を発揮させる。



 どこか遠くで聞こえてくる。



「どうやってもフミアキ様の経歴は追えませんでした。一体……」



水道茎(すいどうくき)をくわえたまま、クーが動かないんですがどうしたんでしょうね」



(ひとレロくらい、いいんじゃ……?)



 自分に負けかけたその時、突然の衝撃を受けた。

 それでも水道茎(すいどうくき)を離さなかった為に、盛大にシャボン玉を吐き出しながら、衝撃を放った物体と共に倒れ込んだのだった。



 どさくさに紛れて、クーが水道茎(すいどうくき)の先端を舐める事が出来たのか、それはもうきっと分からないだろう。











「何だか、クーから得体の知れない波動、と言うか、力の波の様なうねりを感じるんですけど」



 ぽつり独白するも、クーは先程までの己の心情を整理しようと自問自答を始め、チシャと呼ばれた少女は仁王立ちするアイリの前、正座をしている為に答える人間はいなかった。

 ここは大人しく事態の推移を見守ろう。と、部外者よろしくじっとする事に決めたフミアキだった。



「チシャ、黙っていては分からん。クーエンフュルダ様への無礼、何の意図があっての事だ」



「……それは」



「いやー、しかし男前な喋り方ですよね。別に、私なんぞに使い分ける必要ないと思うんですがねぇ」



「フミアキ様、お少し黙ってては頂けないでしょうか」



「こわこわ。はい、お口にチャック」



 アイリの眼光が鋭くなるも、お口にチャックのジェスチャーで、沈黙をアピールするも不発したようだ。

 どうにも調子を狂わせる。そう思い、アイリはもう一度気持ちを組み立てる。



「クーエンフュルダ様に、危害を加えようとした訳ではないのは理解している。が、どう言う経緯で行為に至ったのか、それが聞きたいのだ」



「申し訳ありませんでした……」



「それは、クーエンフュルダ様に――。ふぅ、戻って来られてから改めて言う事だ」



 クーは未だ硬直しているが、事故のショックで固まっているようには見えず、心ここにあらずと言った風になっていた。

 時折、ゴオォと音をたて力をうねらせているのだから、間違いないのだろう。

 アイリの視線が、クーから再びチシャに移ったのを見計らい、フミアキはクーの傍にしゃがみ、アイリに怒られない様に小さく問いかける。



(クー、クー。何処に行ってるんですかキミは。この説教空間も、キミが「気にしない」って言えば、すぐ終わるんですよー。と言うかですね、キミが旅立ってると巻き添え食らってる、私の心理的負担が増大するじゃないですか。仲良く説教空間を共有しようと言う気になりませんか?)



 こめかみが動きそうになるのを堪えて、アイリはチシャの真意を問いただす。



「確かに、クーエンフュルダ様ならば「気にしない」と、仰るだろうが、普段はアノ様な粗相をしないお前だ。何か理由があるのだろう?」



「驚いてしまって」



(自分は兎も角、他人の説教って聞いてると居心地悪いんですよね。何処に行ってるのやら、戻って来ないとほっぺ延ばしますよー。おー、若い肌はよく延びますね。うりゃー、そりゃー……くっくっく、戻ってきた時に、キミのほっぺは大変な事になっている)



 ――ん?地鳴りですか?何処からともなく地を鳴らす音が響く。

 発信源は、氷の双眸。まるで氷山が崩落する時に響く、遠く静かに軋む重奏が見事に再現されている。



「今日も残暑が厳しい為に、私は今氷を纏っております」



「良うございました。(ついで)に氷菓も御召し上がりになりますか?」



「……」



 丁寧な口調の中に、隠す事もなく怒気が含まれる。

 暗に黙っててほしいと、アイリから釘を刺された。

 さすがに口まで凍らされては息ができない、ここは大人しく事態の推移を見守るフミアキだった。



「あの、いいでしょうか?」



「ようやく話す気になったか」



 話したくても話せない状況だった。とは言えず、チシャは声変わりが済んでいない、少し音の甘い声で続きを繋げた。



「まさかこんな場所で見るとは思わなくて、それで取り乱してしまって」



「見る、とは?」



「『虹色卵(にじいろたまご)』の事です」



「虹色卵とは、一体何なのだ?」



「たぶん、さっきまで宙に浮いていた玉の事だと思います……アイリーン様、教えて下さい!アレはどうやって生まれた物なんです?!」



「ふむ、シャボン玉の事か。私もつい先程、初めて見たものだからな……ヴーガの汗を使っていた。と、言う事くらいしかな」



 ちらりと氷像の方へ目をやると、フミアキが何やら口を動かしていた。



「……何か仰りたい事が?」



 口は動いているが、音は出ていない。

 おかしな行為に(いぶか)しむアイリだったが、取り敢えず唇の動きを読み取り音に出してみる。



「……て・る・し・て・る、知ってる?」



 アイリの言葉を聞きフミアキは、正解だと言わんばかりにウィンクをばちりこ。気持ち悪い。

 どうやら続きがあるみたいで、同じ要領にて読み取っていく。



「た・ま・ご・し・て・る・お・れ・さ・ま・し・て・る・あ・い・り・さ・ん・び・じ……」



 無言で沈めたい衝動に駆られる。

 調子を乱される訳にいかないと、怒りを氷の仮面の下に押し留め疑問を口にした。



「何故喋らないのでしょうか……」



 再びフミアキは唇を動かす。音にする気はないようだ。

 アイリはもう読み上げる気はなく、心の中で当てはめ形にする。



(アイリさんが、黙っててくれ的な事を言ったから)



 ぴきぴきっと、こめかみが引き吊った。



「子供ですか!あなたは!」



「と、突然どうし……アイリーン様?」



「はぁはぁ、いや、こちらの精神力を根こそぎ持ってかれただけだ……」



 若干投げやりになりながら「普通に喋って結構です」と、フミアキに張った氷を剥がす。

 自由になったフミアキは、首をコキコキ鳴らして背伸び一回、深呼吸を三回する。



「初めまして、フミアキと申します。挨拶が遅れましたね」



 改めまして、と言った感じでチシャに向き、簡潔過ぎる自己紹介を口にする。

 しかし、チシャは目を合わせる事もなく、無言のまま沈黙を残す。

 そして次に口を開いたのは、アイリだった。



「チシャ、サイリ達がフミアキ様に挨拶した時もそうだが、何が……アノ事件以外の何が気に食わんのだ」



「まぁまぁ、私に対しての態度は一つ、横に置いといて下さい。思春期真っ盛りの女の子に、嫌われても仕方のない事した自覚はありますんで……。ははは、しかし随分とマイナーな話を知ってるんですね」



 ――クー、ちょっと貸して下さい。そう言ってフミアキは、クーからシャボン玉セットを自分の手に戻す。

 ヴーガの汗に簡易ストローの先を浸し、軽く息を吐く。

 陽の光に照らされたシャボンの玉は、様々な色を波打たせ風に運ばれた。

 空で弾けるシャボン玉を見て、チシャが落胆する。



「違う、これは偽物……でも、あの人の言ったのと似てる。でも、似てるだけ」



「だから、一体なんの話なのだと……」



「伝説がね、あるんですよ。一体いつ生まれたのか、どうやって伝わったのか、有名でもない伝説です。『虹色卵』は、言葉の通り虹の色に似た卵を指すようです。その卵を割らずに天に孵すと、平和が1000年続くだろう……と、ね。私が聞いたのはこんな内容です」



「そこは……知ってる。チシャが知りたいのは、本物の虹色卵」



「本物、ですか。がっかりしますよ?」



 ――さて置き、おーいまだ戻ってきませんか?一旦話を切り上げて、クーの頭をぽんぽんと叩く。

 我に帰ったクーは、やたらと赤い顔をしていたために、フミアキは熱中症かと気にかかった。

 少し熱を貯めたクーのおでこに、先程まで凍っていた手を肌に当てる。

 たるみのない良く張った肌の弾力が、フミアキの手になじむ。



「うぅー、気持ちいい……またアイリに怒られたの?あれ?いつの間に凍ってたの?」



「クーが旅立ってる間の内に、ですよ。今日も暑いですから、水分はちゃんと取らないといけないですよ」



「知ってるの?本物の虹色卵の事を知ってるの?!」



「きゃぁ?!チシャ……びっくりしたよ」



 話は終わってない。と、ばかりにクーに構うフミアキを見て、チシャが猛然と食ってかかる。

 チシャの余裕のない態度にも「ここじゃ直射で暑いから、中いきませんか?」とのんびりフミアキが提案する。

 一人スタスタと屋敷の方に歩いていってしまった。

 フミアキのマイペースぶりに、頭の中が茹で上がりそうになるチシャだった。



「アイリさん、今日みたいに暑い日は、身体に熱が溜まってしまいます。何時もより多めにいれて貰っていいですか?」



 普段、クー達がよく使う談話室までやってきた。

 アイリに飲み物を要求し、椅子に腰掛ける。

 彼女の事、以前口にした冷茶を持って来てくれるだろう。フミアキから見て、随分気に入った様に見受けられた。

 そして紅茶には利尿作用があり、利尿作用から始まる一連の結果は、身体の中に溜まった熱を出す作用に働く。尿はあれで温度が高い。

 クーくらい若ければ、すぐに『ブルルッ』と来るだろう。結構失礼な事を考えながら、健康面を気遣う。

 椅子に座りゆっくり考えていたら、圧をまとった一対の双眸に睨まれた。

 警戒心と敵対心の篭った視線ながら、縋るような目で話の続きを催促する。



「あぁ、結論から言いますと、そんなモノありませんよ。どうやら話の元が共通みたいですね。まぁ、彼は旅の人、あちらこちらで虹色卵の話を披露してたようですし、そう言う偶然もあるかもしれないですかね。つまりは、出処が重なるくらいマイナーな、いえ、大した事のない話なんですよねぇ。おーこわ、その目で見ないで下さいよ。そう言うのも、ですね……クレロ伯爵って知ってますか?貴族でありながら冒険家、そして極度の夢想家で妄想癖の持ち主なんですが。その彼の手記に、わずか一ページだけ書かれたホラ話、与太話の類なんですよ」



 カップに一口つけて口腔を潤す。

 丁寧に、しかし淡々と説明を続けるフミアキとは真逆に、チシャの小さな身体は怒気を漂わせ、親の仇でも見ているかの様に眼力が強くなる。



「さっきまで作ってたアレあるじゃないですか。確か、どこかの村の伝承儀式として似たのが…いえ、そちらが原型だと思うんですが、あるんですよ。その村では『空の泡』って呼ばれてまして、えーっと、雨乞いの儀式に使われているんです。そちらの記述の方が古くてですね、クレロ伯爵が記述を参考に創った妄想だと考えるのが合ってると思います」



 過去フミアキが旅の空で出会った青年は、十八番の様に自身の夢を披露してくれた。

 虹色卵の伝説を信じ、平和を願うそのさまは、まるで子供のように純真だったとフミアキは覚えている。

 青年との出会いは、フミアキの酷い痛みの旅の中では、良い記憶として印象強く残っていた。

 王都に居を構え、虹色卵の事を思い出し調べてみたら、結果として青年の語った虹色卵伝説は、クレロ伯爵後年の曰くつきの手記が元であり、そして別の書物から空の泡伝承を見つけてしまった。

 二つの話の年代差、クレロ伯爵と言う著者の性格、そして晩年の異常性。

 フミアキとしては、調べない方がよかったと思う真実であった。

 そう思えるくらいに、青年との思い出は大切なモノだった。



「もうそう……?あの人の夢が、妄想っ」



 呟く声はかすれ、チシャはその小さい身体を小刻みに揺らしていた。

 怒気を通り抜け、憎しみを込めた殺気に歪む二つの眼に、アイリは寒気すら覚えた。



「チシャっ、何を考えている。お前のその力は制御が――――」



 拙い空気を感じ取り、焦ったのはアイリだった。

 クーの周りの人間は、大なり小なり問題を抱えている。

 それは、環境や状況に流され傷つけられた者もいれば、生まれた事に罪を押し付けられた者もいた。

 チシャは、クーとの境遇に近しかった。

 クーよりも幼く、未熟な心は今や決壊を起こし、奔流の如き力はフミアキに向かっていた。



「え?アイリさんどうし……おぉぉぉぉお?頭が掻き回されっ?!自分でも今、信じられない状況に陥っております。何事もない平凡な人生を、歩んで来た私に、突然と降りかかる不幸。一体?何故?そんな言葉しか選べない、ボキャブラリーのない私は、気持ち悪っ、吐きそう、実況してる場合じゃ、が、ダメかもしんない」



「先生ッ?!」



 クーの悲鳴じみた声が聞こえる。

 慌てたアイリは、チシャを怒鳴りつけた。

 クー程ではないにしろ、チシャは数少ない居来種(きょらいしゅ)としての力を持っている。

 制御の甘い危険な力を、まだ感情の未熟な子供が振るうには、あまりに危険過ぎた。



「約束を忘れたのか!?未熟な力を振り回せば、自分にも返ってくるのだぞ!」



「チシャッ、やめてよ!このままじゃ先生が!」



「そうです!私の命はもうゼロよ!」



「……」



「……」



「……」



「……なぜ、効かないの?」



「えッ?」



「え?」



「えっ」



「……」



「……」



「……」



「……」



「……」




 ここまで読んでいただき、有難う御座います。


 間を空けてしまって申し訳ありませんでした。

 一旦距離が出来てしまうと、再開のハードルが高いのなんの。


 いろいろと新しく生まれ変わった(表面だけ)作品を、よろしければ最後までお付き合い下さい。


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