3話 昼で夜
一日の内に二度死にかけた事件から三日目、フミアキはまだベットの住人でいた。
クーエンフュルダの力が強かったのか、それともフミアキの体力が貧弱だったのか、一日目は起き上がる事すら出来なかったのだ。
「あれはアイリさんに、上手く嵌められたかな、いや、試された…そんな感じか」
ある人物の真意を忖度するに、怒らせるか死に際まで追い込む、本音を零さずには居られない状況を作る。
主人にとってフミアキと言う人間は、信用するに足る人物か否か。
フミアキにとって、前回の遣り取りは試され様な印象を受けた。
「にしては…、些か乱暴だった様な、時間を掛けるゆとりがなかった?性急に確かめたかった?案外、大雑把な性格だった?クー以外はどうでも?あ、これが一番しっくりき……」
「随分な仰り様ですね」
「ヒィッ!」
何時もの如く、いつの間にかアイリが紅茶を煎れている。
もちろん無音で。フミアキの心臓は、事、アイリに関して最弱である。
トラウマに昇華されたのかもしれない。
「サイレント・ティーは止めてくださいよ…」
「変な固有名詞を付けないで下さい、それとノックは致しました」
今日も無表情が固定のアイリに、腰が引ける、ベットの上だが。
ありがたく、と紅茶を貰うフミアキにアイリが続ける。
「楽しそうな話でしたので、声を掛けそびれました」
まずい、と言う顔をしフミアキは露骨な話題転換を図る。
「そう言えば、茶樹の中には態と葉に付く害虫を駆除せず、放置する育成方法があるらしいんですよ」
「……」
「…これはですね、害虫に葉を噛まれた茶樹が再生の為に変色するんですよ」
「………」
「……実はこれ、変色ではなくて発酵してるんですよ、茶樹が本来持つ香りは、害虫と茶樹が持つ再生能力で、特有の匂いに変化、する、それを収穫、製茶する、そうですよ」
「……………」
「…………ははは、でも、茶樹自身は、治そうとしたら、今度は、摘まれて踏んだり、蹴ったり、じゃないですか?」
「そうですか」
もう無理だ…。と、悟ったのか、はたまた諦めたのか、三日前の出来事が鮮明に脳裏を過ぎる。
もう、遺書くらい作って置いた方がいいのかもしれない。
「そうですか、では…――」
バターン!と扉の開けられた音にてアイリの言葉が遮られる。
「フミアキさん!倒れたってどう言う事ですかぁーーーー!!」
「原稿の締切がもうすぐ…、って、フミアキさんが居ない!?」
「そんな、椅子から生えてる新種の自生植物だったんじゃ?!」
「あ!足でも生えて移動出来る様になったとか、新種恐るべし」
「そんな事より、原稿ーーーー!!どうしよどうしよどうしよ」と、書斎の方から聞こえてきた。
「……」
「……」
「…アイリさん、連れてきて貰っていいですか」
分かりましたと、小さく綺麗なお辞儀をして書斎に向かうアイリに、フミアキは小さく安堵した。
「もー、そう言う事は早く言ってくださいよー」
そうぷりぷりしながら話すと、女性はハニーブロンドの肩口で切り揃えた髪を揺らしながら、フミアキに抗議してきた。
「ラミアさん、そんな事言いましてもね、こちらも立て込んでたからしょうがないでしょうに」
「だーかーらー、なんで少し間空けたら、家は綺麗になってるわ、メイドはいるわ、原稿は出来てないわ、一番なのは椅子から移動してる事、驚かせすぎですよー!」
「貴女もう19でしょう、少しは落ち着いたらどうなんですか。それと、一番驚いたのがソレってドウなんですかね」
「十分落ち着いてますー、弟から『姉さんは発育だけはいいよな』って言われるんですからー」
「ソレ、嫌味じゃ…」
「えっ?大人って事でしょー?」
アイリやフミアキよりも、高い位置にある頭を少し傾げてラミアが答えた。
女性にしては珍しい高身長を持つ彼女の、一番のコンプレックスの話に発展する前にフミアキが話題を変える。
その身長から繰り出される攻撃に、今は耐えられないと踏んだからである。
「取り敢えず、こんな状態なので原稿はもうちょっと待って下さい」
「後4日は待ちますから、大丈夫ですよー」
「4日って…、全然締切延びてないじゃないですか」
「だって、ここの所反響は良くなって売上げ伸びたんです。所長から『そろそろ気が緩むからな、絶対アイツの原稿を持ってコイ』って指ポキポキ鳴らしながら言われたらー…」
居るはずのない所長の姿が見えるのか、首をぶんぶん振って青醒めるラミアに少し同情するも、命がかかるのはフミアキも同じである。
「私の命も、もって4日ですか。なかなか悪くない人生でしたね」
ベットから遠くを見つめながら、刻一刻と薄くなるフミアキを必死に押し留める。
原稿が書けなければ制裁を受けるのはフミアキだが、もちろん原稿を持ってこれなければ、ラミアも説教を受けるのは確実である、わりかしマジに気絶するらしい。
「フミアキさん?!逝かないでー!!原稿、せめて原稿書いてから逝ってーーーー!!」
――ちょ、首が首が絞まっ。焦ったラミアに襲われ、無自覚なままに絞め落とされた。
きっかり10分後に目覚めたフミアキが、「実はほぼ原稿は出来てるんですよ」と明かす。
「どーして意地悪するんですかー!!」
大きな声量でもって、拳が飛んできて意識も一緒に飛んでしまった。
「やれやれ、酷い目にあった」
少し開け放った窓から夜の風が吹いてくる、初夏も過ぎたがまだ夏の暑さは感じない。
昼の出来事にボヤきつつ、手元には原稿を置いて推敲する。
「これで三冊目、本当にここまで出せるとはなぁ…」
感慨深げに息が漏れる。何時もの困った様な溜息ではなくしみじみと噛み締めた口から。
「こちらに来てからもう三年か、思えば遠くに来たもんだ…」
部屋は暗く、手元を照らすだけの小さなランプの火が、ジジッ…と燃える。
「私はね、今の生活にとても満足してるんですよ。ですから、そんな怖い顔しないでください」
口調を変え、部屋の隅のくらがかりに向けて言い放つ。
フミアキにしては、割と真面目な声を出す。
「…」
すぅーっとアイリの姿が薄暗闇に浮かび上がる。
「びっくりしました?いや、何時も驚かされてばっかりですからね。でも、表情変わりませんね。疲れませんか?」
冗談めかして喋るフミアキに向かって、アイリの威圧が増す。
「おぅ、そんなに睨まないでくださいよ。ちょっと場を和ましたかっただけなんですけどね」
自分で空気を作って、自ら壊しては世話のない話だが…、もう一度、真面目な顔を作りアイリに向かい合う。
「何を言ったら貴女は納得してくれるんでしょうね。先程も言いましたが、私は現状に何ら不満はありません。ですから、これ以上望むモノは無いんですよ」
「貴方様が宜しくても“教導院”は、そう思っていないのではありませんか?」
『教導院』それはこの国に住んでるなら無縁では居れない。
太陽神ソールを唯一神と崇め、国のみならず世界宗教と言っていい規模を持つ。
「教導院ですか、あの時は本気で死を覚悟しましたね」
まるで良き過去を懐かしむ様に話すフミアキに、アイリの眉が僅かに動く。
「私が『氷』を撃った時も、貴方様は死を覚悟する様な言葉を口にしました。アレは分かっていて巫山戯たのですか」
「死ぬかもしれないと思ったのは正真です。真面目な遺言ですよ」
「貴方様は異常です」
ケロッと答えるフミアキに、短く言い切る。
あの時、手加減して殺さぬようにアイリが放った形としての死に対して、淡々と遺言を述べるフミアキのその姿は、理解出来ぬモノであった。
ましてや、どれもこれも死を前にして言うには客観過ぎる。
「いやはや、手厳しいですね」
「我が主に、少しでも悪害になると判断した時、今の様に覚悟を決めておかれるといいでしょう」
――御心が鈍らぬ様に。と、言いつつ退室していった。
「誰も彼も、死を忌避し過ぎている。そんなに怖いモノじゃないのにな。もっと怖いモノなんていくらでも…」
零すフミアキの言葉は、今度こそ誰にも受け取られる事なく薄暗がりに消えていった。
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有難う御座います。有難う御座います。
※12/17改稿
※8/1改稿