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26話 しゃぼんの光り

「――章、屋――高い、ふふっ――――それじゃ――あぁ、キレイね」



 夢を見ていた。

 幼い自分と、年を経らない姉の姿。



「懐かしい……年を経る訳がないか。もう死んでんだし」



 ベットの上で、起こした上半身を伸ばし大きくあくびをする。

 背骨が伸びる感覚と、口から大量に入る空気に眠気を追い出す。

 フミアキは自分の手に目を向けた。

 節榑(ふしくれ)たひょろ長い指をじっと見る。

 手だけを見るならば、貴族のソレに近い柔らかさと荒れのない指肌には所々インクの染みが出来ていた。



 こちらに来てからの変化。

 そう自分は年を経り“変化”するが、故人は当時のままだ。

 手を見詰めながら徒然(つれづれ)思い、自然と笑みがこぼれ落ちる。

 自虐か、自嘲か。



「よし、今日は目的が出来たな」



 思い付く事を頭の中で廻らし、支度を整える。

 パリリとノリの効いた上着に袖を通し、仕事人に感謝する。

 ヨレヨレの服を頓着(とんちゃく)なく着こなしていたフミアキだったが、クー達が居候する様になってからは生活水準の向上を感じずにはいられなかった。

 気が引き締まる。などと、緩い顔で一人ごちる。



 右回りの太陽は、朝を過ぎた事を物語るように、丸い輪郭と存在感を(あらわ)にする。

 故郷の日本に近い気候のこの世界は、フミアキにとって四度目の残暑を迎えようとしていた。











 廊下に出たフミアキだったが、丁度書斎の扉が開き出てくる人影が見えた。

 フミアキの寝室は書斎の隣であり、厨房に向かうのならば前を横切る必要がある。



「先生、珍しいね廊下で会うなんて。今起きたの?朝ごはん食べた?」



「お早うございますクー。私にはなさねばならぬ事が出来ました」



「おはよう、まだ寝ぼけてるの?」



「……」



 意外に傷ついたフミアキだった。

 ともあれ、気持ちを入れ替え目的を思い出しまずは厨房を目指す。

 どう言う訳か、フミアキの後ろをクーが着いてくる。



「どうかしましたか、クー」



「うん、先生がちゃんとご飯食べるか見ておこうと思ってね」



 ――やれやれ信用ありませんね。と投げるも、心の中でドキリとする。

 それもそのハズ、食事をする為に厨房を目指している訳ではないからだ。

 普通に考えれば、食事を取ったあとに目的をこなせばいい話なのだが、一旦目的を持つと視野狭窄気味になってしまうのがフミアキの悪い癖だった。



(恐らく厨房には、今一番気まずい相手がいる。それだけでも手ごわいのに、そこにクーが加われば必然的にアイリさんもやってくる可能性が高い。目的が流れる騒動に発展してもおかしくは、ない……か)



「普段からしっかりした生活してるなら、見張る、なんて事しないよ」



(待てよ。上手くクーを誘導させれば、気まずい相手をやり過ごし目的を達成出来るんじゃないか?)



 無駄な事に力を注ぎ込もうとするフミアキだった。

 フミアキの寝室とは反対に位置する厨房だが、脳内で作戦を練る内に辿り着く。

 念の為に厨房を入口の角からそっと覗き込む。

 厨房には扉はなく、他の場所よりも大きな造りとなっている。

 人を招く事を前提とした、貴族として一般的な造りの屋敷のためであった。



 案の定、厨房の中にはラクシが居た。

 フミアキ達からは横顔が見えたが、随分と難しい顔を作り台を凝視している。



「何してるんだろ。声掛け難いね」



「あぁ、あの包装はキャラメルです。昨日キャラメルをいくつか渡しましたね」



 フミアキの言葉が正しく、台の上にはお手製のキャラメルが転がっている。

 初対面の挨拶の時に、ラクシが随分とキャラメルの事を気にしていたようだったので、お詫びとお近づきの印にとフミアキが送ったモノであった。



「アレ、本当に美味しかったよ。あ、食べた……どうして怖い顔してるんだろ」



「たぶん、調理人としての矜持とか、私に対する悪感情がそうさせてるんでしょうね」



 クーが苦い顔をする。

 そんな顔をさせてしまったフミアキは、クーの気持ちを嬉しくあり申し訳なさを覚えた。



「よし、クーエンフュルダ君。キミに任務を与えよう」



「任務?」



 意識的に明るく振舞って、クーに向く。

 突然の話に、オウム返しにクーは首を捻った。



「そう任務です。この作戦は本日の最優先事項としてあげられ、成否いかんでは今後に多大な影響を及ぼすかもしれない事も無い事もないかもしれません。“クーの力が必要”なんです。キミはまず厨房に潜り込み、目的とする『ある物』を取ってきて貰いたい。おそらくこの作戦は“クーでなければ無理”でしょう。私に“力が無い”ばかりに、“クーを頼ってしまう”実に情けない我が身の話ですが、“信じ”ています。“クーの力を貸して”ください」



 フミアキは熱弁を振るい、言葉の端々に洗の……協力を取り付け易いキーワードを潜ませる。

 しかしながら、これはあまりに露骨に過ぎるだろう。

 いかに箱入りクーであろうとも、こんな子供騙しに引っかかる事はない。



「うん!分かった、先生。僕に任せて!」



 なんと言う事でしょう、あっさり引っかかるクーだった。

 逆に、威勢のよい返事に誘導したフミアキが硬直した。

 「もう先生は……」などと呆れる姿を予想したフミアキは、心の中で己の迂闊(うかつ)を呪った。

 それはさておき、と頭につけて、勢いのまま話を切り出す。



「手に入れて貰いたい物は、『ヴーガの汗』って名前の物です」



「ヴーガの汗ってなに?」



「む、しまったうっかり。クーには無縁の品でしたから、知ってる訳はありませんでした。うーん、これくらいの小さい黒っぽい小瓶に入ってるんですけどね」



 人差し指と親指を伸ばし、目的の小瓶の大きさをクーに示す。

 小瓶の中身は、他の調味料などと区別しなければならない為に、一際特徴的に作られている。



「小さい黒っぽい小瓶だね。ちゃんと覚えたよ!」



「ならば良し!さぁ、行って来るのですクー!」



「何をして……クーエンフュルダ様。朝食はもう済んだハズですが、何か御用でしょうか?」



 厨房のテーブルに居たラクシが、入口で盛大に作戦を練っている二人に気付かない訳もなく、何事かと言った顔で声を掛けてきた。



「あ、ラクシ。実は先生がね……あれ?」



 ――落ち合う場所は例の所に。いいですか、小さい黒っぽい小瓶ですよぉぉぉ……。

 エコーを残し、去るフミアキの後ろ姿を見送る二人だった。



「……行っちゃった」



「何なのよ。あいつ」



 フミアキは全力疾走し、屋敷中央に当たる玄関ホールまで逃げてくる。

 もっと遠くに逃げるべきなのだが、全速力するに息が続かない三十代だった。



「ぜはーぜはー……ぐふぅ、危なかった。クーの方は何とかなるでしょう。次は『水道茎(すいどうくき)』を見つけねば」



 取り敢えず玄関扉を潜り外に出る。



「まぶしっ。旅してる頃はしょっちゅう見かけてたけど、確か川辺がデフォで、それ以外だと水源の豊かな土地ならよく生えている。っと、井戸を掘る目安にもなるんだったか」



 水道茎(すいどうくき)

 茎は筒状で、水脈の豊かな土地と水辺に多く生息する。

 頭頂部の赤く小さな花から、根子を通して汲み上げられた水を噴霧させ、周囲を常に湿潤に保つ。



「裏手の井戸周り、刈られてなければあるハズなんだけど、雑草扱いだからなー」



 井戸は厨房に近接して置いてあるために、屋敷を外回りで歩き井戸を目指す。

 再び厨房近くに舞い戻り、気配を消して遠巻きに様子見をする。



「……ぃょし」



「何が「よし」なのでしょうか」



「うひぃぃぃって、アイリさん何時の間に?」



「妙な気配を屋敷の近くで察しましたので、念の為と確認に来ました。やはりフミアキ様でしたか」



 メイドの姿をしていてもやはり本職、フミアキの存在がアイリの警報に引っ掛かったらしい。



「いや、そのですね。ちょっと水道茎(すいどうくき)を採りに……えぇ、別に変な事しようって訳では決して」



「そんな雑草を、ですか?」



「あ、先生。例の場所とか言われても分からないのに、行き成り走ってくからビックリしちゃったよ」



 厨房の勝手口、つまり井戸側の出入口から声を聞きつけ、クーがひょっこり顔を出す。

 「あれ、アイリどうしたの?」と不思議そうに付け足した。



「屋敷の付近に妙な気配を感じたと思ったら、フミアキ様が何かしておられました」



「そうなんだ。先生、この小瓶でよかったのかな?どーするの?」



「これで合ってます。助かりましたよ」



 小瓶の中身を確認して「ちょっと持ってて下さいね」と、クーの手に小瓶を戻し、井戸の近くに生えている水道茎(すいどうくき)を数本手折る。

 クーはフミアキが何をするのか、興味津々で作業を見守る。

 細めの茎を太めの茎に抜き差しし、太めの茎の中に通路を作り、所謂ストローを作った。

 試しに息を吹いて、茎ストローの具合を確かめる。



「この先っちょを小瓶に漬けて……はい、シャボン玉の完成です」



 一度小瓶に漬けた茎ストローを、軽く吹くと玉虫色のシャボン玉が一つ出来上がった。

 小さなシャボン玉はふわりふわりと、太陽の光を浴びて様々な光沢を魅せる。

 風に乗る様に上昇したかと思ったら、呆気なく弾けて消えた。

 一瞬の出来事に、クーはポカーンとした顔で見送り、次いで大はしゃぎした。



「わー!今のなに?!先生、もう一回!」



「いいですよ」



「これは、ヴーガの汗ですか?」



 目をきらきらさせているクーのために、もう一つシャボン玉を作り、アイリに小瓶の中身を見せる。



「昔の話なんですけどね。こうやって遊んだの思い出したら、急にやってみたくなりましてね」



「随分高価な遊びですね」



 アイリの言葉を受けて苦笑する。

 ヴーガの汗とは、所謂洗剤の事で、こちらでは一般に出回っているが値段はそこそこし、たかが遊びのために使うなど、親が許しはしないだろう。



「先生、僕もやってみたい!」



「えぇ、いいですよ。ただし吹くだけですよ?吸い込んだら大変ですからね」



 ――はーい!と、元気な返事でフミアキから、小瓶と簡易ストローを受け取る。

 天高く昇っていくシャボン玉を、眩しそうに見上げるフミアキに、どこか探るようにアイリは話を再開させた。



「昔と仰いますと、子供の頃からこのような物が手近にあったと言う事ですか?」



「そうですね。比較的簡単に手に入る環境ではありましたよ。あぁ、別にお金持ちだったと言うんではありませんので、あしからず」



「どうやってもフミアキ様の経歴は追えませんでした。一体……」



 疑問をぶつけようとしたアイリだったが、フミアキが質問を口にした事で続ける事が出来なくなる。



水道茎(すいどうくき)をくわえたまま、クーが動かないんですがどうしたんでしょうね」



 フミアキの言葉に弾かれるようにしてアイリは、己の主人に振り返る。

 言葉通りに、クーは簡易ストローを口にしたまま、シャボン玉を作る事なく固まっていた。

 アイリの脳裏に「まさか飲み込んだのでは」と、焦りが浮かぶ。

 焦るアイリの横を突然影が過ぎり、そのままクーにぶつかる。



「きょわッ?!」



「クーエンフュルダ様?!」



 行き成りの出来事に目を丸くするも、フミアキは影の正体をクーからひっぺがす事にした。



「クー大丈夫ですか?えっと、君はどこのお嬢ちゃんでしょうかね」



 クーを気遣うも、すでにアイリがクーの助けに向かったため、フミアキは影の正体、小さな少女に向き直る。

 年の頃は、12歳くらいの少女はフミアキを見る事なく、空に昇るシャボン玉を凝視していた。

 ベージュの長い纏めた髪に、グレイの瞳。少女は次の瞬間、身を強ばらせる。



「チシャ!どう言う事だ!説明をしろ!」



 目を回すクーの隣で、アイリは紹介時いなかった少女、チシャに向かって吼えた。




 ここまでお読み下さって有難う御座います。


 ご意見、罵倒お待ちしております。


※5/1改稿

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