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25話 心境の変化

「なるほど、古い言葉で『静かな森林』と言う意味だったんですね。シッグラッド…実にいい響きじゃないですか」



「………本当にそう思う?」



「思います、思います!流石は名のある貴族様ですね。実に教養を感じさせる言葉選びですよ。ほら、アイリーンさんにピッタリです!――ですので、これ溶いてくれませんか?」



 フミアキの下半身は椅子ごと氷に漬かっていた。

 じわりじわりと冷やされる下半身と、氷との接着面からじくりじくりと冷気が肌を焼く。

 慣れた痛みだったが、慣れたくはなかったと思うフミアキ。身から出た錆なのだが。



 それよりアイリ後方からのプレッシャーが強くなった事の方が、フミアキにとっては問題だった。

 アイリは兎も角として、コリーは「あんのぉ馬鹿」としかめっ面で、あからさまな敵意を発揮させているのは紫紺の髪の双子。三人に対して、フミタキ達の遣り取りを楽しげに見ている女性。



(実にカオス。ってクーいじりが原因かコレ)



 ようやく原因の一つに思い至ったフミアキだったが、後の祭りである。

 なるべくクーとその周りを刺激しない様に、フミアキは気を使い先を進める。



「(いい加減執筆の時間欲しいし)もうこのままでいいので、クーは機嫌をなおして下さい。ほらキャラメルあげるからね」



「……ぐす。なにこれ」



「キャラメルですって、いいから口開けなさい。はい食べた」



「…?もぐもぐ……ッ!甘くて美味しい!わー!わー!なにこれナニコレ?!口の中で溶けて消えちゃった…」



「ソレ何?!」



 フミアキの自作キャラメルをクーの口の中に押し込みご機嫌伺いをした。

 と思ったら、アイリの後方に控えていた見知らぬ双子らしき片割れの少女から詰問に近い叫びが飛ぶ。



「へ?ですからキャラメルですが、座ってるだけでも頭を使ってると甘い物が欲しくなりますからね。簡単に作れるから重宝して…」



 ――食べてみますか?そう言って個包装してあるキャラメルの一粒を少女に渡す。

 紫紺の髪の少女は包装をとき、丹念にキャラメルを眺めたのち口に放り込む。

 きつい印象を与えるツリ目の少女は、初対面の人間に取っ付きにくさを与える。

 ましてやキャラメルを口に入れた少女は眉間にシワを作り、非常に不機嫌そうに口を動かしている。



「馬鹿なああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……」



 心底悔しいと崩れ落ちる名も知らぬ紫紺の髪のツリ目の少女に、フミアキは恐れ戦いた。

 


「やだ…この娘、面白い」



「先生?」



 隣のクーがじと目でフミアキを見る。その目の色は警戒が濃かった。

 何しろ、初対面の人間に真っ直ぐな興味を示したフミアキを、初めて見たからかもしれない。

 “何”に対する警戒なのかは、クーのみぞ知る事だろう。



「うぅっ!わたしは、ラクシュリア・クオーン覚えておきなさい!調理担当のラクシ、いい?!わたしは絶対認めないから!」



「くっくっく、我が名はフミアキ。キャラメルの味と共にその身に刻め。我が壁は遥か高みぞ…」



「センセイ?」



 この男、実にノリノリであった。

 クーのじと目に冷たさが帯びる。



「わたしはフォディナ・クオーン。掃除関係、以上」



 ついでとばかりに双子の片割れのフォディナが、アイリの後ろ遠くからフミアキに挨拶をした。

 頭痛が痛い、とばかりにアイリは一人ごちる。



「馬鹿者が、喧嘩を売りに来たのではないぞ」



 無表情な顔の裏、眼鏡をわずかに持ち上げ、鼻あてが当る部分を揉む。

 そんなアイリとは対照的に、年長者らしき女性はケラケラ陽気に笑っている。

 完全に他人事として、現状を楽しんでいる様だった。



「あ~、楽しませて貰ったわぁ。私はサイリール・コン・ヴォーガン。クーエンフュルダ様に御仕えする第二従者になるわ。担当は教師、みたいなモノかしらね。ちなみにラクシとディナは三位と四位ね。分かっていただけたかしらおじさま?」



 緩そうな顔にはクーよりも薄いスペアミントの瞳が乗り、クリームイエローのウェーブかかった髪を揺らす。次いでに女性陣の中では一番であろう、豊穣の双丘も揺れた。



「…せめておじさんにしてくれませんか?それと先程からの、第一だの第二だのは何か意味があるんですかね」



「あら、反応が薄いわねぇ。順位は着順、深い意味は無いわ。他所じゃ通用しないし、内輪での決まり事ね。そうそう、枯れそうなら私がおじさんを咲かせてあげるわよぉ」



 話の後半からサイリの芳香が強くなる。

 色香へと変わり、あからさま挑発を撒く。



「お生憎様、七枝のクジョウ樹ですので手入れの必要はありません。…全く、子供もいるんですよ」



 クーへの配慮を前面に押してサイリを牽制する。

 クジョウ樹とは、九つの条件を整える事でようやく花をつける樹木であるが、どちらかと言うと伝説に近い植物である。

 生育速度も極端に遅く、九つの条件すらはっきりしていない。

 成人男性の膝程の高さのクジョウ樹ですら小さい村を丸ごと買える値がつく。

 しかし、花を咲かす為に購入金額の三倍をクジョウ樹の生育に注ぎ込んだ好事家は、労苦の果てに枝を首に串刺して果てた後、七本の枝の一本に蕾をつけた…などと噂がある。



「うふふ、怖いおじさんだったのかしらぁ」



 教師役と言う事が正しく、フミアキの言葉を理解する。

 話を振ったフミアキだったが、振っておきながら少し驚いた。



(おいおい、「クレロ伯爵の手記」ネタ知ってるってどんだけ。あっちで言う所の、オカルト雑誌並みの怪しい本なんだけどな。そうなるのも、晩年のクレロ伯爵の誇大妄想癖が炸裂しまくって、ある事ない事捏造しまくったから評価落とした。と、フィクションとして読むなら娯楽小説の先駆けだったのに、惜しい事に未だ再評価に至らないとはね。「熊が地面引っくり返すと夜になる」は、ユール神ディスってて面白いし、噂だと原本には本気でソール神に…)



「先生?クジョウ樹ってなに?」



 考えに没頭していた様で、袖を引っ張られて戻ってくる。

 いつもならば「これを貸すから自分で調べて下さい」と言うのだが、一般的な本ではない事と、教育に上よろしくない内容が多いので逡巡する。



「あぁ…育ちの悪い薪にしかならない木の事ですよ。詳しい事だったらサイリ嬢が教えてくれると思いますんで…」



 人に投げた。

 「あらぁ~。困ったわね」と、微笑む。

 その意味有りげな笑みとぼやかした言い方のフミアキに、クーは首を傾げるばかりだった。

 ラクシの時もそうだったが、形に出来ない不安が出てこようとする。



(…………)



「さて、紹介もして頂いた事ですので、もう執筆の方に戻ってもいいですかね」



「ちょっとぉ!まだあたしがっ!まだでしょうが!」



(……なんだろ)



「コリーさん「まだ」を二回も使ってどうしたんですか」



「あんたねぇ…!分かっててやってんの?ねぇ分かっててやってんの?」



(…“私”の仲間が、先生と仲良くなって欲しいのに)



「大事な事だから二回言いました。ですか?コリーさんはみのさんが好きなんですね」



「そう、やるっての?!やってやろうじゃないの!!」



(………何故不安になるのだろう)



「やめんか馬鹿者がっ!」



 沈*2。











「サイリ、コリーのアレはマシって言わないんじゃない?」



「いいのいいの。私が楽しかったんだからぁ」



 「呆れるわ」口と顔にて存分にアピールするも、サイリはけらけらと笑うだけだった。



「だってアイリに怒られた後の言い訳が「あたしはその、速さで…押す方です…から」って」



 ――もう思い出したらまた。と、形の良い笑窪(えくぼ)が出来る。



「なまじっか腕が立つからそっちの思考に走るんじゃない?わたしとしては、どんどんやれって感じよ。あの男が痛い目にあうの見てるとすっと胸がすくし」



「むぅ、僕としては、皆んな仲良くしてほしい…」



 クーがぼそりと零した言葉にラクシは固まった。

 そんな遣り取りを少し離れた場所で見ていたアイリは、小さく肩を落とす。

 アイリとしては、ラクシ達の側もクーの側も体験している為に、どちらの両分も分かってしまう。



 極園(ごくえん)を壊した男。

 心を救い上げた男。

 未だ憎くもあり、けれど好ましくもある。

 こればかりは時間が必要だろう。心に止め、そろそろラクシに助け舟を出してやらねばと腰を上げる。



「だったら、今からおじさんの部屋に行く?」



 サイリがとんでもない事を言った。

 ここに居るサイリ以外の人間の心が一致する。

 「何を言っている」と。内実は三者三様に。

 アイリは、何を突然言い始めるのかとサイリの言葉の裏を思弁(しべん)する。

 クーは、何で先生の部屋にとクエッションマークを浮かべ言葉の意味を理解出来ず。

 ラクシは、何とち狂った事を言うのかと(いぶか)しむ。



「コリーが寝かしつけたんならしばらくは起きないでしょ?ラクシは寝てるおじさんから慣れていけばいいんじゃない?それとも、無防備で寝てる人が怖いのかしらぁ」



「あのね、コリー程単純じゃないわよ。そんなやっすい挑発に乗る訳ないじゃないの」



 引き合いにだされたコリーが聞いたら、涙目だろう事を言ってのける。

 すげなく返されたサイリだったが、気にした風もなく続きを綴る。



「でもねぇ…、事実「フミアキ様のお屋敷」にお世話になってるのよ。個人的な感情で駄々を捏ねると、姫様の信望(しんぼう)が下がるわ。分かってる?好悪が何であれ一線を守りなさい。って事、姫様を哀しませるなんて私が許さない。そ・れ・に、例えどんな場所であろうと、姫様さえいらっしゃればそこは極園(ごくえん)じゃなぁい?」



 サイリのほわわんとした顔とは裏腹に、厳しい言葉を使う。

 ぐうの音も出ない程の正論であり、ラクシの自身の我侭が過ぎた事を思い至る。

 最後の言葉は硬さが微塵もなく、ラクシへの気遣いが見て取れるが、傍で聞いていたアイリにとっても耳に痛い話でもあった。



「………わかったわ…ごめんサイリ」



 下を向き小さく頷く。

 そのままの格好でクーに向き直る。



「申し訳ありませんでした。姫様の御心に逆らう態度をお許し下さい」



「ううん、そんな――」



「もう、そんな言い方したら姫様が困るでしょう。かたーい喋りはアイリだけで十分なのよぉ。よってお仕置き、こちょこちょちょ」



 クーに向き直った事から、背後が空いたラクシの脇を狙ってサイリが奇襲を仕掛けた。



「ちょぉぉ?!や、ぁん、く…す、ぐうふっ。やめて!サ、サイリ、やめてぇ!」



 サイリのお仕置きは、ラクシの息が絶え絶えになるまで続いた。











「サイリ、恨むわよ…」



「痛みのない教訓なんてないのよぉ?」



 クー、アイリ、サイリ、ラクシの一行は廊下を歩き、一路フミアキの寝室を目指していた。

 後ろを歩くラクシからは恨み言が漏れても、サイリは笑って受け流す。

 目的地が近く、そわそわしてくるのかラクシの口数は多くなり、それをあしらいつつも律儀に付き合うサイリはなかなかに面倒見が良かった。



 フミアキの寝室が目と鼻の先に近づいたその時、「どしぃぃぃん」と物が落ちる音が聞こえた。

 それは今まさに向かっている目的地の中から聞こえた。

 何事かと足が止まる一行は、続いて「ばあぁしぃぃぃん」と勢いよすぎな扉の騒音に耳を(すく)ませる。

 扉を乱暴に開け放ったのは、寝室の持ち主であるフミアキだった。

 おかしな事に、大量の汗をかき目は血走っていた。

 寝起きの為か、若干足が(もつ)れつつクーに近寄る。

 


「クー!」



 フミアキはクーの肩を掴み、前後に激しく揺さぶった。

 これには堪らずクーが抗議の声をあげる。



「ちょ、先生?!どうし…」



「いいですか!?異世界逆トリップのド定番たる「箱の中に人がいる?!」「クーエンフュルダ様御下がりください!」「爆発」のコンボを、どうして、どぉぉしてやらなかったのですかぁぁぁ!!」



 意味不明な言葉を口走るフミアキに、頭を揺さぶられふらふらになるクー。

 普段ならば一番に止めに入るアイリは、思わず考え込んでしまって動きが止まる。

 フミアキの言葉の中に自身のセリフらしきモノが出た為に、咄嗟に思考に入ってしまったからだ。

 アイリが思考を放棄して、行動を再開させるわずか一秒以下の間に、後方から動き出していたラクシに行動順位を譲る形となる。



「ちょっと止めなさいよ!」



 声を掛けられ、フミアキは振り向き様に一発をかます。



「ぶわっくっしょい!あ」



 目を回すクー以外の人間の動きが固まった。

 アイリは出遅れから、サイリは展開の速さに、ラクシはあまりの出来事から、フミアキは「やっちまったぁ…」と言う語尾を最後にして。



 そして時は動き出す。



「お・ま・え・は・あぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 非戦闘職の烈火の怒りは、再びフミアキに深い深い眠りを齎すのだった。

 合掌。



 ここまで読んで頂き、誠に有難う御座います。


 無駄に長くなった割には、キャラが生かせないこの始末。

 やっぱりいっぺんに動かすのは、三人くらいが私の限度なのかもしれません。


 そして、エイプリールネタはここにつながりました。


 ご意見、罵倒ありましたらお願いします。


※5/1改稿

※8/29改稿

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