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24話 環境の変化

「ようやく寝てくれた。まったく何で寝ないんだろう先生は…」



 季節は晩夏に差し掛かる頃、王都を焼く太陽は今、東の空に顔を出し変わらぬ暑さを容易く想像させる。

 世間様が一日の労働を始めている時間に、フミアキは眠りについた。

 簡単に寝た訳ではなく、それまでにクーから散々お小言を受けたのち、食い下がるフミアキをコリーが問答無用で沈めた結果である。

 一緒にベットまで運んだコリーは、カーマインの髪と同じ柳眉を釣り上げて先に出ていったのが印象的だった。

 


 少し乱暴と思うも、フミアキの家で生活を共にし改めて実感する。

 書く読む。

 それ以外の動作が極力省かれる生活。

 これでは文句を言いたくなるクーの心情が理解出来ようと言うものだった。

 偶に遊びに来ていた時は、自分のペースに合わせていたのだと思わされた。



「先生ー…、ちゃんと寝てるー…?」



 寝室のドアノブに手を掛けて一度、フミアキの眠るベットに小さく声を掛ける。

 故意に落とされた眠りの中、フミアキは小さなクーの声ではピクリとも反応しない。

 ドアノブから手を離し、今度は注意深く周囲の気配を探る。

 誰の気配も察せず、この部屋には死んだ様に眠る男の寝姿が視界にあるだけ、胸の上下運動がなければ本当に死んでいると思っても不思議ではないくらいで、クーは少し不安になる。

 そう、不安になったので調べに行く。なんら不思議な事ではない。

 そんな言い訳が頭の中を埋めていく。



「うん、あんな生活してる先生が、心配掛ける先生が悪いんだもんね」



 虚空に向かって説明する。



「そもそもさ、こうして寝てても、本当に寝てるかどうか、近づかないと分かんないよね」



 さり気なさを装って、ベットのフミアキをわざわざ直視しない様に進む。



「……ゴクリ」



 大きく喉を鳴らすもその音に気付かない程、今度はフミアキを意識して気配を断ち歩く。

 


「…これは確認。これは確認。な、なんの問題も…ない」



 若干言葉使いが素に戻る。

 心臓が早鐘を打つ。

 ベットまで残る距離は、わずか五歩。

 今までの経験上、起きる事はないと確信し静かに足を上げる。



「少し近くで見るだけ、うむ、ほんの少しだけ」



 今のクーをアイリが見たら、さぞや大きな溜息をするだろう。

 本人は至って真面目に弁解しながら、更に距離を詰める。

 残り三歩。



「…」



 静かな夏の午前に、気温の発汗作用とは違った汗を滲ませる。

 起きないと分かっていても、緊張してしまう。

 この距離まで来ると分かる。

 フミアキの口から小さく静かに呼吸する音、クーの神経が鋭敏に息遣いを拾う。



「姫~こちらかなっと、ようやく見付けたわ」



「きゃぁッ?!?」



 バタンと扉を鳴らしてアイリと(おな)い年くらいの、薄いクリーム色のウェーブ掛かった髪の女性が入ってきた。

 突如(とつじょ)乱入してきた人間に、文字通り飛び跳ねる様にして驚くクーを余所に、そのまま近付き腕を掴んで引っ張り始めた。



「もう、探したんだからね。ラクシが新しい味のアイス作ったって言うから、一緒に食べましょう。姫もアイス好きでしょう」



「ちょちょ、ダメだってッサイリ。今、ここではクーなんだよ!せ、先生に聞かれたらー!」



「コリーがやったんならそうそう起きないわよ。あの子、手加減が下手だし感情のままに動くし、本当瞬発力がすごいわよねぇ。ほら、この間のアイリとの模擬戦なんて「先手必勝!」とか言って、誘いこれまれたのに気付かないで、壁に激突してたじゃない?」



「一体何の話?!横道にずれてるよ!」



「あぁ、そうね。だからアイス食べるわよ」



「だからそれは最初に聞いたって!ああもう!」



「ここで我が主様に一言」



「へぇ?」



「あんまりここで騒がしくしてると、おじさん起きちゃうんじゃなぁい?」



「…サイリ、怒っていい?」



「それじゃぁ、談話室までいこーいこー。なんならアイスもつけちゃうわよ~」



 ぐったりとしたクーの背中を押して、サイリは歩き出す。

 










 屋敷の中の談話室、普段屋敷の主であるフミアキは使用する事もなく、これ幸いとばかりに改装されたばかりの部屋であった。

 もちろんフミアキには事後承諾である。

 畳で言えば20枚程の部屋で、女性が4人集まり試食と言う名のお茶会を開いていた。

 机の上に冷茶と、本日の主役である「新作」が並べられている。

 本来ならば一番に飛びついているハズのクーは、先程の事を引き摺っているのか、その可愛らしい頬を膨らましていた。

 深い緑色の瞳はアイスの誘惑に抵抗するかの様に堅く、感情を同期させているかの様に軽快に動く金の癖毛を束ねた髪も同じく。



 サイリが原因であるからして、他の者は静観を決めている。

 仲間意識が薄い訳ではなく「撒いた種は自分で刈る」この事は暗黙のルールとして、彼女達の中で存在している為であった。

 ここら辺は、世間からの弾かれ者の集まりの名残になるのかもしれない。

 自分の事は自分でやってきたと、不器用な者の性として見えるも、最終的にはお互いに助け合う事になるのがクー達の通例だった。

 不器用者の集まりは、他人に頼る事が苦手で、身内にも下手であった。



 暑い夏場に、灰青色(はいせいしょく)の髪と氷の瞳と言う清涼感溢れる女性、アイリも分かっている為に、クーの冷茶を注いだ後は出入口近くに椅子を置き一人本をめくっている。



「もー、機嫌なおしてよぉ。ほらほら新作なのにー美味しいから、ね」



 ひと匙、アイスを掬ってクーの目の前にちらつかせてご機嫌を伺うサイリを、不機嫌です。と言った感じでむくれるクーだったが、「新作」との言葉と甘い誘惑に揺れているのがバレバレで、周囲からは温かい目で見られている事に気付いてない。



「おじさん起きなかったからよかったじゃないの。それに、早くしないと溶けちゃうわよぉ」



 ――作ってくれた人が可哀想じゃない?との言葉に折れたクーは、しぶしぶと言う風を装って「新作」をパクついた。

 以前フミアキが出したアイスクリームは、クーがその再現を身の回りの一人に頼み込み、向上心旺盛な女性の手により、味の再現を成功させたのちにバリエーションをつける段階までになった。

 初の「新作」は木苺のソースを混ぜ込んだ、所謂(いわゆる)ストロベリーアイスであった。



「なにサイリ、あの男の所に行ってた?」



 こちらは本気で不機嫌な声音で、いっそサイリを注意する響きの言葉を投げつけた。



「別にぃ、姫が居るっぽかったから覗いてみただけよ。案の定居た訳だけど…ラクシはまだ慣れないの?」



 ラクシと呼ばれた紫紺の長い髪の色を持つ少女が心外とばかりに、サイリに反駁する。

 釣り目に鳶色の赤茶けた色合いは凄みを持つが、気心知れる仲間内には効果は無かった。



「あのね、まだ3日よ3日っ。慣れる慣れないの話ですら無いんじゃない?わたしは仲良くなろうとも思わないし」



「まだアノ事件を根に持ってるわこの子…、姫が持ち込んだそのアイスだっても、新作の切欠もおじさんがくれたんでしょ?」



「そ、それは…そう、それとコレとは話が別じゃない」



 悔しげに言葉を捻り出し()ねるラクシに、サイリは少し呆れた顔になる。

 今回の新作は調理担当のラクシにとっての、完全新作と言えるモノではなく、サイリの言葉に窮する状況も、また悔しさを増やす要因となった。

 と、言うのも「他にも美味しいモノはない?」と、クーが戯れに訪ねたフミアキとの会話の中に「木苺のソースなんかも、アイスに合いそうですね」との提案に気を良くしたクーは、当時味の模索を続けていたラクシに天啓を与えた。

 ラクシにしてみれば、未知の味を知る者がよりにもよって、アノ忌まわしき事件の首謀者だったとはと、判明した時の落胆の色は相当大きかったようだ。

 二人の遣り取りを聞いていたアイリは、一人思い出す。



(そう言えば、この紅茶を水でこす方法も、フミアキ様が何気なく言った一言が始まりだったな…)



 気が付けば、こちらの世界に足跡を残している不思議な男に少し可笑しくもあり、アイリは自然と頬が柔らかくなる。

 サイリとラクシの遣り取りは未だ続いているが、アイリは静かに本に目を落とすだけ。

 そろそろアイスを食べ終わったクーが、フミアキの援護に回るだろうと予測が立つからだ。



「ほらほらぁ、観念しなさいよ。おじさんは気さくだから、聞けば簡単に教えてくれるわよ」



「だ・れ・が!あんな豚野郎に教えを乞わなきゃいけないの!冗談じゃない!」



 サイリはクーのお側控えの女性の中で、一番の年長者として落ち着きある人物だが、如何せんお茶目が過ぎるキライがある。

 あまりにもつっつきすぎた為に、まだ年若いラクシの態度は更に堅くなっていく。

 釣られて発言に過激さが増してくる。

 発言一瞬「しまった」と思うも、ラクシにとっては後の祭りであった。

 敬愛する主からの不満げな視線を感じ取り、心に冷や汗をかく。



「ラクシまだ先生の事…怒ってる?」



「う…、いえ、その…ですね。申し訳ありません」



 自分の主相手ではあまりに分が悪く、負けを認めるラクシ

だが、この言葉自体予断を残した切り返しに、フミアキに対する感情の持て余し具合が伺えた。



「最初の挨拶の時もそうだったけど、ラクシとディナにコリー…と、コリーはまだマシだったかしらねぇ。あと、チシャは問題外だったけど」











 時は遡り、クー引き篭り事件の翌日。

 食事を終えたクーが四人の女性を連れて、フミアキの書斎にやってきた。

 何事かとフミアキは手を止め、先頭を取るクーに訪ねた。



「昨日は慌ただしかったし、僕もすぐ眠っちゃったから自己紹介がまだでしょ?アイリを筆頭に、普段周りの事をしてくれてるんだけど、でも、お友達って言った方が正しいかな」



「さすが貴族様ですね。人一人に五人の従者達ですか」



「僕は従者だなんて思ってないよ。それと、コリーはちょっと事情があって僕の所に居るんだけど、他の皆と同じくらいよくしてもらってるんだ。先生が言う程、あんまり多い方じゃないんだけどね」



 ――おお、これが真のブルジョワ発言か…。などと、フミアキが額に手を当てて天井を仰ぎ見る。

 「ぶるじょわぁ?」と、クーが小首を傾げるも、元々書斎に居たアイリがクーの言葉を引継ぎ話を続けた。



「本当ならば五人ではなく六人にて、現在クーエンフュルダ様の身の回りを預かっております。申し訳ありませんが、後一人は後ほど御挨拶に伺わせます」



「それは別に構わないんですが…、これお話の雰囲気なんですかね。こう重いと言うか、仇でも見る様な視線が痛いのですけど」



 フミアキの言葉通り、クーの後ろに控えた女性陣の表情(かお)は険しく強い感情の篭った視線がフミアキを差す。

 コリーも含め、フミアキが未だ名前すら知らない二人の女性からは、とても友好的とは言えない目が向けられる中、一人の年長者らしき女性はのほほんとした顔で周囲と比べ一際浮いていた。



「…手始めに、まずは私が」



「え?このまま進むんですか」



「アイリー、頑張ってー!」



 既にフミアキの横に椅子を確保し、元気に応援を送るクーは実に楽しそうだった。

 楽しそうにしているクーを横に、フミアキは居心地が悪く小声でクーに問い掛けた。



「なんでクーは楽しそうにしてるんですか」

「初対面の自己紹介って新鮮じゃない?ちょっと僕までドキドキしてきちゃった」

「訳も分からず睨まれてるんですが、別の意味で私もドキドキしますよ」

「もー、僕達は「先生の家」に入るんだから、どっしりと構えてないと」

「居心地が…私は立って話聞いた方がいいんですかね」



「んっ…クーエンフュルダ様の第一従者を任されております。アイリーン・シッグラッド、アイリとお呼び下さい。身の回りを一通りと、主にクーエンフュルダ様の護衛が私の役目に御座います」



 グラッシュブルーの短い髪にアイスブルーの瞳の女性は簡潔に言葉を紡ぐ。

 スカートの裾を優しく摘み、流麗な動作で以て頭を下げる。

 僅かに傾けた顔には短い髪がサラリとかかる。



「これはご丁寧な挨拶痛み入ります。しかし、妙齢の女性を愛称で呼んでいたとは。アイリーンさんとお呼びした方がいいんですかね。それとも家名の方がいいんでしょうか」



 判断に迷い、最後の言葉は隣のクーに投げかける形になった。

 フミアキとしてはこちら、異世界人としての常識のギャップで痛い目にあった経験から、必要以上に対人関係には気を揉むキライがあった。



「先生気にしすぎじゃない?アイリの家名呼びかぁ…ねぇ、先生はアイリの家名どう思う?か、かっこいいかな?どう思った?!」



「なんですか藪から棒に。やけに強調しますが…まさか」



 アイリの過去を聞いたフミアキとしては、自前の苗字をアイリが持っている可能性が少ないと想像できた。

 ならば…



「まさか、クー…貴方がつけたとか、まさか、あぁなんて恐ろしい…」



「どうして「驚愕!」って流れになるのさッ!」



 自信満々に言ったつもりが、フミアキにおそれおののかれた為に、早くも涙目になりそうなクーであった。

 微妙にイラつく事に、外人がジェスチャーで「ホワァァイ?」とする様に動作も加えてクーに答えた。



「どうしてってそりゃぁねぇ。判断基準が「カッコイイ」って言葉が出てくる時点でわたしゃどん引きですよ。大体、人様の一生使う家名と言う大事なモノに、小学生が如き発想の出発地点からって、って。いいですか、かっこいいなどと個人的センスを発揮させても重荷で縛る様なモノですよ。厨二病患者じゃあるまいし、ましてやキラキラネームならぬキラキラ家名ですか?もっと真剣に考えて考えて考え抜いて…」



「…考えたもん。僕、真面目に考えたもん……ぐずッ…」



 ここに、大の大人(30才)が子供(16才)を泣かせると言う、ドン引きされてもおかしくない光景が作られた。



「し、しまったぁぁぁ?!久々だったから加減を、加減を誤った!くっ、まだアイリさん後ろに四人も控えているのに、これは話が続かないパターンかっ!!」



 ――読める読めるぞ!とのたまうも時既に遅し。

 フミアキの足は床に接着され、氷の靴を履く。

 綺麗で冷たい履物を勧めてくれた女性は、それはそれは氷の様な声でフミアキに断罪する。



「フミアキ様?クーエンフュルダ様の御涙、安くは御座いませんよ」



 なんだかこのオチも久々だなと、遠くの事を考える様にフミアキは己の現状を見送った。




 ここまで読んで頂き、有難う御座います。


 女性陣の好感度は、0を通り越してマイナスからのスタートです。

 正直、自業自得だと思います。「諦めれ」と贈りたい。


 今回の話は苦肉の策の塊です。

 キャラメイキング苦手なのに、一気に四人も新キャラ作るハメになるとは…

 20話のかっこ内のセリフと、今回の登場したキャラのセリフが若干違ってきてますが、スルーして頂けたらと…

 20話の方を修正した方がいいのでしょうか…


 ご意見・罵倒ありましたらお願いします。


※4/10改稿

※5/1改稿

※8/29改稿

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