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番外2話 最後の夏の夜の夢(エイプリルフール)

 大変遅くなって申し訳ありません。


 深く沈んでいた意識が不意に浮き上がる。

 認識と思考が何も定まらないまま、フミアキと言う人格が溜息を足す。

 短い呼気に釣られて、乱雑な思考が一定を得る。



 それは過去の話。

 彼の姉は、溜息が嘆息や感嘆であろうと口から大きく息を吐く動作を嫌がった。

 曰く「幸せが逃げますよ」と柳眉を潜めた。

 フミアキとしては「ある訳ないない」と軽く流すのだが、暗い溜息であろうと感動の溜息だろうと、見つかれば口を酸っぱくして繰り返す事には、辟易したものだ。



 今にして思えば、大して意識してない行動であったが、姉にいちいち指摘されるモノだから、少年期特有の反抗意識が手伝った結果、随分と心の奥まで「溜息」と言う行為が根付いてしまったかもしれない。



 人格が根付きはっきりと形作られた「今」の自分を、溜息一つで組み立る。

 時間は連綿と絶え間なく繋がり、連鎖する時空の上下に身を置く異世界人の、所謂新しい朝の幕開けであった。











「……はぁ…?」



 本気の溜息が出た。

 目覚めた部屋を見渡せば“見慣れた室内”だったから。

 それも、頭に“三年前まで”と付く言葉だった。

 最後に見たまま変わりはない1LDKの自分の部屋、カーテンは締め切っているが僅かに漏れ出る光りが日中である事を教えてくれる。

 


「えっ?異世界トリップ?いやちょっと待て、待って下さい。この場合は戻ったって言うのか…あるぇー、そうそう、直近の記憶をまずはサルベージせんと…」



 27才で上司の失敗を擦り付けられ左遷→目の前真っ暗→気が付いたら異世界→グリゴスさんに拾われる→王都行く→本を書く→投獄→クーに助けられる→クーがスポンサーになった→本を書く→アイリさん登場&退場→クーの誕生日→サン現る&去る→クーがヒッキー→毒ガ…自発的に出てくる→我が借家に居候→気が付いたら元の世界…。



「…うん、記憶はー…多分合っている大丈夫なハズ。有り得ねーどんぐらい有り得ねーって例えますと、朝起きたら隣に裸のアイリさんが居たとか、時たま妙に女の子っぽく見えるクーが実は本物の女の子だったとかね。…口に出しててホント有り得ませんね。現実戻ってきてまで現実逃避するとは思わなんだわ…」



 突然の投げ出された事態に、支離滅裂な思考を舌に乗せて相乗効果がマイナスに向かって加速する。

 その原因は置かれた状況と、目の前で横になっている「二人」が、即ち、現代日本のフミアキのアパートの一室に“クーとアイリ”がいたからであった。











「はっ?!意識飛んでた…はぁ…なんで第一発見者なんだろうな。自分の部屋だから当然自分以外がいない訳で…現実逃避した所で解決する事ではないし、あーグダグダ言った所でどうしようもないか…はぁ、二人を起こすか」



 ――独り言だろうと零してないともたんわな…。ぶつぶつぶつぶつ、精神を安定させる為だと言い訳し重い身体に沈む気持ちを奮い立たせ、フミアキはベットから起き上がり二人に近づく。



 のったり移動するも、未だに二人からは目覚めの気配は無く、変異がないかも含めて観察をする。

 金と青の宝石の如き美貌を改めて目に収め、現実離れがまたおこりそうで踏みとどまる為に、視線を天井に遣る。

 ここが元の世界であるならば、“現実離れ”もクー達の視点からすれば、(あなが)ち間違いでもないだろうと、思考の波にまたさらわれる。

 流される考えと心の所在を捕まえる様に、可愛らしい声が僅かにあがりフミアキは今の行いを放棄しクーを介抱する。



「……んっ、あれ…先生?」



「はい、お早うございます。どうですか?目覚めの気分は悪くないですかね」



 夢見心地のクーは、ぼやぁっとした表情のまま小さな、それでいて当たり前の疑問をフミアキに投げかけた。



「なんで先生が、僕の部屋にいるの?」



「まぁ当然そう思うでしょうね。取り敢えず周りを見て下さい」



 クーにとっての答えではない、フミアキの答えに寝ぼけた頭は素直に頷き、そして()頓狂(とんきょう)な声に変わった。



「あえ?ここ、どこ?へ?あれ、ねぇ先生、ちゃんと居る?」



「あー、私も状況が飲み込めてないんですが、一応結果の質問には答えられ…。すいません、まだ私も若干混乱してますね。それじゃ話を進めるにあたってアイリさんも起こしますか」



 クーの錯乱振りに少し冷静さを取り戻しつつ、隣に寄り添うアイリの肩を少し揺する。

 パチリと氷色の瞳が開かれた。



「…」



「…」



「アイリも?これ先生の仕業なの?」



「…こほん、お早うございます」



「…お早う…御座います」



「先生ってばー!何がどうしてどうなったのー?!」



 フミアキを問い詰めるクーに対して、アイリの目は油断なく周囲に向けられ状況を探る様に動く。



(いくら周囲を観察しても、いきなり“異世界”でした。なんて想像は出来ないだろうな。さて、どう説明したらいいものか…)



「はいはい、クーはちょっと静かにしてて下さいね。アイリさんも、ここには危険が危ない事はないのでまずは話を聞いて下さいよ。よし、二人とも傾注」



 両手を叩き軽い音と共に、フミアキは種類は違えど混乱を見せる二人に、言い聞かせる様に大きく動作を付ける。



「そうやって子供扱いするんだから。危険が危ないってなんなのさ」



「フミアキ様には、この放り出された状況が解っているのでしょうか」



 「いつも通り」のおどけた所作のフミアキを見て、二人は少しづつ冷静さを取り戻す。

 二人の表情を読み取り、相互作用が発生したかの様にフミアキも繕った感情に、中身が注がれる気持ちになった。



「二人の疑問は最もです。あとクー、言葉のあやに突っ込まない。ここから冗談入りませんので茶化さないで説明しますね」



「いっつも茶化してるのは先生の方じゃない」



「いつも悪巫山戯な話し方をしていた、と言う自覚は御有りでしたか」



「はぁ…、身から出た錆なんでしょうけど。えぇい、話が進みませんから説明しますよ!なんとも摩訶不思議の驚天動地の異聞録。この身に起こった全ての出来事は、正に現実として捉えられんやなんやかんやで、受け入れられない事もしばしばお有りでしょうが、今宵の事象は地を駆け空を突き抜け、次元の彼方も多分突破しちゃったりなんかしてたかもしれないけれども、大丈夫安心して聞いて驚け、見ておののけ!ここは、異世界です!」



 気まずく、白けた空気が三人の間に流れた。

 クーとアイリは背中を向けて、ひそひそと聞こえる様に相談を始めた。



「たぶん、どうしようもなく、先生の言う事は聞いちゃダメだって言うのは分かったんだけど…アイリこれからどうしようか?」



「その御言葉に賛成致します。まず、この部屋の家具や装飾から、フミアキ様のお屋敷とも…王都とも違う生活文化圏の様に見受けられます」



「あ、あのー」



「分かる様な分からない様な、でも見慣れない物が多いね。アイリの意見に間違いないと思うよ。そだ、窓の外見に行ってみる?」



「それならば私が行ってまいります。異質な土地ならば、何があるか分かりません」



「えーっと、二人とも?」



「もー、アイリったら心配性なんだから。そこの垂れ布開けて見るだけにしようか?」



「はっ、御聞き入れ下さってありがとうございます。それならば安全ですので賛成致します。私が開けますのでクーエンフュルダ様は後ろに御願いします」



「説明係りがここに居ると言うのに、RPGで町人に話し掛けないでストーリー進めるとかないですって」



「…うわッ!なにこれナニコレーーーーーーー!!?」



「…これ…はっ、驚きしか。塔?いや、しかし…目に映る物全て人の手で?」



「あーもー、折角最初のファーストコンタクトはTVと決めていたのに。台無しですよ全く…「箱の中に人が居る?!」とか「クーエンフュルダ様、危険です御下がりください!」になってTVが壊されるのがオチの展開したかったのになー」



 自分の身の錆を棚の上に追いやって不貞腐れたフミアキは、二人の興奮と混乱が収まるまでの時間を見越して、キッチンに向かいヤカンに火をかける。

 吊戸棚を開け珈琲とカップを用意し、ヤカンがコツコツと鳴りはじめた。

 準備が完了したのを確認して二人の元に戻った。

 ビル群に驚いていた二人は、今雲一つない空を進む飛行機について、あーでもこーでもと話し合っていた。

 フミアキのアパートは2階に位置し、高台にある為に一望するに適した窓をしている。



「二人とも、それくらいにしてお茶にしますか。ココアとか紅茶があればよかったんですがね、珈琲しかなかったので我慢して下さい」



 ――砂糖とミルクがよかったら言って下さいね。と言ってテーブルの上に珈琲の注がれたカップを置く。

 目を輝かせてクーが、困惑の詰まった顔のアイリが、張り付いていた窓からフミアキに向き直る。

 二人は各々が気になる事をガンガン話してくるので、フミアキとしては苦笑いしながら落ち着かせる為に、再度珈琲をすすめるのだった。

 


「わッ、これ見たことない色の飲み物?だよね」



「随分香りが強いですが、黒い飲み物とは…少し抵抗がでます。それとこんなに呑気に構えていてよろしいのでしょうか?」



「まぁまぁ、ここはアイリさんが気にする様な危険もない場所なので、取り敢えずは信用しておいて下さい。クーもまず飲んでみなさい、ほら何事も経験ですから」



 珈琲カップだけを二人の手元に押して、砂糖とミルクポーションはテーブルの足元に控えて置く。

 少しの期待が頬を緩めるが、ここは我慢のフミアキであった。



「先生がそう言うなら…んッ!に、苦いーーーーーー!!」



「コクがあって味わいが深いです。何より香りが、これはいいものですね」



「くっくっく、いい…リアクションですよ。さすがはクーですね。アイリさんは珈琲もいける口でしたか」



 ――クーは砂糖とミルクでも入れてみなさい。ここで隠していた砂糖とミルクポーションをクーに渡す。

 「もーあるなら最初から言ってよ!」と拗ねた声で抗議した。

 ミルクポーションに四苦八苦しているクーを余所に、アイリの方は砂糖を凝視していた。



「アイリさんどうかしましたか?」



「いえ、これが砂糖ですか。結晶の純度がキメ細かい上に質が高い、と言いますか高位に過ぎます。フミアキ様はどうやってこれ程の物を手に入れたのですか?」



「向こうの砂糖は色も悪くて結晶の度合いがよくないですよね。こっちでは、この純度の砂糖が一般的なんです。ほらクー、貸して下さい。こうやって開けるんですよ」



「ありがとう先生。……うん、これなら美味しいね」



 どうやらクーも珈琲を気に入ってくれたようで、ほくほく顔でちびちび飲んでいる。

 反面、アイリは剣呑な雰囲気を纏った。



「外の景色も…嘘ではないのですね。フミアキ様、御説明を頂けませんか」



「いいですけど、私が言うのもアレですけど信じられませんよ?ぶっ飛んでると言うか、自分の常識が裸足で逃げる途中でひき逃げでアタックみたいな」



「私達の置かれている状況が特殊な、いえ、特異な現象を経て今に至る。理解出来る事出来ない事、全て集まらなくては判断の基準もままなりません。ソレら全てを、フミアキ様の推測でよろしいので見せて頂きたいのです」



「やれやれ、肝っ玉がデカイのか現実的でない状況で、現実的な提案ですね。アイリさんは損する、と言うか進んで苦労する性格ですか、取り敢えず私が分かるのが――」



 フミアキは今度こそ現状の説明を始めた。

 物証としての外の景色に、最初は面くらい現実感が遠のいたアイリだったが、砂糖と言うどちらの世界にも存在する品に、練度の差を感じようやく受け入れられる状態になった。

 が、フミアキの説明を聞き、無表情と取られがちな顔が次第にこわばっていくのを感じた。



「あ、飲み物なくなっちゃった」



 砂糖とミルクを入れた珈琲を飲み干したクーは、二人の話の邪魔をしない様に静かに室内を見渡した。

 フミアキの話す事もわくわくと心を動かすのだが、それ以上に、室内にある実際の物の方が魅力的であり、好奇心がクーの心を刺激する。



「へぇー、よくよく見ると刺繍の入ってない垂れ布って、初めてみるや。他の家具もそうだけど、柄がない方が先生好みなのかな」



 緑の瞳をぱちくりさせて、当初の「静かに」を忘れて好奇心のままに頭を動かす。



「ガラスの机に、柄のない垂れ布、棒と傘みたいなの?絨毯は一緒かなーでも刺繍なし。頭の上に浮いてるのなんだろう。こっちは、う”ーーんって音がしてる箱っぽい物?さっきはこっちでお湯を沸かしてたみたいだけど、厨房?うーん、勝手に触ったら怒るかな?聞いてみよっと!」



 同じ電化製品でも、TVやPCよりも稼働音を鳴らす冷蔵庫やキッチンの小ささに目がいった様だった。

 戻った居間兼寝室のテーブルでは、腕組み考える様に(こうべ)を垂れるフミアキと、無表情のまま凍りついた様に硬直しているアイリが見えた。

 一瞬だけビクっと躰が強ばるも、話し掛けにくい雰囲気にクーは戸惑って声を掛けられずにいた。



(どうしたんだろ…声掛けちゃダメかな)



 視線はさ迷い、思考も戸惑う。

 「あ」と言う短い声と共に、ベットの側に無造作に置かれている雑誌が目に入った。



(やっぱ先生の部屋って何処でも本があるんだな。声掛け難いしちょっと読ませて貰おうっと)



 二人の事は放っておく事にしたようだった。



「きゃあぁッ!?」



 突然のクーの悲鳴と、その手から落ちる雑誌には“女性”の写真が表紙を飾っていた。

 これには異様な空間を形成していた二人も、弾かれる様にして反応した。



「クーエンフュルダ様、どうされましたか?!」



「なんです。いきなり大きな声出して…あぁ、そう言うのに興味ある年頃ですもんね」



 自分の持ち物ながらどこか他人事の様に、手に持った雑誌をぺらぺらめくる。

 如何せん、何分約3年振りの我が家なモノだから、細かい物の位置など等に忘れていたフミアキだった。

 過激なグラビア雑誌。どうやらフミアキは、雑誌の女性に釣られて表紙を捲ったら、想像以上に過激な内容にビックリした。と考えた。



「自分の部屋に他人を招く事なんてないから、そのままにしてたっけなぁ。いや懐かしい、それで気に入ったグラビアアイドルはいましたか?」



「フミアキ様、その品は一体」



「なに、男の必須アイテムですよ。アイリさんには残念ながら見せられませんね」



 頭から湯気が出ていそうな程、顔を真っ赤に紅潮させたクーは、完全に機能停止状態になっていた。

 身構えているアイリを余所に、クーの横に並んで座ると、ページを捲り始めた。



「そう言えば、向こうはこう言った本がないから新鮮でしょう?大丈夫、年頃の男の子なら別に恥ずかしい事じゃありませんよ。ほら、このページなんか際どいアングルとポーズで、おっきい方が好みですか?いやー、こう言う会話するのも面白いですよね。男同士、絆が深まるって…どうしました?」



 フミアキとしては(女性以外に)見られても、困る様な物ではなく。

 男の世界共通の話題でクーと親交を深めるくらいにしか考えになく、現状落ち込んでてもしょうがないと言う、若干自棄気味の精神が重なっただけかもしれなかった。



「……………………くすん」



「え?」



 しかしながら、クーにとっては“こんな物”を見せられて、たまったものではなく。



「………………先生の」



「これは不味いっ」



「ええ?」



 アイリの舌打ちに似た言葉は、異様な気配が部屋を満たそうとする状況の悪さを指摘する。



「…………先生の」



「クーエンフュルダ様、御気を確かにっ」



「これ「やっちゃった」系だったりしますか?」



 悪乗りが過ぎたのかもしれないとフミアキが思うも、部屋を満たす謎の力が増えていくのを肌で感じ冷や汗が出る。



「……先生の…」



「抑えなくては…えっ?方陣が描けない…?」



「そりゃ地球だからじゃないですか?じゃぁこのプレッシャーはなんなんだろう。はぁ…すいませんクーの気持ちを考えなかった私が馬鹿でした。クーは貧乳派だったんですね?でもロリじゃ、あぁ、つまりですね…幼女趣味はないですよね?もしそうでも、私は貴方の事を恩人だと思ってるので大丈夫ですよ!」



 アウト。



「―――馬鹿ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



 謎の力が、部屋を満たした力が、その枷を外され奔流の様に空間を破壊した。




 ここまでお読み頂き、有難う御座います。

 ご意見、罵倒ありましたらお願いします。


※謝罪、エイプリルフールネタです。

 本編には全く関係ありません。


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