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22話 彼女のせかい彼のせかい

 短い夏の夜は、濃密な話を語るアイリによって、時間は(ひた)され長夜(ながよ)となる。

 書斎の部屋、テーブルを挟み互いに対面で座る二人。

 少し呼吸を整える様に、間を置いたアイリが話を繋げる。











 先程話した居来種(きょらいしゅ)の力が、全ての元凶になります。

 はい、クーエンフュルダ様もその御力を備えております。

 本来でしたら、喜ばしい事です…居来種(きょらいしゅ)としての力の意味は大きく、誰もがその可能性を持ちながらも、極僅かな一握りの者にしか恩恵が訪れません。

 それは原因が未だ以て解明されていないからです。どうしてそんな力あるのか、その力の発現がどう言った理由で宿るのか…血統でも、才能でも無い、何処から来て何処に去るのか、方陣よりも謎の力、それが居来種(きょらいしゅ)の在り方です。



 そしてその内包される力…(ことわり)も、また千差万別です。

 奴の様な『姿を消す力』『(あら)ゆる物を呑み込む力』『空を塗り潰す力』『果ての先に動く力』そして……『他者から全てを奪う力』

 他者から奪う力、これが問題だったのです。

 そう言う事では御座いません。

 成程、外来人(がいらいじん)と言うのを忘れておりました。

 この土地、この国で生まれ育った者にとって、そして、上にとって望まれる事は『与える力』なのです。

 これは何も、居来種(きょらいしゅ)の力とは関係御座いません。

 徒人族の特性である円環陣は、癒しの力。

 他者を癒やし、施す力です。

 与える力が好まれるのは、今では建前でしかありませんが、クーエンフュルダ様の様な古い御家柄は、やはり世間体の事もあるのでしょう。

 その象徴とも言える力とは、真逆の(ことわり)を内包し生まれてきた…それがクーエンフュルダ様。



 方陣師としての強い力を持っているのにも関わらず、居来種(きょらいしゅ)としての『他者から奪う力』も併せて生まれてしまった。

 当時その事が判明したクーエンフュルダ様の御家は随分と混乱した様です。

 以前柵(しがらみ)と申された通り、クーエンフュルダ様の御家は由緒ある家系です。

 私は、その当時の事を詳しくは知らないモノですから…。

 今でも私を含め、この事を知るのは護衛の数名と僅かな血縁関係の縁者のみです。

 御家では腫れ物扱い、なまじ円環陣の才能があったのもクーエンフュルダ様を(さいな)む事となりました。

 


 あの御屋敷も、クーエンフュルダ様の為だけに造られた物。

 (ことわり)の暴走と言う現象が御座います。

 個々人によってその暴走の内容は様々ですが、クーエンフュルダ様の場合感情の高ぶりが鍵となり、暴走したが最後周囲に甚大な被害を(もたら)します。

 そう…ですね。確かに、檻の様な物かもしれません。

 奴の様な、姿を消す力だけならまだよかったのかもしれません。

 先の件の様に塞ぎ込まれてしまった場合、もう少し遅れたらその鍵を得た後に、暴走していたやもしれません。感謝の言葉も御座いません。

 はい、力の安定と言う条件で今回の運びとなりました。

 …少々強引な手を使ったのは否めませんが、致し方ありません。

 あの御家でのクーエンフュルダ様は、見るに偲びないのです…。



 笑う事もなく、感情を押し殺し、息をするのも人の目を気にしなければならない…窮屈な御家で、隠れ忍様にして生活なさっておいででした。

 この屋敷での様な振る舞いなど、出来ようハズも御座いません。

 


 かく言う私がクーエンフュルダ様の御側に就けたのも、事情を抱えていた為に選ばたのかもしれません。

 …私は、ヤーマ族との合の子、なのです。

 記憶の始まりは、檻の中でした。

 私は…その、ヤーマ族でさえ稀な完全獣化の出来る力を持っていた様です。

 何故私の様な混ざり者が、そんな事を出来るのか分かりませんが、その為に常に買われ売られ飼われ、繰り返し繰り返し様々な場所を移動しました。

 仕方ありません。三種族とヤーマ族はお互いに啀み合って来た間柄です。

 記憶がないのは、そんな生活に耐えられなかったのかもしれません。

 前の“わたし”は記憶を手放し、そして“私”となったのです。

 …つまらない話でした。



 そんな売られていく私を、クーエンフュルダ様に献上した貴族が居ました。

 今では感謝さえしております。

 何処か似た境遇の二人は、お互いに傷を不幸を舐め合う様に仲を深めていきました。

 クーエンフュルダ様が居なければ、私はこの“私”をも放棄してしまったかもしれません。

 感謝してもしきれない程で御座います。



 そして次第にクーエンフュルダ様は、その御自身の周りを、似たような境遇の者で囲うようになったのです。

 私を始め、御側に控える女達は皆が皆、似たりよったりの過去を持っております。

 そんな優しく寂しい、不幸者の…いえ、愚かな者達で造り上げた極園(ごくえん)は、居心地がとても良かったのですよ。

 お互いがお互いに傷を舐め合う、ただそれだけの弾かれた者達の関係が変わったのは、一冊の本からでした。

 ある日を境に、外へと目を向ける様になったクーエンフュルダ様に、私は戸惑いしかありませんでした。

 大変に喜ばしい事だったのは分かります。

 ですが、それが私は怖かった。

 置いて行かれる様で、私どもの極園(ごくえん)が崩れていく様で、怖かったのです。



 それでも、宛のないモノに縋る様にして過ごしていたある日、『教導院の事件』がクーエンフュルダ様の耳に入ってしまいました。

 ふふふ、恨みました。愚かな合の子は恨みました。

 必死に止めましたが、クーエンフュルダ様の御心は堅く、その足を以てフミアキ様に会いに行かれたのですよ?

 そこからはフミアキ様にもご存知の事かと。











「何だかすっきりしてしまいました…。申し訳御座いません。途中、つまらぬ話をしてしまった事、どうか御許し下さい」



 書斎の中、テーブルを挟み対面で座っていたアイリは、腰を持ち上げ作法に倣った美しいお辞儀をした。

 短くなったグラッシュブルーの髪が、さらりと頬を掠める。

 頭を下げたまま(つむ)った目を一度開ける。

 すると、フミアキも同じ様に、こちらは座ったままで頭を下げていた。



「有難う御座います」



 真っ向からアイリの言葉を受け入れ、短くアイリに礼を述べる。

 正直、フミアキはどうする事も出来なかった。

 クーの過去をアイリの過去を聞き、何をすればよかったのか、どんな声を掛ければよかったのか、全く分からなかった。

 胸を張ってアイリの話を聞くと言った前の自分と、今の自分は真逆の位置になってしまった。

 聞かなければよかったとは思わない。

 けれども、どうすればいいのか、この部屋を満たす空気に気圧されて、立つことすら出来なかったから、フミアキは悪いと思いつつも座ったままで礼をした。

 受け入れる、それだけしか出来なかった。



「…フミアキ様」



 アイリがフミアキの名を口にする。

 たった一言の感謝がこれ程までに嬉しく、心に響いた事はなかった。

 彼は相変わらず、いや、普段以上にその懐深くに受け入れてくれた。アイリはそれを本当に嬉しく思う。

 フミアキの旋毛(つむじ)が目に入ってくる。

 そして思う。

 「この人は今、どんな表情(かお)をしているのだろう」と、思うと頭痛がした。



 思い出せない…。



 あれ程憎く、そして感謝のし足りない彼の顔が、思い出せない。

 想像する「真面目な顔」だろうか「(ひょうひょう)々とした顔」をしているのだろうか、それともこんな話で「困った顔」をしているかもしれない。

 「まて?」とばかりに、何時もどんな顔でわらっていただろうか深く思い出す。

 「確か、少し疲れた様な顔で微笑ましいモノを見る様な…」思い出す度、顔が、輪郭が、髪さえもぼやけていく。

 それでも、“ナニカ”に抵抗する様に反抗する様に、何度も思い起こす。



 頭痛が激痛へと変わる。



「…くっ」



 頭上からくぐもった声が、塞ぐフミアキの耳に降ってきた。

 その短い声を発したかと思ったら、アイリがその場に倒れる。

 場の空気が壊れ、フミアキはようやく動く足を使い駆け寄った。



「…まさかっ!」



 悲鳴混じりの声が出る。

 「これはこれはこれはこれは!」心の中で一つの答えが導き出された。



「“また”か!?“また”なのかっ!!」



 フミアキにしては珍しく、声を荒らげ感情を乱す。

 錯乱したと言ってもいい。

 フミアキは自身の存在を、また世界に突き付けられたのだった。

 それも、フミアキの近しい人間の苦しみを見る事で。

 こうなってしまえば、もう何も出来ない。

 その事をフミアキは前例を以て体験しているのだ。



「どうして、どうして…今までは大丈夫だったのに…今度こそ…」



 倒れたアイリを長椅子に横にする。

 アイリの手を取り、脈を計る。

 そんな事をしても無駄だと言う事は分かっていた。

 分かっていたが…、何も出来ない自分に苛立ちしか募らない。

 今のフミアキの格好は皮肉にも神に祈る様な形だった。



「…クローレット」 



 懐かしい名前が口を突いて零れた。

 フミアキの“小さな願い”が“大きな欲望”がこの結果を招いた。

 痛いほどフミアキは自覚していたハズなのに。



 アイリの手から体温を感じつつ、独白する。



「そんなに悪い事なのかっ、そんなにいけないのか…誰かに見てもらいたいって感情は、そんなに許されないのかっ」



 フミアキは過去、世界を憎んだ、嫌った。

 それでも生きていかなくてはならない現実に、歯を食いしばり耐えて耐えてようやく順応してきた矢先に、何の因果か本来有り得ない未来を、フミアキは手に入れてしまった。

 “異世界”と言うモノによって。

 最初は心の底から喜んだ。

 クソッタレな元の世界から、全く知らない次元すら超越してるであろう別の世界。



 しかし、そんな“異世界”はフミアキと言う異物に決して優しくはなかった。

 チートを期待した訳ではなかったが、時が経つにつれて認識させられる。

 子供にすら勝てぬ肉体と体力の現実、方陣と言う素養が有りながらも満足に扱えぬ現実、そして…自身の存在すら曖昧な現実。



 最初に喜びの感情からスタートしたのが不味かった。

 おかげでより酷い“異世界”と言う夢の現実に叩きつけられた。

 独り勝手な絶望を抱いて、グリゴス一家と別れを告げた。

 グリゴス個人は慕っている。

 異物に対して手を差し伸べてくれた恩は生涯忘れる事はないだろう。

 だが巌窟族の村は、徒人族と言うモノに対して冷たかった。



 当てのない旅の途中に知り合った『クローレット』や『ヤーマ族の老人』触れ合う事で癒され、傷付けてしまった人達。

 自分を偽る方法を、その傷の中から学んだ。

 他人との距離を学んだ。

 ある程度の条件を見つけた。

 それでも、旅の中で欲求が膨らんだ。

 誰でもいい、誰か“本当の自分”を見て欲しい。

 “世界”から異物として、外見すらハッキリと見て貰えないと言う事実は、フミアキを傷付けた。

 グリゴスには方便を使い別れたが、次第にフミアキの中で願いが形を造り始めた。



 そうして考えたのが、“本を書く”事だったのだ。

 本ならばグリゴスより譲り受けた光具によって読める。

 本ならば如何に子供以下の力と言えど書ける。

 本ならば人と触れ合う事もなく自分を知って貰える。

 本ならば自分と言う存在を書き残せる。

 忘れていた小さい頃の夢想が、今現実味を帯びていく。



 そんな思いに取り憑かれ、僥倖にも王都で機会にも恵まれた。

 その後は『教導院の事件』に繋がる。



 死ぬ事は怖くはない、むしろ望んでいる。

 けれどそれは“誰か”にヤって貰いたかった。

 誰かが手を下してくれるのなら、その人だけは自分を覚えていてくれる。

 罪の意識の内でも、快楽の愉悦の内にでもいい、僅かな時間でもいいから、人の手に残って逝けるならフミアキにとって(さいわ)いになる。

 だが何時も“小さい願い”がフミアキの“大きな欲望”を阻む。



 生と死の間を行ったり来たりしながら過ごす毎日。

 そんな日常は常に変化を(もたら)し、クーとの距離を測りながら、アイリを遠ざけ、そして、もう大丈夫なんじゃないか?と思い始めて来た矢先の、サニアの件。

 サンを送り出し、それでも…と、希望を捨てきれず、性懲(しょうこ)りもなく同じ過ちをしてしまった。

 アイリの手を握り締め「どうか…どうか」と、あてどもない言葉を口にする。

 夜は果てしなく長く、後悔に塗り潰された男の呟きは何処に届けるのか、受取人の無いその音は闇にも消えず、ただ迷子の様に彷徨(さまよう)だけだった。





















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