20話 大騒動の果てに
これにてクー岩戸編終了で御座います。
「……」
「……」
不気味な沈黙が部屋に漂う。
否、漂うモノは魔界より齎されたかと思う程の強い瘴気を放っていた。
毒性の強い瘴気は、クーの部屋にどんどん拡散していく。
逃げ場を塞ぐかの様に、そして、部屋の住人を滅ぼすかの様に、ただただ破滅のかほりを散りばめる。
「……く、臭いッ!あれ、酸っぱい?い、痛い痛い痛い!」
クーのベットまでその魔の手を伸ばし、幼き命を毒牙にかける。
命の危険を感じたクーは、その弱った四肢に力を入れて逃げる。
ベットから飛び出て、出入口の拵えの凝った扉に手を掛ける。
だが、クーは気が付かない。
扉を開ける。と言う行為は、毒性の高い魔界の瘴気を、この世に解き放つ…その事を。
パニックに陥っているクーは、只管に生物としての本能を優先し、扉を開けてしまった。
この時アイリは、数名の女性達と一緒に、不安そうな表情を押し殺し、扉の前で待機していた。
二人の温かな遣り取りも、フミアキの過去もアイリは聞いていた。
「主の状況を知る為」と、後ろめたい気持ちを言い訳で固めた。
何とはなしに、理解する。
フミアキの女性に対する優しさの元と、髪にこだわる理由を。
改めてフミアキと言う不思議な男の、普段隠した見えない心の一部分を垣間見た気がした。
安心を以て、事の経緯を見守っていたアイリだが、クーの嗚咽を聞き心が乱れた。
大丈夫だと信じる部分もあったが、やはりアイリの内に心配と不安が戻る。
その後に聞こえた大きな破裂音に、扉を開けて中に入りたい衝動に駆られる。
しかし、この扉は主の強い“力”にて、強固な壁に変わっている。
フミアキが中にすんなり入れたのも、クーより招かれた結果だろう。
アイリ達は中に入れはしないのだ。
謎の破裂音が聞こえてから、中の様子を更に傾注する。
どう言う訳か、扉に「ガチャリ」と言う音と共に、開け放たれる気配を感じた。
近寄った足音から、軽い体重の人物である事が伺えた為に、アイリは期待に胸を膨らませた。
そして、岩戸の如き扉は開け放たれた。クーのその手によって…。
主を慕い主に慕われる二人の、感動の対面になるハズだった場面は、魔界よりの瘴気に侵された部屋を解放した事で、屋敷の中をパニックに陥れる。
扉の向こうで待機していた人間の悲鳴、阿鼻、叫喚。正しく地獄を再現させる悪しきにほいに、年頃の女性達が毒牙に掛かった。
独り部屋に取り残されたフミアキは、バルコニーに続く窓を開け放ち、換気をすると共にぽつりと呟く。
「……死にたい」
「本当にすいませんでした」
フミアキは首だけを出して氷の彫像に変わっていた。
氷と身体の間には毛布が挟んであるが、本来身体を温める毛布は、フミアキの氷漬けと言う現状を、ただ引き伸ばす為の拷問器具に成り果てていた。
「あのですね。言い訳をさせて頂きますと、生理的な現象が突如暴発した…と申しますか、これは仕方のない事で…、はい、すいませんです」
クーやアイリ、コリーを含む年頃の娘さん達からの冷た過ぎる視線を浴びて黙る。
中には、未だに鼻に布を当てている娘さんもいた。トラウマになっているのかもしれない。
(アレだ、加齢臭で嫌われるお父さんの立場がよくわかる。むしろこれ、汚物扱いって奴ですか?消毒されるのかな。ははは、長い様で短い人生だった)
「この男の処分、如何いたしましょうかクーエンフュルダ様」
「そうだね、先生の緩すぎる下半身を戒める為に、貞操帯でも付けて飼い慣らそうか」
「はっ、クーエンフュルダ様が厳しく躾るのなら、この男も社会復帰出来ると言うモノです」
「うんうん…、あ、先生ちょっと待ってね」
クーの棒読みは誰の入れ知恵なのか、本人は精一杯冷たさを装っているが、どう見ても三流役者の仕事である。
おまけに最後は、いつものクーに戻ってしまっている。
(ねぇねぇ、先生を飼い慣らすって台詞、ちょっと酷くないかな?)
(いえ、決して酷いモノではありません。そもそも既にクーエンフュルダ様が居なければ死んでいた男です。その後も支援をしなければ、本当に飢えて死んでいたかもしれません)
(そうかなー?あ、でも、先生がご飯ちゃんと食べてくれないのは本当だよね!)
(クーエンフュルダ様とフミアキ様の様子を見てると、出資者と受領者って感じより…)
(だよね、どう見ても囲ってるよね!)
(わっかるわー、ヒモよヒモ!本だって売れてるって言うよりもさ、教導院の絡みで敬遠してる人多いし)
(そうよねぇ、怖い物見たさ?って言うのかな、ホント物好きしか買わないわよ)
(ちょ、みんな酷くない?!先生の本は面白いんだからね!)
(あ、すいません!クーエンフュルダ様!)
(はははは…、でもね…?)
(うーん、本当に近い事ではあるんですよ)
(ちょっとぉ、アイリーン助けてよ)
(何故私に振る、知らん。それとまだ尋問中だと言う事を忘れるなよ?)
(ねぇ、聞いてるみんな!?売れてないとか、飼うとか、酷い事ダメだからね!それと、貞操帯ってなに?)
(えぇ?!)
(知らずに使ってたんですね…)
(ちょっとアナタ、クーエンフュルダ様に変な事教えないでよ!)
(あぁ、全く汚れがないわ我が主は)
部屋の隅で年頃の娘さん達が、きゃいきゃい言いながら会話しているのが、フミアキからは丸見えだった。
女が三人以上で姦しいとは、実に名は体の漢字であった。
「あー…、おもちゃにされてますね完全に…。何気に売れてないとか、囲われてるってダメージデカイ言葉だなぁ、ははは…、泣くもんか」
意外にダメージの大きい娘さん達の会話に、氷に包まれたフミアキは静かに耐える。
「あのー、アイリさん。そろそろ、ここから出して頂けると有り難いのですが、如何でしょうか」
「主の許しなくては無理だ。それと今回の件は深く反省をしろ」
「ですかー、ですよねー。あー、冷たいなー。寒いなー。今夏場なのになー。もう感覚ないなー。いい加減許してほしいなー」
チラチラ、クーを見ながら平坦な声で哀願する。非常にウザイ事この上ない男であった。
クー自体、最初から怒ってはいなかったのだが、周りからの強い勧めとアイリの「躾が肝心です」との言葉に、不精不精頷いた結果であった。
(もーいいんじゃないかな。可哀想だよ)
(ダメです!あんな悪臭放つ豚野郎許したらいけません!)
(アレ、全然反省してませんよ。蛆虫の様な根性の男ですね)
(アナタ達、あんまり汚い言葉教えないでよ。でも、もうちょっときつくしてみる?)
(クーエンフュルダ様も、この機会に無茶な要求してみたら?今ならなんでも受けてくれるかもよー)
(えー、そんな事言われても…。んー、んー…)
(それに比べて可愛いわ)
(そうね、必死に考えてらっしゃるわ)
(はー、抱きしめたい愛らしいわ)
(アイリーン、ちょっと!クーエンフュルダ様が可憐過ぎるわ)
「お前達は…、あまり主を困らせるなよ。待て私も愛でに行く」
「……」
ぽつーんと部屋の真ん中に置き去りにされた。
氷の生ものの彫像は誰からの関心も無くなり、寂しいその姿は夏場にも関わらず、哀愁漂う晩秋の景色を想像させた。
部屋の隅、クーを中心に若い娘さん達の、きゃっきゃとした雑談が長らく続いた。
「……モゲロ(ぼそ」
「…生ッ……先せ…!…ッ」
「ん…、んぅ。後五分…とは言わず…」
「いいから、頷きなさい」
「はぁ…?あぁ、はいはい…もうちょっと……グー」
フミアキは自室のベットで目を覚ました。
「……あれ?なんでここに。あー、確かクーの屋敷に居た様な…」
若い娘さん達の話があまりに長くなったモノだから、何時しか寝てしまったフミアキは、事前と事後の場所の移り変わりに首を捻る。
身体に張られていた氷はなくなっており、服装も別のモノに変えられていた。
しかも、フミアキではとても手が出せない様な、生地の良い上等な服だった。
「誰か三行で説明を…って、誰も居る訳はないか」
ぼりぼりと頭をかき、のそのそと起き上がる。
首を回して、肩を動かし、腰の関節を鳴らす。
窓に目を、外を見るとどっぷり日が暮れて夜になっていた。
「なんだか良くわからなかったけど、一件落着…かね。ここの所、やけに騒動に巻き込まれてたからな。これ以上のイベント事はホント勘弁して欲しいな」
背を伸ばし大きく息を吸う。
と、同時に寝室の扉が大きく音をたてて開かれた。
「先生起きたって?!」
「おや、クーじゃありませんか。今晩は」
「今晩は、じゃないよ。心配したんだからね!」
「へ?あぁ、ここまで送って貰って有難う御座いますね」
「うん、……それと、先生に聞きたい事があるんだー…」
「丁度よかった。私も聞きたい事が…まぁ先にどうぞ」
「コレ。どーゆー事?」
クーが取り出したのは、クーの屋敷を訪れた時に着ていた上着であった。
なぜだろう、クーの笑顔が迫力を持っている。
「…どうゆう?」
「なんで先生の上着の背中が、こんな刃物で切り裂かれたみたいになってるのかな?これ致命傷じゃない?先生危ない事してたんだー」
「い”」
クーがフミアキの破れた上着を高々と掲げている。
その上着の背中は無残な状態なのは、ここには居ないサンによるモノなのだが、非常に説明しづらい。
サンの事を話してしまうと、芋づる式にナンパの事も喋らなくてはいけなくなる。
しかし、場の空気に何故か躊躇ってしまう。
「先生、僕に隠れて何やってたのー?教えて欲しいなー」
「ま、待ってくださいクー。何ですかこれ、やましい事は何もしてませんよ?なのに、何故浮気の証拠を突き付けられた様な状況を作ってるんですか?」
「へー、教えてくれないんだ。ふーん、そーなんだ。やっぱりそうなんだ」
「やっぱり?まずは落ち着きましょう、まだ焦る時間じゃない。くっ何だこの状況下はっ。そうです、そう言えばこんな夜なのにクーは屋敷に帰らなくていいのですか?」
「僕を帰そうとするんだ。また危ない事するの?」
「そうじゃなくて、ほら、何時も夜には帰ってたじゃないですか、ね」
「別に、先生の許可は貰ってるよ。だからね、しばらく先生の家でお世話になるね。それで先生が危ない事しない様に見張る」
「え?ちょ、え?」
――誰か、三行で説明頼む。心の中で、全力の神頼みをする。
「はぁ、んなの知るかって。自分で考えろや」
「これは非常にいい展開ですよ。フミアキ×クーかしら…じゅる」
「半年間ROMってなさい」
「悪魔も神も仏もない」
途方に暮れるフミアキに、ここの所、更にダメージを蓄積した扉が抗議をする様に「ぎぃーこ。ぎぃーこ」と音を鳴らした。
ここまでお読み頂き有難う御座います。
今回作るに当たって、どくしゃじゅうななさい様、nak様、ひろ様、 咲畑珠璃様、warakia776様から頂いた感想も組み込みました。
謎の四人娘は、こうして生まれた…。
今回ストーリーの説明が全くありませんでしたので、次話にて説明回とさせて頂きます。つまりは読み飛ばしてもいい回と言う訳です。
しかし、感想コーナーがカオスだ。
皆様からの、ご意見ご罵倒お待ちしております。
※2/7感想コーナーでの謝罪を活動報告にて
※2/12改稿