19話 過ぎた過去に生きる今
やってしまいました。
(失敗した…)
開口一番フミアキにそう思わせる程に、部屋の空気は重かった。
一言で言えば、重い。
二言で言えば、激、重い。
三言で言えば、超、絶、重い。
これ冗談で何とかなるモノでは無かったと、初っ端から後悔するフミアキだった。
カーテンで部屋の窓は覆われ、顔を出しているハズの朝日は届かない。
暗い暗い部屋に置かれた豪奢なベットに、体育座りで両膝に顔を埋めている置物が一体。
その置物は、凡そ考え付く限りの負の感情を纏って鎮座する。
(…今だけは、自分の空気読め過ぎる能力が憎い)
どんな戯言だろうと、心の中で思うだけなら自由である。
ただ、置物…クーの現状は酷かった。
酷いと言うか、凄まじくフミアキに違和感を突き付ける。
普段のクーを知っている分、フミアキの見てきたクーからはあまりに掛け離れた姿に戸惑いが増大する。
この状況ならば、アイリがフミアキを頼るのも分かろうと言うモノだった。
「お、おはようございます…」
尻込みしつつ言葉を掛ける。
何時もなら、元気な返しがあるハズのクーから返事は来ない。
一瞬寝ているのかと考えるも、雰囲気がオーラとなって可視出来るかもしれない、と思う程に渦巻いているので起きているのは確信出来た。
(この塞ぎっぷりの原因を探りたい所だけど、まずはクーから反応を引き出さないとな)
「クー、外は雨も上がって太陽が昇ってますよ」
「この部屋暗いですから、窓のカーテン開けてもいいですか」
「雨雲も大分流れましたね。今日もこの分だと熱くなりそうですよ」
「おまけにこの雨で湿気が増えそうですね」
「クーみたいな癖っ毛の人は、湿気とか嫌いなんでしたっけ?確か何時もより癖毛が跳ねてしまうんでしたか」
「長いと大変でしょうね。私なんかはもういい歳ですからね。身の回りには頓着しないから、寝癖ついたままでも平気で外出てしまうんですよ」
「まぁ、その事に関しては歳がどうのと言う訳ではなくて、昔から変わらないんですけど」
「…それで、よく怒られたモノです。懐かしいなぁ」
独りで勝手に話続ける。
話は何時しか昔話に変わり、フミアキは過去を懐かしむ様に、少しだけ躊躇ってから続きを繋げる。
「私には、6歳上の姉が居ましてね。両親が仕事で忙しくて、専ら姉が親代わりだったんです」
「まだ若いのに、小言は母と変わらないくらい煩かったんですよ。やれ歯を丁寧に磨きなさい。やれ椎茸を残さない。やれ服装をしっかりしなさい。そんな事では女の子にモテませんよって」
「当時はクーの半分も歳がなかったから、何かと世話を焼かれる度に反抗したモノです。両親に構って貰えなかった苛立ちもあって、余計に姉に逆らいました」
「それでも、心の中では自慢でしたね。弟の自分から見ても姉はキレイな人で優しくて…。完全無欠って言葉が似合う人でしたよ」
「過去補正で思い出はキレイに盛られてるのかもしれませんけど、そんな完璧な姉が雨の日には不機嫌になるんです。一度理由を聞いてみたら「雨の日は私みたいな癖っ毛は髪の毛が纏まらないんです。フミアキの髪が羨ましいですね」なんて言うんですよ」
「女の人はどうしてそんな事気にするのか呆れた覚えがあります。「そんなのどーでもいいじゃん」って言ったら、珍しく姉が怒ったんです。いやー、あの時は怖かった。湿気で髪の毛が膨らんで見えて、オバケみたいでしたよ」
「プッ」
体育座りの置物から小さな小さな笑い声が聞こえた。
「笑い事じゃないですよ。本当に怖かったんですからね。それ以来、何故か私が姉の髪を梳くのが決まりになりました。髪が長かったですから重労働でしてね、何回も続けてると面倒臭くなってしまって、ある時つい言ってしまったんですよ…」
ここでフミアキが話を区切り、間を空けた。
クーを見ないようにして、窓の外に目を向ける。
ここがこの屋敷の中心だと実感する。
街には背を向けた部屋の設計になっていて、王都の外の自然が一望出来た。
庭には様々な植物が植えられており、フミアキには名前も分からない花々が天露に負けじと花弁を開いている。
朝起きた時に窓を開ければ、新鮮な空気と共に色鮮やかな植物が屋敷の主を癒すだろう。
日々の仕事の疲れや、毎日の退屈な日常を彩る為か、実に丁寧で繊細な庭の仕事と、少し視線を遠くに見遣れば、雄大な本物の自然が目に飛び込んでくる。
庭師の仕事と自然の偉大さに想いを馳せていると、フミアキのド頭に視線の矢を受ける。
放った射手の方を見ると、クーが僅かに顔を持ち上げフミアキを見ている。
負の感情は消え去っていないモノの、その視線には若干少し、何時ものクーの感情が見え隠れした。
視線がぶつかり、クーは直ぐ様顔を埋める。
「そうそう、ある時姉に言ってしまったんですよ。「こんな長い髪メンドクセーだけだろ。切っちゃえよ」ってね。動きの悪い人形の首の様に、キコキコキコキコって感じですごい遅くゆっくりした動作で、首を動かして後ろに居た私を見たんですよ。もう目を見ただけで理解しましたよ。「お前様は何を言ってらっしゃるのでしょうかね。もう一度、もう一度、さっきの言葉を繰り返して頂けませんか?」って、いや本当ですって、当時の幼い私の頭の中で、そんな言葉が再生されましたよ」
「振り返った姉は、誰もが見惚れる様な笑顔でこっちを見るモノですからね、本能的に飛び退ってしまった私は悪くない。アレですね、女性の笑顔は怖い。そんな私に追い打ちをかける様に、姉が良い笑顔のままこっち来るんですよ。壁に張り付く幼い私と迫る笑顔の姉…」
ここでまた区切る。
しばらく静かな時間が二人の間に流れる。
少ししてこちらの意図が読めたのか、恨みがましい目をしてクーが顔を上げる。
大分、負の感情が散らばり、普段のクーにより一層近づく。
フミアキはまだ無言を続け、クーからある一言を聞き出す為に長い間を取る。
「むー…」
体育座りの置物から、可愛い唸り声が聞こえた。
「残念これじゃないな」などと思いながら、クーから視線を外し窓の向こうを見遣る。
「むむー…」
ようやく、鳥達が起き出したのか、窓の向こうから囀りが朝を演出する。
「もう、先生の馬鹿…」
小さい声で可愛い罵声を言うも、フミアキは動じない。
嗜虐の心が首を擡げるも、ここは我慢の所である。
「………続き、聞きたい」
ぼそりと、ようやくフミアキの望んだ言葉がクーの口から出た。
「なら、分かってますよね?」
「…ふッんだ、先生の意地悪。意地悪、意地悪、意地悪、そんなんじゃ絶対モテないよッ。貧弱、鈍感、馬鹿、間抜け、ひょうろくだま、甲斐性なし、無神経、お人好し、お節介、不摂生、とんまのまんと…」
「負け犬の遠吠えは心地よい…って、何処でそんな言葉覚えてくるんですか、この子は」
「全部先生の本」
「アウチ」
「全部先生が悪いんだから」
「分かりました、分かりましたから、それで?」
「むーむー」
リンゴの様な、とまではいかないが、僅かに赤みの戻った頬を膨らませる。
ここの所の岩戸が祟って、以前のクーと比べると、明らかに体調は悪そうだが、崩すまでには何とかなりそうである。
「………ごめんなさい」
「はい、良く出来ました」
「ご褒美…」
「やれやれ、困った子ですね。そんな我侭なクーの方こそ、彼女の一人も出来ないんじゃないんですか?」
「僕はいーもん、関係ないもん。それより、続き」
「はいはい、それでですね――」
せがまれるままに昔語りを続けたフミアキは、“懐かしく”姉を語れた事に、月日の残酷さと優しさを改めて知った。
16年の間、一度たりとも口に出さなかった姉の思い出が、今や“穏やか”な気持ちで語っている自分に少なからず落胆もした。
もういいだろう十分過去に浸った。フミアキは今を見る。
「で、一体どうしてこんな事してたんですか?」
「うん…、ごめんなさい先生」
「それはさっき言ったからもういいですよ」
「ううん、違うの。これは…、先生から、貰った…ぐずッ。貰った、守護宝石…壊しちゃった、から…」
クーがフミアキの前に、無残な姿に変わった守護宝石を取り出す。
中央の紅い石は無くなり、全体が見事にひしゃげていた。
「…これは、もう直しようが無いですね。一つだけ聞かせてくれませんか?」
「はい…」
「ありがとう。この守護宝石は、キミを守ってくれましたか?」
立て直したクーの気持ちは、守護宝石が壊れた時の事を思い出したのか沈み込む。
それでも、フミアキとの会話で取り戻した僅かな力を振り絞り、首を縦に振る。
「それならいいんですよ…クー。キミを守れる様にと願いを込めて刻んだ光具です。使命を果たして散ったのなら、製作者の私としても鼻が高いですね。しかし、こんなに早く砕けてしまったとは…、これは単純に私の力不足なだけかもしれませんね」
「……ち、ちがッ。全部、僕がッぐ、悪いんだ…、僕がッ」
エバーグリーンの瞳の葉から、朝露に似た涙がするすると零れる。
まずった。そう思うも遅く、クーは散らした負の感情を再び纏う。
(何が不味いって、どうにもクーと私とじゃ、感情の位置に隔たりがある…。“物が壊れた”だけじゃない何か別の情報が足りてないぞ。この状態じゃ、当時何が起きたのか聞けないし…順番間違えたな。ははははははは、冷静に分析はここまでだ。あのね、もうね、泣かれたら無理、そろそろ本格的にテンパってきたわ)
冷静にテンパってると、静かな部屋にクーの嗚咽が注がれる。
(おーい、どーすんのこれー。泣いてる相手慰めるとか、めっちゃハードル高いんですけどー。何これテンプレで抱きしめるとか?あほか、男相手にやっても意味ないんじゃい。どないせーちゅーねーん……大脳、大脳は起きてるか?ヘルプヘルプミー!)
**************** 大脳のターン ****************
「えー、こちら第10008回脳内会議場からの中継でーす。放送席聞こえてますか?ワタクシお馴染みの中継アナウンサー今井でーす」
「はいはい、繋がっていますよ。今井さん、会議の様子はどうですか?まぁ、どうせ何時もの様にグダグダなのは分かりますけど」
「正しく何時も通りの展開を見せている会議場でーす。毎回同じパターンで飽きないんですかね。もう面倒臭いですが、一応カメラさんあっち撮しておいて下さーい」
「……っだから、クーが泣いているんですよ!?これをどうにかしない訳にはいかないでしょう!」
「ったくいい子ちゃんはこれだから困るぜ。んな面倒い事知るかってーのマジで。ガキなんざ飴でも食わせておけば別にいいだろーが」
「こらー!クーはそこまでお子ちゃまじゃないでしょー!いいですか、思春期の男の子は繊細なんです!デリケートなんです!ましてや、日頃お世話になってるんですから、ここでビシっと助けてやらないで、いい大人がどーすんですか!」
「うるせーな、何でも「!」付ければいいと思ってんのかぁ?まっ、確かにぃ、大事なぁ、スポンサーァ様だしぃー、ここらで恩売っておけば後で美味しい思い出来るかもなケケケケ」
「な!ん!って!下劣な!!恥を知りなさい恥を!人間損得で割り切る事程愚かな事はありませんよ!?愛を知りなさい、愛を!今こそあの二人に愛を取り戻すのです!」
「愛々連発すんなよ。なんだお前腐だった?かけるとかしちゃうの?そーいや、この前薄い本が落ちてたけど、あれお前のだったのかよ。ゲー引くわー、マジで引くわー」
「だだだだだだ誰が!ワタシのはちゃんと鍵を掛けて……ぁ」
「……マジなん…?お前マジでそっちなの?」
「ちちちちちち、ちゃうわい!腐女子ちゃうわい!」
「テンプレ過ぎる…頼むからオレで薄い本作らんでくれよ」
「優しい目をするなぁぁぁぁぁ!あなたこそ!鏡の前で「波ァァァ!」とかキモイんですよ!何、何?厨二病?三十路過ぎて何してるんですか?手から光線出るんですか?ねぇねぇ、出るんですか?どうなんですか?教えて下さいよ」
「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇ!三十路はお前も一緒じゃねぇか!方陣応用したら出るかもしんねーだろーがぁぁぁ!むしろ出ない方がおかしいんだよ!てか、腐よりマシじゃねぇか!」
「イラッ、はーん、キモイキモイ!いい歳の男が「波ァ!」とか、角と尻尾生えてても…プッ」
「お前…、いいぜ。表出ろや、ボコボコにしてやんぜ。前から言いたかったが、いい歳した女がそんなヒラヒラした白いワンピって無理あんだろ。歳考えろや…プッ」
「カッチーン!はは、いいですよ、いいですとも。買ってあげようじゃありませんか。後悔すんなよ!?」
「この円形ランプババァが!」
「この全身変態タイツ!!」
「静粛に!静粛に!キミ達ねー、何時も啀み合ってちゃ話進まないでしょう。明らかに議題から離れてるよね?分かってるの?人間中庸が大切でしょ。右でも左でもなくて真ん中、これ最強。ただし悟りを開いた者しか歩めない茨の道」
「「パンチは黙ってろ!!」」
「はっはっは、キミ達、毎度毎度言ってるよね私。これパンチパーマじゃなくて螺髪螺髪なの、髪の毛を小さく纏めてるヘアーなの」
「「うるさいしたぶくれ!糸目!!」」
「おうゴラァ、人の身体的特徴連呼して楽しいの?嬉しいの?よろしい戦争だ」
「はい、こちら中継リポーターの今井でーす。…まぁ、何時も通りでした」
「全く以て何時も通りですね。次はもう少し捻ってくれると飽きないんですけどね。今井さーんお疲れ様です。以上、第10008回脳内会議場の模様でした。アデュー」
**************** 現実のターン ****************
「アデュー…なんと使えない…」
クーの瞳から流れる雨は本降りになり、最早万策尽きたかに見えたフミアキだった。が、クーの手に持つひしゃげた守護宝石を見て思い直す。
今、この時だけは、物語の主人公としての力を願う。
(私の様な人間は1ページ限りの脇役だろうけど、一度だけでいいからクーを救える力が欲しい…。腹に力を入れるんだ。胸を張り、大きく息を吸い込み前にいるクーを見ろ!アイリさんにも言っただろうが、「任せろ」と…!)
息を吸い、意気に変える。
全身に力を入れて、真っ直ぐクーを見詰める。
腹を据えたら、自然と力が湧く。
覚悟を決めるとは、こう言う事なのかとフミアキは実感した。
そして全身に全霊を込め纏わせたフミアキは、盛大に“放屁”した。
ここまでお読み下さって有難う御座います。
どうでしたでしょうか?最近作者が調子に乗ってると思いませんか?
私は乗ってると思います。これは非常にムカつきますよね?
そこで天狗の鼻をへし折る為に、皆様からの熱い罵倒をお願いします。
最低でも三行程罵って頂けると大変態有難いです。
今後執筆していく中で、皆様の罵倒が是非とも必要なのです。
心へし折る程の罵詈雑言、心待ちにしております。
誤字罵倒ありましたら、よろしくお願いします。