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2話 猫で犬

この作品には厨二的な表現が多分に含まれています。

アレルギーのある方は戻るボタンを押して戻ってください。

 魔窟掃討作戦(アイリ談)より、2週間が経った。

 以前とは見違える程の書斎にて、以前と変わらず執筆中のフミアキ。

 床に直積みの本達は、新たに作られた壁の本棚に綺麗に整頓されている。



「金持ちって怖いなぁ」



 そう呟くフミアキだったが、館からフミアキが追い出されてからアイリは家具職人を呼び出し、書斎の壁に本棚を作らせ本の山を処理した。

 出来上が立った本棚は、上質な木材と丁寧で繊細な細工まで彫られており、職人の腕の良さを窺わせる一品と仕上がった。

 一目見て一流の仕事と判断出来る本棚の出来に、フミアキは歓喜したが瞬時に自身の経済状況、即ち財布の中身を思い出す。

 怖くなって小声でアイリに聞くと、「全て、我が主の計らいです」と言われた。



「この家も随分綺麗になったし」



 館の掃除に掛り切りになる事5日、館の設備に屋根の修繕に7日、ちょっとしたリフォームが終わったのは先日である。

 よくここまで手を付けずに過ごしましたね、とアイリからお叱りを受る羽目になった。



「悪い人ではないのは分かるんですが、怖いんですよねぇ」



 初日のインパクトに、館の管理不足からくる罪悪感。ましてや、あの少年の紹介なのだ、逆立ちしても頭が上がらないし、アイリの給金に関しても少年持ちである。



「あの子にお世話になりすぎて、返せる恩の宛がない」



 ここの所の急激な環境の変化と、少年への積もった大恩に筆が止まり思考が飛ぶ。

 気が付けばアイリが隣に来て、お茶を注いでいた。



「あの、アイリさん、何時の間に、こちらに?」



「ノックをしても返事がなかったので、勝手に入らせて頂きました」



 と、しれっと答える。

 気配もなければ、優雅に注ぐ所作にも音がない。

 ふわりと紅茶の香りが鼻をくすぐり、匂いだけでも上質な茶葉である事が窺える。



「ありがとうございます、この家にはお茶っ葉はなかったと思いますが、どうしたんですか?」



「買って参りました」



「はぁ、しかし、随分高そうですね」



「我が主より、お世話に当たり抜かりない様、仰せつかっております」



「お、大袈裟ですね」



 紅茶を啜ると、会話が途絶える。

 どうにも会話が続かない、他所のメイドさんとやらもこんな感じなのだろうかと思うも怖くて聞けないフミアキだった。



 窓から流れる初夏の風に、紅茶の湯気が揺れる。

 暫く無言で紅茶を堪能するフミアキに、珍しくアイリが話を切り出す。



「…フミアキ様は、我が主とはどういったご関係でしょうか」



「あれ、何も聞いていませんか?」



「主より、執筆に滞りなき様便宜を図ってほしいとの事でした。推測は立ちますが、貴方様の口よりお聞きしたい」



「そうですね…、読者であり、友人であり、そして――命の恩人と言った所でしょうか」



 この言葉に、アイリはじっと目を細めるもどこか得心がいった顔をした。

 少年と知り合う切欠となった出来事は、フミアキの名を良くも悪くも広める結果になったので彼に近しい人物なら、今の説明で事足りるだろう。



「彼に仕える貴女からすれば、私なんぞには関わり合いを持って欲しくない、そう思うのはしょうがない事だとは思いますよ」



 ――すみません。と、どこか自虐的な笑みを浮かべる。



「確かに関わってほしくありませんが、個人としましては――」



 バタン!と唐突に書斎の扉が開け放たれる。

 二人の視線が扉の先に注がれる。



「すごい!あの部屋が綺麗になってるー!」



 興奮気味に感想を口にする少年、あの本の山を見ている者からすれば、現在の書斎は別モノだろう。口を酸っぱくして注意してた少年からすれば一塩かもしれない。



「アイリ、よくやった!」



「はっ、恐悦至極に存じます」



「ふっふっふ、僕の見立てに間違いはなかった、やっぱりアイリを送り込んだのは正解だったね!」



「…送り込まれた方は、大変でしたよ」



「何言ってるの、先生がちゃんとしないからだよ!」



 ぼそりと呟いた言葉を聞き逃さず、直ぐ様フミアキの文句を両断する。

 怒った様に言う姿は、年齢よりも幼く見えて愛らしいと思う他ない。



「もしイヤだったら、これからはきちんと整理整頓!」



「そうですね、これだけ綺麗にして貰ったので、汚すのに抵抗が出る様になりました」



 ――うんうん、そうでしょそうでしょ。と得意気に頷く少年を見るフミアキだったが、ここから逆襲が始まる。

 最近押され気味なのだ、少しくらい仕返しを、いや、2週間お世話になったお返しをあげなくては。思いながら、声が僅かに弾む。



「えぇ、そうですね、これからは掃除にもっと力を入れるとします。ただ、掃除に専念しすぎて新作が遅れるかもしれませんが、そこは容赦してくださいね」



 その言葉を受けて、一瞬にして固まる少年。

 先程まで絶頂にいただけにあって今の奈落に落とすに十分であった。

 言い返したいけれど言い返せない、少年に取っては死刑宣告に等しい。

 無言のまま、その内、目尻に涙が溜まっていく。



 このやり取り自体、二人に取っては何時もの事である。

 少年がフミアキに説教をする、フミアキが反撃する、少年がやり込められると泣きが入る、フミアキが土下座する、が一連の流れになる。



 今回は連敗が祟ったせいか、伝家の宝刀まで抜いてしまったのだ彼の機嫌を治すには、どれだけの土下座がかかるか少し後悔が入るも、目まぐるしく表情の変わる少年を見ていると、またやってしまうのが困りものである。



 そんな何時ものやり取りであるが、フミアキは重大な事を失念していた。

 ここには二人だけではない事を、そして彼の少年を主と仰ぎ、忠誠心厚きメイドがいる事を。



 少年いじりを堪能しつつ、そろそろ土下座と謝罪の体勢に入ろうとした矢先フミアキの足が止まる、止められる。足の踝まで『氷』が張っている。



「我が主の涙、貴方様の命より安いと思わない事です」



 普段の澄んだアイスブルーの瞳が色濃く染まる、彼女の手は空中に踊り方陣を描き、空陣からは漏れる燐光は、篭めたる力の大きさを物語る。



 ――あ、死んだ。直感で判断すると、アイリに向けてた視線を少年に戻す。

 命を握るアイリから目を反らすのは完全なる自殺行為であるが、少年に伝えるべき言葉を残す。



「クーエンフュルダ、貴方は私の一番の読者であり、大切な理解者でした。心残りは、受けた恩を返せなかった事謝ります」



「なんで過去形、先生死んじゃうの?!」



「いや、これ、もう、積んでるでしょ。腰まで凍ってきてますよ『形ある紋言』を使わずに、コレですか」



 ――すごいですね。などと呑気に話しているが、心臓まで達したら本当に生命活動に支障が出る。



「ちょっと、ちょっと!アイリ止めてーーーーーーーーーーーーー!!!」



「クーエンフュルダ様を泣かせるとは、極刑モノです。省略して私が執行します」



「僕、泣いてないよ?!それよりこれだけで先生死んじゃうの?!」



「あ、この状況、このアイデア、次回のネタに使えるか?」



「ちょッ!?先生もうちょっとで本当に拙いんだよ!?危機感持ってよ!!」



「もう、末後の言葉も伝えましたし、いいかなぁーとか…後、大分感覚なくってきました」



「いいかなー、じゃなーーーーーーーーーーーーーーい!!!」



「さてと、時間と相成りました」



 胸まで氷が達し、フミアキの首がカクんと落ちる。

 それまで真っ赤になっていたクーエンフュルダの表情が入れ替わる、人形の様な感情の持たない人型がそこにいた。



「アイリーン、本気か?」



「どんな処罰も覚悟しております、ですが、この男の存在はひ…」



 言い終わる前に口が止められる、部屋には無数の方陣が舞う事に寄って。

 鉄火場に置いても途切れる事のないハズの鋼鉄の意思が、部屋を覆い尽くす力に当てられ途切れそうになる。



 無言のまま、クーエンフュルダは描いた方陣に力を更に注ぐとフミアキにまとわりつく氷が砕けていく。

 しかし、フミアキの意識はまだ戻らない。

 息を深く吸う、クーエンフュルダのエバーグリーンの瞳がブラッドレッドに染まる。



黄神(こうしん)最神(さいしん)、天命神、逆風(さかかぜ)吹きて誰彼(だれかれ)の、夕星、入星、宵闇星、迷い彷徨い宵の口、帰れぬ黄泉道に不憫(ふびん)一縷(いちる)古鐘(こがね)、神鐘、魂釣鐘(たまつりがね)、御神のみてぐら落下傘、空瑠璃(くうるり)空瑠璃(くうるり)鳴り響け」



 クーエンフュルダの口から、『形ある紋言』が紡がれる。



「――― 『ゴードベールドの福音』」



 部屋に散らばる方陣から、光の奔流が解き放たれる。

 同時に部屋いっぱいに音が満ちる。低く、高く、激しく、静かに、全ての『光』と『音』がフミアキに降り注ぐ。

 しかし、まだ目を覚まさない。顔色は元に戻っているが、意識がないようだ。

 クーエンフュルダは、更に力を篭める。絶対に助けるのだと言いたげに。



 見守っていたアイリがここで溜息混じりに動く。



「失礼」



 短く言い切ると、フミアキの上体を起こし、『当て身』を食らわせる。



「アイリーン、まだ…ッ」



 ――何かするつもりか。と、問う前に、フミアキが小さな呻きを上げた。

 そこでようやく方陣の稼働が止まる。

 長い息を吐き、安堵の思いが胸を満たす。

 安堵と一緒に「何故?」と言う疑問が湧き上る。あの方陣は、クーエンフュルダが持つ最高の治癒陣であり、その効果は自身が使い数多くの人間を救ってきた事で、証明されている。



「アイリーン、何故私の治癒陣が効かなかった」



 答え難そうにするも、主人の目が答えを促す様にこちらを見据える。



「はっ、偏に…――過剰でございます」



「は?」



 若干間の抜けた声が出る。それでも、アイリは説明を続ける。

 曰く、最上級の治癒陣が必要な状態ではなかった。

 曰く、氷は表面に張っただけで単に気絶、殴れば起きる。

 曰く、過剰な治癒陣で逆にフミアキの命が危なかった、等々、アイリの話が続くにつれて、どんどんクーエンフュルダの顔が赤くなっていく。



「きゃーーーーーーーーーー!!!それ以上言わないでぇぇぇぇーーーーーーー!!!」



「前から思っておりましたが、少々方陣に頼り気味かと存じます」



 要は、焦ったクーエンフュルダが混乱して状況を把握、確認せずに感情のまま力を奮って、墓穴を掘った。

 そんな公式がクーエンフュルダの頭に浮かんだ。

 恥である。



「うぅ…つつっ、なんだこれ、気持ち、悪い…うぇ」



 やっとのようで意識が覚醒するも、頻りに頭を振っているフミアキ。

 意識が飛んでいた為、部屋を見渡す。

 頭を抱えて座り込むクーエンフュルダと、何時も通り背筋を伸ばして立っているアイリ。



「あの、えーっと…、何が起こったんですか?」



「あ!!先生無事だったんだね!!」



 ――よかった!と言いつつクーエンフュルダがフミアキに駆け寄ってきた。

 そして、アイリと一緒に氷からの経緯を、軽く話て謝罪する二人。

 心底申し訳なさそうに謝る少年と、何時もの無表情で謝罪を口にするメイドさんその対比に少し笑ってしまうフミアキだった。



「アイリ!もうちょっと真面目に謝ってよ!!」



「いや、いいんですよ、クー」



「よかないよ、本当に危なかったんだよ!…主に、僕のセイなんだけど…うぅ」



「私を助けようとしての行動だったんですから、そんなに気に病まないでください」



 少年をやんわり慰めるフミアキの顔には、殺されかけたハズなのに負の感情が欠片も感じられない。

 作り笑いでも、感情を押し殺す様にも伺えずそんなフミアキを見るアイリは、その目をじっと細める。

 アイリの視線に気づいてか、フミアキがアイリの弁護をする。



「あの出来事から、今でも教導院に睨まれていますからね。いくら貴族の君とは言え立場を悪くする、アイリさんの心配は最もですよ」



「またそうやって他人の心配するッ、先生は、もっと自分を労わるべきだよ!」



「そうですね、次からはもっと気を付けるとします」



 はぐらかす様に答えるフミアキに、反駁し口を開も直ぐ様閉じられる。

 何故なら、フミアキの顔色は青を通り越して白くなっていたからだ。

 健常な人間に最大の最高の治癒陣でもって、クーエンフュルダの常人より遥かに強い力が遠慮なく注がれた為、福音の力がフミアキの身体の中行き場をなくし暴れてるのだ。



「先生!本当に大丈夫なの?!」



「不味いですね、急いで処置を――…」



 二人の遣り取りを聴きながら、フミアキは前のめりで倒れる。

 今度は、自らの意思で意識を手放す。実を言うとフミアキは限界でいっぱいいっぱいだったのだ。



1週間に1話を目処に頑張ってみます。

ご意見ご感想お待ちしておまります。


※12/16改稿


※8/1改稿

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