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17話 決意で別れ

 サン編終幕で御座います。

「王国警備隊だぁ?!ちぃ!」



 王都の膝下を守護する精鋭揃いの屈強な兵士が、痩せた男の後退した頭に過ぎった。

 地方に行けばその練度はバラバラだが、ここ王都の警備隊は別だ。実力に関しては折り紙つきであった。

 王族の下、王国警備隊は殊更に面子を重視する傾向が特に強い。

 そんな気位の高い連中は、自分の縄張りでの粗相の様な出来事を特に嫌う。



「言い分がこちらにあんだけど、この状況はまじぃな…」



 大きな穴の空いた壁に、部屋の中は台風の通った跡の様に酷い有様を呈している。

 証文は本物、されど取った行動が不味過ぎる。

 それに一番隠さなくてはならないモノは…。



「アニキ!今日はもうダメだ!ソレ仕舞ってくだせぃ。オイお前らズラかるぞ!」



「…断る」



「断んねぇでくだせぇ!ガンちゃん頼む…」



「アイ」



「わわわわ、急がないと急がないとぉ。忘れ物はないよね」



 実に手際の良い退却戦の指示をする。

 痩せた男筆頭に、実に手馴れたモノだった。

 暴れるグダイを、デカイ男が肩に担いで侵入した大穴より出ていく。



「あー、今日はここで引き上げるが、サニアさんよ。きっちり払うモンは払って貰うからな、明後日また来る。今度は玄関から入るから安心してくれ」



 そう言って最後に痩せた男が大穴から逃げ出す。

 サンは白けた様に手を振って見送る。サニアとマールレは安堵の息を漏らす。

 そして、玄関に仁王立ちしたライから、大きな溜息が吐き出される。



「ふぃーー、こえぇ、素直に引いてくれてよかったぜ」



「ライ、ありがとう…。でも警備隊を呼んでよかったのかしら…、だってここの地区の警備隊長様って。その…」



「そんなら心配すんな、ありゃホラだからよ」



「なんじゃ嘘か、まぁ、馬鹿息子にしてはよーやったの」



「なんでジジイがサニアの家に居んだよ。お袋に言いつけるぞ?」



「五月蝿いのぉ、その歳でまだ母親に甘えるとか無いぞ。それに、家内はワシのモンじゃぞい。外円(がいえん)に出たからと言ってもお前にはやらんわい」



「あぁ?!フッザケンな!クソジジが!とっとと家督渡して死ね!」



「なんと恐ろしい事を…、サニアちゃんやこれが馬鹿息子の本性なんじゃよぉ。おーぃおーぃ」



「て、めぇ!サニアにチクってんじゃねぇよ!サニアも騙されんな、口で泣き真似する様なクソジジだぞ!」



「ほら、ライ落ち着いて。おじ様も、どさくさに紛れてお尻を触らないで下さいまし、おば様に言い付けますわよ?」



「クソジジイ!サニアから離れろ!むしろ、俺が今から外円(がいえん)の向こうまで、ぶっ飛ばしてやんよ!」



「ほっほっほ、無理じゃ無理じゃ。それより、サニアちゃんも育ったのぉ。ワシゃ嬉しいぞ、あと家内には内緒で頼むわい」



 二人の言い争いは久々に聞いたかもしれないと、サニアの目には涙が浮かぶ。

 先程まで命の危険を感じる暴力に晒されていた分、より一層、昔から変わらない二人の遣り取りに安心してしまった。

 


 子供の頃から、ご近所付き合いをしていたケレス家とオルクス家の関係は長かった。

 過去形だったのは、マールレの家内がこの世を去った事に起因したからだ。

 母のいないサニアからすれば、理想の家族像だったオルクス家が、一人の人間が消えた事ですっかり変わってしまった。

 マールレは人付き合いを止め、趣味の片手間だった歴史研究にのめり込み、息子のライは子供の頃から一緒に通っていた『集技院(しゅうぎいん)』を辞めてしまった。

 あれ程温かい家庭を築いていたオルクス家の、変わり冷たくなった関係を肌で感じたサニアは、なんとか二人の間を取り持とうと努力したが、幼いサニアには難しく実を結ぶ事はなかった。



 サニアもサニアで、ケレス家の台所事情を父トルケウが亡くなってから初めて知った。

 父にとって自分は重荷でしかなかったのかもしれないと強く思った。

 本気で生まれを呪ったのもこの時だった。それでもサニアの現実に何ら変わる事もなく、サニアは自力で立つ事を強いられた。

 集技院(しゅうぎいん)にて、目の悪いサニアでも出来る生きる技術を学ぶ中で、サニアの鋭い感覚が本格的に目覚めたのは、父トルケウが亡くなってから半年の後の出来事だった。

 それからのサニアは凄まじかった。

 まるで目の不自由を感じさせない程に、技能を貪欲に覚えていった。

 父トルケウの死、仲の良かったオルクス家の悲劇、それらの体験をし甘えを捨て「たった独りであろうと生きていく」と強く強く堅く誓った。

 今では機織りを生業とし、独りで生活出来る所まで熟達したが、しかし借金は多額で首が回らずの状況だった。



「どうしてこうなってしまったのかしら…」



 ほっと安心したサニアに、今度は現実が襲いかかる。

 いくら過去を懐かしんでも、今は変わらない。むしろサニアの心は過去の温かさによって、冷たくなっていく。

 両手で自分を抱き項垂れる。

 誰かに頼りたい、人に(すが)りたい。そんな衝動に駆られるも、サニアの自制心は自身の境遇が、幼い頃からの環境が邪魔をして、恐怖とすら感じる程に強くなっていた。



「あいつ強かったなぁ。ん、大丈夫かサニア?」



 サニアの様子が気になってサンはサニアに近づく。

 馬鹿二人は未だに言い争いの親子喧嘩を続けている。



「…えぇ、大丈夫よ。サン君こそ乱暴されて怪我はない?」



「無傷じゃないけど、全然問題なし。へへっ、俺、サニアの役に立てたかな?」



 ――ほら、勝手に暴れちゃっただろ、まずかったらごめんな。サンの言葉にまた目頭が熱くなってくる。

 近づいたサンの頭を、自然と抱いていた。



「ごめんなさいね。ごめんなさいね…」



「…サニア?」



「本当にごめんなさい…」



「サニア…」



 しばらく、なすがままに抱かれるサンを、今し方まで親子喧嘩を繰り広げていた馬鹿(息子)が、目敏(めざと)く見つける。



「おい、なんだてめぇはよ?てか、サニアから離れろや!」



 名残惜しそうにサンはサニアから離れる。

 その顔には決意に満ちた瞳を見せる。



「サニア、俺がサニアを助ける。だからちょっと待っててくれよ」



 ――「『ユールの八光(はっこう)』」堅い口調で紡ぐ。

 サンの姿は見えなくなり、足音も気配も見せず、この場から消えた。



「うぇぇえ?!な、なんだあいつ?消えたぞ…」



「中々男前の面構えじゃったの。サニアちゃんには相応しいかもしれんな」



「何言ってんだクソジジ、てか、誰なんだよ…」



 サンの消えた方角をずっと向いていたサニアが立ち上がる。

 サンの決意は、サニアがずっと昔に自らが誓った想いを心に蘇らす。

 年下の子に迷惑は掛けられないわね。そう考え、自分を鼓舞する。



「ふふふ、すみませんが片付けを手伝って頂いてもいいかしら。これから…」



 ――この家も引き払わなくてはいけませんし。そう言って、憑き物の落ちた様なスッキリした顔で二人に告げた。

 沙羅(しゃら)の花は、その美しさを哀しく強い心で咲かせていた。











 ドンガラガッシャーン!

 派手な音を立ててフミアキの書斎の窓が割られた。



「フミアキーーー!教えてくれー!」



「帰れ」



「えぇ?!何怒ってんだよ。頼むよ!」



「サン、あなたはコレ見て何も思わないんですか?」



 フミアキの背中にはヤマアラシもかくやと言わんばかりに、窓ガラスが突き刺さっていた。



「おぉ、フミアキカッケーな!どうしたんだソレ?」



「よしよーし、よーく分かりました。帰れ」



 ――しかし、これは痛い…複数箇所にちら。最後の呟きを残して倒れる。

 展開の速さにサンは着いて行けず、ただおろおろする。



 しばらくして、治癒方陣を思い出し空陣を描く。

 サンはフミアキの着衣をひっぺがし、貧弱な背中のガラスを抜く。



「よし、―――『オーオンの祝福』!」



 癒しの光がフミアキの背中の傷を消し去る。

 施療(せりょう)し、フミアキの頬をぺちぺちと叩く。

 意識が戻った所で、また最初の言葉を再び繰り返す。



「教えてほしい事があるんだよ!」



「これなんて拷問?」



 サンの要求を飲まなければ、何度も繰り返しそうな展開に恐れを抱いたフミアキは、ここであっさりと折れる。



「だから、フミアキは頭いいんだろ?!」



「私はそんなに頭良かないですよ。まずは事情を説明してください…」



「サニアってさ、すごい良い匂いがすんだよ!んで、柔らかくて、優しくて、あったかいんだ。俺それだけで近づけなくなっちゃうんだけど、サニアは頭持ってくれたんだ。で、近づいてくれるんだけど、サニアは血の臭いしないのな、すげーって思った。ま、返り血浴びるのって最初の頃だけだろ?今じゃ、んなの全然掛かんないだけどさ、サニアくらい動作遅いとよく掛かっちゃうんじゃないかって思うのに、ちっとも匂わないんだよな。ほら、香水で隠してる匂いでもないし、不思議だよな。手は堅いんだけど、柔らかいんだぜ、どうなってんだろ。皆、女の人ってあんなのなの?」



「…若干不穏な言葉もありましたが、恐らく母性的と言いたいんですかね」



「母性?」



「母親の様な感じ、なんですよね?」



「…母、親」



 ――母親、母親、お母さん…。意識して、と言うより無意識に言葉を零す。

 どうやらサンが長考に入ったと感じたフミアキは、この隙にと服に刺さったガラスを抜き、再び袖を通す。穴は気にならない様だ。



 改めてサンを見遣ると、こころなしか顔付きが大人びて見えた。

 夕暮れの広場で別れた後に、マーレル達と向かった先に、成長を促す様な出来事でもあったのかと、フミアキは妄想する。

 そんな妄想もあってか、サンの考える姿を少し眩しそうに目を細める。



「あぁそうか…、勘違いしてた。しっかし、参ったなぁ…」



「話の続きはまとまりましたか?」



「ん?待ってて貰って悪いな。…フミアキ、サニアが俺みたいに借金の形に取られるんだ。どうすりゃいい?」



「サンみたいに?誘拐されたんじゃなかったんですか?」



「それは孤児院の話な、母親で思い出したんだ。孤児院のずっと前は…もう何処か分かんねぇけど、多分農村だろうな、そんな所に居て、俺みたいな奴にも両親が居たみたいなんだ。口減らしだか、借金の形…こっちだな、もしかしたら、口減らしの意味もあったかもしんねぇけど。その売られた先を逃げ出して孤児院に駆け込んだ…。その後に、ま、誘拐された?か、連れ戻されたんだと思う」



「凄まじい経歴ですね…」



「そっか?多分何処でもあると思うぜ。暗殺者として育てられてる時の同じ奴は、大抵そんな連中ばっかりだったと思う。必要とは言わねぇけど、しょうがねぇんじゃないか」



「あなたみたいに若い人が、何達観した様な事言ってるんですか。全く…、そんな思考は年寄りになってからで十分ですよ。若い頃は無茶して、馬鹿して、アホみたいにガムシャラに走って行けばいいんです」



「すげー言い草だな。フミアキはそんな風にしたのか?」



「私を見てれば分かるでしょう。つまらない人間になるなと言う反面教師くらいしか出来ませんよ。さて、若い人を説教するのも楽しいですが、もっとサンには人生を駆けて貰いたいので、さっさとそこにある物持って行きなさい」



 フミアキの示した長椅子の上には、パンパンに膨れた革袋が置いてあった。

 今朝方、サンが置いていった物がそのままの形で残っている。

 振り返り見遣ると思い出した。すっかり忘れていたと言った顔をして、苦笑に顔を動かす。



「なんだ、使ってなかったのかよ。一応フミアキに渡したモンだぜ?」



「もう日付変わってますかね。たった一日でそんなに使える訳ないじゃないですか。貧乏人にはこれで目の毒ですから、とっとと目の前から隠してくれると有り難いんですけど」



「くっくっ、あーーーーーっはっはっは!」



 思いっきり大笑いした後に、サンは軽く呼吸を乱した事に驚いた。

 グダイとヤリあった時ですら、呼吸を乱さなかった。それはもうどうしようもない程、身体に染み付いている暗殺者の印だったからだ。

 フミアキを前にする、いつもおかしくなる。

 分かれて居た自分が元に戻れたのは、何もフミアキの珍奇な方陣のセイだけでは無い気がする。



「何ですか、もう私の言った事実行してるんですか?若いって素晴らしい」



「あー!フミアキには勝てねぇな!あっはっはっは!」



 ――ちょ、痛いですよ。フミアキの肩をバンバン叩いてまた破顔する。

 この男は変だ、まさしく正しく変人だ。出会ってからの遣り取りが思い起こされ、そう確信したサンは長椅子の上の金貨袋を肩に掛けて、割った窓口に向かって歩く。



「世話んなったな、フミアキ」



「別に大した事もありませんでしたが、そうですね。サンと関わって短い時間でしたが、楽しかったですよ」



「なんだよ、別れの挨拶みたいじゃねぇか」



「事実別れの挨拶です」



「こっちの考え読んでんの?」



「何となく、ですよ。その背負ってる件が終わったら故郷を探すんですよね?」



「はぁ…、なんで分かんのよ?」



「まぁ、年の功って奴ですか。元気でやんなさい、あぁ、ついでにコレは餞別です」



 フミアキは机の引き出しから二振りのナイフを取り出し、サンに向かって投げる。

 器用に片手で二本とも受け取る。



「へぇ、フミアキの事だから刃物は無いと思ったけどな」



「ふっふっふ、それは『絶対切れない二刀流』です。私の趣味溢れ…自信作溢れる趣味ナイフです」



「…今のワザとだよな?何だかすげぇ不安になるんだけどよ」



「あぁそうだ、関係ないかもしれませんが、警備隊の詰所がやけに騒がしかったですね。気を付けて行きなさい」



 サニアの家での遣り取りが思い出された。

 あんまり善い警備隊ではないだろう、と勘づく口振りだった。

 思ったより時間はないのかもしれないと、考え直す。



「何から何まで本当にすまねぇ。ちょっと嫌な予感がする、また改めて寄らせて貰ってもいいか?」



「別に何時来てもいいですよ。でも、次来る時は故郷の話を聞かせてくれると嬉しいですね。話の種になりそうですし」



「…長くなるかもしんねぇぞ?…そんじゃぁ、なっ!」



「えぇ…、さようなら。サン」



 来た時と、似たようにして、音も気配も無く割った窓から出て行く。

 自分を失い、故郷も掠れた青年は、自分を取り戻し、故郷を探しに旅立った。

 故郷に良い思い出もないかもしれないが、これから歩む人生の為に、区切りとして目に収めたいのだろう。

 険しく厳しい旅になるかもしれないが、決してたどり着けない場所では無いハズだろう。

 空は続き、大地は繋がっている。



 フミアキは大きなあくびをして背伸びする。

 すたすたと歩き、寝床に向かう。

 割れたガラスの処理は、もう面倒臭くなって放置した。

 ドアノブに手を掛けて、ふと割れた窓を見る。



 一つ小さく溜息を吐く。

 こちらの月や星は、元居た世界に比べてなんと明るく眩しいモノか。



「故郷…、か…」



 感情の見えぬ声音で、その黒い容姿の男はドアノブを引っ張り、暗い黒い廊下に足を進める。

 ここの所のダメージが蓄積したドアが音を立てて閉まる。

 ギィィーーー、バタン。

 

 ここまで読んで頂き、有難う御座います。


 これにてサン編は終了致します。

 感想の中で、どうも主人公が舞台に出ないパターンは、お嫌いな様なコメントが見受けられましたので、ささっと終わらして次回に移ろうと思います。


 妄想と読者様の想像にてお任せ致します。

 回収すべき伏線は一応後で拾う事にしますが、説明が後回しになってしまうかもしれません。


 活動報告の場で、サン編の後を大まかなあらすじで書き出そうと思いますが(近日中に)、お叱りの言葉が多い様であれば、きっちりと本編の方で、後日談的な扱いで作る事も考えます。


 アイリ編、サン編と、フミアキの行動は、結局の所代償行為に他なりません。

 フミアキは家に帰れません。


※1/28改稿

※1/30活動報告にて追記

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