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番外1話 記憶の切れ端1

 クーが大分出てきてなかったので偶にはこんな話。

 まだアイリが出てくる夏の一つ半前の季節の話です。

「今日はちょっと趣向を変えてみたんだ。分かる?」



「んー、どうしました?ふむふむ、何時も通りの癖っ毛の金髪ですけど、あぁ、何か香水を変えたとかそんな話ですか?」



 王都の季節は冬の終わり、少し春は先で、まだまだ寒さの残る日々が、暖房費を節約するフミアキの借家に直撃する。

 雪が舞う事が稀な土地柄、風花がチラリと見えると子供はハシャギ、親達は積もってくれるなとウンザリする様な、そんな例年通りなある曇の日、寒さに耐えるフミアキの元に、クーが先程の謎かけをしてきた。

 フミアキは書斎の椅子から立ち上がり、部屋に来たクーの近くに寄り、まじまじと見つめた後に、クーに鼻を近づけ匂いを嗅ぐ。すんすんすん。

 これに慌てたのはもちろんクーだった。顔を真っ赤にして固まるも、フミアキが「趣向」を探すのを止めない。



「ふむー、何やら食欲をそそる香水を付けてますか?分からない。元々香水の文化は、風呂のスパンが短く、かつ食生活が肉に偏った生活の為に、体臭が強くなってしまう事に対して、より強い匂いで誤魔化すと言うのが始まりみたいですが、こちらではどうなんでしょうね。ここは子供のクセにこまっしゃくれやがって、とでも忠告した方がいいんですかね。でも、仮りにも貴族様ですからね、色々と伝統的な生活スタイルがある訳ですから、そこらを静かに汲んだ方がいいんですかね」



「い」



「い?」



「いい加減に、してよぉぉぉぉ!!」



 下を向いて俯いていたクーが、ぷるぷると震え始めたと思ったら、手に持ったバスケットを遠心力と心の衝動を込めて振りかざす。



「なっん、のぉぉ」



 クーから不意打ちに放たれた一撃を、鼻先霞めるも避ける。が、遠心力が生まれる運動量は止まる事を忘れたかの様にして、一回転してフミアキの土手っ腹に深々と突き刺さる事になった。

 中には重たい物が詰まっていたのか、ドゴォっと鈍い音が炸裂する。



「…ぐふぅ」



「はぁはぁはぁ…」



 赤い顔のまま、肩で息をする。

 フミアキはその場で崩れ落ちる様にして倒れた。











「…せい……、せん…い…!」



 遠くで誰かが呼ぶ声がする。

 意識が浮かび上がって来ると同時に、腹部に鈍痛が生きる。



「…先生!しっかりしてよ!先生ぇ!」



「あ…、こ、ここは…」



 クーがフミアキを揺すり、覚醒を促す。

 そのエバーグリーの幼い瞳には、うっすらと水分を湛えている。

 その瞳を覗いていると、唐突に真冬の日本海が脳裏を過ぎる。あの深く曇った空の下、波は激しくされど波間に見える海の色は、黒いクセに合間合間に紺碧を覗かせる不思議な波模様。青にも緑にも、どちらにも揺れる波の色。

 “教導院の事件”から、まだ長いとも言えない付き合いの中で、クーの為人は明るく、小動物の如く表情をころころ変え、前向きな姿勢をしていると思うが、偶に、日本海の様な底知れぬ気配を湛え、黒い飛沫を想像させる。



(クーの翡翠色と利休鼠色の日本海とじゃ、全然色合いが違うのにな)



 フミアキとしてもよく分からないが、“何となく”そう思うだけで深く追求するつもりは無い。何となく、なので追求も何も無いのだが。



「気が付いた?大丈夫?まだ痛い?」



 フミアキがボウとしていた為に、クーが頻りに心配そうに言葉を掛けてくる。



「えぇ、大丈夫ですよ。クーからいい一撃を貰いまして、中々の夢見心地でした」



「もう、心配したんだからね!…その自分でやっておいて何だけど、ごめんなさい!」



「ふむ」



「……?」



 クーの謝罪を前にして、フミアキは流す様にしてクーの瞳を下から覗き見る。

 現在は、仰向けに転がり、クーが上から覗き見る形であるからだ。



「な、なに?」



「いえね、綺麗な瞳をしているモノだと思いまして」



 行き成りの言葉に、謝罪で真っ青になったクーの頬が、一気に紅く染まる。



「まつ毛は長いし、瞳の色は綺麗な翡翠色で年が若いのに味が深そうですし。おまけに、二重で良い造形をしていますし」



「や、やめてよ先生!恥ずかしいよ…」



「魔的、とでも言うんですかね。やれやれ、幼い頃から色々末恐ろしい“素質”を持っていますね」



 フミアキの言葉に、クーが硬くなる。

 その意味はクーに取って、根本を指摘された事に等しい内容だった為に、息すら止まりかける。

 一瞬にして、恐怖がクーにまとわりつく。今よりもっと幼い頃から何度も何度も味わった感覚。

 フミアキは上半身を起こし、クーの様子に気付かず続ける。


「クー貴方は」



 フミアキの続きは、如何にしてはクーの心を壊す可能性を秘めた、絶望の剣に変わるかもしれない。

 そんな想いから、下を向く。本当は耳も塞ぎたかったが、身体が動かない。辛うじて首だけが動いてくれただけ。



「将来、女性を泣かせますよ。そりゃこれだけ美貌持っていれば、選り取り見取りじゃないですか。あ、月の無い晩の日と、背中には気を付けなさい。むしろイケメンモゲロと私が言ってあげましょうか」



「……」



「あれ、どうしましたか?クー。クー?クーちゃーん。クーエンフュルダ。クーエンフュルダさーん。クーエンフュルダさま?」



「もーーーーーーー!なんなのさー!先生の馬鹿ーーーーーぁ!!」



「あ、オワタ」











「と、言う訳で、今日は食材を持ってきたんですッ」



 ぶすっとした顔で少し不機嫌に宣言する。まともにこちらを向いて喋ってくれない。

 フミアキとしてはどの辺りがクーのプンスカポイントだったのか判断が難しい。



(モゲロとか不味かったのかね。それとも今更だけどクーって呼び捨てが?でも向こうが呼び捨てでいいって。私としては呼び捨ての方がハードル高いんだが、最近になってようやく慣れてきたって言うだけでも大したモンだと思うのにな)



「何時もは軽食ばっかりだったでしょ。寒い日も続くし、だから偶には出来立てを…って先生、話聞いてる?」



「あ、あぁ、聞いてますよ。何時もご飯を持って来て貰って悪いですね。しかし、料理なんて出来るんですか?言っては何ですが、クーは貴族様なんでしょう?とても厨房に入ってる姿なんて想像できないんですけどね」



「ふふん、勇者ボルドーも料理してたでしょ?だから僕も挑戦する事にしたの!」



「アレですか、影響受け易いとか人に言われませんか…?」



「言われた事ないよ?それに、し…家で厨房に入ろうとすると、皆止めるんだよね。だからこっちでやってみようかと思って」



「うわー…」



 フミアキの顔が絶望の色に染まる。

 イヤなフラグがフミアキの頭にビンビン立つ。

 アクマでフミアキのイメージだが、やはり貴族が厨房に立つ事なんて、有り得ない文化なのは間違いないだろう。その風潮の中で物語に影響されて、持った事もない包丁を使おうとすれば、誰だって止めるだろう。ましてやクーのその身は貴族以上である。



(これって、食材も誤魔化して持って来たか、黙って持って来たんだろうな…。もしクーが指でも切って帰った日には、私は社会的にも物理的にも消えるんじゃないのか)



 治癒方陣を使えば問題ない事だが、フミアキは円環陣が苦手な上に、クーが治癒方陣のスペシャリストとは知らない以上、フミアキの考えは(あなが)ち間違ってはいないだろう。地位が高いと言うのは間違いではないし。



「よーし、取り敢えずやってみれば何とかなるよね」



「はっ?!ちょっと待って下さい!何がどうなって「何とか」なるんですか?取り敢えず落ち着きましょう。いいですか、(私の)命は粗末にするべきではないと思うんですよ。まずクーは何を作ろうとしてるんですかね?」



「先生こそ落ち着いてよ、何焦ってるの?ほら、『不機嫌な勇者』第二巻で勇者ボルドーが、行き倒れのサンテミリヨンを助ける為に、野営で夕食作る場面があったじゃない。今日みたいに、寒い日って書いてあったし、ちょうどいいからそれを再現してみようと思うんだ」



「あぁ、手持ちの食材でスープとクキの実のパンを作ったって場面ですか」



「うん、その後に突如現れた、宿敵のメドックにダメにされちゃった食事。ダメにされちゃったから、僕、作って食べてみたいんだよね。普通の人は皆、料理出来るんでしょ?」



「そりゃ、自分で料理するのは当たり前ですからね。しかし…」



 バケットの蓋を掴みチラリと中身を確認する。すぐ閉じる。

 スープとパンを作るだけなのに、やたらと多くの食材が見えた。

 色取り取りの葉菜類から根菜類も見え、干し肉に果実類と実に多彩であった。

 片手で顔を覆うと「どうしようコレ…」などとぼやきたくなる。



「さぁ、厨房に行こう!」



 クーはノリノリである。既に書斎の出入口の扉まで移動している。

 「え?これ行かなきゃいけないの?」と誰に断るつもりなのか、先程までバスケットをチラチラ見ていた為に、クーは手ぶらでずんずん歩いて行った。

 逆巻く感情と一抹の不安を抱え、バスケットを両手にクーの後を追った。



「まずは野菜を切るんだよね」



「ちょっ、何ですかその包丁の握りは」



「エイッ」



「まずは皮っ、皮を剥かないと」



「先生、鍋に入れても何も起きないね」



「火が点いてないからでしょうに…、スープは私がやりますから」



「むぅ、じゃパン作るね!粉を火に入れればいいんだっけ?」



「こけて小麦ばら蒔いて粉塵爆破ですね、いやな事件だった…」



「何言ってるの?あれ、粉が焦げるだけだ…??」



「何処から突っ込んだらいいやら、はっはっは。取り敢えずクーは厨房から出なさい、そして食材にごめんなさいしなさい」



「え?何で?」



「今回はっ、私がお手本見せますから見てて下さい。ふぅ…」



「えー、僕もやりたいー」



「いいから、クーはお皿出しておいて く だ さ い」



「いひゃい!くひひっはんあいでお(痛い!口引っ張んないでよ)」



「やれやれ…、不味い上手い以前の話だなこりゃ。環境が違うと言えばそれまでなんだけど、野暮な事言うと、料理なんて覚えどうするんだか。貴族様なら一生涯食うに困らないから、料理をするって思考自体生まれないと思うんだけどな…、アレか私の書いた物のセイか、そうなのか?」



「…あーッ、はぁ、割っちゃった…」



「おぉぅ、大丈夫ですか?割れたお皿は触っちゃいけませんよ。危ないですから、ここはいいです。ほらクーは椅子に座ってて下さい。どれどれ、このリンゴっぽい物でも食べてて下さい。残りの料理は私が片付けてきますから」



「……」



「全く不器用ですね。あんまりやり慣れない事はするものじゃないですよ?見てるこっちがハラハラしますから」



「……僕、だって…」



「よし、割れた皿okっと…、何か言いましたか?」



「先生僕の事嫌い?」



「はぁ?何を突然行き成り意味不明な質問をするんですか」



「だって、僕に何もさせてくれないじゃない!そりゃ何も知らないかもしれないけど、だけど…」



「ん?流れが不穏な様な、クー?」



「もういいよ!僕帰るッ!」



「ストップクー、落ち着いて落ち着いて。何か気に障ったなら謝りますから、訳をですね、教えてください」



「もういい!」



「あ、いや、どうしてその結論に至ったのか訳をですね」



「もー、離してよ!先生なんかしらないんだからッ」



 ジタバタと暴れるクーを必死に宥める。

 そもそも、クーの屋敷に来る頻度は14日の間に1.2回程なので、ここで帰すと更に悪化するかもしれないと言う思いと、スポンサーであるクーの不興を買ったままでいるのは、フミアキにとって好ましくない事態である。冗談の上での遣り取りならまだしも、今の状況は正直不味いと言う思いが強い。



「まず話をしてください…」



 クーをこちらに向かせて、両肩に手を置こうとした。



「あ」



 スカッと、フミアキの降ろした両手は肩を過ぎ去り、クーの胸にと吸い込まれる様に着地する。



「あぁ、すいません。肩に置こうとしたんですがね。しかし何ですか、結構鍛えてるんですか?小さいながら胸筋が発達してますよ。でもその可愛い顔でムキマッチョとか、残念過ぎるから止めた方がいいと思いますが」



「い」



「い?」



「…言いたい事は、 そ れ だ け ?」



「ホワイ?」



 クーが無表情で幽鬼の様に立つ。

 前面、背後、側面、つまりフミアキを取り囲む様にして、空陣が空間を埋め尽くす。



「…これは所謂『積んでる』と言う状態なんでしょうかね。ふぅ…クー、最後に一言だけ喋らせて下さい」



 クーの目は何も映してはいない。

 黒い黒い飛沫の波模様。

 飛天は曇天の下、輝くばかりの方陣を背負う。



「お鍋の火は止めておいて下さいね――…」


 この後、外に控えていた護衛達によって助けられたフミアキでした。

 まだ二人がぎこちない時期のお話でした。


  その後のクーは、自分の自制心の無さを後悔して、力の暴走を抑える事に成功しています。

 フミアキは土下座スキルを身に付けました。


 後一話、サン編を書いて、次の章に移ります。


 駄文をここまで読んでいただいて有難う御座います。


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